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    付き合っている半ロナがちょっとしたすれ違いを起こす話です。

    #半ロナ
    half-lona

    傷口高校時代のとある日、ロナルドはクラスメイトに言われた事がある。

    「ロナルドって半田とつるんでて嫌になったりしねえの?」

    それはちょうど半田の作ったセロリトラップに引っ掛かってしまった瞬間を見られた時で、普段はあまり喋らないクラスメイトは疑問と心配を兼ねてそう言ってくれたのだと思う。カメ谷や他の親しいクラスメイト達は、もうその光景を見ても「お前ら本当に仲がいいなー」と笑って見守る位になってしまっていた頃だったから。
    ロナルドは少し考えた後で言った。

    「そりゃ、やめて欲しいなーとは思うけど、一緒に居るの嫌になったりはしねえよ。もう大分慣れたし」

    笑顔のロナルドを見てそのクラスメイトは訝しげな顔をした後、お前って大分マゾだよなと失礼な言葉を返した。


    それは半分は本当で半分は嘘だった。
    ロナルドにとって半田は大切な友達で、様々な嫌がらせはされてきたものの、距離を置こうとは思った事は無い。半田の方だって本当にロナルドが嫌いなら直接的な暴力に訴えたり徹底的に無視する事も出来る筈なのだ。それなのにカメ谷と一緒に昼飯を食べたり帰りにドーナツ屋に寄ったりするのを断らないのは、きっと素直じゃ無いだけで半田もロナルドの事を友達だと思っていてくれるからだと信じていた。

    ならば嘘なのは何かと言えば「もう慣れた」の方だった。

    『俺と張り合う気か身の程知らずが!!吸血鬼の前にまず貴様からだ!!』

    高校生活の初日、仲良くなれると思って話し掛けた相手からの最初の罵倒の言葉をロナルドは今でも忘れられない。その瞬間は困惑と怒りばかり感じていたが、帰ってから兄も妹も居ない部屋で一人泣いてしまう位悲しくもあった。直接的に向けられた悪意はその当時のロナルドの心を確実に大きく傷付けたのだ。
    『馬鹿』『アホ』『マヌケ』『愚か者め』
    その傷は日常的に半田から掛けられる言葉に抉られ、じくじくとした痛みを放っていたのだが、何時からかロナルドはその痛みを無視する様になっていった。肉体的な傷と違って目に見えないそれは放っておいても何も問題ないと判断したからだった。
    実際、クラスメイトに聞かれた時はやせ我慢の嘘だったその言葉は高校生活が終わる頃には本当になってしまっており、半田の言葉に苛立ちや呆れ、チクリとした痛みは感じる事はあっても、昔の様に強く痛む事は無くなっていた。

    それから高校を卒業し、それぞれの進みたい道を歩み始め、成人し数年立ったある日、ロナルドは半田に告白された。
    最初に出会った時から好きだったと頬を赤くし悔しそうに顔を歪めながら半田に言われた時は、小学生の愛情表現かよ、と心の中でツッコミを入れたロナルドだったが、表面上では同じ様に真っ赤になった顔で奇声を上げ、付き合って欲しいという言葉にこくこくと頷いて返す事しか出来なかった。

    数年前、初めて出会った時に半田に付けられた心の傷は時間をかけて徐々に塞がっていき、半田と付き合う様になった最近では傷痕を残す程度に癒えてしまったとロナルドはそう思っていた。

    それが間違いだと気付いたのはつい先程。


    きっかけは下等吸血鬼に襲われそうになっていた子供をロナルドが身を呈して守った事だった。下等吸血鬼の鋭い爪で頬を裂かれ、走る灼熱に顔をしかめながらも、ロナルドが相手に麻酔弾を撃ち込もうとしたその時、悲鳴を上げる間もなくその吸血鬼は砂となった。いつの間にか駆けつけていた半田がその吸血鬼を一刀両断していたからだった。
    子供を保護者の元へ送り届け、改めて半田に礼を言おうとした所でロナルドは半田が酷く怒っている事に漸く気が付いた。

    「は、半田?」
    「……何時もの貴様ならそんな傷受けなくても退治出来ただろう。油断し過ぎだ愚か者め」

    普段とは違うただ静かに事実を述べるだけの罵倒は全くの正論で、だからこそロナルドはムキになってつい言い返してしまった。

    「良いだろ、結果的に皆無事だったんだし」
    「無事だと……?はっ、そんな間抜けな姿を晒しておいて良く言えた物だな。第一俺が居なければそれだけで済んだかも怪しい所では無いか」
    「うっせえな。お前が居なくたって俺だけで十分対処出来てたよ」

    礼を言おうとしていた筈なのに、ロナルドの口からは強がりの言葉ばかりが出てきてしまう。

    「それにこの位の傷なんてすぐ治るし大した事ねえよ。俺丈夫だし」

    そう締めくくり堂々と胸を張るロナルドに、半田は元々あった眉間の皺を更に深くさせてから大きくため息を吐いた。

    「……貴様のそういう所が嫌になる」
    「へっ」
    「昔から大嫌いだ、と言ったんだ。貴様のそういう部分が」
    「……」

    その言葉は、普段半田が喋るのと比べたらとても静かで、だからこそロナルドの胸に深く突き刺さる言葉だった。馬鹿でもマヌケでも無く、嫌い。理不尽な怒りでは無く、ただロナルドの行動そのものに嫌悪感を抱く半田の言葉。
    瞬間、ロナルドは懐かしい痛みに胸を押さえた。半田と出会った頃に付いた、塞がったと思っていた心の傷。実際にはそこは分厚いかさぶたで覆われていただけで、半田の一言でかさぶたは捲れ、その傷口を露にした。

    「…っ」

    半田がぎょっとした顔でロナルドを見つめている。突然、何も言わずにロナルドがその青い瞳からボロボロ涙を溢し始めたからだろう。だが、ロナルドにとっても自分のその涙と痛みは予想外の事だった。情けない姿を見られたくなくて慌てて目元を擦るが、先程負った頬の傷も一緒に引っ掻いてしまい、物理的な痛みも合わさって余計に涙は溢れてしまう。

    「やっ、ちが……これは……」

    必死に弁明しようとするが、ひきつった声ではうまく言葉を発する事すら出来ない。無言で見つめる半田の視線から逃れたい一心で、ロナルドはその場から走り出した。



    事務所に帰ると出迎えてくれたメビヤツが嬉しそうな目を一転させ、慌ただしく鳴き始めた。恐らく血と涙で酷い有り様になっているロナルドを心配してだろう。そんなメビヤツの頭を撫でようとして、手袋に血がついている事に気付いたロナルドはその手を引っ込めた。

    「ごめんな、メビヤツ。今、手汚れてるから触れないや……うん、ありがとうな心配してくれて」

    涙目で悲しそうに見つめるメビヤツを安心させる様に笑顔を作ってロナルドは言った。同居人であるドラルクとジョンは今丁度オータムに行っているのでここには居ない。メビヤツ以外に心配をかけずに済んだ事に安堵しながら、ロナルドはしゃがみこんでメビヤツにあるお願いをした。

    「なぁメビヤツ……もし誰か、特に半田とかが来たとしたらビーム打っても良いから追い返してくれないか?……うん、へへ、サンキューな。俺、ちょっと休むから」

    未だに涙目ながらも力強く了承の声を上げたメビヤツを、手袋を脱いで汚れていない手の平で優しく撫でた後、ロナルドは洗面所に向かった。
    服を着替え汚れた顔と手袋を洗面所で洗い綺麗にする。頬の傷からはまたじんわりと血が滲んできていて、それを塞ぐように大きめの絆創膏を顔に貼れば処置は完了だ。

    「……はぁ」

    物理的な傷は塞げたが、一度開いた心の傷の方はどうやらまだ閉じてくれないらしく、涙で鏡の中の自分の姿が少しぼやけて見えた。

    (心配か……)

    落ち着いて考えてみれば、半田がロナルドの身を案じているからこそ、あんな事を言ったのだというのは良く分かるのだ。だから悪いのはうっかり怪我をした上に礼も言わずムキになって言い返してしまったロナルドの方なのだ。

    (……明日、ちゃんと謝ろう)

    今日は流石に無理だが、明日にはまたうまく話せる筈だ。そう決心したロナルドは、目元をこれ以上腫らさない様にタオルで優しく拭った。


    洗面所から居住スペースに戻ると、机に置きっぱなしの携帯のランプが光り、何かしらの通知を示していた。
    確認するとそれは半田からの複数の着信であり、ロナルドは思わず顔をしかめてしまう。ロナルドとしては全てを明日に回したい位だったが、半田にとっては直ぐにでも解決したい問題らしい。そりゃそうだ。心配した恋人にいきなり目の前で泣かれそのまま逃げられたのだから。
    折り返すべきか、それとも文章で済ますべきか迷っていると、携帯が震え、再びの着信を示し始めた。ロナルドは咄嗟に通話アイコンをタップし、携帯を耳元に当ててしまう。瞬間、通話越しにでも分かる程の息遣いが確かに聴こえた。

    「……も、もしもし、半田?」
    『……ああ』
    「さ、さっきぶりだな。どうしたんだよ、何回も」

    まるで理由が分からないと惚けるロナルドに対して、半田が問いかける。

    『怪我はどうした』

    泣いて逃げ出してしまった事をすぐに聞かれると思っていたロナルドは少し肩透かしを食らった気分になりながらも返事をする。

    「怪我なら、頬っぺたならさっき洗ってちゃんと手当てした」
    『そうか……なら、今は事務所か』
    「うん。半田の事だから、てっきりすぐに追いかけてうちまで来るかと思った」
    『追いかけて欲しかったのか』
    「いや、もし来たらメビヤツのビームが炸裂する所だったから」
    『……』
    「べ、別にそうなるのを楽しみにしてたとかじゃ無くて、ならなくてよかったなぁって安心しただけで……」

    そこまで言った所で会話が一度大きく途切れてしまった。何を言おうか迷ったロナルドの口から暫くして出てきたのは謝罪の言葉だった。

    「ごめんな、半田」
    『……それは、何に対しての謝罪だ』
    「えと、逃げた事と……心配してくれたのに、強がって言い返しちゃった事。後、助けてくれてありがとな」

    実際に顔を合わせていないせいか、時間がたったからか、先程言えなかった言葉がするりとロナルドの口から出てきた。満足感にほぅと息を吐くと、電話先の半田がゆっくりと話始める。

    『さっき言った事を撤回するつもりは無い。貴様は昔から自分の力を過信するきらいがある』
    「うっ」
    『今まではそれでどうにかなっていたが、これから何があるかは分からない。それに、無意識か知らんが皆の枠から自分を抜くのを止めろ。血が流れる程の傷を無い物として扱うな。馬鹿が』
    「……はい」

    言われる度に半田がどうしてあそこまで怒ったのかが分かってしまい、ロナルドは何も言えなくなる。

    「……だが、言い過ぎた事は謝る……すまなかった』
    「うぇっ」

    正論での叱咤からの半田の珍しい謝罪の言葉に驚き、ロナルドの口からはおもわず奇声が漏れた。

    『何だその間抜けな声は』
    「いや……お前が謝るのってすげー珍しいじゃん」
    『馬鹿にしているのか』
    「してないって」

    そう宥めながらロナルドは笑う。先程の嫌いが撤回されなかったのに、いつの間にか胸の痛みは薄らいでいた。それはあれが不器用な半田の好意の表れだと、理解出来たからだろう。

    それでも、まだ少し痛む胸は半田からの言葉を欲しがっていた。

    「なぁ半田。悪いと思ってるならさ、俺の事好きって言ってよ」

    瞬間、半田が噎せる音が聞こえた。あまりにも苦しそうに咳き込むせいで、ロナルドは思わず心配する声をかける。

    「だ、大丈夫か?半田」
    『誰のせいだと思っている……!いきなり何だ!』
    「だって俺の事大嫌いなの撤回してくれないんだろ?じゃあその分の好きも欲しい」
    『ど、どういう理屈だそれは』
    「良いじゃん、言ってくれねえの?俺は半田の事好きなんだけど」
    『!クソッ……分かった』

    悔しげな半田の了承に期待して次の言葉を待つロナルドだったが、いくら待てども声は聴こえてこない。
    え、もしかしてそこまで好きって言うの嫌なのか?とロナルドが不安で再び泣きそうになってしまう頃に、ようやく電話越しに空気が震える音が聴こえた。

    『…………あいして、いる』
    「っ」
    『もう切るぞ!』

    小さかったが確かに紡がれた言葉にロナルドが驚いていると、半田は返答を待たずにそのまま通話を切ってしまった。通話の終わった携帯を握りしめたロナルドはじわじわと頬に熱が集まるのを感じながら一人ぼやく。

    「……言い逃げとか、ずりい」

    今度あったら同じ事言ってやろうとロナルドは決意する。

    押さえた胸元の傷口が今度こそしっかり塞がる日も、そう遠くなさそうだった。



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