二人のハッピーエンド(イザマイ)※本誌277話ネタです
東卍に捌番隊ができたてからというもの、万次郎はイザナを誘ってバイクで走りに行くようになった。
今日も冬の青空が頭上に広がっている。
真一郎がよく走った海沿いの道は二人もお気に入りだった。
あの頃の万次郎は、真一郎のバブの後ろに乗ることしかできなかったけれど、今はイザナと肩を並べて走っている。
そうして二人で走るとき、行先はいつも同じだ。
万次郎がイザナと初めて出会った堤防だ。バイクを停め、二人はコンクリートの壁にひらりと飛び上がる。
休日の海は船の行き来も少なく、海鳥ものんびり飛んでいるように見えた。
昼の日差しは柔らかく二人に降り注いでいる。
イザナは隣で黙ったままだ。
万次郎と二人きりの時は、イザナはあまりしゃべらない。
捌番隊のメンバーや、皆の前ではあれほど饒舌に堂々と話す姿を見ていると別人のようでもある。
それでも万次郎のすぐ側にいて、勝手にどこかへ行くこともない。なんとなく見守られているような気さえする。
だから、これがイザナの本当の姿なんじゃないかと近頃は思うようになった。
ひゅうと冷たい風が吹き、万次郎はグルグル巻きにしたマフラーの中で首をすくめた。
「イザナさァ……」
「……ア?」
イザナはじろりと万次郎の方へ視線を向けた。
「何で東卍に入ろうと思ったわけ?」
万次郎もイザナを見つめた。
万次郎の言葉にイザナの瞳が、少し揺らいだように見えた。
「……理由なんか要るか?オマエとのタイマンでオレが負けただけだろ」
イザナはよどみなく答えたが、万次郎は不満げに唇を尖らせる。
「でも、天竺を解散させて東卍に入らねぇって選択肢もあったよな」
「…………」
「何でそうしなかった?」
イザナは黙っていた。
海風にイザナの耳飾りがカランカランと音をたてて揺れる。
「イザナってさ、一番じゃなきゃ我慢ならねぇってヤツだろ」
万次郎がさらに言うと、イザナはにゅっと手を伸ばす。
万次郎がのけぞって逃げる前に、寒さで赤くなった鼻をつまんだ。
「ふがぁ……」
万次郎の口からマヌケな声が漏れるとイザナは嬉しそうだった。
「てめぇ、生意気だぞ。年下のくせに」
イザナの言葉に反抗するように、万次郎は手を振り払った。
「……弟ってそういうモンだろ」
「オマエなァ……」
イザナと血のつながりがないと知った後も、万次郎はどうしても他人だと思えなかった。
真一郎もイザナを弟として可愛がっている。
イザナ一人が意地を張っているように、万次郎には見えた。
イザナは風にほどけかけた万次郎のマフラーを捕まえると、きちんと巻き直してやった。
「オレが東卍に入った理由はさ……」
イザナは小さな声で呟いた。
「……マイキーが楽しそうにしてたからだよ。東卍のやつらとさ」
「イザナ……」
「だから、オレも……」
イザナの唇はそれ以上、言うのをやめる。それでも万次郎には続けようとした言葉がわかった。
イザナは天竺というチームを一人で背負い、孤独を糧にして強くなった。
大人になった万次郎も同じことをした。
でもそれは本当の強さでないことを、今の万次郎は知っている。
そして今のイザナも少しずつ理解し始めているのかもしれない。
「……イザナってさァ、結構可愛いとこあるよな」
「ハァ!?」
イザナは万次郎の腕を振り払った。
「テメェ、バカじゃねぇの」
イザナは言い捨てて、ひらりと堤防を飛び降りた。
そのまま歩いていくのかと思っていたら、イザナは万次郎を見上げて告げた。
「……あと、さっきオレが言ったコト、真一郎に言うなよ」
万次郎はそれを聞いてにやりと笑う。
確かにあれは、弟たちが可愛くて仕方のない長兄を喜ばせる恰好のネタではある。
「さぁ……どうすっかな?」
万次郎も堤防を飛び降り、音もなく着地する。
「万次郎」
イザナは万次郎を呼ぶ。
ああ、初めて名前を呼んでくれたな、と万次郎は思った。
「……たい焼き、買ってやるから黙ってろ」
イザナはぶっきらぼうに言う。万次郎はちらっとイザナを見た。
「いいぜ、買収されてやるよ」
頷くと、イザナは満足そうだった。
二人は乗ってきたバイクの方へ歩き出す。
「……なぁ、たいやきくんの最後、どうなったか思い出した?」
万次郎が隣に歩くイザナに尋ねてみた。
それが、イザナと初めて交わした会話だからだ。
あの時、万次郎は結末を知っていた。
逃げ出したあと結局幸せにはなれなかった、それが結末だ。
そして、イザナも本当は知っていたのかもしれない。
イザナは銀髪を風になびかせて黙っている。
シカトされたかなぁ、と万次郎は前を向いた。
半ばあきらめかけたころ、イザナはぽつりと言った。
「……じゃねぇの」
「イザナ?」
万次郎が聞き返すと、イザナははっきりと告げた。
「……海ン中で」
「え?」
「他のヤツと家族になって、幸せに暮らしたんじゃねぇの」
万次郎がぽかんとしていると、イザナは照れ隠しかうるせぇと付け足した。
「……オレがそう言ってんだから、それでいいだろーが!」
ついには怒ったようにそう言って、イザナはさっさと歩き出す。
万次郎は立ち止まり、しばらくその背中を見つめていた。
日差しは暖かく、穏やかな波の音は絶え間なく続く。
万次郎は呟いた。
「……それでいいんだよな。イザナ」
前を歩くイザナは、早く来いとばかりに振り返る。
そして、もう一度、万次郎の名前を呼んだ。
『二人のハッピーエンド』【完】