【弥生】 近接戦闘訓練が終わる頃には、春とは名ばかりの身を切るような冷たさも、いつの間に感じなくなる。けれど、俺たち生徒は汗だくの前に息も絶え絶えだ。それに比べて、夏油先生は余裕の笑みを浮かべて、様子を見にきた五条先生と談笑している。けれど、俺たち生徒は汗だくの前に息も絶え絶えだ。それに比べて、夏油先生は余裕の笑みを浮かべて、様子を見にきた五条先生と談笑している。
カッコよすぎない?
スポーツ万能、当然頭の回りも早くて、引き締まった体に顔もいい。
モテるだろーな、先生。
そー言えば、卒業のシーズンだし。
「夏油先生って、卒業式に学ランのボタン全部失くなってたタイプじゃない」
思っていたことがそのまま口をついて出ていたらしい。
目前で冷たさが残る春風が長い黒髪を揺らして通り過ぎていった。火照った体には心地いいぐらいだ。
「うーん、まあ気がついたらね」
やっぱり。予想通りの答えを、困ったような笑いを浮かべて口にした夏油先生に、そーですよね! っと勢いよく返事をしようとしたところで、横から割り込んできたのは。
「そーなんだよね、全部なかったらしいよ」
「何で五条先生が返事してるよの」
すかさず横から釘崎が、突っ込みを入れた。
「僕も呪専生のころに同じこと、訊いたからねー」
なぜか不機嫌そうになった五条先生が、夏油先生の肩に腕と顎を乗せ、もたれ掛かるように
「ねー、傑」
と小首を傾げて、唇を尖らせた。
「五条先生だって、全部なくなるタイプじゃん」
「僕は中学、行ってないからね」
「あっ、そっか」
「いや、中学三年間同級生だったら、五条先生は普通になくならないタイプだろ。いいのは顔と頭と運動神経だけ」
伏黒がイヤそうな顔で嘯いた。
「えっ、それだけ良ければ、完璧じゃね」
「肝心の性格がアレだぞ」
「私、絶対イヤ」
ひど過ぎねってぐらいの声の響きに、フォローを入れる前に、本人からイジけた突っ込みが入った。
「大切な恩師に酷いな」
くっついたままの五条先生を気にすることもなく、夏油先生がくすりと笑いを溢した。離れる気がない方も、離す気がない方も、見慣れたオレたちも、日常になった距離感に、誰も突っ込む人はいない。
「それで五条先生は不機嫌そうなんすね」
何だかんだて負けず嫌いだし、親友に水を開けられて、悔しかったのだろう。
「何が」
「夏油先生よりモテなかったってコト」
「そこは突っ込まない方がいい、どうせ」
伏黒のげんなりした表情に、機嫌を良くした五条先生が、陽光にも勝ちそうなきらきらとした笑顔で言い返した。
「僕だって、出会う前の中学時代のコトまでとやかく言わないよ」
「えっ、どーいう、って、そーいうコト?」
「妬いてくれるのも嬉しいけどね」
すぐ横にある顔に近付けて、視線を絡めながら、ふふっとご機嫌な夏油先生に、うきうきとふたりとも愉しそうだ。
「虎杖、残念ながら、夏油さんも、五条さんと似たようなモンだから。この手の話題は、振るだけ、オレらは傍迷惑なだけだ」
小さい頃よりふたりの知り合いらしい伏黒は、すでにげんなりと不服そうで、先生呼びですらなくなっていた。
「だから、呪専時代に傑のポンタ、貰ったしぃ」
「悟のボタンも貰ったね」
「「えっっ」」
野薔薇と驚きの声と視線が合わさり、疑問も持ち上がる。
「「それって、一緒じゃない……。」」
素朴な疑問が湧き上がったところで、ユニゾンで返事をされた。
「傑のボタンだしー」
「悟のボタンだからね」
ふたりの周りだけ、春爛漫、花々が咲き乱れるような雰囲気に包まれて、仲良しだなあーと笑ってしまった。
「なんか、ふたりの世界って感じだな」
隣の伏黒を振り返ったら、苦虫を潰したような顔で首を振られた。
「ふたりの世界だけど、アレ、わかってやってるからタチ悪いんだよ。だからほっとけって言うんだ」
「えっ」
「俺らの手に負える相手じゃないのに、あーやって自分のものだって言いたいんだよ。まあ、手に負えたところで願い下げだけどな」
呆れたようにため息をついた伏黒の視線の先は、相変わらずひと足早い春の盛りのようだ。視線を上げれば校舎の裏に広がる山々も春の気配が漂い始めている。
「春だなあ」
「先生たちは年中な」
額を寄せ合うようにくすくすと喋っていた五条先生は、俺の方に向けた顔が、先生に戻っていた。
「違うよ。僕たちは冬が明けて、やっと春が訪れたんだから」