茨木童子、鬼救阿に出会うこと茨木のお気に入りのアニメがある。
鬼救阿という女児向けアニメ、所謂ニチアサと呼ばれる幼い子ども向けの勧善懲悪のスーパーヒロインである。
二人組のヒロインは酒呑と茨木に似ていたからもあって茨木にとって特別な作品となった。
水着霊基が招かれた常夏の北極特異点、美味しいものと楽しいことに溢れていた。
茨木もすぐに夢中になった。
とりわけ、湯治とプールが頼めるGENJIプールエリアは馴染みのある和のテイストも相まって居心地が良く感じていた。
ひとしきり遊んで何か甘味をと思いプールから上がろうとした時、不意に大きなシロクマが勢いよく茨木の傍を駆けていってプールに飛び込んだ。
シロクマの体積分の水がプールから溢れて茨木もそれに巻き込まれた。
勢いのいい水が引き波のようにプールに戻っていく。それに足をとられた。
足を滑らせて水の中に落ちた。
大型動物が入ることも想定したプールは深い。
茨木は呼吸のタイミングを誤って水中で咽せた。大量の空気を失ってしまった。
まずい状況から脱そうとするもどちらが水面かわからない。
溺水すると三半規管が狂い上下の感覚を失うと聞いたことがある。どちらに進めばいいのかわからない。水面とも水底とも判別できないが陽光が乱反射する風景は綺麗だった。
ああ、これは本当にまずいな。
四肢の力が一気に抜けた。助けを呼ばないとと思うが体が重い。
すぐそばで水に何かが落ちた音が聞こえ、大量の水泡が巻き上がる。
茨木は懐かしいような気配を感じたところで意識を手放した。
唇に柔らかな感触が触れたような気がするが定かではない。
「無事か」
白い外套に仮面をつけた男が立っていた。茨木を救った相手らしい。
「鬼救阿?」
「おにきゅあ?」
仮面の男は困惑したように聞き返した。しかし、茨城にはわかる。
これは鬼救阿に違いない。鬼救阿なデザインの白い装束、仮面をしているが端正な鼻筋と口元の造作からさぞ整った美形であることは明白。
茨木を軽々と持ち上げて助けた手並みを考えても鬼救阿にしか思えない。
「今年の鬼救阿は男なのだな!」
「話がみえないのだが」
落ち着いた低い声、どこかで聞いたことがあるような気がするが覚えがない。
「汝が鬼救阿だろう、と言った」
どうだ、あっているだろうと言われても仮面の男はどう答えたものかと思案した。
周囲を見回した先に在ったのはかき氷の看板だ。
「しばし待て」
茨木が大人しく待っていると大盛りの宇治金時かき氷を手に仮面の男が戻ってきた。
「しばらく水に入るのはやめておけ。これを食べるがいい」
「いいのか?」
「ああ」
茨木は甘味に弱い。大盛りの宇治金時を前に仮面の男が誰かに似ていたかを思い出せそうだったが忘れた。
冷たい抹茶と餡子に練乳をかけたかき氷を溶けないうちに食べることに集中していた。
「美味しいか」
「うむ。これは美味。ところで汝の分はないのか?」
「ああ。気にせずに食べろ」
「綱も汝のように気が利いたら良いのに」
「は?」
「綱というのは吾の知合い、いや、怨敵だな。かるであに召喚されてきおって」
「嫌いなのか」
「わからん。最近はよくわからんのだ。言葉が少なくてわかりにくいが吾に優しかったり、助けてくれたりする。もうちょっと話したいと思っているんだがな」
「相手も話したいのではないか」
「吾、つい緊張して喧嘩腰になってしまうのよな。うまくいかないものよ」
「きっと気にしていないだろう」
「鬼救阿、吾は最近綱のことを考えると胸がドキドキ擦るんじゃが、これは病いか?」
「胸がドキドキ?」
仮面の男の動きが止まった。明らかに動揺している。
「そうなのだ。もうちょっと一緒にいたいとか、あれの作る菓子が食べたいとか、おかしいだろう」
「すまない。俺にもわからないが、その綱とやらは多分お前を嫌ってはいないと思う」
「そうなのか! 鬼救阿が言うならそうかも知れぬ」
宇治金時はすっかり茨木の腹に収まった。
「ありがとう。鬼救阿」
「安全には気をつけろ」
通りがかったロビンフッドに茨木が言ったには「鬼救阿は本当にいる! すごいぞ。かっこよかった」と。
食堂で綱と一緒になったロビンフッドが綱の肩を叩く。
「オタク、事案になってますぜ?」
綱は少し渋い顔をしてから「だが、収穫はあった」と言った。
「どうやら嫌われてはいないらしい」
ロビンフッドは付き合ってられんと肩をすくめた。