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    さかえ

    @sakae2sakae

    姜禅 雑伊 土井利

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    さかえ

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    脳内CP観を整理するための土井利なれそめ 途中まで

    #土井利
    toshiDoi

    いずれ土井利になる話1 その夢の中で、土井はいつも暗闇の中を走っていた。
     闇はいくつもその手を伸ばし、土井が必死で抱えているものを容易く奪い去っていく。見る間に家が、土地が、人が奪われ、そうして母が奪われ、父が奪われていった。手の内がものすごい早さで軽くなっていく。闇はそれだけで飽き足らず、土井の心の中へまで手を伸ばした。優しい日々の思い出を、誰かにすがりたがる甘さを、正しさを信じる心を丁寧にこそげ取っては、代わりに鉛玉を詰め込んでいく。とうとう土井の胸は墨にでも落としたように黒々と重く染まりきってしまった。
     そうしてふと気づく。
     向かっているのは破滅だ。
     このまま走り続けて行けば、辿り着くのは不毛の世界だ。自分も人も闇雲に傷つけてはぐちゃぐちゃになって堕ちていく。そんな未来しかない。
     ――それでもいいか、と、本当のところ一度は思ったのだ。どうせ私には何も残されていない。帰る家もなければ迎えてくれる優しいてのひらもない。私には何もない。何も、もうない。

     と、と、と。

     しんしんと降り積もる絶望の中で身も心も凍えそうな土井の耳に、その音は不思議と大きく届いた。実際はほんの小さなもののはずだ。体重の軽いこどもが、彼なりに気を遣って忍ばせた足音なのだから。
     と、と、と。
     足音は真っ直ぐに近づいてくる。土井は身を固まらせてそれを待つ。やがて足音は土井の背中のすぐそこで止まり、様子を窺うようにじっとしている。土井は思わず息を詰めそうになったが、努めてゆったりとした呼吸を繰り返して、己がぐっすりと寝入っていることを彼に示した。だいじょうぶ、だいじょうぶ。言い聞かせるような速度で。だいじょうぶ、ここに来てもだいじょうぶだよ。私はほら、こうして寝てしまっているからわからない。
     意外と疑い深い彼はそれでもしばらく土井の様子を窺っていたが、ようやく心を決めたのか、ぐるっと回り込んで土井の寝るふとんへと身を滑らせてきた。初めは何を警戒しているのか強張らせていた身体が、しだいに眠気に負けてかやわらかく解かれていく。とくん、とくんと小さな身体の中で鳴る鼓動が土井の耳にまで聞こえてくるようだ。
     ああ。
    (――あたたかいなあ……)
     そのぬくもりに土井はようやく安堵して、今度こそうなされることもなく深い眠りに落ちていった。



     夜が明けると、土井はひとりきりでふとんに収まっていた。鳥の鳴く声が既に耳にうるさく、日が昇りきっていることを知らせていた。思い出したように痛みを訴え始めた身体を起こそうとして、
    「ぅぐ……ッ」
    「あっ」
     すぐに断念する。ほんの少し身体を動かしただけだというのに、もう息切れがひどかった。
    「すまない……まだ……むりみたいだ……」
     部屋の外からそれを覗き見る小さな影にそう語りかけると、彼はさっと身を翻して駆けていく。ころぶなよ、と内心で諭すが、敏捷な彼ならばそうはならないだろうことも分かっていた。忍者の息子だ、走りは一番に鍛えているに違いない。
     忍者の息子だというのは、正直まったくの推測に過ぎなかった。助けてくれた恩人である山田伝蔵本人から聞いたわけではない。その奥方が教えてくれたわけでもない。ましてや、土井にまるきり懐こうとしない――少なくともうわべでは――あの子どもがそう言ったわけでもないのだ。けれども土井がそう確信しているのは、この家の住人が不思議なくらいにこちらの素性を探ろうとはしないからだ。
     忍務に失敗し、追われた先で力尽きたことが山田一家との出会いの始まりであった。三日三晩飲まず食わず、眠りもせずの逃避行は、若手で一番の実力を誇る土井からも体力と思考力、そして判断力を奪った。受けた傷からの失血もひどく、ふらつく足下と混濁しようとする意識を無理矢理奮い立たせてとにかく先へ先へと急ぐ道中であったから、追跡を躱すべく身を翻した先が崖だったということに気がつくのが一瞬遅れても何も不思議ではない――というのは言い訳だろうか。
     とにもかくにも、そうして土井は出会ったのだ。後々までおのれを救うその一家に。
     利吉曰く、「家族旅行がおじゃんでした」という、アレである。
     忍び装束そのままに救われた土井であるので、すぐに身分は分かっただろう。愛用の苦無も丁寧に手入れをされて枕元に戻されているのだからそれは疑いない。けれども誰も何も言わないのだ。何をしていたのか、誰に追われていたのか。聞きたいことはいくらでもあるだろうに、何一つ問わずにただ土井の世話をしてくれる。正直なところ土井にとってはそれはありがたいことではあったが、同時に彼らについて察する一端ともなった。
     忍者は家族が相手であっても己の仕事については詳しく話さない。それが鉄の掟である。それが分かっている山田一家こそ、忍者の家なのだ。
     そう思ってみれば家主の仕草には一分の隙もなく、奥方の間合いの取り方はさりげないが上手かった。その息子の――聞けばまだ十二才だという――動きにも、それらしき萌芽は見えており、これはさぞ先が期待されるだろうと若輩ながらも土井は感心したのだった。
     その息子、すなわち山田利吉少年はすぐに父を引き連れて戻ってきた。おそらくは土井に気づかせるためだろう、足音が二つ並んで鳴っている。同時にやさしい味噌のにおいが漂った。朝食は雑炊だろうか。
     戸が開かれると、果たして伝蔵の顔がそこにはあった。
    「起きたか」
    「はい……このとおりですが……」
     身を起こそうとするが、すぐに疲れて元に戻ってしまう。情けなくへらりと笑うと、伝蔵はなんでもないように首を横に振ってみせた。
    「なあに、無理することはないさ。ゆっくりでいい。――利吉、支えてさしあげろ」
    「えっ、私がですか」
    「ばかもの、お前以外に誰がいる」
     憎まれ口を叩きながらも、利吉は父の手が盆で埋まっているうちに――すなわちげんこつをいただかないうちに――と土井の傍に寄って、要領よくその身を起こすのを手伝った。土井が悲鳴を上げそうになりながらもなんとか半身を起こすと、そのまま脇息代わりにちょこんと座り込む。本当に気の利くこどもだ。
    「ありがとう、利吉くん」
     土井が心から礼を述べると、
    「……父上に言われたからです」
     ふい、と顔を逸らすそのさまはまるで可愛くないのだが。
    「ならば利吉、父の命だ。そのまま食べさせてやりなさい」
     ほら、と盆に乗せた椀が土井の膝に上げられる。うへえ、と言い足そうな顔をした利吉が二度三度父と土井の顔を見比べると、諦めたように匙を手に取る。かわいそうに、とも申し訳ない、とも思う土井ではあったがどうしようもない。家主に逆らうわけにもいかぬし、というのは建前のこと。本当はこにくらしい子どもがしてやられるさまに胸がすく思いだったのだ。大人げないと言わば言え。いかにも嫌そうな手つきで容赦なく匙を口に突っ込まれるのは土井なのだ。
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    さかえ

    MAIKING趙備、及び趙(→)←←禅前提の姜禅。ややこしい。
    わたしの男/あなたの眼「もう大丈夫のようですよ」
     足音が完全に消えるまで待ち、念のために扉まで閉めると、姜維は書棚の陰に声をかけた。それですぐに姿を現すだろう。そう思っていたのに、予想は外れてかえりごとひとつない。訝しく思って棚の裏を覗き込むと、主は開け放った窓から吹き寄せる風に濡れ羽の御髪を揺らしながら、どこか遠くを眺めているようだった。
    「劉禅様? いかがなさいましたか」
     それでも近寄る間にこちらの存在に気がついたらしい。見上げてくる主の目は常の通り薄曇りの空のように静かで、感情が今どこにあるのかをおよそ気取らせない。
    「ああ、姜維」
    この目に見つめられ、ゆったりとした口調で名を呼ばれると、姜維はいつも己の矮小さを全て見透かされているような心持ちになる。魏に属していた頃には蜀の新帝は暗愚だという噂ばかりを耳にしていたが、実際にこの方の前に立てばそれがどれほど馬鹿げた戯言であったかが分かった。音に聞く、皆を導く太陽のようだったという先主のような目眩く光輝こそ無けれども、泰然と振る舞うそのたたずまいからは風格が香気のようにかぐわしく立ち上った。また天水にて姜維を諭し導いた声はいかなる時にも荒ぶることなく、凪いだ水面のように透明である。その在り方は先主とは違えども、この主は確かに生まれながらにしての王者であった。
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