Recent Search
    Create an account to bookmark works.
    Sign Up, Sign In

    浦徳うらとく

    ☆quiet follow Send AirSkeb request Yell with Emoji 💖 👍 🎉 😍
    POIPOI 17

    浦徳うらとく

    ☆quiet follow

    むかーしpixivにあげた即興二次小説とゆーのを、pixiv非公開にしちゃったのでここにあげます……とゆーやつ

    忍足従兄弟1遍/向日と忍足〈忍足従兄弟(人間万事塞翁が馬) 〉


    少なくとも、中学の終わりまでは氷帝学園で過ごすことができるらしいようなことを母から聞いた時、口では興味なさげな素っ気ない返事をしたその実、忍足侑士はその晩、ベッドの中で珍しく大阪に住んでいた時のことを思い出していた。いや、正しくは、今度の引越し先は東京だと知らせた時の謙也の顔を、だ。

    驚きの表情、までは想像できた。その次に謙也がどんな顔をするのか、それがわからなくて、それを知るのがなんだか怖くて、侑士はギリギリまでそれを伝えることができずにいたのだった。そしてその日、なんとなしにそわそわと落ち着きない侑士の様子を不審に思った謙也に問われて、もう数日後には東京に発つことを話したのだった。
    実際は、ひとつも想像の通りではなかった。「あんな、もう知っててん。おかんに聞いた。」謙也がそう話すのを、心のどこかでホッとしながら、そしてまた別のどこかで拍子抜けしながら忍足は聞いていたのだった
    「さみしなるな。」と言う謙也の表情は、言葉の通り悲しげなもので、じわりとこみ上げる何かがあったが、謙也の前では絶対にこぼさないでいなければならないと、今考えればおかしなほど強く思って堪えていたのだ。多分、自分が泣いたら、謙也も泣くんだろう、と侑士は思っていた。

    あの時の分が、今でもまだ残っている、と侑士は思う。流せなかった涙をまた流しそびれたような気がして、でもそういう自分こそ自分であるという気もする。物語と違って、なにもかもにドラマチックな起承転結が用意されているというわけでもないのだ。そうであるかもしれなかった自分と、結果的にそうはならなかった自分と。何を望んでいるというわけではないが、結局あるべき自分は後者だったのだと思う。それでよかったのだとも思う。


    /やわらかい故郷



    〈忍足と向日と伊達眼鏡〉


    忍足侑士の眼鏡は伊達である。
    忍足自身はその眼鏡を掛ける理由を「素顔を見られるのが恥ずかしいから」とかなんとか話している。
    向日岳人はそれに興味を持たない。疑問も特にない。誰しも、大なり小なりなんらかのこだわりを抱えて生きているものだ。そしてその理由を問われたとて、それを正しく言葉で語れるものでもない。
    だからこそ、というべきか、逆に、というべきか。ある日、その友人が件の伊達眼鏡を掛けずに登校してきたことにこそ、向日は驚き興味を示した。こだわりを持つことは珍しいことではないが、ある日突然そのこだわりを捨てるということがあれば、それは珍しい現象でありすなわち「気になる」事象であるという理屈である。

    「なあなあ侑士、眼鏡、なんでしてねーんだよ今日。」
    向日の言動はいつ何時もストレートである。彼はそれ以外のやり方を知らないし、彼の周囲の人間は大抵、彼のそういう部分をとても好ましく思っている。
    「別に、なんで、っちゅーこともないんやけどな。」
    忍足の言動はいつ何時も回りくどい。それについての一般的な評価は向日のうかがい知るところではないが、向日自身は彼のそういう部分を別に好きでも嫌いでもなかった。
    「ちょっと、割れてもうて。レンズが。」
    「なんでっちゅーこともないことないじゃん、割れたって。なんで?踏んだ?」
    「まあそんなとこやなあ。」
    「そんなとこ、って、踏んだわけじゃないのかよ。」
    「いや、踏んだ。」

    回りくどいんだよ、とも、今となっては向日は思わない。一緒にいる時間が長くなって、だんだん「いつもの」「定番の」「例のごとく」な諸々が増えていくという、そういうことが、向日にとってはわりと嬉しいことなのだ。
    向日は生まれた時から今までずっと同じ場所で暮らしてきて、それは、親の職業柄ということもあり、これからも多分変わらないことだと向日自身は理解している。そして幼稚舎から通い始めてもう9年目になるこの氷帝学園も、向日にとってはずっともう馴染みの場所で、だから、中一の時に出会った忍足という男は、向日の世界にあってはわりと「異質な」要素なのだ。
    幼稚舎から大学までの一貫教育を謳う氷帝学園であるが、マンモス校だけあって中等部からの入学生も少ない数ではない。幼稚舎と同じ敷地に中等部もあるため、言ってしまえば変化の少ない学園生活の中で、中等部入学というのは自身が新しい環境に飛び込むというよりは、新しくこの学園にやってきた中等部入学生を受け入れるイベントという方が近かった。そして、開けっぴろげな言動と行動がトレードマークのようになっているためそうと見られることはあまりないが実は人見知りの気がある向日が、中等部入学生の中で最初に親しく言葉を交わすようになったのが誰あろう忍足だったのだ。
    それでも彼との付き合いももう3年目だ。小さい頃からの続き、とはまた違う関係の友人を、中等部に入って得られたということ。そしてそれが、他のものと同様だんだんと向日の世界のものになっていくということ。眼鏡を掛けていない彼の顔を見て、平生とのほんのすこしの違いに妙なくすぐったさを覚えるということが、向日をなぜか満足させた。

    「どーよ。なんかいつもと違う?眼鏡、してないと、鼻が軽い?」
    妙な質問に、忍足は思わずすこしニヤリとして、その顔のまま
    「まあなんや、少し新鮮やな。いつもの岳人より、レンズ通さんほうが男前に見えるわ。」
    と、落ちた眼鏡を押し戻すような仕草を今日に限っては空振りさせながら答えた。
    やはり忍足にとっても、向日はだんだんと忍足の世界のものになっていて、それは例えるなら、彼の眼鏡が彼の一部のようになっていることにも似ているのだろう。
    珍しく彼が眼鏡を掛けてこなかった日に、そんな風にして向日は彼にとっての友人・忍足侑士の存在のありふれなさを考えたのであった。


    /限りなく透明に近い冒険
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    Let's send reactions!
    Replies from the creator