煌びやかに見えるパーティも、テーブルクロスの下では誰しもが腹を探り合い、隙をついては嘲笑する。
他にする事があるだろうに、とデアンの脳内に浮かぶのは金稼ぎばかりで、所詮自らも同じ穴の狢だという事に落胆せざるを得なかった。
疲れた。開場した所なのだが気疲れで肩が痛い。
右手に持つシャンパングラスを口につけ、舌で弾ける炭酸を遊びながらため息を吐く。
これも処世術。
うんざりとした顔を見せた瞬間、その辺りをうろついている記者に何を書かれるか。
一挙一動につけ入る隙を与えないようにと訓練された立ち振る舞いをサイボーグと揶揄される事もあるが、数多の企業を束ねるデアンにとってはこれが最善であり、そして唯一無二の武器だった。
空になったグラスをボーイに渡し、壁に背を預ける。
それにしても今日は実りのないパーティだ。重鎮は重鎮だが隠居した富豪や政治家ばかりでビジネスチャンスがない。
それにゲストは一面男性だらけ。これでは老獪だらけの同窓会と言われた方が納得する。
帰るわけにも行くまい……と天井を眺めているとほんのりとしたバニラの香りが鼻を掠めた。
右を見ると、緩やかな金髪が美しい女性がデアンの腕に両腕を絡ませていた。
「はあい。セントラル・アクシズのCEOさん」
「……」
動物性香料が強い女だ。
むせかえるような甘ったるい匂いと共に吐かれる甘言が鼻について仕方がない。
「楽しんでる?」
「ああ」
「そう。それにしては面白くなさそうだけど」
「確かに、娯楽としての面白みには欠けている」
「ふうん。噂に違わずお金稼ぎにしか興味がないのね。でも今日は楽しんだ方が身の為よ。なんていったって今夜は『特別なディナー』が提供される予定なの」
「特別な夜食……ふむ……パーティはいつの間にか大衆受けするものに変化してきたようだな」
まぁ。
女性が形の良い片眉と口の端を上げる。
「百聞は一見にしかず、かしら」
「……」
ほら見て。
彼女の指がすっと伸びて壇上を指さす。
ちょうど開会の話が終わったのだろう、タキシード姿の進行役の合図で壇上の前に大量の料理が並べられていく。
そして最後、テーブルと共に現れたのは。
「あれは……」
「気になる? あれが今日の『商品』よ」
白いクロスで飾られた長机の上、大皿に座っているのは兎耳が珍しい少年だった。
衣一つ纏わない裸体。白くて、繊細。
足を崩して皿の上に腰かけている様はまるで泉の縁に腰を下ろして沐浴する聖母像のようで、けれどいたずらっ子のような笑みが彼に生き生きとした印象を与える。
アーモンドアイの碧眼も愛くるしさをふんだんに振りまいていて、デアンでさえ目線を逸らしがたかった。
なんて美しい生き物だ。
手に入れたい。
手篭めにしたい。
胸で暴れる熱を抑え、乾いた唇を舌で潤す。
平常心を装ったせいか口調は普段よりも平坦になった。
「少年か」
「いやね。兎人はあれで成人よ……少し、彼は未熟なようだけれど」
「なぜ?」
「……貴方。お金稼ぎの事以外は本当に何も知らないのね」
呆れた色。
細い腕が離れ、ボーイからワインを受け取る。
「さすがに兎人属は知っているでしょう? お金にしか興味が無い貴方も、彼ら専用の服飾企業を経営しているし」
「ああ」
兎人。
彼らは獣の性質を受け継いだ獣人の類だ。
獣人はデアンなどの、猿から派生したホモサピエンスとは異なるコミュニティや文化を築いている事が多くある。
その中でも兎人は特殊な部類に属した。
なぜなら彼らは家畜化された獣人だからだ。
兎人のルーツは中世に遡る。彼らはいくつかの島を除き、普遍的に棲息していた。だが中世から愛くるしい見た目や繁殖力から貴族に囲われ、飼育されるようになったのだ。
そして更に愛らしく、可愛らしく。血統を選んで交配するうちに兎人達は只人が好むような容姿を手に入れた。
その上彼らは聡明でもあった。だから更に寵愛は加速して……今に至る。
いわば一種のステータスなのだ。
愛嬌のある彼らを着飾って奉仕させるというのは。
デアンも兎人と富豪の関係性に目を付けて事業を展開したことがある。
服飾や貴金属類、果てにはランジェリーなど。ヒューマンとは異なる体形をしている兎人にオーダーメイドで仕立てを行うというのは、デアンが思っているよりも遥かに彼らの自己顕示欲を満たす事が出来るようだった。
「「商品」、となると彼はどうなる。食すのか」
「ええ? それはないわ。でも……食べられちゃうでしょうね。ベッドの上で」
「……」
くすくすと彼女が笑う。
成程、だから今回の参加者は異様に男性が多く、そして年齢層も高いのだ。
金が余りある彼らは、女遊びなどとうに飽きてしまい、愛らしく可憐な少年に目をつけた。
今頃頭の中ではベッドに少年を押し倒し、小さい蕾を汚らしい肉棒で荒らしているのだろう。
醜い。醜い本能だ。
俺も、彼らも。
彼女の笑みから目を逸らす。逃げた先には少年がいて、
……。
一瞬目が合った。
周囲に愛想を振りまいていた少年の目が微かに開く。
きょとん、と言った風に碧眼が丸くなったまま細い首が傾いた。
それはまるで『大丈夫?』と心配してくれているかのようで。
「っ……」
びりり。
脳が痺れる。渇きが口内はおろか喉を伝い落ちて胃袋を内側から荒らしていく。
欲しい。
彼が、欲しい。
あの少年が欲しい。
「失礼」
壁と一体化していた背を起こして大股で少年に近づく。
周囲は老人だ。どよめきこそ湧いても屈強なデアンを制する者はいない。
ころころと鈴を鳴らすような笑い声は背から聞こえていたが……笑いたければ存分に笑うがいい。
この場の誰よりも理知的で、清純な少年を得るためには充分すぎる駄賃だ。
パーティの主催者に金を叩きつけ、少年を持ち帰ったその後、世間はプチ騒ぎになった。
厳格なCEOが小児愛者だったとか、金遣いが荒いだとか、横暴だとか。
真実は噂というメレンゲとともに膨れ上がり、今では既にデアンは小児に手を挙げた暴漢になりかかっている。
セントラル・アクシズCEOの横暴に抗議する、不買運動を……とテレビの向こう側、我が物顔で話す彼らの背広を眺めながら、椅子に座ってマグカップを両手で傾ける少年が口を開いた。
「あんな事を言う割には君の企業の背広を着て、マイクや液晶を使っているんだね。ん……電波も君のか。不思議でたまらないよ」
「わが社が市民の必要最低限の生活を支えているという立派な証拠だ。その奉仕の精神に溢れている者に飼育されている実感はあるか?」
「ん……飼われている……か。どうだろう、ね。でも君がそう言うんならそうだろう。愛玩用の僕に自由を強制するだなんて、とんだ鉄面皮だ」
兎人の少年はアイザックと名乗った。だからその場でアイザック・クラックと命名して買い上げた。
富豪であり大企業の主とはいえ、デアンはまだ三十路を超えた程度。若者の横暴を老獪達はよく思わなかった。
謎に膨れ上がったバッシングもデアンに対するあてこすりだ。隠居生活は余程暇と性欲を持て余すらしい。
幸い、SNSではあの特別なパーティの「どこからか流出した」動画が話題となっている。
デアンの背後から撮影されている動画は画質がよく、手ブレも少なく、何よりも数々の重鎮が全裸の少年に屯っている所も移されている。
だから、直接手を下さずとも、いわれのないバッシングはもって数日の命だろう。
それを知っているのか少年もどこ吹く風。
啜っていたマグカップの中味が空になると椅子から飛び降りてキッチンへと向かっていった。