バーミリオンにさよなら徹郎は暗闇の中で目を覚ました。自身の置かれた状況に数瞬呆然としていたが、今までの経験から直ぐ様情報を探し出す。そして自身の腕にあたるやわらかな身体があることに気付いてしまい、ぎくりと硬直する。若い時分ならいざ知らず、還暦近い身となってからは久しい感触だった。反対の腕には点滴が刺されており、あの辺りで気を失いお人好しの女がここに運び治療した、ということだろうか。暗闇に慣れてきた目で薄く消毒液の匂いが漂っているが病院では無いことだけは伺い知れた。
「……気が付きました?」
再びぎくりとしたのは一瞬で、妙に聞き馴染んだ声に反応していた。
「譲……?」
ベッドから抜け出した譲はパチリと部屋の灯りをつけた。身長は最後に見た時と変わらない。けれど身体の線が見える服を着ているのは初めて見た。
引き取った時はただの痩せぎすの子供だった。そろそろ性差による特徴が出てきてもおかしくない年齢であったが、譲はそれを嫌っていた。偏食でカレーだけはちゃんと食べるようになり、それが目に見えてきた時もわざと生地の厚いオーバーサイズの服を選び、制服もスラックスを着用していた。徹郎は譲の好きにさせていたし、譲も徹郎に何も相談しなかった。
するりと近寄ってきた譲に徹郎は何も反応しなかった。ギシ、とベッドが軋んだ。否、出来なかったと言うべきか。手慣れた手付きで脈を計り、点滴を確認し、徹郎の顔を覗き込む。
「あなた、◯◯地区の裏道で倒れてたんですよ。覚えてます?」
「……おめぇこそなんであんなとこに居たんだ」
質問を質問で返さないでくれます?と嫌そうな顔を見せて徹郎はようやくホッとした。