文次郎は留三子のことを「留」と呼ぶ。
食満三姉妹は全員「留」の字が入り、間に入る字も母音で韻を踏んでいる。名付けた親でさえ目の前に留三子が居て、留三子を呼ぼうとしているのに口から出た名前は長女であったりなど、長女、次女が就職で家を出るまでよく呼び間違いをしていた。
本人達は「これだけ似ていれば間違うのも仕方が無い」と笑っているが、文次郎は嫌だった。絶対に間違えたくなかった。
先ず文次郎は兄のお下がりで使い込まれた漢字辞典を開いて「留」の字を調べた。
とめる、とどまる、ひきとめる、あとにのこす。
人名に使うならば、安定感があって些細なことに動じない人になるように。落ち着きがあって、誰にでも寛容な優しい人になるように。しっかりと地に足がついた穏やかな人生を送れるように。そんな願いが込められている。
文次郎は一緒になって校庭を駆け回る留三子を思い出す。落ち着きがあるとは嘘でも言わないが、誰にでも寛容で優しいのは合っていると思う。
ちなみに留三子の「三」は三女だからというのもあるが、それ以上に候補に挙がっていた「美」の字を使わなかったのは先に生まれてきた姉達が美しいものだからこれ以上はまずいと思ったらしい。
「留三子ったら、生まれた時から可愛かったのよ……」
そう噛み締めるように宣うのは何も両親や姉だけでは無い。口にはしないが文次郎とてそう思っている。閑話休題。
ひきとめる。
どうか、ずっと、文次郎の手が届くところに居て貰えますように。
そんな願いを込めて、文次郎は留三子を「留」と呼ぶ。