起死回生のガータートス 弓で狙いを定めていた刺客の背後を取った。呂蒙が後頭部を鷲掴むと、当然男はわぁわぁ騒ぐ。
「ふんっ」
景気のいい掛け声とともに、丁度目の前にあった巨木の虚目掛けて、騒音の元を突っ込んだ。それの手元からばらばらと散乱した矢と弓を流れるように奪取し、木々と闇に紛れて迫り来る者共へ矢を番えたのは甘寧だった。
「俺が倒したのに」
不満げな呂蒙には目もくれず、甘寧が同時に射た三本の矢は迷うことなく三方向に飛んだ。「ぎゃっ」「ぎゃっ」「ぎゃっ」と小気味よく上がる三者の悲鳴で、全弾命中したことが分かる。お前がやるより早いと言わんばかりに、甘寧はふふんと鼻を鳴らした。
「おお…」
思わず感嘆の声を上げた呂蒙だったが、すぐさま頭を振って訴えた。
「丸腰なんだが」
甘寧は呂蒙を一瞥すると「無くすなよ」とだけ言って、周囲に意識を向けた。次いで「七、八、九…」と数を数え始める。向かってきている敵の数だろう。
本人の承諾も得たところで、呂蒙はまず心当たりのある『腰』を探った。帯の中に短刀が一振仕込まれている。引き抜いたと同時、甘寧がはっと目を見開いた。
「……!おっさ、」
「うわ」
不意に飛び出してきた何者かの鳴き声は、呂蒙が反射的にぶん投げた短刀と共に夜闇に消えた。咎めるような甘寧の視線に、呂蒙は肩を竦める。
「無くなった」
「無くしたんだろうがよ」
巨木の影に隠れつつ、にじり寄る連中の気配をいち早く察知し、甘寧は弓を引く。その隙に、呂蒙は甘寧の四肢をまさぐる。足首に鏢、脛当てと着物の袖には峨嵋刺、手甲には礫が少々。衣服や装身具に紛れ込ませた暗器の数々を、ひょいと取り出していく。そして、出したそばから斬りかかってきた者共へ投げ飛ばす。
「…む、もう品切れか」
「おいタダじゃねぇんだぞ」
悪態をつきながら、呂蒙が討ち漏らした者を甘寧が射た。
矢も暗器もそろそろ心許ない頃合だ。俺も打って出るべきだろうか。呂蒙がそう考えていると、甘寧が引き絞る力にとうとう耐えられなくなった弓が、ばきりと折れた。
呂蒙を巨木に押し付けた甘寧は、背後に迫っていた敵に掴みかかると、呂蒙がそうしたように木の虚目掛けて敵の頭を叩き込んだ。一人目の上で、しんと静まった男の得物を探る。幸運にも再び弓使いであったが、不運にも矢が不足している。
手持ち無沙汰になった呂蒙からの視線に根負けした形で、甘寧が短く白状した。
「…足」
「どっちだ」
「右」
呂蒙は甘寧の右脚を検分したが、それらしいものは見当たらない。
「ないぞ」
「あるって」
首を傾げた呂蒙の足元で、先程甘寧が伸した男が「おのれ…」とか「タダで済むと思うなよ…」とかを呻き出した。
「おーおーもっと言ってやれ」
甘寧が揶揄すると、呂蒙は男の首根っこを引っ掴まえて、再び巨木へ向けて叩き伏せた。それでも男が藻掻くもので、呂蒙は片膝と片手を使って押さえつける。随分と頑強な奴だ。感心すらした。
にじり寄る連中との距離も徐々に狭まってきた。片手でわさわさと無遠慮に足を探る呂蒙か、はたまた未だに呻く刺客か、この状況か。痺れを切らした甘寧が、巨木の幹を蹴りつける。太い幹が子鹿のようにぶるりと震えると、刺客が二人わぁっと降ってきた。折り重なって事切れたそれらを、右脚で踏みつける。
「ここ」
呂蒙の眼前ではらりと覗いた甘寧の内腿には、皮の帯が巻かれていた。
「?なんだこれ」
「秘密兵器」
これを取れと言っているのだろうが、甘寧同様呂蒙もいよいよ手が離せない。最後の悪あがきか、遮二無二暴れる足元の男を両手を使って押さえ込む羽目になったからだ。幸い、帯の結び目は粗方解けている。あと少し引っ張るだけで解けそうではあるが。
「早く」
未だ内腿をあらわにしたまま、向かう敵の相手をしていた甘寧に急かされて、呂蒙は思い切って皮の帯を口にくわえて引っ張った。ずしりと妙な重みがある。
帯が解けたのと、呂蒙の拘束を振り切った男が、仲間の元へ駆け出したのは同時だった。弓を手放した甘寧は、呂蒙の口元からそれをするりと抜き取ると、男が逃げた方角へ向けて放り投げた。宙に浮いたそれは瞬く間に眩い光を放ち、次の瞬間には盛大に爆ぜた。
「爆っ…も、燃…?ええ…?」
「言っただろうが。タダじゃねぇんだよ」
高ぇ買い物だったが役には立ったな。ひと仕事を終え、甘寧はふぅと一息ついてしゃがみこんだ。文字通り上から降って湧いたそれらの持ち物を漁る。剣が一振り、十分な量の入った矢筒を背負う。燃える木々を見つめる唖然と見つめる呂蒙に声をかけた。
「あんたはステゴロの方が滅法強ぇが、次はちゃんと仕込んでこいよ。……ああ、それとも、そんなに検分してぇか」
俺の体、と甘寧の発言が続く前に、この場においてなによりも高い攻撃力を誇る呂蒙の拳は、寸分違わず炸裂した。甘寧の脳天に。