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    shishiri

    @shishi04149290

    マリビ 果物SS

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    shishiri

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    もしE2前に、真莉亜ちゃんと果物が対面していたら……。
    真莉亜ちゃんと檸檬がデート?する話

    コーヒー・カンタータ「あ」「げっ」
     たまたま道端で出くわした二人は、そう同時に声を上げた。年明け早々の連休というのもあり、昼下がりの丸の内オフィス街は買い物客がまばらに歩いているだけ――。だというのに、(どうしてこんな所で、よりによってこの男と……? )と、真莉亜の頭の中にはいくつもの疑問符が浮かんできてしまう。
    「げっ、て言い草はねえだろ!でもまあそれって、俺のことを知っているわけだ」
     目の前に立ち塞がった影は「話が早くて助かる」と笑い、写真で見たのと同じ鋭い一重の目を三日月の形に細めている。癖っ毛なのか寝癖なのか、あちこちに跳ねた明るい色の髪を(ライオンみたい)だと真莉亜は思った。もしかしたら、今にも大口を開けてパクリと喰い付いてくるかもしれないとすら思ってしまう。背が高くスリムな男の見た目はかなりカッコイイのだが、如何せんその目付きというか雰囲気が「まともな職業についていない」と堂々と主張してくるせいで、同じくその「まともでない仕事」をしている真莉亜でさえも、若干怯んでしまう始末だ。
    「なあ、真莉亜ちゃん。今から俺とデートしねえ?」
    「は?」
     ちゃん付けで呼ばれるほど親しい間柄どころか、真莉亜はこの男、檸檬については写真と噂話でしか知らない。以前、仕事を仲介してくれる男と世間話をしているときに、「最近、ずいぶんと名前が売れてきた若い奴らがいるんだ」と、一枚の写真を見せられたことがある。「こっちが蜜柑でこっちが檸檬」対になる可愛らしい名前と写真に映る男たちの姿とのギャップに目を白黒させ、ぱっと見二人は双子か兄弟かとも思ったが、目を凝らせばそれぞれの違いも見えてきた。それでもやっぱり似た雰囲気だな、しかもけっこうイケメンだし――というのが、そのときの真莉亜の印象だ。
     真莉亜が彼らを紹介されたということは、檸檬もまた、自分の顔写真をどこかで見たことがあるのだろう、と勘付く。何だかんだといって狭い業界であり、数少ない物騒な仕事を取り合うライバル同士でもあるのだから、自分以外の業者の情報を掴んでいるに越したことはないのだ。
    「もちろん、バイト代は出すぜ?」
    「バイト? デート、じゃなくて……?」
     理解が追いつかず、真莉亜は数度、瞬きをした。ふいにビル街を通り抜けていった風に髪がふわりと巻き上げられ、真莉亜は崩れた前髪を手早く直す。
     最初に聞いた「デートをしないか?」 という誘いは、聞き違いだったのだろうか。それにしてもだ――。「蜜柑と檸檬、仕事の腕は確かだけど、かなり無茶をするおっかない奴ららしいから。なるべく関わらない方が身のためだろうよ」写真を見せてくれた仲介業者の、そんな言葉を思い出した。
    (こっちから関わろうとしなくても、会っちゃったらどうしたら良いんでしょうね?)
     とにかく今は、相手の心象を損ねない、ということが重要だと判断する一方で、その意図が読めない檸檬の誘いに乗るべきか、それともうまく断るべきか……。と真莉亜はすぐさま頭をフル回転させる。
    「デートのていをしたバイトをしないか、ってことだよ。真莉亜ちゃん、この店を知ってるか?」
     明らかに動揺している真莉亜の反応などお構いなしに、檸檬はスラックスのポケットから携帯を取り出すと、メモ画面を向けた。
    「ええ……。知ってます」
     そこにあったのは、去年丸の内のファッションビルにオープンした、世界的に有名な某ブランドから独立した、新進気鋭のデザイナーが立ち上げた店の名前だった。
    「俺、ちょっとここに用があるんだけどよ。女ものの服を売ってる店なんだろ? 一人じゃさすがに入りづらくてよ」
    「あ、だから私も一緒に……?」
    「そういうこと! 真莉亜ちゃんに会えて、マジ良かったわ!」
     面倒くせえ説明抜きでも分かってくれるもんな〜!と、ニカリと口を大きく開け、八重歯を見せながら笑う檸檬の顔はあんがい子供っぽく親しみが持てる表情で、それまでの緊張感は吹き飛んでしまい、真莉亜はつい気を緩ませる。
    「バイト代として、そこで欲しい服を買っていいぜ。だから、付き合ってくれねえかな?」
     頼むよ、と手を合わせられ、真莉亜は「良いですよ」と頷いてしまった。檸檬の勢いに押されたというのもあるのだが、同業者として敵対するようなことがある前に、恩を売っておくのも悪くないと、計算が働いたからだった。
    「『お前は俺を助け、俺はお前を助ける』ってゴードンの名言を知ってるか? 今俺に恩を売っておけば、いつか助かるときがあるかもしれないぜ? 真莉亜ちゃん!」
     咄嗟に見上げた檸檬の口元はニヤリと笑ってはいるが、その細めた目に心の中まで見透かされたようで、真莉亜は「そう、ですね」とぎこちない笑顔を返すだけで精一杯だった。

     オープンしてから半年は経つその店は、オフホワイトを基調にした爽やかな雰囲気で、静かなピアノ曲が流れる店内には二人ほど先客がいた。
    「いらっしゃいませ、お探しの物はございますか?」
     さっそく真莉亜の前に現れたショートボブの店員は、柔らかな色合いのデニムスーツをスッキリと着こなしていた。小さめのラペルが上品で、共生地とビーズで作られた可愛らしいコサージュが、あえてアクセサリーを付けていない襟元を華やかに見せている。このブランドのコンセプトは、『エレガントさは失わず、そこにマニッシュさを加えることで、よりキャリアウーマンが輝けるファッションを!』なんだそうだ。美容院で髪をカットしてもらっている間、真莉亜は手にした雑誌でこのブランドの秋冬コレクション特集を見たことがある。デザイナーが元いたブランドの服と比べると、襟や袖のカッティングにゆとりが感じられ、抑えぎみのスカートのボリュームや絶妙な長さの裾丈のおかげで、着心地が良さそうに見えた。それでいて使われている生地や色使いがチャーミングで、ボタンや襟袖の装飾に遊び心があるため、特に真莉亜と同年代の女性からの注目度が高いらしい。そして何より、ハイブランドの三分の一ほどの値段だというのもあり、日本のOLでも買い求めやすいラインナップになっている。といっても、何気なく真莉亜が手に取ったワンピースは十八万円するので、気軽に買える代物とは言い難かった。
    「俺さ、今手持ちが十万くらいしかないんだよね。わりいんだけど、それで収まるくらいの服にしてくれねえかな?」
    「え? ああ……」
     この店の服を買ってくれるという約束ではあったが、さすがにこの値段はバイト代の相場として高すぎると分かっているので、真莉亜は持っていたワンピースをすぐに元の場所に戻す。
    「お客様、当店ではカードもお使いいただけますが……」
     真莉亜についた店員が、客の連れであり、どうやらその財布元だと思しき檸檬に愛想笑いを向けてきた。
    「ああ、俺。現金主義なんだよね。カードは使わねえんだ」
    「左様でございましたか、失礼いたしました」
    「別に謝ることなんかねえよ。それより、俺でも買ってやれそうなもんはない? 」
    「あの、別にここで買わなくても……」
     遠慮する真莉亜の前で、檸檬は「イイヨ!」と大袈裟に手を振ってみせる。
    「もっとゆっくり、店の中を見ればいいじゃん。これより安いのでも、気に入るもんがあるかもしれないぜ?」
     そう言って肩を竦める檸檬の様子から、(時間稼ぎをしてくれ)という合図を悟り、真莉亜は本来の目的を思い出した。檸檬がわざわざこのような店に来るというのも、それが彼のする仕事に関係しているからのはずだ。例えば次のターゲットがここの店員であり、事前にその様子を探りに来たのかもしれない。檸檬一人でこの店に入れば目立つのはもちろん、こうやって誰かを連れて来て店員の注意をそちらに向けるようにすれば、檸檬はその分、目的を果たしやすくなる。
    (まさか、今すぐここでってことは……)
     不安そうな目を向けると、適当に手に取ったジャケットを珍しそうに見ていた檸檬と目が合い、その顔がニコリと微笑んだ。どうやらその心配はなさそうだと、真莉亜は肩の力を抜く。
     一度引き受けたからには、協力しなければならないわけで、真莉亜は「じゃあ、お言葉に甘えちゃおうかな!」と、満面の笑みを浮かべて見せると、店内にある服を次々に手に取り、それを鏡の前で合わせていった。


    「お疲れ、真莉亜ちゃん!コーヒーでも奢るからよ、適当に座って待ってて!」
     ミルクと砂糖は要る? と訊かれた真莉亜は、「要らない」と首を横に振り、空いている席に向かった。そして、二人掛けのソファが向かい合うその席の、店内が見渡せる奥側に座り、脱いだコートとハンドバック、そして先程買い物をした店のショッパーを脇に置いた。
     薄手のダウンコートを左手に掛け、マグカップ二つを載せたトレーを右手で持って歩いてくる檸檬の姿を、今では真莉亜も落ち着いて見ることができた。ネクタイはせず、サックスブルーのシャツの寛げた襟を覗かせたグレージャケットとスラックス姿の檸檬は周囲にいる男性たちと比べても断然スタイルが良く、爪先が尖り気味の履き慣れた味のある革靴もその長い脚にしっくりと馴染んでいて、よく似合っていた。今回行く店の雰囲気に合わせたのか、それとも普段からこのような格好をしているのかは分からないが、そんな檸檬の様子が真莉亜の目には、会ったときよりも好ましいものに映っている。口調こそ乱暴なままだったが店での振る舞いもそれなりにスマートで、(思っていたより、いい人なのかもしれない……)、だなんて、見直してしまうほどだった。

    「呼び出されたから来てみたら、こんな所で油を売っているとはな」
    「コーヒーを飲んでいるんだよ! どこをどう見たら、油を売っているように見えるんだ? お前、どんな目をしてるんだよ?」
    「ものの例えに決まってるだろ。お前と話していると疲れる」
     降って湧いたかのような、その低い声が突然頭の上から聞こえてきて、真莉亜は反射的にそちらを見上げた。すると影がある二重瞼の男と目が合い、一瞬息を詰まらせてしまう。写真で見たことがある、もう一人の男。蜜柑の顔がそこにあった。
     黒のロングコートを着たまま、檸檬を奥側に押し退けるようにして隣に座った蜜柑は、断りもせずにコーヒーを飲んだ。
    「おい、それは俺のだぞ! 飲みたきゃ自分で買って来いよ!」
    「一口あればいい」
     平然と言い放つ蜜柑と、口を尖らせその顔を睨みつけているに檸檬が、コンビを組んで仕事をしているとは俄に信じられず、真莉亜は二人の顔を交互に見比べてしまう。
    「で、この女は?」
    「真莉亜ちゃん! お前、写真を見て知ってるだろ?」
    「ああ、そうだった」
     蜜柑の長い睫毛が上下に動き一瞥され、真莉亜の背すじにソワッと寒気が走る。檸檬に負けず劣らずのスタイルの良さ、濃紺のハイネックセーターがよく似合う蜜柑の顔立ちは、ファッションモデルだと言われたら信じてしまうほど整っていて、至近距離で見つめられるなんて何も知らなければ浮かれてしまうであろうこのシチュエーションも、彼もまた物騒な仕事をする業者だと知る真莉亜にとっては恐怖の方が勝ってしまう。誰だったか、檸檬よりも蜜柑の方が話が分かるので付き合いやすい、と言っていたのを聞いたことがあるが、今の真莉亜は「それは逆でしょ!」と、声を大にして反論したくなるくらいだった。
    「あの店に行くのに、真莉亜ちゃんに付き合ってもらったって。電話で話したろ?」
    「ああ。で、上手くいったのか?」
    「当たり前だ!バッチリだよ。なあ、真莉亜ちゃん?」
    「はあ……、たぶん。だって私、服を見ていただけだし……。それで良かったんですか、ねえ?」
    「檸檬のやつがそう言うんだ、良かったんだろ」
     仏頂面を崩すことなく、蜜柑はまたさり気なく檸檬の前のマグカップを手に取ると、コーヒーを飲む。爪の先まで整った長い人差し指でテーブルの上をトントンと弾いているのは無意識なのか、それとも蜜柑の神経質そうな性格の表れなのか、真莉亜には分からない。
    「そういうお前は、ちゃんと探ってきたのかよ」
    「お前こそ、当たり前のことを訊くな。それより、ちゃんと口止め料は払ったんだろうな? まさか、こんなコーヒー一杯ってことはないだろ」
    「口止め料って……!」
    「ちゃんとバイト代を払ったよ! なあ?」
    「ええ、確かに。ちゃんといただきました!」
     子供じみた反応だとは分かっていても、真莉亜は思わず頬を膨らませてしまう。
    「そうか」
     表情ひとつ変えずにジロリと睨む蜜柑の目に、真莉亜はだんだんと腹が立ってきて、けれどもこの場は堪えなければと、コーヒーに口をつけた。甘いフレーバーの柔らかな香りが鼻に抜けていき、ほっと大きく息を吐くと、少しだけ気分が落ち着いてくる。
    「真莉亜、お前。業者を辞めて仲介の仕事を始めるんだってな」
    「えっ? そうなの?」
     蜜柑の隣で素っ頓狂な声を上げた檸檬だけでなく、真莉亜自身がその問いに驚いた。業者の仕事は性に合っているとはいえ、女一人でこなすには、なかなか難しい部分もあり。よく仕事を回してもらう信頼できる仲介業者の一人に相談をし、そちらの仕事に少しずつシフトしようと動き始めたばかりだったからだ。
    「狭い業界だからな。知ろうとしなくてもその手の噂話なんてものは、案外流れてくるもんだ。お前だって、俺達のことは知っていたんだろ?」
    「え、まあ……」
    「業者の力量に合わせた仕事を見繕い、依頼主との間に立ってそれを捌いていくのは、思う以上に大変な仕事だろうな。せいぜい頑張れよ」
     そう言い残して立ち上がった蜜柑は背中を向け、真莉亜に向かって小さく右手を振ったかと思うと、そのまま店の入り口に向かって歩き出した。
    「待てよ、蜜柑。もう帰るのか? ってお前! 俺のコーヒー、ほとんど飲んでるじゃんかよ!」
     マグカップを傾けコーヒーを飲み終えた檸檬は、空になったそれを手にしたままコートを掴んで慌てて立ち上がる。
    「じゃあな真莉亜ちゃん! 今日はほんと、助かったぜ」
    「いいえ、こちらこそ。たいしたこともしていないのに、こんな高いブラウスを買ってもらっちゃって……」
    「気にしないでくれよ。蜜柑の言う通り、それで今日のことを口止めできるなら安いもんだぜ」
    「口止めって……。檸檬さんがあそこで何をしていたのか、私全然、分からないままですけどね」
    「それでいいよ!」
     ニカリと笑う檸檬の口元から八重歯が覗くのを見て、ようやく真莉亜はほっとした気分になる。そして檸檬の後ろ姿から視線を外し、少し冷めたマグカップを両手で持つと、ゆっくりとコーヒーを飲み干した。
     突然の出来事に初めは面を食らったが、なんの苦労もすることなくブランドものの素敵なブラウスを一枚ゲットできたのだから、ラッキーな一日だったと言える。その上、蜜柑と檸檬との対面もそう悪いものではなかったことに、真莉亜は胸を撫で下ろした。この先、仲介の仕事をするにしても、この業界を離れるわけではなく。だとしたら業者の仕事を続ける二人には、良い印象を持ってもらえている方が何かと都合が良いに違いない。

    「あ、そうだ」
     歩きかけた檸檬が立ち止まり、真莉亜のすぐ脇まで引き返してきた。そうかと思うと腰をかがめるようにして真莉亜の耳元近くに顔を寄せ、今日初めて聞く、低く乾いた声で囁いた。
    「この先も、俺達の仕事は邪魔しないでくれよな。女だからって容赦はしないぜ、俺も蜜柑も」
     言いようのない不安が、ぽとりと一滴、落ちて滲む。舌の奥に残るコーヒーは、酷く苦い味がした。マグカップを持ったままの指先に視線を落とすと、指先が微かに震えている。お気に入りのネイルの先が、いつの間にか一本だけ欠けてしまったような――。そんな不快感が、真莉亜の中に取り残された。
    (終わり)




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