果物! 下請け業者がいないと不便だな、とボヤきながら小学校によくあるような、鉄パイプのイスを脇に寄せる。
「俺たちの仕事は、情報を聞き出す、引き渡す、だろ?」
「そうだな」
「片付けてください、なんて一言も頼まれてねえぞ」
蜜柑もその発言には同感だった。拷問じみた仕事は、後片付けが面倒臭い。
本音を言えば、こんな倉庫ではなく雑木林にでも吊り下げてやりたいところだが、出涸らしのようになった相手を引き渡すためには、ある程度交通の便がいいところで行う必要がある。
一応利点もあって、帰り道が楽なところはありがたい。けれど、散々ぱら成人男性相手に、上げたり下げたり浸けたりした後に、その片付けをしなくてはならないのは嫌気が差す。その上、飛び散る液体やら何やらは、自分たちのものですらないのだ。
蜜柑が排水路に金網を蹴って嵌めると、檸檬が唐突にいいことを思いついた、と声を上げる。
「このあと書類にサインするよな?判子を押して」
「いま一仕事を終えたところで、面倒なことを思い出させないでくれ」
「そうだ、いい目のつけどころだぞ、蜜柑。面倒なんだよ。いいか、俺たちは毎回名前を書いて、判子を押す。しかも檸檬なんて画数の多い字を、疲れ切ったあとに書かなきゃいけないわけだ」
「蜜柑だって、二十画以上はあるぞ」
「張り合うんじゃねえよ。おい、檸檬と蜜柑には共通点がある。柑橘類なんて言うなよ、そんなの、檸檬、蜜柑とほとんど変わらないだろうが。いいか、果物だよ果物」
発言の意図が分かりかねて、倉庫の外へ足を向ける。冬も明けかけた、まだ弱々しい昼光で、空気が白んで見える。
「俺たち二人で仕事をする時はな、果物って書けばいいんだよ」
檸檬が空中に指を走らせる。なんていい思いつきだ、とでも言いたげにきらきらとした瞳を向けてくる。
「間違ってる。横棒が足りない」
少し草臥れて見える蜜柑の爪先が、先ほどより多く空気をかき回す。宙を舞う埃がクルクルと回る。
「果物、だ」
判子を新しく作り直さなきゃな、と思い至り、また、悪ふざけのような字面の注文票を書かなくてはならなくなったのだなと、気づく。