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    ジュリー稲

    @oryza_spontanea
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    ジュリー稲

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    【再録】ぎゆさねワンライより『公園/ランチ』。同棲ぎゆさね。

    ぎゆさねワンライより 『公園/ランチ』 同棲するときに決めたルールのひとつに、喧嘩しても絶対に一緒のベッドで寝るというのがある。
     その日先に怒りを見せたのは珍しく冨岡の方で、不毛な言い争い――――と言ってもまくし立てていたのは主に不死川の方だったが――――の途中で大きなため息をつくと無言のまま寝室へと去ってしまった。
     去り際に浮かべていた気難しげな表情は冨岡が滅多に見せるものではなく、下手に顔立ちが整っている分一層冷たく感じて、見送る不死川の胸は鋭く痛んだ。
    (あんな顔見たかったんじゃねェ)
     きっかけが何だったのかも忘れた、些細な始まり。大概は喧嘩の最中でも変わらずストレートな好意をぶつけてくる少々ズレた冨岡の様子に毒気を抜かれて不死川の怒りもとけてしまうのだが、今回は違った。明らかに、言い過ぎたのは不死川の方だった。
     明日は土曜日。せっかくの休みを前に何をしているのか。不死川は床に座り込み小さく吐息を溢す。平日は何かと忙しい分土日は二人だけでゆっくり過ごそうと、帰宅したときは思っていたのに。
     不死川は視線を閉じられたドアへと向ける。これまで自分の方が、冨岡への収まりきらない怒りから寝室に閉じこもったことは何度もあった。そのたび冨岡はノックも声がけもせず平然と中に入ってきて、ベッドに潜り込んだ不死川の隣に横になって一言、悪かったと言ってくれた。それがどれほど勇気のいることか、冨岡の立場になってみた今初めて理解した。
     不死川はのろのろと立ち上がり、寝室のドアの前で足を止めた。冨岡のことだ、怒ったというより傷ついたのかもしれない。不死川のように、むやみにカッとなるタイプではない。
     しばしためらった後で、そっとドアノブを回す。部屋の中は暗かったが、もれてくるリビングの明かりでベッドの中に冨岡が布団をかぶって潜り込んでいるのはわかった。不死川は後ろ手にドアを閉め、そっとベッドに近づく。
     ベッドにはいつものように、不死川分のスペースが空けてあった。冨岡の気遣いに鼻の奥がツーンとするのを感じながら、不死川は空いたスペースに横になり布団に潜り込む。
     こちらに背中を向けたままの冨岡は、何も言わない。それも仕方のないことだ。もともと口下手な男だし、今回に限っては不死川が全面的に悪い。不死川は寝返りを打つと自分も冨岡に背を向け、少し間を置いてから思い切って冨岡の背中に自分の背中を押し当てた。
    「冨岡ァ、起きてんだろ」
     返事はなかったが、冨岡の体がもぞもぞと動いた。不死川は鼓動が早まるのを意識しながら、意を決して謝罪の言葉を口にした。
    「さっきは悪ィ。俺が言い過ぎた」
     冨岡が再びもぞもぞ動く。
    「いや、俺も、不死川にひどいことを言わせてしまった。すまない」
    「テメェが謝るとこじゃねェだろ……」
     ささやき声でそう返すと、冨岡は寝返りを打って不死川の方に向き直り背後から体を抱きしめてきた。
    「仲直りだな」
     首筋に息がかかる。冨岡が微笑む気配がした。強い髪の感触が肌に触る。安堵が不死川の胸に広がっていく。
    「なァ冨岡」
     腰に回された手に手を重ねながら、不死川はそっと名前を呼んだ。
    「何だ?」
    「明日、公園にでも行かねェか」
    「明日は土曜だぞ。人も多いし家族連ればかりじゃないのか」
    「関係ねェ。それに、……俺たちも家族みたいなモンだろ」
     暗くてよかった、と不死川は思う。きっと耳まで赤い。からかうような奴ではないが、恥ずかしくて冨岡に見せられない。
    「不死川……!」
     冨岡の腕に力がこもる。少しは手加減しろと言いたいところだが、嬉しそうな冨岡に水を差したくはない。
    「弁当作るわァ。お前の好きなモン入れて」
    「タコさんウィンナー」
    「おォ、入れてやる」
    「……は、俺にも作れる。手伝わせてくれ不死川。一緒に作りたい」
    「勿論だァ」
     不死川は笑って、自分を抱きしめる骨っぽい冨岡の手を優しく撫でた。
     天気予報では、明日は晴れると言っていた。部屋にこもって水入らずで過ごすのもいいが、たまには二人でピクニックなんていうのも、休日の過ごし方としては目新しくて楽しいかもしれない。




     


     休日の公園は、思っていた通り家族連れで賑わっていた。
     遊具コーナーから聞こえてくる子どもたちの歓声に、不死川が視線を向け目を細める。年の離れた弟のことでも思い出しているのだろうか。冨岡は自分以外のものに向けられた優しげな不死川のまなざしに、軽い嫉妬を感じずにはいられない。そしてそんな未熟な自分が嫌になる。修業が足りない。
    「あそこにすっかァ」
     弁当の入ったトートバッグを肩掛けにした不死川が、冨岡のそんな感情を打ち消すように明るい声をかけてくる。指さしたのは何組かの家族連れがレジャーシートを広げる芝生の先にあるベンチだ。冨岡は無言でうなづくと、先に立ってベンチへと向かっていった。
     ベンチの上にはちょうどよく梢が張り出していて、心地よい日陰を作っていた。二人は弁当を広げるためのスペースを空けて腰を下ろし、そこへさっそくバッグから取り出したタッパーを並べていく。
     急に思い立ったことなので、タッパーの中には普段の弁当とあまり変わらないおかずが並んでいる。鶏の照り焼きとアスパラベーコンは不死川の作る弁当の定番だ。少し焦げたタコの形の赤ウインナーは冨岡が作ったせいで足の太さがバラバラ。玉子焼きはきれいに巻いてあるものと形の崩れたものが二種類。そこにブロッコリーとプチトマトが彩りを添えている。おにぎりは鮭と梅干で、少々不格好なのは冨岡が握ったからだった。
    「ありあわせのモンで作ったにしては上出来だなァ」
     公園に向かいがてら買ってきたペットボトルのお茶を手渡しながら、不死川が満足げに言う。冨岡は眉をひそめつつ、お茶のボトルを受け取った。
    「おにぎりとこっちの玉子焼きとタコさんウィンナーは出来が良くない」
    「そりゃ全部お前が作ったヤツだろォ」
     不死川は笑いながら、タコのウインナーをつまんで口の中に放り込んだ。
    「不味くなきゃ問題ねェよ」
     不死川の何気ない言葉に、冨岡の気持ちは軽くなっていく。いつもそうだ。不死川の屈託のない態度は、冨岡の心を解きほぐしてくれるのだ。
     時折梢を揺らして吹き抜ける風が、頬を優しく撫でていく。青く晴れ渡った空にはぽっかりと雲が浮かび、長閑なことこの上ない。男二人連れという組み合わせも、めいめいに楽しむ家族の注意はほとんど引いていないようでうるさい視線も飛んでこない。二人は時々短い言葉を交わしながら、食事を楽しんだ。平和だ。
     冨岡は形のきれいな方の玉子焼きを口に運び、じっくりと味わう。だし巻き玉子は冨岡家の定番で、それを話して以来不死川は冨岡の弁当にちょくちょく入れてくれるようになった。
    「美味い」
    「こっちも美味いぜ」
     不死川が器用に箸で持ち上げた形の崩れた玉子焼きの方は不死川家流の味付けで、甘い。幼い頃の弟や妹の好みに合わせていたら、自然とこの味に落ち着いたのだという。
    「焦げているし、上手く巻けていないぞ」
    「味付けは合格」
    「好きか」
     おにぎりを頬張った不死川が、こくりとうなづく。その仕草が愛らしい。本人にそう言うと、こんな傷だらけの男が愛らしいワケねェだろ、と怒るのだが、事実は事実なのだから仕方がない。
    「俺も好きだ」
    「だし巻き玉子の味が?」
    「不死川が」
     真っ直ぐに目を見つめて告げると、不死川は軽くむせた。
    「……何だァいきなり」
    「俺は幸せ者だ」
     不死川の困惑をよそに、冨岡は不死川を正面から見つめながら生真面目に言う。それに呼応するように、不死川の頬が赤みを帯びていく。
    「よせ、人前だ」
    「どこであろうと関係ない。今そう思ったから伝えただけだ」
    「そういう台詞は顔の米粒取ってから言えや」
    「む」
     言われて口の周りに手をやると、指先に米粒がくっついてきた。
    「テメェは本当に、……決まりきらねェヤツだなァ」
     笑いながら不死川は、冨岡の口許に手を伸ばしてくる。反対側の口の端から玉子焼きのかけらをつまみ取った不死川が、ほとんど甘いと言っていいくらいの柔らかなまなざしを向けてきて、冨岡は食べるのも忘れてつい見惚れてしまう。
     不死川のこんな姿を見られるなら、いつまでも決まりきらない男でいて構わない、と、割合真剣に思う冨岡なのであった。
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