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    #final

    過去ログ2『火事!フレディファズフライト全焼!』

    新聞記事に大きく書かれた見出しを見たとき、マイクは驚いた。かつての職場が全焼したのだ。いい思い出などは一切なかったがザマアミロと嘲笑えるほど人でなしではない。マイクは金属の梁やバネが詰まったオイルが流れる冷血ではなく、温かな肉に血が通った人間なのだ。
    フレディファズフライト、かつてはフレディファズベアーと呼ばれたピザ屋が新装してまた店を開くとは聞いていたが、まさかお化け屋敷に姿を変えるとまでは知らなかった。マイクがあえてその店の情報を遮断していたこともあったが。ただマイクが気になった点は一つだ。よく確認しようと新聞記事を机の上に広げるとまだ湯気の立つコーヒーに手を伸ばした。時計は六時を過ぎ、窓の外は白ばんでいる。穏やかな朝だった。あのピザ屋をやめてから始めた昼間のデスクワークも今日は休みだ。

    「オークションだって?」

    全焼した店からサルベージしたものをオークションにかけるとインクではっきりと書かれていた。一体何が見つかったのか、それらは…夜に動き出すものではないのか。口に溜まった唾液を呑み込むと充電中のノートパソコンを引き寄せ開いた。スリープモードから解放されブルーライトが放たれる。
    どうやらオークションはネットからでも参加できるようだった。オークション開始の時間は今日の午前十時かららしい。

    「なんで今日仕事じゃなかったんだろう……」

    呻くように呟くとオークションサイトにログインした。かつて買ったジーンズやコートの履歴が画面に映し出される。その隣に並んだ閲覧履歴にフレディの人形が並んだ。こうして眺めて見れば可愛いデザインのはずだった。茶色くてシルクハットと蝶ネクタイで仕立てられたクマ。
    だがマイクの記憶にあるフレディはあまりにも残忍で凶暴だった。ガラスで作られているはずの目は暗闇の中で血走っていた。思い出すだけでぶるっと背筋に冷たいものが流れる。
    ピザ屋よりお化け屋敷のマスコットの方がしっくりくるぜ、と泣き叫びそうになるのを堪えて吐いた罵りが蘇る。まさかあのことが本当になるなんて恐怖で震える指先でカメラをスライドしていたときの自分に教えてやりたかった。そして自分はあの五日間を無事に乗り切ることができるのだと。
    もう一度時計を確認した。まだ十時までには時間がある。その時間までもう少しフレディファズフライトで起きたことが知りたかった。テレビを点け、ニューズ番組にチャンネルを合わせる。オークションのタブを残したままフレディファズフライトを検索エンジンに打ち込んだ。
    検索に引っかかったものと言えば都市伝説じみたものに、あのピザ屋で本当にあった事件のことまで様々だった。
    時計が八時過ぎを示したときにニュースでもフレディファズフライトの火事が取り上げられた。
    だがニュースに取り上げられたものは質素なものだった。街の隅のお化け屋敷が電気配線がショートして火事になった、と伝えるだけの。
    かつては子どもたちの遊び場であり、家族で訪れる美味しいレストランでもあったはずのピザ屋の終わりを告げるニュースはあまりにも素っ気なかった。
    見ていたマイクの胸に何の感慨も与えることはなかった。ただあったのは不思議な喪失感だけ。
    すっかりフレディファズベアーに詳しくなった頃には時計がオークションの始まりを告げる時間を指そうとしていた。時計の針を睨むように見る。こうしていると一分が過ぎるだけがとんでもなく遅く感じるのを知りながらマイクはそうしていたかった。

    どうして太陽の光はこんなにも穏やかで優しいのか、と思ったのは一度や二度だけではない。穏やかな午後の光が照らす大通りを歩きながらマイクは今日も思っていた。血錆と苦痛に塗れた悪夢を見てもこの光の中に身を投じるだけで救われる。あの五日間を越えて、夜明けにこの道を歩く度にその感覚を五回も味わった。
    なのにマイクの足は悪夢の場所へと向かっていた。今日の仕事が午前上がりだったからだ。それだけが理由にはならない。くたくたにくたびれた鞄の中にはフレディの煤けた人形が入っていた。オークションにはベースを構えたボニーの小さなキーホルダー、カップケーキを手にしたチカの描かれた陶器の皿、海賊の入り江のカーテンからフォクシーが覗いたイラストのボールペン、オークションに売られたものはどれも大したものではなかった。肩すかしを食らいながらマイクが落札したものはフレディの人形だった。
    そこにプリントされた人形たちはどれも可愛く優しげな表情を浮かべている。しかしマイクの悪夢のような五日間に拝んだその表情はどの人形も瞳孔を開いて憎悪を隠そうともせず敵意と悪意を剥き出しにしていた。そんな人形たちが恐ろしくて嫌いで仕方がなかったのに、マイクはどうしてかフレディの人形を手に入れてしまっていた。見えない何かに操られているかのように。
    そして今も。マイクは目には見えない力に引き寄せられるようにかつての職場へと足を向かわせていたのだった。

    そして辿り着いた昔の職場は、悲しいまでに焼き尽くされていた。コンクリート張りだったためか建物自体に目立った崩壊の様子はなかったが、窓は熱で割れ、壁は真っ黒に焦げつき、夜の闇に紛れてしまえば輪郭を掴むことすら難しいだろう。
    昼間の高い位置にある太陽に照らされ、落とした影は濃く、悲壮感を漂わせていた。
    建物の周りには黄色い立ち入り禁止のテープが雑多に張られている。ここまでするならさっさと取り壊すべきだと住民は思うだろう。マイクも前知識なくここへ訪れたならそう思っただろうが、取り壊すには何やら不穏な噂が囁かれていた。
    夜になると影のように真っ黒に焼けてしまったフレディが恨めしそうに窓から覗くというものだ。
    だが実際問題、ここを取り壊すのには資金が足りないということらしい。
    しかしこうして昼間に訪れてみれば、噂は噂だと一笑できるほど穏やかな空気に包まれていた。

    「どうかしてるぜ……」

    この店の中で何度マイクはこの台詞を呟いてきただろうか。本当にどうかしているのは間違いないようだった。マイクは「KEEP OUT」と書かれたテープが弛んでいた場所から身体を滑り込ませ、割れた窓から店内に侵入を果たしていた。マイクはもうここの警備員ではない。不法侵入に値することをしているのは重々承知しながらマイクは足を止めることができなかった。犯罪者データーベースが記録されたトイシリーズがいれば、マイクは今度こそあの被り物をプレゼントされるのだろうと自嘲気味に笑いながら破裂しそうなほど脈打つ心臓の上に手を置いた。もうここには人形はいない。もしこの場に残っているならサルベージされているはずなのだ。だからここにいるのはマイクだけだ。足音もマイク一人分しか聞こえない。そのはずだった。
    足音が遠くから聞こえる。ゆっくり踏みしめるようにゆっくりゆっくりと店内を歩く音が静かな店内に響いていた。ざあっと血の気が引く音が聞こえるほど体温が下がっていく。貧血を起こしたように気分が悪くなる。
    フレディか、チカか、ボニーか、それとも…フォクシー?誰かは分からない。だが誰かがいるのは間違いない。心臓が暴れ狂う。早くここから逃げろと警告音が脳内に響いていた。すぐ隣にある割れた窓から飛び出せと。もう警備の仕事はないのだから。

    「っ……!?」

    廊下から何かが覗いている。お化け屋敷らしく暗闇が演出された廊下の端はぼんやりとしか見えない。だが何かが間違いなくそこにいる。本能に等しい直感が働いていた。マイクに何かを訴えかけている。窓から差し込む日光はマイクを救わなかった。

    付いてきて。こっちにきて。何もしないよ。と廊下の曲がり角から誰かが声に出さずマイクに話しかける。この店であんな目に遭ったことがある人間が信じられるはずもない。常識ではそうだったが、今のマイクに常識はなかった。
    ふらふらと混濁した意識のまま廊下を渡り始めていた。体中から失せた体温と血の気は心臓に集結したようにドクドクと熱を帯びている。きっと今ガワを被せられたら血は一滴も出ないだろう。心臓を一突きされなければの話だが。

    マイクは廊下の端まで辿り着いた。そしてぎくしゃくと首を動かし、曲がり角を見た。
    そこに彼はいた。
    焼けてしまったというより、フレディの影をそのまま切り離したような…真っ黒なフレディが。
    内骨格はないのか、ぽっかりと空いた目は寸分先も見えないほど真っ暗だ。見ているだけで呑み込まれてしまいそうな闇が佇んでいる。
    だが不思議と敵意は感じられなかった。あるのは……子どものような無邪気さだ。マイクに見せたいものでもあるのか、真っ黒なフレディはマイクに背を向けゆらゆらとカゲロウのように歩いていく。
    夢遊病患者のようにマイクはそれに付いていった。向かう先に何が待ち構えていても関係無しに足はフレディに続いていく。どこかから闘牛士の歌が聞こえた。
    それが……マイクの先を行くシャドウフレディの口から奏でられるものだとマイクが気が付くはずもなかった。
    音楽に乗せられて歩くその姿はまるでパレードだった。観客は一人もいない暗闇に馴染んだ妖しいパレードだ。
    二つ目の曲がり角を曲がったとき、突然真っ黒なフレディが消えた。闇に溶け込んだようにふっと消え去ったのだ。そのときマイクはこの異常な事態を自覚した。
    幻覚を見たのだ、と。あの忌まわしい警備員の仕事の最中に見た、あのときと同じ。器官に真綿を詰め込まれたように息ができない。パニックを起こしそうだった。

    その場に膝を付き喘いだ。酸素が欲しくてたまらないのに呼吸は肺から絞り出される。無数の脂汗が額に浮かび、こめかみを伝った。そのとき、不意にマイクの足下を白い明かりが瞬き、マイクの苦悶に満ちた表情を捉えた。

    「おい!あんた……。おい!一体何が?!」

    驚愕でほとんど叫びに近い声だった。切れかけた電灯のようにチカチカと視界が暗転を繰り返す中、マイクが見たのは人間だった。逆光だったがマイクより少なくとも二十歳は年上らしい男だ。髪の毛は豊かだが白髪が混ざり灰色に見える。

    「なあ、まさかアイツを見たのか!?」

    見知らぬ男は見た目より力強く、マイクの肩を掴むと壁に背をもたれさせ座らせた。人間に出会えたという安心感が即効性の薬だったようだ。たちまちマイクの呼吸は落ち着きを取り戻すとまじまじと男の顔を見た。

    「見たって……?あの、それって…?」

    「ウサギのアニマトロニクスだ!黄色くて薄汚いボロボロのクソッタレでイかれた野郎だよ!」

    乾いた口の中に唾液を溜めると呑み込んでマイクは否定した。マイクが見たものはウサギなんかではなかったと。
    真っ黒なフレディが消えた場所を指差すと男は顔をあからさまに顰めた。顎に生えた無精髭を指で撫で、溜め息を吐いた。

    「兄ちゃん、あんたは早くここから立ち去ることをオススメするぜ」

    どうせ大した用はないだろ、と続けると送っていくとマイクを立たせた。

    「いや…まだ俺は……」

    怪訝そうに男が振り向いた。

    「お前も変なモンに好かれたらしいな。俺も―――」

    マイクの前に男が何かを突きつけた。丁寧なことに男は手に持っていた懐中電灯で手元を照らしてくれた。マイクの視線が捉えたもの、それは社員証だった。名前は『ジェレミー・フィッツジェラルド』と書かれている。それは二枚重なっていた。
    突き出された手前の社員証はまだ新しく、その下に重なったもう一枚の社員証を見て絶句した。

    「フレディファズベアーとフレディファズフライト……!」

    男はぞんざいにジャケットのポケットにしまうと胸を小さく叩いた。

    「そういうこった。変な縁に恵まれてな……」

    ジェレミーは再び無精髭を撫でると目を閉じた。過去を思い出しているような険しい表情だった。
    そのままマイクはジェレミーの話に耳を寄せていた。元々話し好きではあったらしくジェレミーの話はところどころ脱線したものの、マイクの興味と好奇心を満たすには十分すぎるほどの話だった。

    「つまり…噛み付き事件のその場に立ち会わせていたのか……」

    昼間のパーティールームで色とりどりの風船が舞う中、惨劇は起きてしまったと。思い出すのも苦々しいとばかりにジェレミーは髪をかきむしってその場で狂おしげに身を捩った。
    だが同じ経験をした者に話を聞いてもらいたいという願いを痛いほどに感じられ、マイクは黙ってジェレミーの痛みの記憶に寄り添った。自分がそうされたかったからだ。

    「あの悲鳴、血の匂い、今も夢に見るんだ。そして……トイシリーズたちの凍り付いたような…あの殺気立った目を…」

    被害者の前頭葉を歯で抉り去ったのはトイフォクシーと呼ばれるアニマトロニクスだったとジェレミーは語った。乱暴な子どもたちを相手にして一度も怒る素振りすら見せなかった彼女が、そのときだけはおぞましい憎悪に満ちていたと震える声で言葉を続ける。トイフォクシーだけではない。トイフレディもトイボニーもトイチカでさえあの場に居合わせたときの表情は、夜にだけ見せる表情だったと。

    「今も思うんだ。俺……アイツに殺されなくて良かったって。卑怯だよな、同僚があんなことになったって言うのに」

    ジャケットのポケット越しから社員証を強く握った。自分の無力さと恐怖に負けた卑怯さを憎むように強く眉間に皺を寄せて。

    「だからか?このフライトの警備員を請け負ったのも……」

    突然ジェレミーが顔を上げ、ぐっと顎を引いた。強ばった表情に明確な意志が表れている。

    「その通りだ。だから、俺は……ここにきたんだ」

    本来の目的を思い出したようにジェレミーの視線がマイクから外れた。ジェレミーの視線の先にあるもの、それは突き当たりの壁だ。焼け落ちて壁紙の一部が剥がれている。
    覚悟を決めるように大きく深呼吸を繰り返すとジェレミーは残った壁紙の端を掴み一気に下へと引き剥がした。

    「ジェレミー!?あんた何やってんだ!」

    マイクの静止も耳に入らないかのようにジェレミーは一心に壁紙を剥いでいった。そして剥がしきった壁紙の中から現れたのは煤けた壁だった。だが一つおかしな点を挙げるとすればその壁は周りから浮いていた。好意的に捉えるならペンキを塗り直したかのように、その壁は違和感を訴えている。
    そしてもう一つ、マイクが違和感を感じたものは…壁の真ん中に不自然な亀裂が走っていることだ。

    「マイク!見てないで手伝えよ!」

    すっかり同僚扱いだった。そのことに不満を感じるまでもなくマイクに戦慄が駆け抜けていった。
    この場所はまさに……真っ黒なフレディが消えていった方向だった。
    マイクの恐怖など露知らず、ジェレミーは亀裂に指を引っかけ壁の一部を崩していった。
    黙々と作業するジェレミーの隣に並んだマイクは考えた。この壁は熱で劣化してしまっていたのだろうと。しかし、それにしてもやはりこの壁はおかしい。あまりにも脆かった。拳を痛くない程度に打ち付けるだけで簡単に崩れていく。まるで壁そのものが中にあるものを見つけて欲しがっているように。
    モヤのかかった不安感の霧が晴れる前に壁は崩壊した。マイクとジェレミーの二人の前で、この店に隠され続けてきたものが暴かれたのだ。

    「扉が……」

    呆然と呟くマイクを余所にジェレミーは扉を蹴り上げた。それはあまりにも簡単に破られた。
    壁と扉、二つの障壁に隠されていたものを見てジェレミーは動きを止めた。マイクも一歩も動けなかった。
    その中に隠されていたもの、それは…小さなシルクハットだった。
    がらんとした殺風景な部屋の真ん中にポツンと寂しげに置かれたシルクハットが誰のものか、見間違えようがなかった。これはフレディのものだ。
    ショーが終わってしまった後のような寂しげな部屋の風景に二人は打ちのめされていた。

    「あの真っ黒なフレディのものか……?」

    「真っ黒って、ああ……。俺はシャドウフレディって呼んでたけど」

    直感がそうだと告げていた。これを見つけて欲しかったのだろうか。
    そしてまた直感が告げる。そうだ、と。
    ジェレミーに促されるままマイクはシルクハットを手に取った。全く不思議なことが起きる日だった。シルクハットは少しも焦げ付くこともなく、埃も被っていなかった。

    「アイツも寂しかったのかな…」

    こんなところにずっと縛り付けられ朽ち果てるのを待ち続ける人形たちの気持ちを初めてマイクは考えた。これがもし自分だったら誰かを道連れにしたくなっても仕方ないような気がした、その被害を被るのが自分の可能性があったことも忘れてはいない。そんな物騒な考えを振り払うとシルクハットを大切そうに手に取った。フレディのステージ衣装だ。粗末に扱ったら罰が当たる。次は皮を剥がれてシルクハットの素材にされるかもしれない。

    「おい!マイク!」

    センチメンタルな気分もジェレミーの素っ頓狂な声で台無しだ。苛立ちを隠さず振り返るとぎょっとした。

    「何だそれ……」

    全てのものはサルベージされたはずだった。だがこの部屋に隠されたもの以外は、だ。
    手にするのも不気味だと言いたげな表情でジェレミーが手にしていたものは、すっかり朽ちてどす黒くなってしまっていたボニーの人形だった。

    「なあ、そのボニーの人形も持ってくの……?」

    できればその場に捨てていって欲しいと一縷の願いをかけながら問いかけたが、ジェレミーはその人形を手放さなかった。

    「多分、これボニーじゃなくて…スプリングトラップだな」

    聞き慣れない名前だった。ボニー以外にウサギ型のアニマトロニクスはいなかったはずだったが、このフライトの警備に当たってジェレミーは新参に鉢遭わせてしまったらしい。
    ジェレミーは忌々しそうにどす黒く汚れたボニーの人形を手にしながら、もう出ようとマイクを誘った。どうしてもその人形を連れて行くつもりらしい。この見るだけで呪われそうな人形をだ。ジェレミーの肝っ玉が羨ましい限りだと皮肉を込めて溜め息を吐くと、無頓着にジェレミーはマイクの肩を叩いた。
    長かった廊下を渡りきるとやっと窓から差す日差しを浴びることができた。ここにいた時間は一時間足らずだったにも関わらず、数時間の出来事のようだった。ここは時の流れがノロマということを思い出せただけ儲け物だとイヤミが次々と脳内で弾ける。

    「なあ、これも何かの縁だ。よかったらこの後メシでもどうだ?」

    服に纏わり付いた灰や煤を払うとマイクはにやっと笑みを浮かべた。

    「もちろんだぜ、同僚。今度は俺の話を聞いてくれよ。あの楽しかった五日間の話をさ」

    「いいねえ。ビールでも煽りながら聞きたいもんだ」

    帰り道は安堵の時間だ。今日も命を失わずに済んだと気持ちがよくなるくらいの達成感を覚えるほどの安堵感に包まれて家路につく。今日この日も変わらなかった。ただ違うことは誰かにこの話ができるということだ。それだけで大きく救われる。
    美味しいドイツ料理店があるとジェレミーに案内された大通りに移動式の屋台が立っていた。青空に映える色とりどりな風船だ。風に吹かれふわふわと頼り無さげに揺れている。

    「あそこだ。あのドイツの国旗がかけられてる店。先に入っててくれないか?俺ちょっと忘れ物しちまったみたいだ!」

    マイクがこの一時間足らずで分かったことはジェレミーという男は大胆で強引だと言うことだった。その勢いに年下であるマイクが逆らえるはずもない。あの店の深夜警備員の先輩なだけあった。半ば無理やり店の扉を潜らされるとジェレミーは振り返りもせず抜け出していった。
    忘れもの、というならばあのピザ屋に忘れ物をしたのだろう。あそこに一人で戻れる精神は見習えないものだと呆れつつ店員にテーブルに通してもらうと、ふと閃いた。何故だが今日はマイクの勘は冴え渡っているようだった。鞄に入れたままのフレディがそうさせているのだろうか。マイクは差し出されたお冷やを一気に煽ると、店員を呼びつけた。

    「ジェレミー!」

    ジェレミーは焼け落ちたフレディファズフライトの前にしゃがみ込んでいた。突然声をかけられよほど驚いたのだろう。肩をビクッと震わせその勢いで立ち上がった。

    「何だよ、マイク……お前、店にいったはずじゃ」

    「店には来ただろ?」

    あのジェレミーの度肝を抜かせた優越感を感じながら、ジェレミーの手元を覗き込んだ。

    「笑うなよ…!俺だって馬鹿げてると思ってるよ」

    手元には三つの風船が揺れていた。三つの風船を留めるための紐は真っ黒に染まったボニーに、ではなくスプリングトラップに結びつけられている。今にも手を離して空に放ってやろうとしているところだった。

    「これ見てジェレミーを笑いにきたと思うのかよ」

    今度はマイクがジェレミーの前にあるものを突き出した。
    それらはフレディの人形に、先程拾い上げたシャドウフレディのシルクハットが包まれた袋だ。それぞれに風船が括り付けられている。
    つまりジェレミーと同じことを考えていたという訳だ。同じ職場に引かれ合うだけあると案外、発想も似通ってしまうものなのかもしれない。

    「それ、落札したのか?」

    フレディのぬいぐるみをジェレミーが指差した。

    「俺が働いてたとき、プライズルームにあったやつだ」

    懐かしそうに目を細めると優しくフレディの鼻を摩った。パフ、と気の抜けるような音が響く。声を出してジェレミーが笑った。
    準備は整っている。あとは風船を空にはなってやるだけだった。この地を離れ、人形たちはやっと人間の手から離れることができる。そんな考えがあってのことだった。ようやく誰かの手に苦しめられることもなく自由になれると、そんな囁かな願いを込めてマイクとジェレミーは風船から手を離した。ふわりと軽々と宙に浮かび上がる。
    この苦痛に満ちた場所に縛り付けられる必要はないのだ、と語りかけるように二つの人形と一つのシルクハットに視線を投げかけた。
    フレディはバンドのリーダーだ。もうこの場に戻らなくていいと知れば、それをボニーとチカとフォクシーにも伝えてくれるだろう。そしてスプリングトラップは……どこに行くのだろう。
    三つの影が見えなくなるまで二人は風船の行方を見守った。どうか彼らに安息が訪れるように、と惜しみなく願いながら。少なくともマイクだけはそれを願った。

    「そろそろ離れようぜ。ポスターの注意書きにあったろ。暗くなる前に帰りましょうってな」

    ポスターの内容なんて覚えてないと苦笑いを浮かべながらジェレミーがタバコに火を付けた。弔いの炎のようにタバコの先が赤く点滅し、細い長い煙が風に乗って空に舞い上がっていく。
    船の出向を祝う紙テープのように煙は空へと続いていった。
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    pa_rasite

    DONEブラボ8周年おめでとう文
    誰かが見る夢の話また同じ夢を見た。軋む床は多量の血を吸って腐り始めている。一歩と歩みを進める度、大袈裟なほどに靴底が沈んだこの感触は狩人にとって馴染みのものだった。獣の唸り声、腐った肉、酸化した血、それより体に馴染んだものがあった。

    「が……ッひゅ……っ」

    喉から搾り出すのは悲鳴にもならない粗末な呼気だ。気道から溢れ出る血がガラガラと喉奥で鳴って窒息しそうになる。致命傷を負ってなお、と腕を手繰り寄せ振り上げる。その右腕に握るのは血の錆が浮いたギザギザの刃だ。その腕を農夫のフォークが刺し貫いた。手首の関節を砕き、肉を貫き、切先が反対側の肉から覗いた。その激痛にのたうちまわるどころか悲鳴さえも上げられない。白く濁った瞳の農夫がフォークを振り回す。まるで集った蝿を払うような気軽さのままに狩人の肩の関節が外された。ぎぃっ!と濁った悲鳴を上げればようやく刺さったフォークが引き抜かれた。その勢いで路上に倒れ込む。死肉がこびりついた石畳は腐臭が染み込んでいる。その匂いを嗅ぎ取り、死を直感した。だがこれで死を与える慈悲はこの街にはなかった。外れた肩に目ざとく斧が叩き込まれたのだ。そのまま腕を切り落とす算段なのだろうか。何度も、何度も無情に肩に刃が叩き込まれていく。骨を削る音を真横に聞きながら、意識が白ばみ遠のきだした。いっそ、死ねるのであれば安堵もできただろう。血で濡れた視界が捉えるのは沈みゆく太陽だ。夜の気配に滲んだ陽光が無惨な死を遂げる狩人を照らし、やがて看取った。
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    pa_rasite

    DOODLEpixivにアップしてたの引っ込めたのでこちらに
    過去ログ4今にも雪が降ってきそうな灰色の空をした日のことだった。吐く息は白く濁って空の色に溶け込んでいく。どんよりとしたこの鉛色の感情も溶け込んでしまえば楽になれるのにと少年はとめどなく溢れる涙を袖で拭った。着古して薄くなったコートの袖は涙をたっぷりと吸って重たくなっている。
    今日は少年の7歳の誕生日だった。本当ならフレディ・ベアーズ・ダイナーで誕生日会を開いてもらえる予定だったが……。今日に限って両親の仕事が立て込みパーティーの計画はキャンセルされてしまった。両親の仕事が忙しいのはわかっている。少年の家は自営業を始めたばかりだった。

    『仕事が軌道に乗ればフレディのお店よりも立派になるぞ!』

    パーティーが急遽取りやめになった少年を慰めようとした父の言葉を思い出したが、そんなことはどうでもいいのだ。せっかくの誕生日なのにパーティーも開かれず、フレディから誕生日の冠もメダルも首にかけてもらえない。こんな不幸はなかった。ケーキはフレディの店に頼んでいたから用意できないが、プレゼントだけは用意してくれると母が約束してくれた。だがそれが望みじゃない。一番の仲良しの友達のようにフレディのお店でパーティーを開いてバースデーケーキが欲しいだけ。ちゃんと誕生日の日にだ。来週の日曜日に新しくパーティーの予約を入れてもらったからというのは少しも慰めにならない。
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    過去ログ10ここは地獄だ。そう独り言ちたのは帰る家を何年も前に無くしたような襤褸を纏った一人の男だ。目元は古びた包帯に巻かれ塞がれているが、不思議と視界に問題はなく岩場をゆっくりと降っていく。降る途中、目についたのは青白い肌をした巨人だ。その巨体に釣り合いの取れた大砲のような銃を構えている。
    こちらに気がついていないのを幸いに、シモンは静かに弓を引いて狙いを定めた。毛髪のない巨人の頭だ。狙いを定める時間は短いにも関わらず、矢の切先は巨人の頭部を貫き脳漿をぶちまけた。巨人の命を刈り取ったのを見届ければ、またゴツゴツとした足場の悪い岩場を降る。
    鼻につく血腥さはべっとりと張り付き、吐き気を誘った。
    シモンは口と鼻を覆うように襟を立て、袖口で顔の半分を抑える。血の川が流れるのは一際目立つ、壮大な教会だった。地面を埋めつく夥しい量の血は教会から流れている。本来であれば救い手になる為の聖域だ。そこから穢らわしい血が溢れかえっているのだ。その悍ましさに身の毛がよだつのを堪え、慎重にその足を進めていった。べちゃりべちゃりと靴底を鳴らすのは血だけではない。砕けた肉片までもがへばり付いているのだ。
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