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    ブラボ8周年おめでとう文

    #Bloodborne
    #ブラボ
    bravo

    誰かが見る夢の話また同じ夢を見た。軋む床は多量の血を吸って腐り始めている。一歩と歩みを進める度、大袈裟なほどに靴底が沈んだこの感触は狩人にとって馴染みのものだった。獣の唸り声、腐った肉、酸化した血、それより体に馴染んだものがあった。

    「が……ッひゅ……っ」

    喉から搾り出すのは悲鳴にもならない粗末な呼気だ。気道から溢れ出る血がガラガラと喉奥で鳴って窒息しそうになる。致命傷を負ってなお、と腕を手繰り寄せ振り上げる。その右腕に握るのは血の錆が浮いたギザギザの刃だ。その腕を農夫のフォークが刺し貫いた。手首の関節を砕き、肉を貫き、切先が反対側の肉から覗いた。その激痛にのたうちまわるどころか悲鳴さえも上げられない。白く濁った瞳の農夫がフォークを振り回す。まるで集った蝿を払うような気軽さのままに狩人の肩の関節が外された。ぎぃっ!と濁った悲鳴を上げればようやく刺さったフォークが引き抜かれた。その勢いで路上に倒れ込む。死肉がこびりついた石畳は腐臭が染み込んでいる。その匂いを嗅ぎ取り、死を直感した。だがこれで死を与える慈悲はこの街にはなかった。外れた肩に目ざとく斧が叩き込まれたのだ。そのまま腕を切り落とす算段なのだろうか。何度も、何度も無情に肩に刃が叩き込まれていく。骨を削る音を真横に聞きながら、意識が白ばみ遠のきだした。いっそ、死ねるのであれば安堵もできただろう。血で濡れた視界が捉えるのは沈みゆく太陽だ。夜の気配に滲んだ陽光が無惨な死を遂げる狩人を照らし、やがて看取った。

    そうしてまた、狩人は1人診療所で目を覚ました。腕に繋がれたままの輸血のチューブも変わりない。ただ当たり前のように死の直前から目を覚ますのだ。
    この街の狂気に晒され、きっと自分も精神に異常をきたしたに違いない。そう思いて身近にあった銃で頭を撃ち抜いた。だがそれでも死に迎え入れられることはなかった。診療所にある薬瓶を掴んで手当たり次第飲み干し、心臓を止めても。輸血液が注がれたチューブで首を括っても。獣の腹の中に収まっても。そして、こうして市民たちの手で葬られても狩人は死ぬことはなかった。
    人の気配のない診療所内に橙色の夕日が差し込む。暖かなはずの陽の光は落ちることはない。まるで狩人の行先を見守るかのようにぽっかりと空に浮かび続けているのだ。陽の暖かささえ忌々しく感じさせる街を訪れたことを後悔した。そして次に狩人は、馴染みになった床に靴底を沈めながら進んだ。診療所の扉を開け、何度も足を運んだハシゴに足をかける。数十メートルも上り詰めればふと視線を背後に向けた。そこにはやはり死ぬ前に見た景色と寸分変わらない高さにある太陽が見えた。灰が頬を掠め、視界が眩む。そしてハシゴから手を離した。反射的にハシゴを掴みなおそうと指が踠きかけるがそれを堪え、靴底でハシゴを蹴って後ろに飛んだ。鋭い風切り音と浮遊感に瞼を閉じる。歯が砕けるほどに噛み締めながら来る瞬間を待ち侘びた。頭蓋骨が叩きつけられ、柘榴のように割れるその直前に獣の咆哮が遠くから聞こえた。そして次に、花の香りがした。石畳に流れていく血の感触が霞んで、頬に触れる土の感触が鮮明になる。

    「狩人様」

    血の通わぬ女性の声だ。だというのに何よりも安堵を感じる。息が詰まるような、日の暮れる街に残された小さな希望の燈だ。花が咲き乱れる地面に横たわるように眠っていたようだった。全身を払いながら声の主へと視線を送る。
    随分と懐かしい夢を見ていた。花の香りに全身を包まれながら彼女のもとへと歩み寄った。血も死臭もない。清潔な世界は夢だと教えられた。夢の中で夢を見るなど、奇妙な話だろう。しかし今し方、微睡の中で追悼したのはヤーナムの地を踏みしめたばかりのものだった。

    「長く眠られていたようですが、夢を見られていたのでしょうか」

    見通したかのように問う彼女の表情はない。陶器で作られた体は当然だ。だがその声の響きに優しさを見出してしまう。肯定を示し頷けば、人形は静かに目を伏せた。

    「私も、屡々夢を見ます。作られたものでありながら不思議なものですが」

    淡々と語る彼女の掌には古びた髪飾りが握られていた。いつの日か、狩人が彼女に渡したものだ。

    「夢の中で……私は人形ではなく、人間でした。ですが、私は血の通う肉体を忌々しく感じ、いっそ無機物になってしまいたいと願うのです。」

    彼女は語り続ける。狩人がその言葉を遮ることをしないからだろう。しかし彼女がこうも饒舌に語るのは珍しいことだった。

    「花を海に……いいえ、墓に捧げるときにそう思うのです」

    海など、見たことないはずだというのに磯の香りや髪を撫でる潮風を知っているような気がするのだと人形は語った。そして口を閉ざした。狩人も黙った。彼女の代わりに知っているからだ。海も、墓も、捧げられた花も、そして陶器の彼女ではなく、血が流れる肉体を持った彼女を知っているからこそ口をつぐんだ。漁村で何があったかは断片的なものを拾い集め、察することしかできなかった。だが、きっと人間であった彼女にとって計り知れないほどの苦悩があったのだろう。それを考えても、いくら思っても、付き纏う死で麻痺した心は痛むことはできなかった。凪ぐ水面のような心ではもう涙さえ流すことはできない。

    夢は夢でしかない。現実には起こり得ない、自分の中だけの話だ。
    そう言葉をかけようとして、はたと動きを止めた。今いるこの世界こそ、それどころか足を踏み入れれば死が待ち構える街での出来事こそ、誰かの見ている夢であるような気がした。
    何度も繰り返し命が果て、また繰り返す。これを当然のように受け入れている今こそおかしいのだろう。ヤーナムを訪れる以前であれば決してあり得ないことだったはずだ。死を経験していない以上そうとは断言はできないが、この街がそうさせているのだと直感していた。しかし、それを知る術はない。街の底で、街の空で、何かが蠢き見つめている。その気配をありありと感じている。だがそれを知ろうとも思わなかった。知ろうとした人間がどんな末路を辿ったかを誰よりも見た。
    夢は夢でしかない。他人事でもそう口にしなければ圧倒的な存在に押し潰されるような心地だった。自分に言い聞かせるように彼女に言うも、ゾワゾワと嫌な気配が肌を撫で回していた。この怖気も実に馴染み深い感覚になっていた。初めて獣と対峙したとき、狩人が獣に変貌するのを目前としたとき、白痴の蜘蛛の前に立ったとき、そして漁村でも何度も味わった。これらの怖気や戦慄はいずれ、暴力的に血塗られていった。だが、この感覚は狩人の心を同時に和らがせていた。恐怖を感じるのは人間だけだ。この感覚があるうちはまだ、自分が人であるという安堵に心が綻ぶ。そして今も、怖気を感じていながら緊張が解けるのだ。小さく笑みさえ浮かべる狩人に怪訝そうに人形が首を傾ける。

    「狩人様。多くの夢を渡り歩く中には苦痛も多いことでしょう」

    人形の伏せた睫毛が小さく震えた。睫毛の影が落ちた硝子玉の瞳が陰る。

    「ですが、ここに戻ってこられたとき夢見が悪かった、そう思っていただければ……きっと、私は名誉に尽きます」

    声音も表情も変化はない。だが、彼女の心境には変化を感じた。髪飾りを手渡したときほどの変化はないが、彼女の心に何かが反響している。陰湿な夜の中に閉ざした心が揺さぶられるのを感じた。

    「必ず、またお戻りになられてください」

    彼女の手の中で髪飾りが輝いていた。ずっと握りしめ、撫でていたのだろう。渡したときよりも光沢が出たそれを愛しむ彼女がどうか、夢ではないことを願った。この願いが誰に届くかも分からない夜の中に捧げられた。
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    pa_rasite

    DONEブラボ8周年おめでとう文
    誰かが見る夢の話また同じ夢を見た。軋む床は多量の血を吸って腐り始めている。一歩と歩みを進める度、大袈裟なほどに靴底が沈んだこの感触は狩人にとって馴染みのものだった。獣の唸り声、腐った肉、酸化した血、それより体に馴染んだものがあった。

    「が……ッひゅ……っ」

    喉から搾り出すのは悲鳴にもならない粗末な呼気だ。気道から溢れ出る血がガラガラと喉奥で鳴って窒息しそうになる。致命傷を負ってなお、と腕を手繰り寄せ振り上げる。その右腕に握るのは血の錆が浮いたギザギザの刃だ。その腕を農夫のフォークが刺し貫いた。手首の関節を砕き、肉を貫き、切先が反対側の肉から覗いた。その激痛にのたうちまわるどころか悲鳴さえも上げられない。白く濁った瞳の農夫がフォークを振り回す。まるで集った蝿を払うような気軽さのままに狩人の肩の関節が外された。ぎぃっ!と濁った悲鳴を上げればようやく刺さったフォークが引き抜かれた。その勢いで路上に倒れ込む。死肉がこびりついた石畳は腐臭が染み込んでいる。その匂いを嗅ぎ取り、死を直感した。だがこれで死を与える慈悲はこの街にはなかった。外れた肩に目ざとく斧が叩き込まれたのだ。そのまま腕を切り落とす算段なのだろうか。何度も、何度も無情に肩に刃が叩き込まれていく。骨を削る音を真横に聞きながら、意識が白ばみ遠のきだした。いっそ、死ねるのであれば安堵もできただろう。血で濡れた視界が捉えるのは沈みゆく太陽だ。夜の気配に滲んだ陽光が無惨な死を遂げる狩人を照らし、やがて看取った。
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