DOS黒紅(しょた陽炎)春の芽吹きも終わり、木々は青々とした葉をつけ始め、少しだけ日差しもまぶしさを増してきた日だった。
頭ふたつぶんも遠い顔を見上げるのは大変だったが、待ちに待ったこの時間が嬉しくて、陽炎はそんなことは全く気にならなかった。
後見人である青龍との週一の対面。そこで、ようやく緊張せずに彼と話ができるようになった。
威圧的な態度にも慣れ、ただ言葉が少なく、喋るのがあまりうまくないのだなと気づいたからだ。
「それで、白蛇が」
ゆっくり会話を重ねれば、みじんも変化しないと思っていた表情にも、違いがあるのがわかってきて、最近の逢瀬の楽しみのひとつにもなっている。
「剣はあまり得意ではないけど、槍は」
「陽炎」
吐息めいた音で名を呼ばれ、は、と息を呑む。
顎に指がかけられ、上を向かされる。そして、きらきらと光る黒い髪、白い肌と黒曜石のような瞳が近づいてーー
瞬間、咄嗟に唇を小さな両手で覆ってしまった。
「なぜ避ける」
「め、夫婦じゃない者同士で、口づけはしちゃいけないって、白蛇が」
しどろもどろ答えると、むっとあからさまに不機嫌な顔をした青龍に、軽々と抱き上げられてしまった。
「え、あ」
彼はそのまま急足で庭内を抜け、館に入ると脇目も振らずにある場所を目指す。
「せ、青龍どの」
「夫婦であればいいと、あれは言ったのだろう。ならば簡単な話だ」
乱暴に厨の扉を蹴ると、青龍は、
「おい、陽炎どのを嫁にもらうぞ」
と高らかに白蛇に向かって宣言した。
一方の白蛇は、長い箸を持ったまま一瞬事態を理解するのに手間取っていたようだが、やがて蔑むような笑みを浮かべて首を横に振った。
「はあ〜あ、おとといきやがれですよ、全く。うちのぼっちゃまにはもっと可愛くて、気立ての良い『人間の』娘さんを許嫁にしますから、アンタなんて必要ないです」
「馬鹿を言え、我より逸材が人間などに居るはずもないだろうが」
「あ〜あやだやだ、これだからジメジメした穴蔵に住んでる神獣はヤなんですよ。ぼっちゃまは紅家の当主になるお方なんです。カビくさい神獣と夫婦になんてさせません〜」
しっしっと、まるで野犬を追い払うような雑さで、白蛇が手を振る。そしてあっという間に青龍の腕に抱き抱えられていた陽炎の体も奪って、
「仲良くしろとは言いましたけど、限度がありますよ、ぼっちゃま。あんなの軽くあしらって、金だけ出させときゃいいんですから」
と、おおよそ情操教育には悪そうな言葉を並べながら、柔らかい紅髪を優しく撫でた。
しかし陽炎はその言葉が不満だったのか、ぷうと頬を膨らませる。
「青龍どのと夫婦には……なれないのか?」
「いくらぼっちゃまの頼みとは言え、無理ですね」
「なんだ、世継ぎ問題なら、陽炎どのに子を孕ませ」
「あんたほんとに、ちょっと黙っててくれない?」