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    おたぬ

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    おたぬ

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    22歳ノンケ🍁×30歳ゲイ❄

    ⚠️注意⚠️
    ・バーでのちゅっちゅは迷惑なのでやめましょう。

    すでに耳にタコができるほど聞いた音楽が流れる店内。ポロポロと彼の白く滑らかな頬を流れる涙を拭って、出会った日と同じ席へと彼を導く。そっとその手を引いた際に指先を控え目に握られ、心臓が跳ねた。丸椅子に腰掛ける冬弥の形のいい耳がほんのりと赤く、まだ過去になって数分も経っていない、止められずに走った行為のすべてが、夢ではなく現実のものとしてオレに降りかかる。

    あぁ、本当にやっちまった。

    振られたあの夜に聞いた話を元に、みっともなく駆けずり回って、探して、待って、待って、待ち続けて。やっと会えた嬉しさと、涙を流して必死に気持ちを伝えようとする姿に堪らず唇を重ねてしまった。体に突き刺さるマスターの視線が痛い。とはいえ、キスしたことも1年越しに彼の気持ちを受け止めたことも後悔はまったくしていないのだが、いくらなんでも場所と回数は気をつけるべきだった。

    (……に、しても……)

    冬弥の後に続いて席に着き、ニヤけそうになる口を右手で隠して、先ほど触れたそれの感触を思い出す。柔らかかった、とても。男の唇というのは、あんなにも柔らかく弾力があるものなのか。何度でも味わいたくなるほど、触れると吸い付いてきて、離れ難くなる。そんな唇だった。

    (またしてぇな……)

    気が長く温厚なマスターに咎められるまで、離れては近づき、重ねてを繰り返したというのに、もう体が冬弥を求めている。これが世に言う「ベタ惚れ」というやつなのだろうか。ドクドクと高鳴る胸が耳に響いて、頬に熱が集まるのを感じながらオレは冬弥をちらりと横目に見る。

    オレはそれに息を飲んだ。初めて会った時から冬弥は、整った、いや、整いすぎた容姿をしているとは思っていたけれど、今隣にいる彼のそれはこれまで冬弥が見せたどの表情とも違うものだった。しかし初めて見るそれから伝わってくる感情は、はっきりとわかる。わかってしまう。

    冬弥は頬を染めて、恍惚としていた。
    幸せそうに、うっとりと。

    彼のガラス細工のように繊細で華奢な指が、ツー……っとオレと触れ合っていた桜色の唇をなぞり、僅かに開いた隙間から、ふぅ、と熱を帯びた吐息が漏れて、オレから見える彼の頬の赤みが決して照明によるものではないのだと、その熱が教えてくれる。再度、あの口付けを惜しむように白魚が桜色を撫で、長い睫毛が切なく震えて白銀に影を落とした。

    冬弥のその行動は、おそらく数十秒にも満たない短いものだったように思う。しかし、オレにはそのひとつひとつの所作がスローモーションのようにゆっくりと見えて、脳に焼き付いた。

    綺麗だった。

    そんなありきたりな言葉しか出てこないほどに。出会った時も、再会したあの夜も。変わらず冬弥は美しかったが、今日が最も美しい。まるで、まだ蕾だった花が少しだけ花弁が開いたような、そんな生を感じる美しさがあった。ゾクリと何かが背を駆け抜けて、オレは無意識に口内に溜まっていた唾を飲み込む。

    押し倒したい。今すぐベッドに押し倒して、暴いて、その体の隅々まで貪ってしまいたい。白い肌に舌を這わせ、冬弥は己のものなのだと赤い花を散らせたい。そして、あのヒクつく穴に性器を突き刺して、その最奥にオレの子種を……。

    (……っ、なに考えてんだ……オレ……!)

    瞬時に過ぎった光景を頭を振って追い払う。彼への恋を自覚してから女を抱くことをやめ、欲望を記憶の中にいる彼で満たしていたからだろうか。色気を孕んだ冬弥に自然と思考がそちらへと向いてしまった。兆しそうになるそこに待ったをかけて、オレは努めて明るい声を出す。

    「と、冬弥さん、なんか飲む?」
    「えっ、あ、あぁ……そうだな……まだ退院したばかりだから、ノンアルコールのものでお願いしたい」
    「ん、わかっ……え?」

    唇を愛おしげに触っていた彼は驚きつつもそう返し、オレもそれに頷きかけ、しかしその言葉に聞き流せない単語が含まれているのに気がついて、思わず眉間にシワが寄った。

    (退院って、どういうことだよ)

    退院したばかり、ということは、冬弥は入院していた、ということだ。病院に通うだけでなく、そこに身を置いて治療を受けなければならないほどの何かが、その身を襲った、と、そういうことになる。事故か、病気か。そう考えるのが妥当なのだろうが、彼の場合はその原因になり得そうな人物が1人いた。

    オレが人生で初めて望み、欲したものをすべて手に入れておきながら、冬弥を苦しめる男。1年経った今もなお、その男が彼を傷つけている可能性に奥歯を噛み締めた。

    「まさか、彼氏さんに何かされたんすか?」
    「…………あ、彰人……?」

    自分でも驚くほどに低い声が出て、冬弥がビクリと肩を跳ねさせる。

    「今、退院って……それ、彼氏さんに手を上げられたから、ですか……?」
    「手、ではないが……まぁ、そんなところではあるな」

    だが、もうヒビは治ったから大丈夫だ、とオレを安心させようとしているのか、ポンポンと脇腹を叩きながら冬弥は言った。

    (ヒビって、肋骨か……?)

    そんな怪我を負うような暴力を恋人に振るわれていたのかと思うと、どうしてあの時無理にでも手を掴まなかったのかと、どうして助け出せなかったのかと、己の不甲斐なさが嫌になる。少し歪な微笑みを顔に貼り付けた冬弥は、しかし徐々にその表情を曇らせ、怯えるような声で「彰人」と、オレの名を口にした。

    「もしも、俺がとても汚れていたとして、傷だらけだったとしたら……彰人は俺を捨てるか?俺をきら……ぁっ……」

    恋人との間に何があって、何を思い、冬弥がそう言ったのかはオレにはわからない。けれど、それに対してのオレの答えは何があろうと変わることはなく、今はただ、その言葉を冬弥に言ってほしくはなくて、オレはマスターに一度怒られているというのに、またその怯える小さな唇に口付ける。

    「……どんな冬弥さんも愛して、ます」

    言い慣れていないそれが他の誰にも聞かれないように、鼻と鼻とが触れるほどの距離で、オレは小さくそう言った。照明に照らされる冬弥の瞳がキラリと煌めき、膜を張って、また肩を震わせる。だが、瞳に溜められたそれは恐怖でも不安でもない。花が綻ぶように笑って、冬弥はオレがそうしたように、ちゅっ、と可愛らしいリップ音をさせた。

    「俺も、愛してる……彰人」

    トロンと蜂蜜のように甘く蕩けた銀色に、オレの緩みきった顔が映っていた。「愛してる」というそれは、オレにとっては言い慣れてはいないが、聞き慣れた言葉である。それなのに、冬弥の口から言われるそれはオレの脳を揺さぶる不思議な力を持っていた。

    「……冬弥さん」
    「……あき、と……」

    名を呼べば、冬弥も返してくれる。それだけでぽっかりと長い間胸に空いていた穴が埋まっていくような、満たされる感覚がした。これが人を愛することなのだと、頭ではなく心でわかる。彼が好きだ。冬弥が。何よりも、誰よりも。愛おしくて堪らない。カウンターの上に置かれた彼の手をギュッと握る。あの日瞳に見えない涙を溜めて離されたそれは、今日はピクンと跳ねるだけでオレの手の中に収まってくれた。それが今の冬弥の答えなのだろう。

    だからこそ思うことがある。
    先ほど、冬弥が言った言葉。

    『俺がとても汚れていたとして、傷だらけだったとしたら』

    具体的なことはぼかされてはいるけれど、冬弥はそれをオレに知られて、捨てられることを、嫌われることを恐れている。それがきっと彼が今交際している恋人にされてきた行為を指している、ということは十分すぎるほど察することができた。そして、そう思ってしまうようなことを、恋人にされてきたのだということも。

    捨てるとか、嫌いになるとか、そんなことはこの際どうだっていいことだ。過去がどうであれ、オレは今の冬弥が好きだ。しかし、交際相手の男が彼にした行為そのものは見過ごすことはできない。それがましてや頬を腫らすものから、この1年で骨にヒビが入り、入院しなければならないレベルまで悪化しているともなれば、今度は下手をすれば命にだって関わるかもしれない。いや、それ以前に思いの通じ合った愛する人を、他の男の、それも彼を傷つけるような奴のところに行かせたくはない。

    「なぁ、冬弥さん……その……もう、彼氏さんのとこには…………冬弥さん?」

    行かないでくれ、と、そう言おうとしたのだが、それを言う前に冬弥が慌てたようにオロオロとし始めた。何事かとオレが首を傾げて問うと、彼は申し訳なさそうに言う。

    「す、すまない、彰人。すっかり言うのを忘れていたのだが……俺は今、誰とも交際はしていない」
    「………え?」

    思わず、ポカンと口が開き、間抜けな声が出た。
    誰とも交際していないということは、DV彼氏とは別れることができたということだろうか。もしも暴力が怖くて別れを切り出せずにいるのであればオレが前に出て話を付けなくては、と考えていたため、オレは若干の肩透かしを食らってしまうが、その後に続いた冬弥の言葉にオレの眉間には無数のシワが形成された。

    「俺の入院中に彼には別の恋人ができたようで、『可愛い子を見つけたから、もういい』と……メッセージが……だから、もう彼とは付き合ってはいない」
    「……んだよ、それ……」

    自分のせいで入院した恋人を心配することもなく、新しい恋人を作った?
    しかも、冬弥よりも可愛い?

    (そんな奴、いるわけねぇだろ……見る目ねぇな)

    いや、それはいいとして。冬弥に送られた文面も、入院中の浮気も、まったく持って許し難い上に冬弥へ振るってきたのだろう数々の暴力を心の底から後悔させてやる機会がなくなったのは少々残念ではあるが、これ以上彼が傷つかずにすむのであればそれに越したことはない。DV男に見る目がなく、お陰で冬弥がここに来れて、オレの思いに答えてくれたのだと思うことにしよう。

    (全っっっ然納得なんて、できねぇけど)

    押し黙ったオレの顔を覗き込んで、「彰人?」と冬弥が不安そうに呼んできたので、「何でもない」と返すと彼はホッとしたように息をついた。

    「それでだな、彰人……実を言うと、俺は彼の家に住まわせてもらっていたから、その……」

    眉を八の字にして困ったように冬弥はこう続けた。

    入院中に捨てられてしまったから、手元にあるのは仕事の際にカバンに入れていた最低限の貴重品のみ。通帳やその他大切な物は日頃から勝手に使われたり、売られたりしないように持ち歩いていたのが幸いして大丈夫だったが、着替えや私物はほとんど家から持ち出すことは叶わず、取りに行くことも考えたが、どうしても足が震えてしまいできなかった、と。しょんぼりと肩を落とし、冬弥は最後にポツリと言う。

    「それから、帰るところもなくて……」

    勤務先の店長はいつでも頼ってくれていいとは言ってくれたが、これ以上迷惑はかけたくないから困っている。

    そう言った俯く冬弥の表情はわからないが、オレはドキリと胸を高鳴らせた。私服も私物も取りに行けないというのは由々しき事態だが、それはともかくとして、しかし。しかし、だ。これは。この流れは。もしかして、もしかするのでは?

    そう期待してしまうのは、男として仕方がないことだろう。行く宛てがなく、頼れる人はいるにはいるが、そこにはできるのなら行きたくない。そんなことをたった今両思いになったオレに言うなんて、つまるところはそういうことだろう。恋人という立場にある女を家に上げることはかなりあったし、欲を吐き出したい時はオレ自ら招くこともまったくなかったわけじゃない。なのに、緊張で喉が枯れ、乾いた唇を冬弥が来る前まで飲んでいた酒で潤す。口に含んだそれは知らぬ間に氷が溶けて水と呼んでも差支えがない程度に薄くなっていたが、今のオレにはちょうどよかった。

    「……なら、オレのとこに来ればいい」
    「い、いいのか?」

    冬弥がパッとこちらを見て、弾んだ声を上げた。それにオレは頷いて、重ねたままの手をまた、ギュッと握る。閉まり行くドアに涙を流すのは、もうごめんだった。

    「すまない、彰人……ありがとう」

    頬を染め、年齢よりも遥かに幼く見える笑みを浮かべる冬弥をどうしてか直視できずに視線を泳がせながら、オレはしどろもどろに言葉を返す。

    「べ、別に、こんなの当たり前だろ……もう……恋人、なんだから」

    恋人という言葉を口にするのは気恥しさが残るが、それは冬弥も同じようで、すでに上気していた頬をさらに赤くして、「そうか、そうだな」と繰り返してまた俯いてしまった。その可愛らしい様子に、本当にオレよりも年上で30を超えているのかと疑いたくなるが、その初さが堪らない。思わず抱き締めたくなって腕を持ち上げたが、それが彼を閉じ込めるよりも早く、マスターの咳払いが店内に響いた。
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