一刻も早く会いたい。本当はもうひとときだって離れていたくない。そんな気持ちで日々過ごしているのは、自信の無さの現れだと思う。
不死川実弥は今世、次男として生まれた。鬼に家族を奪われ、最愛の弟だけを残し、仇敵と戦い続けた前の人生の記憶を抱えて。ただ一人、せめてお前だけは幸せになってほしいと願っていたのに、逆に実弥を守って死んでしまった弟、玄弥。兄弟なのだから幸せになってほしい気持ちは同じだと、散りゆく中で伝えながら。
愚かだった。願いが同じならば、ずっとそばにいて手を離すべきではなかったのだ。二人を隔てる体質ゆえにそばにいられないと離れて守ることを決めたけれども、結局失ってしまったのだから自分の選択肢は間違っていたのだろう。神が微笑んだのは、手を離さなかった者達だけだったのだから。
さて、そんな悔恨を持って今を生きる実弥には、最愛の人がいる。側頭部を刈り込んだ特徴的な髪型、白目がちだけれど猫のような大きな瞳、自分よりも十センチほど高くすらりとした体躯の、けれど、とびきり愛らしい存在。
不死川玄弥。前世の最愛の弟は、現在、実弥の五歳上の兄として存在している。
——いや、なんでだよ!
玄弥が健やかに暮らしているのは全く問題ではない、むしろ願ったり叶ったりだ。では何が問題か?いやいや、問題アリアリだろう。何故自分が兄ではないのか。
キッチンカウンターに頬杖をつきながら玄弥を見つめる。自分の目が完全にすわっていることはわかっているし、そもそも何度も考えたことだけれど未だに納得は出来ていない。神様とやらは今生でもとんだクソ野郎のようだ。玄弥のそばにまた生まれたことだけは感謝してやらんでもないが。いや、どうせならちゃんと兄オプション付けとけよ。さらに眉間のシワが寄ってしまう。そこに、とん、と人差し指がのった。
「さーねみ。どうしたんだよ。綺麗な顔が台無しだぞ?」
「……なんでもねェよ」
うりうりとシワを伸ばしながら、玄弥はのんびりと笑う。穏やかな表情のまま、流れるような手つきではちみつ入りカフェオレと手作りフィナンシェを出してくれた。腹が減ってるとでも思われたようだ。完全に年下扱い。いや、年下ではあるのだが。不本意。
もぐもぐと咀嚼する。相変わらずプロ顔負けの出来栄えだ。ちらりと見上げると、玄弥もやわらかい視線をこちらへ向けていた。いやでもこれ絶対「いっぱい食べて大きくなれよ」とか考えてる。悪かったな、やっと百六十センチを越えたような身長で。前世の玄弥は十六で以前の自分を追い抜いていた。つまり、今の実弥と同い年の頃に。
もう自分も急な成長期に期待するしかない。そう考えるといくら食べても足りないような気がしてきて、手始めにカルシウム摂取のためカフェオレを流し込んだ。
***
「つうわけで玄弥に完全に子ども扱いされてる件について」
「ぶはっマジウケる。あの風柱様が今世は元弟で現兄にくるっくる手玉に取られてるとか、こいつはもうド派手に笑うしかねえ」
「しかもおそらく当時のお前よりもよほど包容力のある男だぞ不死川の弟は。失礼、今は兄だったな。お前ときたら極端な態度しか取れないのかね。全く嘆かわしいものだ」
「……不死川は子どもだろう」
「はァ⁉てめぇ冨岡ァ‼どういう意図かによっちゃ切り刻んでやるからなァ⁉」
「はーいどうどう、落ち着け不死川。どうせまだ年齢的にお前は子どもで間違いないとか言ってるんだろ冨岡は。生まれ変わっても言葉足らずだよなぁ。柱だった時はイラついたが、口下手なだけだったって知ることになったのは随分後になっちまったもんだ」
「……俺は間違ってない」
「だからそのワードセンスがそもそもイラつくんだよ俺はァ‼ちったあマシになったと思ってたのに生まれ変わったらリセットされたのかよテメェ‼」
「五月蝿い。すぐに声を荒げる所はお前も変わっていないな。全く令和になっても進歩のない奴らだ」
伊黒に一纏めに切り捨てられて舌打ちが抑えられない。コイツら本当遠慮がねぇな。元・同僚、現・認めるのは癪だが愉快過ぎる友人達を見て、溜息が溢れた。