「へぇ。これが銀の卵か。これだけでも綺麗だな」
北と東の魔法使いたちが銀の卵屋から持ち帰ってきた卵。任務に同行しなかったカインはまあるい卵をまじまじと眺める。しかし卵の持ち主、オーエンは隠すように卵を両手で包み込んでしまった。
「ちょっと。僕のなんだから勝手にさわるなよ」
「さわってないさ。見てただけだ」
「騎士様は視線が馴れ馴れしいから、見るのも駄目」
屁理屈に肩をすくめたカインを鼻で笑いながら、オーエンは卵を撫でる。持ち主の魔力で孵化すると聞いたが、小さな卵を大事そうに抱える様子は存外熱心で、本人に言ったら怒るだろうがカインにはほほえましく思える。
「あ」
不意にオーエンが小さく声をあげて、カインもつられてそちらを向いた。かすかに卵が震えたかと思うと、ピキッと乾いた音を立てて卵に亀裂が入る。
「生まれる…!」
「えっ!今か?」
カインも身を乗り出してオーエンの手の中を見つめる。亀裂はどんどん拡がって、中から光が溢れだしてきた。ついにクシャリと殻が綻ぶ。
出てきたものは、見たことのないものであった。
一見すると綺麗な銀のスプーンだ。柄の部分には流麗な蔦模様の細工が施されており、一流の品であることは間違いない。ただ、スプーンの先端の一部が三股に分かれて尖っているのと、匙の部分が丸い流線型ではなく底面と側面がハッキリ角度を付けており、底面部分にはプチプチと小さな凹凸が彫られていた。
すぐ横のオーエンもぽかんと目を丸くしたままで、生まれたものが何かわかっていないようだ。
「…変わったスプーン、だな?」
「スプーン?そんなの僕は望んでない。武器じゃないの? 尖ってるし、目玉を抉りやすそう」
「まだ抉りたい目玉があるのか…?」
わからない者同士で首をひねっていても埒が明かない。オーエンもそう考えたのかフイと身を翻して歩き出した。カインもそれに着いていく。
「どこに行くんだ?」
「なに着いてきてるの。騎士様には関係ないだろ」
「偶然とはいえ、生まれた瞬間に立ち会ったんだ。俺もそいつがなんなのか知りたい」
「ふん。もしこれが武器や呪具だったら、真っ先におまえに使うかもしれないよ?」
「それならそれで、俺も知っておいた方が対処のしようがあるだろう」
「…はあ。勝手にすれば」
吐き捨てるように言った後は、振り返りもせずに進む。オーエンが向かった先は食堂の奥、キッチンだった。
「そうか、食器ならネロに聞いたら知ってるかもしれないよな」
それにネロなら、同じく銀の卵を持ち帰ってきていたはず。合点がいったと口にするカインを無視して、オーエンはキッチンへ乗り込んだ。
「あれ、お二人でどうしました?」
「ん?賢者様か?」
カインが手をかざすと賢者がすぐにハイタッチに応じる。途端にカインの視界に登場人物が増えた。
「ネロは?」
「今買い出し中です。その間つまみ食いの見張り番を…」
使命を思い出したのかくるりと瞳を巡らす賢者は、オーエンの持っている銀細工を見つけるとハッと跳び上がった。
「あっ!それ、この間の卵が孵ったんですか!?うわぁ、いちごスプーンだ…!懐かしい」
「えっ!?賢者様、こいつを知ってるのか!」
「え、まぁ…。おばあちゃん家にありました」
カインたちの反応に驚いている様子の賢者に、オーエンはスプーンを振りかぶりながら迫った。
「知ってること全部言って。さもないとこれで目玉をほじくり出す」
「ひえ…!と、とりあえずその使い方は間違ってます…!」
「こら、脅すなオーエン!」
オーエンをなんとか宥めて近くの椅子に大人しく座らせる。賢者はルージュベリーの積まれた籠を持ち上げるとコホンと解説を始めた。
「いちごっていうのはこのルージュベリーに似てる果物なんですが、それにミルクをかけて、そのスプーンで潰しながら食べる食べ方があるんです。砂糖や練乳をかけたりもしますね」
「専用の食器があるのか?変わってるな」
「そう言われると…それ以外の使い所ってあまりないですね…?」
「レンニュウってなに?」
「えーと甘くてとろっとした…原料よく知らないな…ミルクと砂糖を練ったものです、たぶん」
ところどころがあやふやな賢者の話だが、甘いものと聞いてオーエンの目の色が変わった。「《クーレ・メミニ》」と呪文を唱えると賢者の手からルージュベリーの籠が浮き上がりオーエンのもとへ飛んでくる。
「ああっ!つ、つまみ食い!」
「違うよ。つまみ食いなんかじゃ済まさないから。この籠全部僕のものにする」
「半分くらいでやめておきな。ミルクが足りなくなるぞ」
「カインも止めないんですね…」
「悪い、賢者様…。俺もちょっと興味がある。使った分は買い足しておくからさ」
ミルクと星屑糖も瓶ごと宙を泳いでオーエンに連れられていく。あわてて深皿を手にするとカインもその後を追ってキッチンを後にした。
キッチンのすぐ隣の食堂で、カインはオーエンの向かいの位置に座って彼の食事を眺めている。
深皿になみなみ注がれたミルクと沈むルージュベリー、きらきら浮かぶ星屑糖の粒。オーエンが容赦なくスプーンでルージュベリーを押し潰す。血の色の果汁がミルクに滲んだ。どろりと歪んだ果肉がオーエンの口へ運ばれていく。
「ふふ。ぐちゃぐちゃで甘い」
銀細工を繰る指先は残酷で幼気で、たしかにオーエンに似合いの料理だと思うし、そのためのいちごスプーンなのだとカインも思う。聞いた話では、銀の卵は育て主の望みや求めるものが形となって生まれるという。オーエンの望みといちごスプーンにどんな関係があるのだろう。
「まだ知らない新しいおやつに巡り会いたかった、とか…?」
「なんの話?」
「いいや、なんでもない」
「ふーん。騎士様も食べたいの? あげないけど」
上機嫌なオーエンが、見せびらかすようにまたひとつベリーを潰していく。手持ち無沙汰なカインは籠から果実をひとつつまみ上げた。オーエンの瞳にも似た色の紅い実をかじると、甘さよりも酸っぱさが勝っていた。
終