月花前日譚 四桜雲街の中央。大桜の本体が鎮座する白亜の壁に囲まれた城の中。その一室には今、竜の一族が集まっていた。
スノウ、ホワイト、フィガロ、そしてオズ。いずれも長命かつ力の強い竜だ。そんな面々が集って何をするかといえば。
「「第〇回 竜族井戸端会議~~~」」
スノウとホワイトの号令が室内に木霊する。フィガロは苦笑したのみ、オズは無反応のままだった。桜の花弁が竜たちの真ん中をくるんと渦を巻いて横切った。
「こら!そこは愛想でも拍手くらい寄越さんか」
「要はただの世間話でしょう。拍手なんていります? 」
「フィガロちゃん冷たい!」
「……井戸端?」
「オズちゃんそこは気にしなくてよいとこじゃぞ」
ひと通り騒いだ後で、双子竜は真面目な顔を作って一同を見回す。
「世間話も大事な情報交換じゃ。なんせ桜雲街の治安を守るのも竜の一族の勤めじゃからの」
「だが、情報というのは広まるのは早いが集めるのは難しい。皆の力が必要なのじゃ」
真摯な台詞には年長者の圧も感じる。フィガロは口答えを諦めて会議に参加し始めた。オズも渋々ながら耳を傾ける姿勢を見せている。
「桜雲街の中は至って平和ですよ。まぁ大桜の領内で悪さするような度胸のある奴はそういないでしょうけど」
「そうじゃの。目下の懸念は街の外からの干渉じゃ」
「鬼の動向はどうじゃ」
「目立った動きはない。だが…」
「隠れて何か企んでるかも、ってとこ?」
オズは無言で頷く。近年、鬼は竜の一族を目の敵にしている。頭領の酒呑童子はおつむはともかく力は強い乱暴者だ。
「いっそ退治できる大義名分ができるかも。泳がせて様子見しますか」
「フィガロちゃん悪い顔ー」
「我らの前だと隠さないよねー」
「……」
「ちょっと、オズまで双子先生に乗っからないでよ」
「何も言っていない」
話し合いと言っても喋るのは大体双子とフィガロで、オズは頷くかほんの短い応答くらい。おしゃべりの労力に随分な差があるな、とフィガロも偶に拗ねたくなるが、オズほど沈黙していられるかといえば耐えられない気もする。得意不得意の範囲の違いだ。
続いて他の敵対種族の話や、他の街からの移住者が増えてきている話、物価の値上がりの話、新しく買った石鹸が鱗の手入れに良かった話…やや脱線しながら話題も尽きてきた頃。
「残る問題はあれじゃなー」
「後継人問題じゃなー」
「さてはそれが本題ですね?」
「……」
フィガロが一族の会議を煙たがるのはこれも一因だった。このところ会議の最後は必ずこの議題だ。
「スノウ様もホワイト様もまだまだ現役でしょう。後継なんてまだいいじゃないですか」
「何かあってからじゃ遅いから決めておくんじゃ。やっぱり素質としてはフィガロが良いと思うんじゃが」
「嫌ですよ。それを言ったら俺だってもうそこそこ長生きしちゃいましたし、より若いオズの方が適任では?」
「断る」
「即答!?ちょっとひどいと思いますー」
「オズは力は申し分ないのじゃが、話術と愛想がのう…」
「ミスラを呼び戻せばいい」
「ミスラちゃんは…族長させるにはちょっと…」
「桜雲街が崩壊の危機に晒されてしまうのう…」
「いっそもう竜の一族じゃなくてもいいんじゃないですかね。アーサーみたいに天狗でも」
フィガロの一言に真っ先に反応したのはオズだ。鱗を逆立てんばかりにフィガロを睨む。
「巫山戯るな…!」
「アーサーは大事な預かり子じゃ!天狗の族長まで敵に回す気か!」
「いや、天狗族の例えにアーサーを出しただけで、継がせようって話じゃあないですよ? オズも落ちついて、お札しまって」
途端に烈火のごとく怒りを露わにするオズと双子に、フィガロは自分の失言を悟った。特にオズは平素は感情表現も拙いくせに、アーサーのこととなると兄弟子のフィガロにも容赦がない。
辟易しつつその場を取り繕っていると、不意に角先が微かに引き攣るような感覚が走った。他の三人も同様に気づいた表情。邸内に何かが侵入したのだ。
「東の庭か。一人ですね」
「あちらにはアーサーの部屋が…」
「アーサー!」
言うが早いか、一瞬にしてオズが消えた。城の中なのに妖術を使って行ったようだ。遅れをとった双子師匠はのんびりとその場を動こうとしない。
「まぁ侵入者とはいえ、悪い気配はしないから大丈夫じゃろ」
「万が一悪党でも、オズが行ったなら問題ないじゃろ」
「むしろ悪党じゃない方がまずいな。オズが話を聞かずに伸しちゃうかも。俺も向かいますね」
フィガロはずっと座っていた腰を上げる。退屈な会議がお開きになった点では、侵入者を褒めてやってもいいかもしれない、くらいに思いながら、オズとは違い悠々と歩いて東の庭へ向かった。