朝までの10カウント柔らかなベッドの上で目を覚ます。漣の視界を占めていたのはタケルの寝顔だった。
珍しい、とまず思う。事務所でも仕事の移動中でもよく寝ているのは漣の方で、今日のように同じベッドで眠るような時も大抵は漣が先に眠って後から起きるから、漣がタケルの寝ている姿を見ることはあまりない。閉じられたカーテンの隙間から漏れるのはまだ薄明かりで、いつもタケルが起き出す時刻には早い。漣は黙って目の前の顔を見つめた。
小さい顔。その中の鼻も、口も小さい。今伏せられている目だけがタケルの中ではとびきり大きく出来ているのだ。その大きな目に真っ直ぐ捕らえられると、漣はたちまち気分が良くなる。案外長い睫毛を意味無く数えはじめて、この目が開かないのはつまらない、とすぐに飽きてしまった。
再び寝直すには目が冴えてしまっている、しかし起き出すには億劫な曖昧な時間。寝転びながら出来ることは限られている。「チビ」と呼んでみた声は漣が自分で思っていたよりも小さく、空気に溶けるように消えた。当然タケルも目を覚まさない。今度はふぅ、と細く息を吹きかけて額にかかる髪を揺らしてみた。まだ起きない。別に起こしたいわけではないけれど、どこまでやっても起きないだろうか。不意に湧いた衝動のままに、その小さい鼻先をくちびるだけで喰んでやった。無音のまま口は離れて痕もなにも残らない。これで起きないなら、次は──。薄く開いた小さな口に狙いを定める。だが漣が動く前に、タケルの瞼がうっすらと持ち上がった。
「…起きたのか」
どうした、とまだ覚醒していないどこかとろりとした声で尋ねられた。特にどうもしていない漣は答えに窮してしまう。キスして起こそうとしていたなんて本当のことは言えるわけがない。
「…腹へった」
「まだ明け方だぞ…」
誤魔化した言葉は疑問には思われなかったようだ。なにをされていたのか気づいていない様子のタケルは眠そうに欠伸を零すと、漣の胸元に顔をうずめた。同時に強く抱きしめられて漣の鼓動は早鐘を打つ。
「ッ、おいチビ…」
「朝になったら用意してやるから…もう少し寝てろ」
それだけ言うとタケルはすぅすぅと寝息を立てはじめた。漣は呆気にとられて真下にあるつむじを見つめる。胸元に当たるタケルの息がくすぐったかった。
「……ガキかよ」
漣はタケルの頭をくしゃりと撫でる。「んん」と抗議にも足らない甘えた呻きが聞こえた。くっついていると温かくなってきて漣にも再び眠気が訪れる。
──起きて覚えていたら、存分にからかってやる。
それだけ思いついたけれど、そのまま漣も眠ってしまった。