研究所の一室。軍服に白衣を纏った男たちがモニターを注視している。そこに表示される数値は一定の速度で上昇を続けていた。
「出力、蓄積量、ともに異常ないな」
「ええ。問題ありません」
無能力者が能力を使うためのエネルギーを特殊な機器を通して被験者へ蓄える実験。暗武と憧希の見つめるモニターには機器を取り付けた青年の姿も映っていた。別室にいる真我利のカメラ映像だ。超能力擬似発生装置の実験においては、被験者が暴走することも珍しくない。そのための別室措置だった。
「想定より良い数値です。もっと出力を上げてもいいかもしれません。真我利さん、よろしいですね?」
『どーぞ』
スピーカー越しに憧希が真我利に話しかければ、ぞんざいな返事が返ってくる。我が意を得たりと早速操作に取り掛かろうとした憧希を暗武が制した。
「待て。……いや、今日はもう止めにしよう」
「え? ですが……」
『はあ? こっちは良いって言ってんじゃん』
「必要なデータは十分取れた。ウォーレン、報告を頼む」
「……わかりました」
訝しげながらも頷く憧希を置いて、暗武は白衣を翻し研究室を後にした。
*****
「真我利」
呼び止める声に真我利は緩慢に振り返る。つい先程までスピーカーから聞こえていた声の主が、今度は面と向かって現れた。いつでも無表情な、長身の軍服。真我利の大嫌いな能力者様。不機嫌を隠そうともせず暗武を睨め付ける。
「なに」
「顔色が悪い。眠れてないのか」
「は?」
掛けられた言葉が予想外すぎて、一瞬固まる。伸ばされた暗武の手が目元に触れようとしてきたのを慌てて払い除けた。
「っ、だからなに? 寝不足だとデータが乱れるって? 実験動物としても役立たずだって言いたいわけ」
「そうじゃない。実験は体に負荷がかかる。万全でない状態だと……」
「違わないだろ。すいませんね、こっちの不手際で実験中止させちゃって。こう言えば満足かよ?」
暗武は振り払われた腕をじっと見下ろしたまま、真我利の刺々しい言葉を受け止めていた。眉ひとつ動かない凍りついたように変わらない顔がさらに真我利を苛つかせる。ふぅ、と暗武が僅かな溜息を吐いた。
「……上の階に仮眠できる部屋がある。少し休め」
「は……?」
そう告げると、羽織った白衣に隠れていた左手に持っていた物を押し付けた。咄嗟に受け取った真我利はその熱さに驚く。缶コーヒー、いや、カフェオレだ。戸惑う真我利を廊下へ置き去りにして、暗武は立ち去って行く。
「……なんなんだよ。意味わかんない……」
つい呆然と暗武を見送ってから、真我利は独り言ちて手の中のスチール缶を見つめた。カフェオレは施設内の自販機で売っているものだ。真っ黒なコーヒーや派手な色のエナジードリンクばかりの中でぼんやりしたオフホワイトの缶は浮いて見えていたのを覚えている。
「寝ろって言いながらコーヒー寄越すし。軍人のくせに案外抜けてるのか…?」
そう毒づいてみせるが、おそらくあの自販機のラインナップで一番眠れそうなものを選んだことは察しがついた。……なぜ暗武がそんなことをしてくるのかは、全く理解ができなかったけれど。
「本当に…意味わかんない奴……」
寝不足の頭で考えるのが億劫になった。自分でそう理由をつけて真我利は大人しく上の階へ向かった。カフェオレはもう少し冷めるまで、真我利の指先を温め続けた。