おもむろに、目の前に手のひらが迫ってくる。咄嗟に目を瞑ると額をするりと撫でられた。「くはは」と聞き慣れた笑い声に瞼を開くと金色の瞳が見つめてくる。
「なんだ」
「チビがもっとガキに見える」
そう言って前髪を弄んでくるのに思わずムッとしてしまう。自分が童顔なのは分かっているが、どうやらデコを出すと余計に幼く見えるらしい。仕事でヘアアレンジをされることも増えてきて気付かされた。コイツは逆に、髪を上げると少し大人っぽくなる。埋まらない歳の差がなおさら露見しているようで悔しい。だからわざと額を隠すように、ぐしゃぐしゃと銀の髪をかき混ぜてやった。
「くはは。仕返しもガキだな」
「うるさい。変なことしてないで集中しろ」
コイツの手首を掴んでシーツに縫い止める。ベッドの上で中断していた行為に戻ると、笑い声は途中で掠れて「うぁ、」と短い喘ぎに変わった。脱げかけのタンクトップから覗く胸筋に唇を寄せる。強く吸い付くと白い肌に赤く痕が咲いた。
「オレ様がつけたらさんざん文句言うくせに」
「オマエは噛んでくるからだ」
「こっちのがタチ悪ィっつの」
不満は言ってくるが本気で嫌がってはいない様子に、もう一度強く印をつける。今度は腋の近く。服を着れば隠せる場所だ。いっそ額にキスマークを残してやれば前髪で隠すだろうか。メイクさんに迷惑かけるから、やらないけど。
「おい」
考え事に気を取られていたら、コイツの両手が顔を掴んできて無理やり上を向かされた。キスだ、と直感して薄く目を瞑る。掴む手の強さにそぐわない、触れるだけのくちづけ。
もっと深く追い詰めようとした俺の唇は、しかしあっけなく躱された。ちゃんと目を開けたら、コイツの唇は笑みの形に吊り上がっていた。
「12時、ちょーどだろ」
「は?」
「日付変わった。オレ様が一番乗りだ」
なんの話、と尋ねかけて「あ」と思い出す。振り返ると卓上のデジタル時計が時間とともに12月21日を知らせていた。
「オマエ…俺の誕生日なんて覚えてたのか」
「ハァ? 今週どの仕事行っても言われてたじゃねーか。イヤでも覚えるっての」
確かにここ数日、仕事現場で共演者やスタッフさんたちに祝われることが多かった。サプライズでケーキが出てきた時は俺よりもコイツがほとんど食べていたのも記憶に新しいけれど、日にちなんて気にしていないと思っていた。なのに、実際は。
「…一番乗りって」
「ンだよ。文句あるか。誰よりも早えだろーが」
「じゃあさっきのあのキスが誕生日祝いか?」
問い詰めたら、不服そうに顰めたままのコイツの顔がみるみる赤くなっていく。答え合わせが済んでようやく俺にも祝われた実感が湧いてきた。たぶん俺の顔も赤くなっている。
どうしよう。嬉しい。
「…べつに! アレが一番手っ取り早かっただけだし!」
「そうか」
「もうオレ様はチビにやったからな! 物で貰ってないから無効とか言わせねーぞ!」
「言わねえよ」
ぎゃあぎゃあ喚いてくるのも今は気にならない。自分でも驚くくらい心がそわそわ浮かれていた。コイツの照れ隠しの言葉が尽きてきた頃に、俺から「なあ」と口に出す。
「もういっこ、付けてもいいか。痕」
「あ?……いいけど」
返事を聞いてすぐに唇を寄せた。鎖骨の上、服を着ててもギリギリ隠れないかもしれないところ。コイツは俺のだって、所有の印。
「見られたらどーすんだよ」
「言えばいい。俺に付けられた、って」
痕をなぞりながらそう言ったら、「調子のんな」って肘で小突かれた。だけどその顔はまんざらでもなさそうで、じっと見つめていたら目の前に手のひらが迫ってきた。前髪をぐしゃぐしゃと押さえつけられる。
「おい、なんだ急に」
「うるせーんだよ、黙って見てんじゃねえ」
「黙ってるのにうるさいわけないだろ」
「それでもうるせーんだよバァーカ!」
今日でひとつ歳を重ねたとは思えない、子供のケンカみたいな応酬。ベッドの上では相応しくないが俺とコイツには似合いだ。
歳の差は埋まらないけれど、俺もコイツも同じくらい中身がガキで、たぶんそれが丁度いい。