クリスマスの終わる夜に 夜の空気にすっかりと冷やされた身体を少しでもあたためようと早足で歩く。立て続けに入っていた仕事のおかげでろくに食事も出来ていなかったが、身体は食事よりも休息を欲していた。熱いシャワーを浴びて温かいものを飲んで早く休もう。そんなことを思いながらマヨイは寮の門をくぐった。
今朝出かける前までかわいらしく飾り付けられていたクリスマスの装飾はすっかり片付けられ、しんと静まり返る共有スペースを通ったところで人の気配を感じて、キッチンへと足を向ける。
この時間にキッチンに立つような人はひとりしか思い浮かばず、少しの期待を込めて覗き込むと思い描いていたしっぽ髪が見えた。
「あれ、マヨちゃん。今帰ったんすか? おつかれさまっす」
「おつかれさまです。椎名さんはお夜食ですか?」
「そうっす。僕もさっき帰って来たんすけど、すっかり冷えてちゃったんであったかいもの食べようと思って。あっ、マヨちゃんも食べる?」
にこにこと誘うニキの手元にはスープだろうか、くつくつと煮える鍋がおいしそうな湯気を揺らしている。
鼻腔をくすぐる香りに食欲をそそられたが、日付を跨ぐような時間に食べるのは何となく気が咎めて返事に悩む。帰ったら温かいものを飲みすぐに休もうと思っていたのに、屋内のあたたかな空気で緩んだのか、マヨイが何か言う前にきゅるりと腹の虫が返事をした。
「なはは。もうすぐ出来るからちょっと待ってね」
「す、すみませぇん……。先に荷物を置いてきます」
熱くなった顔を隠すように、マヨイは足早にキッチンを後にした。
自室に荷物を置き戻って来た時ニキはまだキッチンに居たが、テーブルには向かい合わせに食器が並べられていた。
小ぶりな器と大きなどんぶりが並べられていたので迷うことなく小さな器の前に腰掛ける。何度か食事を共にする中で食べる量を把握したニキは何も言わずともマヨイに合った量を盛り付けてくれるのでありがたい。
スープかと思っていたのは雑炊で鶏肉と白菜と白米がつやつやとして香りだけでなく見た目でも食欲をそそる。
程なくして席に着いたニキと共に手を合わせ、火傷をしないように気をつけて口に運ぶ。塩味のあっさりとしたスープが胃に染みる。煮込まれた具材も柔らかく、ご飯もサラサラと喉を通り食べる手がどんどん進む。
「とっても美味しいです。身体があたたまります」
「よかったっす!」
先程まで凍えていた身体があたたまり顔がほころんだマヨイを見て、満足そうにニキも笑う。
他愛のない話をしながら食べ進める。最近の仕事のこと、お互いのメンバーのこと、サークルのこと。マヨイが所属するスイーツ会の話題になった時、ニキがそういえば、と話題を変えた。
「マヨちゃんクリスマスケーキ食べた?」
「昨日今日とずっと仕事だったので、食べれてないんです」
「じゃあケーキ食べる?僕もデザート食べたいんで」
「えっ?」
マヨイの返事も聞かずにおもむろに立ち上がり、冷蔵庫の中身をチェックするニキ。急な話についていけないマヨイは座ったまま動向を見守るだけだった。
「やっぱりクリスマスといえばケーキっすよね〜。せっかくなんで一緒に食べましょ。流石に今日は時間なかったんでスポンジは焼けなかったんすけど、冷蔵庫に生クリームといちごはあったんで、」
そう言いながら傍らに置かれていた鞄の漁り、市販されているビスケットの箱を取り出してマヨイに向かって見せる。
「これでケーキを作るっす!」
「ビスケットでですか?」
「そうっす。簡単においしく出来るんすよ〜」
そういうと手早く器具と材料を揃えて作り始めるニキ。
ビスケットを牛乳にくぐらせて銀色のバットの上で余分な牛乳を落とし、それを待つ間に手早く生クリームを泡立てる。ツノが残るほどの硬さになったら先ほどのビスケットを1枚皿の上に置いて生クリームを塗る。その上にもう一枚ビスケットを重ねクリームを塗る。それを3回繰り返したら今度は側面に生クリームを塗る。器用に皿を回してなめらかに均すと、見た目は生クリームを塗ったスポンジケーキそのもの。その上に半分に切ったいちごを乗せればあっという間に立派なケーキが出来上がった。
「ビスケットケーキの完成っす! メリークリスマス、マヨちゃん」
「……ふふ、もう日付変わっちゃいましたけど。メリークリスマス。ケーキありがとうございます」
「いいんすよ、気持ちが大事なんで」
ナイフを入れると、程よくやわらくなったビスケットがサクリと音を立てた。