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    はんちょー

    らくがきだったりいろいろ

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    はんちょー

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    ビジネスライク・バディのスピンオフ、金時とオベロンがとある都市伝説を追ってなんやかんやする新刊の進捗

    #FGO

    アンマッチ・スタンバイズ 坂田金時は、バディというものに憧れていた。
     互いに強い信頼を置き、短い言葉で意思を通じ、苦楽を共にしながらも、おなじ目的に向かって協力し合える存在。
     まさしく『相棒』と呼べるような人物を得ることが、ここ最近になって新たに芽生えた、彼の人生の目標であった。
     そう、彼が求めるバディとは、信頼し合える間柄を指すものであり、決して。

    「帰れ」

     こんなお手本のような門前払いをするような相手では、ないはずなのだ。たぶん。

     ♢♢♢

     季節は四月。
     春うらら、清々しい陽気に包まれた晴れの日。
     主の名を取り『衛宮邸』と呼ばれる平屋敷、その一角での出来事であった。
    「じゃあな。おやすみ」
    「待て待て待て! まだ真ッ昼間だろ!」
     すげなく閉じられようとした玄関に、金時はすかさず手を差し入れた。
     右手一本の力でびくともしなくなった引き戸を挟み、ひとつふたつ下の目線から、清々しいまでの舌打ちを鳴らされる。
    「その素敵な馬鹿力をこんなところで無駄遣いしていいのかい?」
    「どっこい、コイツ以上の有効活用はねえんだよなァ」
    「へらず口め……」
     あんたが言うかよ、と言いかけたのを金時はすんでのところで飲み込んだ。
     そうして、引き戸から渋々と手を離した青年を、改めて見下ろす。
     肩口でさらりと揺れるくすんだ黒髪に、黄昏に沈む空のような碧眼。襟ぐりのゆるいシャツとスウェットから覗く手足は、陶磁のように白く細い、西洋の中性的な美青年を絵に描けば、まさしく彼のような形になることだろう。現実味のない美しさは、まるで絵本の中から抜け出したかのようでもあった。
     対する金時の容姿は、まったく異なる印象を映す。
     光を受けて煌めく金髪を後ろに撫でつけ、晴天より碧い瞳はサングラスの奥。ぴっちりと着込んだベストスーツの上からでもわかるほどに、筋骨隆々の肉体は若々しく逞しい。堂々たる立ち姿モ相まって、凡そ日本人離れした外見であるが、彼は驚くことに日本生まれの日本育ちである。
     正反対、真反対と呼んで然るべきふたりの若者は、玄関口の敷居を挟んで睨み合う。
     そして十と数秒後。どちらともなくため息を吐いて、視線を下ろした。
    「なァ、オベロンよォ……話くらい聞いてくれたっていいだろ」
     黒髪碧眼の青年――オベロンは、いかにも馬鹿馬鹿しげにハッと吐き捨てた。
    「聞くまでもないね。昨日の「お願いごと」の話だろ、どうせ」
    「おうさ」
     金時は腕を組んで頷いた。肘の下まで捲られた黒シャツから覗く腕は、まるで鋼のような筋肉に覆われている。
    「宮内庁管轄下での魔性案件調査よ。検討するって言ったんだよな?」
    「言ったとも。俺にしては珍しく、ひどく前向きに考えたさ」
    「おっ、なら答えの方も前向きなんだよな?」
     わずかな期待を寄せ、金時はぐっと前のめる。対しオベロンは「もちろんさ」とにこり、と爽やかな笑みを張り付けた。
    「『クソくらえ』だよ」
    「思いッきり後ろ向きじゃねえか!」
    「当たり前だろうが。まったく、いったい何を期待したんだか」
     かと思えば、まるでそちらが悪いと言わんばかりに腕を組む。面を付け替えるように一瞬で表情を凍らせたオベロンは、ふてぶてしく引き戸に肩を預けて寄り掛かった。
    「俺が、君らに協力する気持ちがこれっぽっちでもあるなんて、本気で思ってたのかい?」
    「本気では、ねえけど……してくれなきゃ困るンだって」
    「君が、だろ?」
    「あんたも、だぜ。オベ公」
     またも短い舌打ちが鳴るも、それは事態を理解しているが故であった。断って、より大きな損を被るのは他でもない、オベロンの方だということも含めて。
    「……だからって、こんな『お願いごと』はどうかしてるとしか思えない」
     かぶりを振り、彼は心底から呆れかえってみせた。

    「魔性の俺に、魔性退治を手伝わせろ、なんてさ」

     ――まあ、そうだよな。

     こればっかりは同意せざるを得ないと、金時は返す言葉もなかった。

     ♢♢♢

     魔性――とは、人ならざるものの総称。
     時に崇め、時に恐れられてきた神霊。人の闇に跋扈する妖怪・悪霊・魑魅魍魎の類。そして、外の国から新たに舞い込んだ天使や悪魔、妖精や精霊の概念。厳密には多岐に分類されるそれら超上なる存在を、この国では古来より「魔性」と呼び表している。
     種が様々であれば、その在り方も様々である。
     人に、世に係わらずひっそりと陰に潜むものも、気に入り同調するものも在れば……人を害し、世を乱すものも在る。悪意ある魔性に掛かれば、常人はなす術もなく魔の手に堕ちてしまうだろう。
     ただ、決してすべての人間が無力なのではない。対抗する術を持つ者も、在る。
     彼の大半は世界各国で組織立ち、基本は独自に活動しながらも相互にネットワークを敷き、日々現れる魔性の手から、光の中で生きるべき人々を守っている。
     そして、極東の島国たる日本においてその役に該当するのが――宮内庁は管理部、特記事例対策室。
     通称を、『源氏』。
     古くは平安の御代から連綿と連なる、政府公認の対魔性専門機関である。

     金時は、そこに新たに配属された新入職員だ。
     御年二十二歳。つい先月に大学を卒業したばかりの、まことフレッシュな新社会人である。ただそれはあくまで、一般的な社会経験の話に限られる。
     魔性の専門家としては、金時は一線に立てるほどの実力を既に備えている。
     生まれつき目がよく、魔性を祓う力を持つ彼は、『源氏』を取り纏める宗家である源家の養子に貰われた。そうして幼き頃から魔性に通ずる機会を持ちつつ、入庁に先んじての経験をいくらも積んできていた。
     もっとも、それは家の方針ではなく、金時自身が望んだことであった。他の道も示唆される中で彼は、強い希望をもってこの世界に進むことを決意したのだ。
     何故ならば、金時にとっての魔性退治とは、悪しきものから人々を守る立派な仕事であり、さながら影のヒーローであった。先達である義理の母や兄たちの背を追うたび、自分もこうなりたい、早く肩を並べて戦いたいという想いは、彼の中で高まり続ける一方だった。そうして金時はいつしか、大きな夢を抱くようになった。
     ――人助けがしたい。誰かの明日を想い、守る、ゴールデンな男になりたい。
     そんな子供が描くような夢を本気で目指し、叶えるに相応しい力を身に着けるに至ったのが、坂田金時という青年であった。
     そして、来たるべき昨日。
     特記事例対策室『源氏』の郎党のひとりに名を連ねるその日は、ようやく夢への第一歩を踏み出す、記念すべき一日となる。
     ……はず、だったのだが。

    「では、坂田実務担当」
     さっそくの初仕事に、金時はすぐさま目を剥くこととなったのだ。

    「特記事例『奈落の虫』――オベロン・ヴォーティガーンとともに、とある魔性案件の調査に当たってもらいます」

     ♢♢♢

     そして現在、金時は衛宮邸にて勝ち目の低い戦に赴いている。
     結果は、案の定の惨敗であった。
     オベロンは予想以上に、取り付く島のひとつもくれない。いつだって不機嫌なのだが、今日は三割増しで機嫌が悪いまである。話を聞きいれる姿勢すらなく、あるのは全面的な反発心だけだ。
    「当たり前だろ」
     とんとんと苛立ちまじりに組んだ腕を指で弾き、オベロンがそれに答える。
    「要するにだ。君たちは俺をなめてるってことだろう。飼いならせる、制御できると思っているから『協力』なんて言葉が出てくる。そんな見え透いた魂胆に乗ってやるほど、俺は俺を安く見てはいないつもりだよ」
    「いや、オレは……」
    「そもそも、君たちの社会に貢献して俺になんのメリットがあるわけ? それとも何か、提示できるものがあるのかい?」
     つらつらと圧しかける追及は、止むことのない棘の嵐のごとし。ちくちくと肌を刺されながらも、金時はうーんと顎を欠いた。ひとしきり頭を悩ませて、そろっと打診を試みる。
    「……こないだ新しくできたカフェに、美味そうなメロンパフェがあったんだけどよ」
    「バカじゃないのか?」
    「畜生ッ! ダメか!」
    「逆になんでいけると思ったんだよ」
    「あんたメロン好きだろ?」
    「仮にそうだとしても浅はかだろ、やり方が」
    「ハイ……」
     至極ごもっともな意見であった。
     金時は、ほとほと困り切って眉を下げた。オベロンに言論勝負で叶うわけもなく、彼が望むものを差し出せる当てもない。そもそも望んでるものが何なのか、そこからまずあやふやなのだからどうしようもない。
     それ以前に、自分は交渉だの駆け引きだのにはまったく向かない。その自覚があるからこそ金時には、この身一つで飛び込み、誠心誠意頼みこむ以外になかった。
    「頼む。手伝ってくれよ、オベ公、この通りだ!」
    「呆れた……」
     本当にまったくのノープランで乗り込んできた無謀さを前に、オベロンは言葉通りの感想しか浮かんでは来なかった。肩を落としたしょんぼり顔に、容赦なくさらなる苦言を浴びせようと口を開く。
     ――ジリリリリ。
     そのとき、電話のベル音が遠くで響いた。
     オベロンはぱっと振り向きかけたが、眉間にしわを寄せて金時を睨みつけた。
    「気にすんな。待ってっから」
    「待たなくていい。戻ってくるまでにどうぞお帰り」
     金時の気遣いも一蹴し、オベロンは廊下の奥にさっさと消えていった。
     角を曲がる黒髪を見送ってから、金時はがっくりと大きく肩を落とした。

    「……どーすっかなァ……」
     せめて何かしらアドバイスを聞いておくべきだったかと、今さら悔やんでも詮方ない。そんなものを貰える可能性も、ほとんどないといっても良かった。
     何故ならこれを命じたのは、金時の直属の上司となる実務部隊筆頭であり、室長代理を兼任する男。
     そして、彼の義理の兄でもある、渡辺綱なのだ。
     開口一番に、とんでもない無茶ぶりをしてきた兄の鉄面皮が思い出され、金時は晴天を仰いだ。


    「――一応、昨日のうちに通達を入れてはいますが、先方からは一向に音沙汰がない状態です」
    「え、あの……」
    「ですので、まずは彼の了承を取ってくることを優先してください」
    「ちょ、ちょっと待ッ……」
    「彼の現在地は、」
    「あ、兄貴! 待てって!」
     一方的に立て板に流された水をせき止めると、切れ味鋭い眼光が飛んできた。逆に黙らされてしまった金時は、すごすごと前のめった体を正した。
    「……スンマセン、渡辺室長代理」
    「よろしい。現在地は衛宮邸の敷地内です。これからすぐに向かってください。案件についての詳細は追って送りますので、確認しておくように」
     渡辺は、一部の隙も無い敬語にぴしりと指示を載せた。親しい身内からの完全なる他人行儀も相成って、金時はいっそう挫けそうになりながらも、どうにか言葉を返した。
    「いや、でもオベこ……あー……『奈落の虫』が協力してくれると思いますか?」
     それは、自分にしてはえらく消極的な発言であったことは否めない。しかし、疑いたくなっても仕方がないと思う。
     金時だって、魔性に携わる者のひとりとして、流石に知っているのだ。
     オベロンがかつて、何をしでかしたかを。

     三年前、ヨーロッパは英国ブリテンにて起きた大規模破壊――正確には、大規模崩落未遂事案。
     現地の専門機関の尽力により人的被害こそなかったものの、超広範囲のありとあらゆる物体を飲み込み、大地に今なお修復不可能な爪痕を残している、奈落堕としの大厄災。
     その主犯こそが、オベロン・ヴォーティガーン。
     宮内庁にて観測された魔性である『特記事例』の中でも、群を抜いて危険度が高い存在と認定される、星に産み落とされた終末装置。
     ……どうやら、そういうものらしいと。

    「容易にはいかないでしょう」
     即答、かつぼやかした言い方。しかし、続く言葉は決して甘い解答ではなかった。
    「現在こそ、特記名『千子村正』の保護下で大人しくしているものの、彼がかつて人類を落とし入れようとした悪意ある魔性である事実は変わらない。日本に渡ってからこの三年で、その危険思想が変化したという確証もありません。彼は恐らく今も、人類を敵視しているのでしょう」
    「ええ……」
     それは金時が、思わず天井を仰ぐには十分な『ほぼ不可能』通告に違いなかった。
     それでも渡辺は、彼にこの命を果たす以外の道は与えないつもりのようだ。
    「しかし、それが貴方の本日の職務です。しかと果たすように」
    「いやいや……ソレ、協力してもらえなかったらどうすりゃいいんですか?」
     珍しく弱腰に、金時はおそるおそると訊ねた。
     渡辺はというと、デスクの上で緩やかに指を組む。そうして見上げてきた黒曜の瞳は、哀れみも感傷も一切なしに、さらっと告げた。
    「他に仕事はないので、帰宅してもらって構いません」
     ――そりゃあ、あんまりだぜ、綱の兄ィ。
     そうして社会人一日目にして、組織の歯車としての世知辛さを体感する羽目になった金時は、ちょっと泣きそうになったのであった。


    「ねえ」
    「ハッ!?」
     と、回想に耽っているうちにいつの間にやら、オベロンが土間に立ち塞がっていた。電話番は終わったらしい。
    「まだいたの?」
    「いるに決まってンだろ! あんたが一緒に来てくれるって約束するまで動かねえからな、オレは!」
    「は、セールスより悪質だな。天才的な嫌がらせの腕前に拍手を送りたいよ。ヒトの迷惑とか考えたことないの?」
    「ングゥっ……!」
     どこまでもお前が言うな案件だが、実際に迷惑をかけている側が自分なので反論できない。歯軋りしながらも引き下がることはない金時を見下ろし、オベロンはハア、と腰に手を当てた。
    「……そういうことなら、なおさら出てってくれる? 俺も出かけるし」 
    「だからァ! 出ていかねえ……って……」
     金時は、はた、と耳を疑った。
    「え?」
    「出かけるんだよ。君がそうしろって言ったんだろ?」
     しかし、聞き間違いなどではなかった。
    「は、えっ、ちょ……っと、ちょっと! 待て! 待てよオベ公!」
    「いや、待つのは君の方。流石にこの格好で出歩くのは気が引けるからね。着替える時間が欲しいんだけど」
    「そりゃあ全然……じゃなくて!」
     金時はごくりと唾を飲み込み、そろりと聞き返した。
    「……ついて来てくれんのか?」
    「それ以外にどう聞こえたわけ?」
     ――ウソだろ?
     真っ先に浮かんだのはその感想であった。
     ついさっきまであれほど頑なに、天地がひっくり返ってもあり得ないと言わんばかりに突っぱねていたのに、戻ってきた途端に、これはなんだ。渋々どころか、自ら乗り出す積極性さえ垣間見える始末とは。これではまるで、人が変わったみたいだ。
     混乱の極みにある金時を、昏い碧眼は静かに吸い込んで、細まり弧を描いた。
    「気が変わった」
     告げられた答えは、ありふれて単純明快。
     故に、恐ろしいほどに信用ならないものであった。
    「君の仕事に『協力』しようじゃないか。短い間だけどね」
     呆けたままの金時に、オベロンはすっと右手を差し出す。
     握手を求められていることに気が付くのはしばらくたってからであった。
    「よ、よろ、しく……?」
     戸惑って伸ばした右手は、スカッと見事に空ぶった。握られる直前で腕を引っ込め、金時はまたも間抜け面をさらすこととなった。
     ぽかんと口を開け、何度も瞬きを繰り返す碧眼に、オベロンはくすりと肩を竦めた。
    「せいぜいよろしく。ミスターゴールデン」
     ぱしん、と手の甲どうしが音を鳴らす。
     素っ気なく払われた右手は、紛れもなく、彼の意思表示であった。
     ――『仲良く』なんてしないぞ、と。
     颯爽と踵を返し、またもや角の奥に見えなくなった細い背を、その場に残された金時は呆然と眺めた。
    「……な、なんだぁ……?」
     一体何がどうなったのか、訳がわからない。
     当初の目的は達成できた。これで自分は、宮内庁としての初仕事にようやく取りかかれる。そういう意味では、喜ぶべき場面なのかもしれない。
     ただ今は、もやもやと渦を巻く嫌な予感だけが、胸いっぱいに充満していた。
     一体、先の電話は誰からで、一体何を提示されたのだろうか。あのすっかり物ぐさなオベロンが、重い腰をあれほど軽く上げるのだ。よっぽど、ろくでもないことに違いない。
     ということは自分は、解決すべき魔性案件の他に、彼の動向にも目を配らなければいけないのか。そういうのはとことん苦手だと、重々承知しているのに。
     ふと、オフィスを出るときに渡辺が言い置いた一言が、脳裏をよぎった。

    「おまえ、バディに憧れていたのだろう。よかったな」

     ――いや、だから、違う。
     自分が思い描き、憧れていたバディとこれとじゃ、あまりにも違う。
     それともここから、あのオベロンと、己が理想とするバディになれるように努力せよとでも言いたいのだろうか、あの人は。
     人助けのヒーローを目指す自分が、人々を奈落に堕とそうとしたヴィランと、互いに信頼できるバディになってみせろと。
     それは、いくらなんでも。

    「無茶ぶりだぜ……兄ィよ……」
     金時は春の晴天に、目いっぱいの憂鬱を吐き出した。

     ♢♢♢

    「――『お守りの夢』?」
     タブレットの表面をなぞる碧眼が、すい、と訝しげに上げられた。
    「なんだか言葉がおかしくないかい? 夢のお守り、ならまだわかるけどさ」
    「いや、コレであってるらしいぜ」
     別のタブレットで資料を流し見る金時が、その淵を中指の関節で叩いた。ふうん、とオベロンは口を閉じ、一枚の画像を眺める。
     唐草模様があしらわれた紫の布地を、赤い細糸で巾着袋のように閉じ、銀の鈴を端に通したそれは、まさに『お守り』の形であった。特徴的な部分としては、何やら文字の書かれた小さな木札が紐に通っていることくらいだろうか。
    「コイツに『おまじない』をして、寝る前に枕の下に入れりゃあ、望む夢の中に連れてってくれる。そういうウワサ話が流行りなんだってよ」
    「ああ、夢を見るのはあくまで『お守り』の方ってことだね。なるほど」
     納得し、オベロンの細い指はすいすいとページをめくる。それよりずっと速く、窓の外の景色はびゅんびゅんと過ぎ去っていく。平日昼の大通りは交通量もそれほどではなく、気持ちいいくらいに車は進んでいた。
     衛宮邸でのやり取りから、三十分後の現在である。
     金時とオベロンはタクシーに乗り込み、とある目的地へと直行していた。その道すがらに、今回取り掛かるべき魔性案件の資料をおさらいしているというわけだ。
    「ええと、なになに? おまじないの手順は、っと……」
     探し当てたページを止め、オベロンは顎に指を添わせてさらさらと読み上げた。
    おまじない用の『お守り』を手に入れる。②『お守り』を両手で包み、見たい夢、もしくは叶えたい夢を三回唱える。心の中でもOK。意外とユルいね。で、③。キレイな布で三つ折りに包み、寝る直前に枕の下に入れる。……これだけ?」
     資料を信じるのならば、それだけのはずだ。金時が肯定すると、オベロンは今度はしっかりめに、おまじないの一連に目を通した。
    「うーん……これは、なんというか……」
     そして、最後まで読みこんだタブレットを、苦笑まじりに膝の上に投げた。
    「普通だなあ。どこにでも湧いて出るありふれたおまじない、って感じだ。良くも悪くも」
    「だよなぁ。オイラも似たようなウワサ、いくつも聞いた覚えがあるぜ」
    「いやあどうなの、これ? わざわざ君らが目くじら立てて、出張るようなものじゃない気がするんだけど」
    「そりゃあ、ただのおまじないで済んでるならの話さ。ウチも暇じゃねえしよ」
     気難しげにガシガシと書かれた金髪を見流し、ははあ、とオベロンは小首を傾げた。
    「なにか、悪いことが起きたってわけだ?」
    「嬉しそうにすンなよ……」
    「おっと失礼。他人の不幸はなんとやらだ」
    「お前なあ」
     にまにまと微笑むのをたしなめた金時の目が、ふと窓の外へと移る。
    「ま、とにかくだ。詳しい話はあそこで訊こうぜ」
     その行く先に聳え立つのは、ビルの群衆にあってどこか物々しい空気を放つ建物――警視庁庁舎であった。

     駐車場に停めたタクシーからひょいと降りると、オベロンは巨大な箱物をぐーっと見上げた。
    「いやあー、まさか警察のお世話になる日が来るとはね! 何があるかわからないもんだ、人生……いや、妖精生? うーんゴロが悪い!」
    「言い方、言い方な!」
     照りかえる陽光に目を細める背に、金時は支払いを済ませながら突っ込みを入れた。と、そのついでに、この道中で訊くべきか迷っていたことにも突っ込むことにした。
    「なあ、オベ公」
    「うん?」
    「なんか、変わってねえか?」
    「なにが?」
    「全体的に……」
     上目から振り返る彼を姿を、金時は改めてまじまじと見渡した。
     まずは、もちろん服装が違う。白のワイシャツに淡い色合いの薄手のベスト。若干季節外れの、オーバーサイズのダウンジャケット。脚にはスキニーデニムと、ヒール付きのショートブーツ。左耳の上には、金のダイヤ型がみっつ連なる髪留め。着替えてくるとの言葉通りの、まさしくよそ行きの服装だ。それは、何も驚くことではない。
     問題は、本来変わらないはずの部分までが、がらりと変わっていることだ。
     髪は黒から、光を透き通す銀色へ。凍り付くような碧眼は、淡く優しい色合いへそして何より、攻撃的な態度が完全になりを潜め、陽気で物腰の穏やかな、どこか朴訥な雰囲気へと。
     まるで好青年然とした佇まいは、金時の知る『オベロン』とはどうにも一致しなかった。端的に言って、見たことがない姿。同じ顔をしているのに、まるで別人だ。
    「あれ? 君は見たことなかったかな、こっちの姿」
     目を白黒させる様に、オベロンは「ふふん」と得意げに鼻を鳴らした。
    「驚いたかい? うんうん、存分に驚いてくれたまえ。君のそのビックリ顔が、僕の擬態が完璧だという証だからね」
     一人称まで変わってやがると、金時は少し前のことを思い返した。衛宮邸を出る際のことだ。
     着替えを終えたオベロンがこの通り、真っ白な姿になって現れ、「よぅし仕事だ、張り切っていこうか!」なんて肩を叩いてきた時には、サングラスを鼻から落っことすところだった。まったく、どういうつもりでこんなメタモルフォーゼをしたのだろうか。
    「君と同じだよ」
    「はっ?」
    「何事も形から入るタイプなのさ、僕は」
     愛嬌たっぷりのウインクを飛ばし、オベロンはヒールで地面をコツコツと鳴らした。
    「君だって、機嫌がよく見える相手の方がやりやすいでしょ? ウィンウィンってやつさ」
     ああ、そういうことかと、金時はようやく『形から』の意を理解して、ため息を吐いた。確かに露骨に反抗心を突き付けられるよりは、表面上はマシかもしれない。
     しかし。
    「不満があるのには変わりねえんだな……」
     オベロンは答えず、足取り軽やかに庁舎への階段を登っていった。
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