アンマッチ・スタンバイズ(……本当に安全運転じゃないか……)
目前で変わった黄色信号に、金時はまたもしっかりとブレーキを掛けた。ゆるやかにスピードを落としたバイクの前輪は、停止線から少したりとも飛び出していない。
衛宮邸を飛び出してからニ十分、ここまで模範的な交通安全を遵守して走ってくれるものとは思わず、オベロンは感心を通り越して少し引いていた。普通のバイクでそうならまだ納得がいくのだが、このモンスターマシンで交通ルールに従われても逆に驚きであろう。事実、どことなく周囲の視線が集まっているのがありありと伝わってくる。ちょっと、かなり恥ずかしい。
「僕もフルフェイスのメットがよかったなあ……」
「ああ? そりゃ悪ぃな、ウチにあるのそれしかなくてよ。兄貴の勝手に使ったら怒られるし、よっと!」
信号が青に変わると、吹かしたアクセルとともに轟音が唸る。どこまでも派手に目立ちながら、金時の駆る愛機は少々飛ばし気味のスピードで、国道から脇に逸れた。もちろん、ウィンカーのタイミングも完璧であった。
気持ちのいい向かい風を顔に受けながら、オベロンはふと訊ねた。
「そういえば、昨晩はいい夢を見れたのかい?」
「あー? なんか言ったか、今?」
しかし彼の声は、風切り音とエンジン音にかき消されてしまったらしい。仕方なしにもう一度、もう少し大きく声を張り上げた。
「夢だよ! おまじないを試してきたんだろ?」
「なんだって?」
「いや、だから! 君が望む夢とやらは見れたのかって!」
「なんだよ聞こえねえって!」
「ゆーめー!!」
「ゆめ? ああ! 夢な! 試してきたぜ!」
結局ほぼ目いっぱいに怒鳴ったところで、再び信号に捕まったバイクはするりと止まった。ぜえぜえと息を切らすオベロンとは対照的に、金時はいつも通りの声量だったのか、疲れのひとつもなしに顔だけで振り向いた。
「でも何にも起きなかったんだよな。やっぱあんたの言う通り、新しい『お守り』じゃねえと意味ねえのかも……どうした?」
「このやろう……いや、なんでもないよ、うん……」
オベロンは喉をさすりながら、思わず漏れそうになった素を唾とともに飲み下した。疲労した息を吐き出し、発進する前にと急いで続けた。
「じゃあ当初の予定通り、夢野神社で新品を手に入れようか。それを僕たちで試すかどうかはさておき、まずは現物を手に入れなきゃお話にならない」
「だな。……っと、もしかして、アレか?」
シールド越しに上げた碧眼の先には、住宅地の奥にそびえる小高い山。斜面に青々とした木々が豊かに茂る中、その一部分が茶色く禿げているのがこの距離でもわかった。
「いよいよ本丸突入だな。よぉし! 飛ばすぜオベ公!」
「やめろ飛ばすな!」
「ノープロブレム! カッ飛ばしても安全運転がオイラのモットーだ!」
「違う! そうじゃなくて……」
青信号で発進した車体に「うわっ!」と呻き、ガタガタとアスファルトの凹凸に揺れる車体にしがみついたオベロンは、声の限りに訴えた。
「スピードが出ると揺れて痛いんだよ! お尻が!」
「だーからなんだって! もうちょい声張ってくれ!」
「張ってるだろバカヤロー!!」