究極の選択 ブラブラと校内を歩いて居ると、変人ワンツーがこっちに向かって来ている。
「あ、そうだ」
昨日、三人と究極の選択という例え話をしたらかなり盛り上がった。
あの二人なら、どっちを選ぶのだろう。
好奇心を抑えられず、オレは話し掛けていた。
「司センパイ、神代センパイ」
「彰人! どうしたんだ?」
「おや、東雲くんじゃないか」
オレが声を掛けると、二人で覗き込んでいた本から目を外してこっちを見てくる。
「ちょっと、聞いてもいいっすか?」
「んん? 珍しいな」
オレは二人から逃げるようにして去る事が多いから、司センパイがそう思うのも無理はない。
「未来のスター、天馬司に何でも聞くがいい!!」
「うるさっ……」
「それでどうしたんだい?」
司センパイのデカい声に顔をしかめていると、神代センパイが尋ねてきた。
「もしもの話なんですけど」
司センパイの目の前には神代センパイと妹さんが、神代センパイの目の前には司センパイと幼馴染みさんが、今にも崖から落ちそうになっています。
助けられるのは一人だけだったら、どちらを助けますか?
「究極の選択ってやつだね」
「そうっす。昨日、冬弥達と盛り上がって」
神代センパイは知っているらしく、小さく笑みを浮かべている。掴み所のない笑顔だから、あまり関わりたくはない。
「そうだねぇ」
「これは究極の選択なのか?」
何を言っているんだ?とばかりの雰囲気を纏った司センパイに、オレは戸惑いを隠せなかった。
「咲希に決まっているだろう」
「ふふ、そうだよね」
司センパイの答えに気を悪くする所か、上機嫌になる神代センパイ。
いや、普通は自分を選べってなる物じゃないのか?
「類だって、寧々を選ぶぞ」
「でも、二人は恋人なんですよね?」
自信満々に答える司センパイに、オレの疑問は大きくなるばかりだ。
「東雲くん、仮に僕が司くんを選んだとしよう。その場合、寧々は助からない。きっと、司くんは自分を責め続けるだろうね」
「当たり前だ、類だって同じだろう?」
「さすがは司くんだね」
普通なら、恋人を選ぶだろ?
それなのに何で……。
「納得が出来ないって顔だ」
「む、そうなのか?」
それはそうだろう。
見透かされているようで面白くはないが、神代センパイが相手だと誤魔化しは上手くいかない。
「恋人に会えなくなる可能性が高いんですよ?」
「簡単だよ」
「簡単だな」
オレの質問に、答えた二人の声は同時だった。
後を追えばいい。
後を追えばいいじゃないか。
そう言って笑う二人に、オレは何も言えなかった。
「それ、は……」
ようやく絞り出した声はスカスカで、音になっているのかも怪しい。
二人は顔を見合わせてから、フッと小さな笑いを漏らした。
「彰人、すまん。そう真に受けないでくれ」
「は?」
司センパイが悪い悪いと言いながら、二の腕あたりをバシバシ叩いてくる。
痛いんで止めてください。
「少し前に、青柳くんからも同じ事を聞かれたんだ」
フフフっと笑った後に神代センパイは、ごめんねと謝ってきた。
つまり……。
「からかわれた?」
「からかったつもりはない、とだけは言っておこう。しかし、オレは妹を、類は幼馴染みを優先するだろうというのは本当だ」
司センパイは真剣な顔でオレを見てくる。
その表情にオレは息を飲んだ。
冬弥の言っていた事が少しだけ、理解できたような気がする。
「まぁ、このオレが居るのだから二人とも助けてみせる!」
「それだと、条件が破綻するんですけど」
これがなければなぁ……。
まぁ、この二人にも譲れない信念みたいなものがあるのだろう。
そこまで踏み込むつもりはないから、さっさと話を切り上げるか。
「あ、じゃあ。オレはこれで失礼します」
「うむ!冬弥達によろしく伝えておいてくれ!」
「東雲くん、またね」
二人をその場に残して、オレは三人と待ち合わせをしている謙さんのカフェへ向かった。
「ねぇ、司くん。僕を選んで欲しいって言ったらどうする?」
自信満々に答えた司くんの困った顔が見たくて、意地悪な質問をしてしまった。
司くんの返事に不満はないし、僕だって寧々を選ぶだろう。
きっと、司くんは自分が助かったら死ぬまで後悔し続けるに違いない。
心の隅で彼を優先したいという思いがあったとしても、司くんのためにその望みを押し殺すなんて簡単だ。
「……もし、類を助けたとしたら。オレはお前の前から、姿を消すだろうな」
二度と会わないという事だろうか。
自分から聞いておいて傷つくなんて、愚かにもほどがある。
震える体を誤魔化したくて、伸びたままの右腕を左手でぎゅっと掴む。
「そ、れはどうして?」
「罪悪感で今にも死にそうな類の顔は、見たくない」
「つかさくん」
今にも泣きそうな顔で笑う表情を笑顔に変えたくて、僕は隣に並んでいた司くんを抱き締めた。
学校の廊下で誰が来るかも分からないけど、そんな事はどうでもいい。
「ただの例え話なのにな」
「でも、僕の事を考えてくれたんだよね?」
真剣に考えてくれた事が嬉しくて、意地悪をしたお詫びを兼ねるようにして額へとキスを贈る。
「おまっ!ここ、学校!」
「誰も居ないから大丈夫」
暴れようとする司くんを閉じ込めた腕で押さえ込み、次は頬に触れようとすると唇か手のひらで塞がれる。