いつだって、魅了されるのは、「類、待たせたな。これでいいか?」
「うん。ありがとう、司くん」
太陽光に照らされたプールできゃっきゃとはしゃぐえむくんと困惑している寧々の声をバックに、二人で苦笑しながら手に持ったそれを飲んだ。
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日中の気温が30度を越え始めた、ある日の休日。
僕はワンダーランズ×ショウタイムの面々と、郊外にあるレジャー施設に遊びにきていた。
様々な施設が備わっているけれど、郊外にあるのでピーク時を迎えなければあまり混むことがない、いわば穴場スポット。
そんなここのオーナーは、古くから鳳家と親交があるらしく、えむくんはしょっちゅう訪れている場所なんだそうだ。
ちょうどピークを迎える前で、且つ大規模なショーを成功した後、ということもあり。
お祝いがてら、そこで遊びたい!というえむくんからのお願いで、僕らはここに遊びにきていた。
流れるプールに、大きなウォータースライダー。
上部に設置された樽には水が入り、定期的にかなりの水圧をもって下にいる僕らに降り注ぐ。
ビーチバレーができる場所や、貸出の水鉄砲を使ったアクションゲーム。
沢山身体を動かせるその施設に、僕らは終始笑いながら楽しんでいた。
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「…しかし、本当にえむの体力は底なしだな…。寧々を連れてこなくてよかったのか?」
「流石にえむくん1人にするもの可哀想だしねえ…。寧々はさっきできるだけ身体を動かさないでいたし、大丈夫じゃないかな」
流石にアトラクションを休みなしの連続でやってしまったので、僕も司くんもへとへとになってしまった。
早々に見学に回って休憩していた寧々にえむくんを任せ、僕らはベンチに座りながら買ってきた飲み物を飲んでいた。
…そういえば、水泳の授業はまだ始まっていないし、司くんのこういう姿を見るのは初めてかもしれないな。
そう感じ、横目で司くんの姿を見る。
既に付き合っており、その手の行為も多少やったことがあるとはいえ、
こうした明るい場所で司くんの身体を見るのはなんだか新鮮だ。
僕の演出にいつも答えてくれるとはいえ、体質なのだろうか。
想定していたよりも、筋肉の有無がわかりにくい。
しかし、そのしなやかな身体には、想像以上の筋肉がついているのだろう。
きっとそれは、演出をしている僕ぐらししかわからないんだなと思うと、少しだけ優越感を感じた。
「……おい類?何をそんなニヤニヤしているんだ…?」
「ん?いや、何でもないよ。それより司くん、珍しいものを付けているね」
司くんに伝えてしまってもよかったけれど、「公共の場だぞ!」と怒らせかねない。
そう思い、はぐらかすためにも別の話題を振った。
そう。司くんは珍しく、ペンダントを付けていたのだ。
小瓶のようなものがペンダントトップになっており、その中には液体がゆらゆらと揺れている。
「ああ、これか?これは咲希に相談したらくれたものでな。……ほら、ちょっと匂いを嗅いでみるといい」
指で引っ張ったペンダントトップを、僕に近づけさせてくれる。
そっと傍に寄って嗅ぐと、とても柔らかい香りが漂ってきた。
「…へえ。とてもいい香りだね。ジャスミンに似たような香りだけど、これは…?」
「これは、月下美人の香りなんだ」
「月下美人、の…?」
僕が首を傾げると、司くんは頷きながら、手にしたそれを見る。
「元々は、母さんが好きな香りでな。よくこの香りの香水を買っているんだが、買いすぎてしまったらしい。オレや咲希に分けてくれたんだ」
「へえ、そうなんだ」
「ああ!それで折角だから付けて行こうとしたんだが、プールでは香水が流れてしまうからなと思って、諦めようとしてたんだ」
「それで、そのペンダントかい?」
僕が指をさしたそれを持ちながら、司くんはああ!と嬉しそうに笑った。
「香水をこういったものに入れて楽しむんだそうだ。流石に身体に付ける時より香りは薄くなってしまうが、香りは自分1人でも楽しめるからな」
「なるほどね…」
そう言いながら、そっと彼のペンダントトップを僕の手のひらに乗せる。
中に入った液体はまだまだ量があるし、暫くは香りが続くと思われる。
だけれど司くんが言ってた通り、確かに先ほど見たく近づかなければ、明確に香りはわからないだろう。
「類?どうした?」
「ん?……ああ、よかったなって思って?」
「よかった?……何がだ?」
首を傾げる司くんに、笑いかける。
「月下美人のように人を魅了する香りが、こうして近づいた僕だけしかわからなくて」
いつだって、君は誰もを魅了してしまうから。
香りでも、更に魅了してしまったら、僕は嫉妬してしまうからね?
…なんて、格好つけて言った僕に。
司くんからの照れ隠しの拳が飛んでくるのは、この数秒後の話。