ワンライお題【前世/鬼ごっこ】
記憶持ち宿
現パロ
学生宿伏
「…宿儺、さま、お慕いしております。今までも、これからも…」
「…恵、安心しろ、いつになろうと必ずお前を見つけ出してやる」
腕の中で一等に愛おしい存在の命が消えていくのを感じる。
血に塗れた着物が重く、身体に張り付く。
白くすべやかな肌から血色が失せていくのをただ見つめることしか出来ない己の不甲斐なさを噛み締めながら、震える手を握り締める。
土の焼ける匂い、咽せかえるほどの血の臭い、肉や脂肪の燃え上がる焦げ臭さが取り巻くこの地で、愛すべき存在の死に己の心が死んでいく。
「お前なら…必ず、見つけ出してくれるんだろうな…待っ…てる」
4本の腕があった所で引き留めることは出来ず、俺の言葉に笑みを浮かべて手を伸ばしてくる身体を強く抱き締める。
細く、しなやかな肢体から力が抜けていく…
「……恵」
「———」
宿儺様
柔らかく名前を呼ばれる事も無く、呼んだ名前に返事もない。
喪失感を抱きながらも湧き上がってくる怒気に頭の中が冴え渡る。
愛しの存在のいなくなったこの世に用など無い…
己の唯一を奪い去っていった愚かな人間どもへの憎しみが怒りと共に湧き上がる。
「…鏖殺だ」
耳障りな悲鳴や怒号が頭に響く。
力を失ってもまだ暖かい身体を抱き上げて汚れの少ない場所へゆっくりと横たえる。
閉じられた瞼の下、透き通った輝く翠をもう見る事が叶わない。
「少し待っていろ…恵、終わらせてくる」
血の跳ねた頬を指の腹で拭い、荒れた髪の毛を撫で付ける。
そうして踵を返した先、愚かな人間どもに指を向ける。
『◼️◼️◼️』
それから何年経ったのか…
自身が鬼神として、呪いの王として存在して怠惰な時間が過ぎ去っていく。
時間が流れていく間、己の愛し子を探して生きてきたがなかなかに難儀なものだ。
初めに見つけたのは黒く見窄らしい野犬…
瞳の色は変わらず綺麗な翠を宿していたが片目は潰れており衰弱していたのを拾い、世話をした。
時間の流れが違う事もあり衰弱した野犬はすぐに死んだ。
そうして次に会った時、年老いた男は呆れた様に笑って「遅かったな…また見送られるのか」そう言った。
それから何度も見つけては先立たれ、見つけては先立たれ…
時間が経つに連れて、俺の事を憶えていない事の方が多くなった。
人間だったり、犬だったり、また別の生き物であったり…何であったとしても、呪いとしての己と同じ時を過ごすというのは酷な事だった。
「ああ、そうか…」
そうして気付いた時には既に千年以上が経っていた。
…俺が死ねばいい。
呪いの王として君臨し続けた事で、輪廻に乗るには幾分か時間を要すだろうが…。
指を切り分け魂を飛ばし、目を瞑る。
「さぁ、鬼事を始めるか」
久方振りに心躍る感情に自然と口元が緩む。
追いかけて追いかけて、愛しい存在を捕まえるために。
「おい!宿儺っ!」
「…なんだ、恵」
心地の良い声…
それが己に向けられて己の名を呼ぶことの嬉しさは計り知れない。
振り返れば不満げに眉を寄せた男が弁当箱を片手に近寄ってきていて、色褪せることのない前世の記憶が巡る。
癖の強い黒髪に、滑らかな白い肌、意志の強く籠る翠瞳。
全てがあの頃のようでいて愛おしさが込み上げてくる。
「パプリカ入れるなって言った!」
ムッとして右手を振り上げる動作を確認して軽く避ければ怒っている原因を叫ぶので笑ってしまう。
ああ、全く、愛らしい…
「美味かっただろ?」
にったりと笑って言えば恵が言葉を詰まらせる。
横並びに廊下を歩きながら顔を伏せた恵を覗き込むように見れば小さくボソリと、美味かった…。と声が聞こえる。
「ケヒッ、そうかそれは良かった。明日は何が食べたい?」
「…生姜焼き」
素直で良いことだ。
恵の持っている弁当箱を奪い取ってその軽さに、綺麗に空になっているだろう弁当箱を思い浮かべて気分が上がる。
数千年の歳月を超え、呪いとしてでは無く人間として生を受け、同じ年に恵もまた生を受けた。
やっと巡り会えたこの世では幼馴染として数年を共にしてきた。
だが、恵は前世の記憶を持っていなかった。
俺が憶えていればそれで良い。
そう思っていたが、やはり忘れ去られている事へ少なからず悲しみと少しの怒りを抱く。
その仕返しとして、可愛らしい悪戯をしたことに腹を立てている恵はまだ少し機嫌が悪いみたいだ。
「伏黒〜」
「虎杖、もう大丈夫なのか」
この世に生を受け、不満が有るとすれば、いけすかない双子の兄として小僧も同様に生を受けた。それに限る。
こいつは飛び飛びに前世の記憶を持っている。
鬼ごとの始まり、あの時の戦いで恵を護れずに失った事を小僧が思い出した折には殴り合いの喧嘩をした。
「大丈夫大丈夫!一緒に帰ろ」
「ああ」
恵を真ん中に挟む様に並んで歩けば放課後の廊下が騒つき、それを睨み付けて制す。
小僧は俺が恵を追いかけ何度も転生している事を知っており、この世で隣に立つ事を何となしに黙認している。
"伏黒が良いなら、それで良い。"
そう言う愚兄を睨み付けながら恵の腰を抱き寄せれば、抵抗なく恵との距離が縮まる。
制服越しに感じる体温に安心する。
やっと捕まえた愛おしい存在を手放さない様に、攫われないように腕の中に閉じ込めておきたい。
そのために周りからじわりじわりと囲い込み逃げられない様に絡め取っていく。
「恵、スーパーに寄って帰るぞ」
「あっ、今日卵の特売日だわ」
「愚兄は去ね」
「何でだよっ!卵お1人様一パックまでだろ!」
「一緒に行く必要性など無いだろ」
思い出した様に言う小僧に舌を打てば食ってかかる様に騒がしくなる。
文句を垂れる愚兄の言葉に呆れながら言ってやればグッと鈍く呻くので鼻で笑う。
1人一パックしか手に入らないのだから3人でいった所でパックは三つだ。
馬鹿なのかこいつは…
「はぁ…馬鹿が移るぞ恵、こっちに来い」
「何だその顔!やめろ!お前のお兄ちゃんだぞ」
「たった数分で何を言う、はぁー…うざ」
呆れてものも言えないとはこのことか…
俺の右を歩く恵の身体をさり気無く左へくる様に促して、喚く馬鹿の言葉を流す。
そうして生産性のない話に付き合っていれば、抱き寄せた身体が小刻みに震えて恵が笑う。
「ほんと、お前ら仲良いな」
「「良くない」」
きっぱりと被った声で否定して帰路を歩く。
全く嬉しくない言葉にげんなりとしつつも楽しそうに笑う恵の顔を眺める。
今は関係性こそ幼馴染、友人だがいつかまた…
そう願う。
何千年が経とうとも、俺はきっと伏黒恵という人間に魅せられるのだろう。
そうして今までと同様にふわつく存在を手に入れるために追いかける。
輪廻は巡った…
鬼事はまだ始まったばかりだ。
さて、鬼事は鬼が捕まえたらどうなるのだったか…
end.