「本能で求めてる」宿伏
セクピスパロ
『始まり』
「何を隠している?」
宿儺との出会いはその一言から始まった。
いつもとなんら変わらぬ放課後、河川敷に呼び出されての喧嘩。
喧嘩とも言えない様な一方的な言い掛かりに伏黒は興味なさげに溜息をついた。
「お前たちの言ってる事は知らないし覚えもない」
そう言って面倒臭そうに首を横に倒せば頭に血が昇っている男達がいきり立ち、大振りな動作で地面を蹴り上げ突っ込んでくる。
何と言おうとも結果の見えていた状況にもう一度溜息をついた伏黒は、握り締めて振り被られた拳を軽く避け勢いの付いた足を引っ掛ける。
スピードに乗った大柄な身体が地面を転がり、後に続いてきた男達の何人かはそれに躓く。
軽い身のこなしでひょいひょいと攻撃を交わしていき隙を見て反撃する。
軽やかな身のこなしについていけず男達の身体は地面に伸びていく。
その姿が滑稽だと、伏黒は冷ややかに見下ろした。
猿人ばかりだと思って油断していたからか、男達の中に匂いの薄い蛇の目が居たことに気付かず背後から振りかぶられた拳に反応が遅れ、衝撃を感じると同時に伏黒の頭がぐわりと揺れる。
「ッ…」
まさか自分の拳が伏黒に当たるとも思っていなかったのか、蛇の目の男は驚いた様に目を剥き追撃は無い。
痛みと理不尽な言い掛かりに苛ついていたせいもあって、思わず強く睨み付けてしまえば、蛇の目の男は肩を跳ねさせ慌てて逃げていく。
「くそが…っ」
苛つきの矛先が逃げてしまったせいで何処へ向けていいかも分からない腹立たしさに舌打ちをして、伸びている男達を尻目に河川敷を上がろうと足を向ける。
瞬間、強い視線を感じた。
獰猛な肉食獣に狙われている様なそれにぞくりと鳥肌が立ち勢い良く視線を感じた方へと体を向ければ、そこに居たのは弓道衣を着て、スニーカーを履いた見た事のある男だった。
"虎杖宿儺"
うちの高校で知らない奴はいないだろうと言われるくらいに有名な男だ。
目立つ桃色の髪の毛は地毛らしく、双子の兄である虎杖悠仁は俺と同じクラスだ。
フレンドリーな兄と比べ他者を寄せ付けない弟は弓道の大きな大会で何度も優勝している程の腕を持ち、喧嘩も強いらしい。
斑類では恥ずかしいとされている魂元だって隠す事なく顕にする。周りから聞いた話ではどうも【猫又の重種】らしい。
「なんだ、もう終いか…つまらんな」
「…見せもんじゃねぇ」
河川敷を見下ろせる位置に腰掛け、頬杖を突いている宿儺が心底つまらなさそうに言ってのけるので思わず言い返してしまう。
面倒なのには関わらない方がいい…
そう思って土手に上がる坂を歩けばいつの間にか男が距離を詰めていて、いきなり手首を掴まれる。
そうして冒頭の一言
「何を隠している?」
「…別に何も、あったところでお前に関係ないだろ」
意外にも澄んだ紅い瞳と目が合いじっくりと覗き込まれる。
匂いを嗅ぐ様に鼻を鳴らす男に全てを暴かれてしまいそうな恐怖を感じて手首を掴む手を払い除ける。
他人にベタベタと触られるのは嫌いだ。
特に手を掴まれたりするのなんて嫌悪で吐きそうになるくらいには苦手に感じる。
伏黒に振り払われた手を何度か握ったり開いたりしてみせた宿儺は素直に距離を取る。
「サボってんだろ…早く戻れよ」
「そうさな」
きっと弓道部で校外ランニングでもしていたのだろう。真面目に外を走る宿儺を想像出来ないが、今日は興が乗ったのかどうなのか…。
結局サボっている時点で褒められはしないが。
「またな、伏黒恵」
「は…」
これ以上関わってくるなと言う意味を込めてじとりと男に視線を送れば少し考えた素振りを見せた後、小さく笑って見せた宿儺が学校の方へ向かって歩き始める。
その機嫌の良さそうな背中を見送りながら、何故名前を知っているのか、何故笑ったのか、宿儺も笑う事なんてあるんだな、なんて考えが怒涛と押し寄せてきて追い掛けて問うことも出来ずただ立ち尽くす。
「帰るぞ、伏黒恵」
「……」
河川敷で分かれた次の日、手ぶらで現れた制服姿の宿儺は、教室がざわつくなか伏黒の席の前まで来てそう言い放った。
伏黒の座っている席は教室の一番奥、窓側の最後列で伏黒自身圧迫感が無く外の景色を見る事のできるこの席を気に入っている。
そこへずんずんと躊躇する事なく歩いてきた宿儺は、伏黒の隣の椅子に座っていた兄を視界に入れる事なく催促の視線を伏黒へ向ける。
別のクラスに顔を出す時の何とも言えない気恥ずかしさと戸惑いを全く感じさせない男へ何と言葉を返せばいいのか、はくりと伏黒の唇が空気を吐き出す。
「お前部活は?」
「いや、そーじゃないでしょ」
伏黒の口から出た言葉に即座に横から虎杖のツッコミが入り伏黒がことりと首を傾げる。
「毎日出てるわけじゃない。昨日はたまたまだ」
「じじいに部活出てこないと帰ってくんなって言われたんだよ」
真顔で答える宿儺にこれまたすかさず虎杖が口を挟んだ。
その瞬間にがたたっと音を立てて虎杖の机がぐらつき、足を抑えて悶える虎杖に鼻を鳴らした宿儺が伏黒に向かって手を伸ばす。
「荷物を寄越せ」
「…自分で持てる」
どうしたって1人で帰る選択肢が目の前にはなくて、仕方無しに机の横に掛かる鞄を持ち立ち上がる。
びりびりと感じる重種の威圧感の様なものに肌を擽られて、バレない様に小さく喉を上下させる。
「お前伏黒に変なことすんなよっ」
「…さてな」
下校して特に話す事もなくただ横を歩く大きな男を横目にマンションの前で立ち止まる。
ボロボロでセキュリティなんて無いマンションから、後見人の五条さんによって買い与えられたオートロック付き防音完備の一室、一人暮らしの俺には広い部屋だ。
「いつまでついてくるんだお前…」
「ここか」
「……」
暗にもう良いだろうと投げかけた言葉にポツリと言葉が落とされてエントランスに立つ宿儺が帰る気配は無い。
仕方なくオートロックを解除してエントランスから自宅の扉の前までを無言で進む。
重種と呼ばれる斑類達は一般的に裕福な家庭が多い。
虎杖兄弟がどんな家に住んでいるのかは知らないけれど、猫又の重種ともなれば大きく広い家で付き人すらいるのだろうなとぼんやりと思う。
猫又というだけあって自由気ままに振る舞う宿儺に内心で溜息をつきながらも、宿儺が飽きるまで仕方無しに付き合ってやるしか無い。
「もう良いだろ、俺は帰るぞ。お前も帰れ」
何にもない廊下を歩き、目的のドアの前に立てばカードキーを差し込みガチャリと解錠を確認する。
結局宿儺は何がしたかったのか、何を考えているのか分からない。
ドアノブを引きながら未だ背後に立つ宿儺へ声を掛けた瞬間、開いたドアの隙間に大きな手が割り込み、背後から押されるように玄関へ流れ込む。
「ッ!?」
いきなりの事に驚きで声が詰まり抗議をしようと振り向こうとしたところで宿儺に手首を掴まれ、壁へ身体を押し付けられる。
「なんだっ、よ…っ、んんッ?!」
突然の事で伏黒の身体が硬直し、それを好機と捉えて宿儺の唇が文句を声に出そうとする伏黒の唇を塞ぐ。
「…ッ、ふ、ぅ」
べろりと俺の唇を舐めた宿儺の厚い舌が無遠慮に口腔内へ入れ込まれ、奥で縮こまる舌を絡めとられる。
驚きで目を見開いた俺の様子をつぶさに観察する宿儺の紅い瞳はキスによって伏せられることはなく、ジッと熱い視線をむけ続けられ羞恥心にかっと熱が上がる。
舌を逃そうと躍起になり宿儺の肩を押し退けようとするも手首が掴まれ阻止されてしまい、キスがより深くなる。
「ンっ!ぅ、ぐッ、」
「ッ!」
するりと腰を撫でられた感覚に背筋が粟立ち、好き勝手に暴れる舌を噛み切る勢いで歯を立てる。
ガリっと音がして、宿儺が離れる。
眉を寄せて険しい表情を浮かべてるくせに、口元は不気味に口角が上がっているのが見えて息が詰まる。
「ッ、何すんだっ」
「味見と言ったところだ」
大きな獣から受けるような重圧に負けないように歯を食い縛り睨み付ければ満足そうに目を細めた男はスッと立ち上がり玄関の扉を後ろ手に開く。
「例え殺気だとしてもお前のフェロモンは好ましいな?伏黒恵」
そうして満足気に笑った宿儺の手が玄関に落ちていた1枚の黒い羽根を掴み光に透かすように頭上へ掲げる。
「ではまたな、伏黒恵」
伏黒が宿儺の手の中にある羽根に気付き、あっと声を上げるよりも先に防音の効いた扉がガチャリと閉まり宿儺との距離を隔てた。
To be continued…