Recent Search
    You can send more Emoji when you create an account.
    Sign Up, Sign In

    遊兎屋

    @AsobiusagiS

    ☆quiet follow Send AirSkeb request Yell with Emoji 💖 😍 😘 💚
    POIPOI 42

    遊兎屋

    ☆quiet follow

    【宿伏】

    宿伏ワンドロライ
    「冬支度」






    ビュォーっ、と切るような勢いで風が吹き、横を通り抜ける音が耳元で鳴る。 
    風に吹かれて着ていたロングコートの端がバタバタと暴れ、隙間から冷たい風が入り込んでくる。
    「寒いな…」
    当たり前の事を口に出せば冷えた耳がジンジンと痛みを訴え始め、かじかむ指先を寒さから遠ざける様にコートのポケットへ押し込む。

    初雪さえ降っては無いけれどいつ降り始めてもおかしくない季節だ。
    ただでさえビル風が強い立地の廃れたビル。
    悪戯に破られた窓は本来の機能を放棄していて、吹き付ける風が身体を鈍く縮こまらせる。

    自身の等級に見合った呪霊はなかなかに狡賢く、走り回った身体にじわっと纏わりつく汗は動きを止めた瞬間に吹き荒れる風で冷えてくる。
    吐いた息は白く、もったりの上空へ上がり拡散する様をなんと無しに眺めポケットへと押し込んだ指先が携帯に触れてこの後の事を思い出させる。

    "終わった"

    かじかんだ指で若干打ちにくい画面をタップして短くメッセージを送れば少しの間があって既読になる。

    "今日は鍋だ、気を付けて帰って来い"

    帰ってきたメッセージに思わず口元が緩む。
    料理上手で俺に甘い相手の事だ、きっと生姜をふんだんに使った鍋に違いない。
    既に胃袋を握り締められているせいもあってか口内に唾液が溜まりそうになる。
    腹も減ったし早く帰りたい。
    そんな俺の気持ちを感じ取ったのか、隣で擦り寄ってきていた鵺がバッサリと大きな翼を広げてみせる。
    任せろと言いたげな鵺に思わず笑ってその大きな翼を撫でてやる。
    流石にこの寒さの中、鵺に頼んで空を飛べば早く家に帰れる代償に身体が芯から凍えるだろう…
    「また今度頼む」
    心なしか少し落ち込んだ様な式神を影に戻し、登録してある補助監督の携帯へと電話を掛ける。

    補助監督の迎えを待つ間に影からタブレットを取り出し報告書を簡単に作成し、車内で見直す。
    家に着く頃には完成したそれを提出先のフォルダに移し終えればタイミングよく車が停まる。
    「お疲れ様でした。」
    「ありがとうございました。」
    運転席に短く挨拶を返して車が走るのを見送ってからエントランスに足を向け、目的階までエレベーターで上がっていく。
    車内で多少はマシになったけれど疲労と寒さに堪えた身体は美味しいご飯と暖かい家を目の前に歩幅が大きくなる。

    「ただいま」

    玄関のドアを開け、宿儺に聞こえる様に声をかける。冷えた空気が入らない様に手早くドアを締め、暖かさを求めて足速に靴を脱いでいれば、奥から宿儺が迎えてくれる。

    「早かったな、怪我は?」
    「ん、大丈夫だ」

    ざっと、足の爪先から頭の先まで目を走らせた宿儺に苦笑しながら首を振れば距離が近付いた瞬間に抱き込まれる。
    宿儺の着ているゆったりとした室内着は手触りの良い素材で出来ていて冬間近に売られていたそれは少しもこもことしていて室内の暖かさを溜め込んだようにじんわりと温もりを感じる。
    触って確かめるように後頭部を抱き込まれ、大きな手の平が首から頬にするすると回ってくる。

    「随分と冷たいな。先に風呂に入るか?」
    「腹減ってるから、先に食う」

    鼻や耳を撫でながら問い掛けてくる宿儺に首を振って小さく空腹を訴える腹の音を間に挟みながら言えば、可笑しそうに目を細めた宿儺にコートを脱がされ、洗面台へと促される。

    手を洗ってリビングへと行けば既にダイニングテーブルに煮立った鍋が置いてあり、部屋中に生姜の香りを感じる。
    ついこの間、任務から帰って来た宿儺が突然「冬と言ったら鍋だろう」と家には無かった大きめの土鍋とそれに合わせてカセットコンロを一台買って帰ってきた。
    良い買い物が出来たのか満足そうにしていた宿儺を思い出す。

    「美味いな、これは」
    「くくッ、そうだろうなぁ…。恵、椅子に座れ。」

    鍋の側に立ったまま喉が鳴る。
    確実に言い切れる言葉を思わず口に出せば、キッチンから出て来た宿儺が肩を揺らして取り皿やコップ、追加の野菜や肉を机に置いていく。
    それを言われた通り椅子に座りながら待ち、宿儺が座った時点で目を合わせる。

    「「いただきます」」

    2人揃って手を合わせ、箸を持つ。
    少し大きめに切られた鶏肉が柔らかく、キャベツや椎茸、葱に豆腐、大根まで味が染み渡っていて美味い。
    空腹を満たし、寒さに強ばっていた身体がじんわりと温かくなり脱力する。

    「はぁ…美味い」
    「そうか」
    「あったまる…ありがとな宿儺」
    「ああ」

    食べる手が止まらない。
    しっかりと味が染みているのにシャキシャキとした食感の残っているキャベツ、噛み締めれば噛み締めるほどに味が滲み出てくる椎茸、それに大根は言わずもがな…
    シメは雑炊にするかラーメンにするか。
    どちらも捨てがたい。
    黙々と食べる俺を目を細めて見つめている宿儺には気付いているけれど、以前気になるから止めろと言ったきりなおってない。
    そうなれば言ったところで無駄だと分かっているから何も言わない。
    無理にやめさせようとすればこれでもかと砂糖を煮たように甘い言葉をツラツラと口から吐き出す宿儺に胸焼けを起こすからだ。

    結局鍋のシメは卵を落とし込み、小葱を入れて雑炊にした。



    「恵、風呂に行ってこい」
    「宿儺は?」
    「…まだだが」

    今日は何から何まで至れり尽くせりで食後の片付けまで宿儺に任せっきりだ。
    腹が膨れて、リビングのソファで疲労感にうとうととしていればキッチンから宿儺の声が飛んでくる。
    ぼんやりとした思考の中で、ゆったりと湯船に浸かりたいなと思う。
    同時に、宿儺は風呂に入ったのか気になって聞き返せば少し驚いたような顔をして少し言い淀む。
    それを不思議に思いながらも、重くなって来た舌をゆったりと動かす。

    「なら、待っとく…」

    遠くで宿儺の声が聞こえた気がする。かちゃかちゃと食器の重なり合う音と水の音が心地良い…
    ソファに預けた身体は満足感と疲労でピクリとも動かず、心地良い脱力感に意識が沈んでいく。



    「恵」

    聞きなれた声で名前が呼ばれる。
    もう少し眠っていたいと思って抗うように顔を顰めれば小さく溜息をつく音が聞こえる。
    再度声が聞こえたかと思えば、頬をすりすりと擦られる感触があり、いつまでも甘やかす柔い声に仕方なく重い瞼を持ち上げる。

    「宿儺…」

    俺を起こした声の主人と思った以上に近かったせいで濃い赤色が視界に広がり目を瞬かせる。

    「なんだ、起きたのか、キスでもしてやろうかと思ったんだがな…つまらん」
    「…するなとは言ってない」

    にやりと不敵に笑って見せた宿儺に手を伸ばし頬を包み顔を近付ける。
    あと少しで唇同士が触れ合うくらいに近づいたところでフッと笑いながら言えば、宿儺の咽喉からぐうっと抑えるような声が漏れる。
    今、してやってる状況に寝起きの機嫌が跳ね上がるのが分かる。
    少し恨めしそうな表情を浮かべた宿儺が参ったとばかりに顔を擦り寄せ啄む様にキスをする。
    くすぐったさすら感じそうなそれに笑いながら、宿儺の腕で身体を抱き起こされるのをされるがまま任せる。

    そのまま風呂場まで連れて行かれ、服を剥かれ、2人で湯船に浸かる。
    白く濁った湯に柚子の皮が浮いていて柑橘の良い匂いが風呂場に充満していて思わず深く息を吐く。
    冬を間近に、湯船に入る頻度も高くなるだろうと入浴剤を吟味しながらわざわざ柚子を準備する宿儺を思い浮かべる。

    「良い匂いだな」
    「ああ、のぼせる前に上がるぞ」
    「ん…」

    静かな浴室に湯の揺れる音と宿儺の心地良さそうな息遣いを感じながら目を瞑る。
    時折、宿儺の大きな手の平が身体を揉みほぐすように動きその心地良さに筋肉が弛緩する。

    「はぁ、随分と美味そうだ」
    「っん、今日はなしだからな…流石に寝る」
    「これ程にも尽くしておるのに褒美もなしか?」

    パシャリとお湯が跳ねて、垂れた前髪を宿儺の手の平が後ろへと撫で付けてくる。
    それと同時に首筋へと唇を押し当てられピクリと肩が跳ねる。
    これからを期待するような手つきになり始めた宿儺の手首を掴み釘を刺せば拗ねたように鼻を鳴らしてくる。
    これだけふにゃふにゃになった身体で宿儺を受け止められる自信は無いし確実に途中で意識を飛ばす。
    それを分かっているからか、不満気にも褒めてくれと擦り寄ってくる宿儺は大型犬のようで可愛い。

    「キスしただろ」
    「あれで満足するとでも思っておるのか?」
    「ふふ…思ってねぇよ」

    心外ですと言いたげに目を丸めて抗議してくる男が、愛らしい。
    ただ、そう思っているのは俺だけらしく、宿儺は意外と可愛いだろう、と以前呑みの席で溢した瞬間の釘崎と虎杖の顔は忘れられない。
    あんな自己中筋肉だるまの何処が!?とは釘崎の言い分で、お前らは知らないから…なんて続けて溢せば2人共が絶句してジョッキビールを一気に飲み干していたのは記憶に新しい。
    結構顔に出てると思うんだけどな…

    ぼんやりと、節だった宿儺の手を持ち遊びながらそんなことを思っていれば宿儺が身じろぐ。

    「上がるぞ」

    腰を上げた宿儺を見上げれば腕を取られて一緒に立ち上がりぽかぽかと内側から温かくなった身体で風呂場を後にする。
    それからは宿儺に任せてドライヤーで髪を乾かし、宿儺と揃いの部屋着に着替えて乾燥しない為にと身体に保湿クリームすら塗り込まれる。
    宿儺は見返りを求めてやっていると言っていたけれど、世話好きなのは一緒に暮らしていてバレバレだし、俺が勝手に髪を乾かした時には癖が付くだとか雑だとか言いながら、暗に俺がやりたかったと文句を言う。
    温風の音が止まれば、2人並んで歯を磨き、コップ一杯の水を飲んでから布団へと潜る。

    ふわっふわの羽毛布団からお日様の匂いがして、しかも暖かい。敷布団も手触りに拘り気持ちよく眠ることのできる寝具を新調した。
    どれもこれも宿儺の一手間が掛けられていて、心地良い寝心地にこれまた深く息を吐く。

    「恵、こっちに」

    後から布団へと入ってきた宿儺に腰を抱き寄せられて、抱き枕よろしく後ろから抱き締められる。
    裸足で布団の肌触りを楽しんでいればいつの間にか宿儺の足が絡み付いてきて器用に足裏を擽られる。

    「んっ、おい、宿儺」

    腹に回ってきた手が服の中に入ろうとしてくるのを阻止しながら声を上げれば頸にキスが落とされ手も足も大人しくなる。
    それから仕方なさそうなため息が大袈裟に吐かれたかと思えば、抱き締める力が強まり背中に感じる宿儺の温もりが強くなる。

    「今日だけだからな」
    「ああ」

    普段、我慢なんて知らないんじゃ無いかと言われる宿儺がこうまでして俺の言う事を聞くことがどれほど快感か…きっと誰にも分からない。
    今日だけだと言う言葉が今回で数回めな事も、裸族な宿儺が俺が好きだと言った部屋着を着続けてくれる事も、全てが愛おしく感じる。

    抱き締められる強さに少し息苦しさを感じながらも、直ぐに睡魔は襲ってきて、安心できる腕の中、おやすみと呟き目を瞑る。



    end.
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    Let's send reactions!
    Replies from the creator

    recommended works