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    rosso_addict

    @rosso_addict
    犬辻のDom/Subユニバース長編書いた人。
    荒奈良も書きます。

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    rosso_addict

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    Twitterに投稿していた小ネタをまとめたものです。ピクシブからの再録になります。

    犬辻小ネタまとめ春になっても犬飼先輩の壮大な計画テディベアにお願い時間効率先輩くんと後輩ちゃんQR決済夢のあとで春になっても(犬飼卒業前の春)

     吐く息が少しだけ白い朝、六頴館行きのバスの中で辻はよく知った人の姿を見つけた。
     髪型もネックウォーマーも隙きのない格好の先輩。犬飼だ。
     つり革に掴まってスマホを見る彼の表情は朝の高校生らしく少しだけ不機嫌に見える。
     バス停に停まって乗客が動いた流れに乗って、辻は犬飼の隣に立つ。
    「おはようございます。」
     犬飼は一瞬反応が遅れ、耳のワイヤレスイヤホンを片方外すとパッといつもの笑顔になって、
    「おはよ、辻ちゃん。」
    と挨拶してくれた。
    「あっという間に3月ですね。」
    「ホントだよ。ランク戦やってると学校の行事とか気にしてるヒマ全然ないね。」
    窓の外の並木も蕾をつけ始めた。若葉の芽がのぞく木もある。
    「卒業式、出るんですか?」
    「うん。そこはさすがに本部もスケジュール調整してくれた。」
    「良かったです。……卒業したら、犬飼先輩って呼べなくなりますね。」
    「え?そういうもん?」
    ボーダーでは高校を卒業すると自然と『さん』付けで呼ばれるようになる。明確な基準はないようだが。
    「そういうものだと思ってました。犬飼先輩も『二宮さん』って呼んでますし。」
    「でも鈴鳴第一とかずっと『来馬先輩』じゃん。」
    「鈴鳴第一は来馬隊長が許してるんじゃないですか?」
    「じゃあ、辻ちゃんもずっと呼んでよ。おれ辻ちゃんに『先輩』って呼ばれるの好きだし。」
    「……いいんですか?」
    「おれがいいんだから、いいでしょ。」
    「はい。犬飼先輩。」
    そう呼ばれると年相応の笑顔を見せる。
    「春になっても、おれ達は変わんないよ。」

     END


    犬飼先輩の壮大な計画(将来の夢はお婿さんな先輩)

     ごくたまに、犬飼先輩がうちに遊びに来ることがある。
    「お邪魔しまーす。はい、これ。」
     今日の手土産はスフレケーキに色んなクリームが挟まった洋風どら焼きみたいなお菓子だった。
     リビングでそれを食べている間、犬飼先輩はうちの家族と談笑してる。
    「新之助君は頭も良いし、戦闘中のフォローはトップレベルだし、優秀な隊員ですよ。女子苦手なことを除けば。」
     この時の犬飼先輩は俺のことをよく褒めてくれるが、職場の先輩が家族と面談してるようなものなので俺はあまり好きじゃない。持ち前のコミュニケーション力で気がつくと母と新しくオープンした店の情報交換の話まで始まると俺はお茶を飲み干して、
    「ご馳走様でした。」
    と手を合わせる。察しの良い先輩はそれだけで話を切り上げて、
    「移動する?」
    と聞いてくれる。俺は黙って頷いて食器を流しに下げた。お客さんの手前なので置いておいていいと母が言ってくれる。
     自室に戻ると犬飼先輩は、
    「本読んでいい?」
    と聞いてくる。俺は、そのまま
    「どうぞ」
    と答える。
    「人ん家の本棚って好きなんだよね。知らない本がいっぱいあって。」
    「図書館行けばいいじゃないですか。」
    「その人の選び方ってのが面白いんだって。」
     自分では手に取らない本って意味なんだろうけど、犬飼先輩が言うと素直に信じられない。急に自分の本棚を見られることが頭の中を見られるように恥ずかしくなる。背表紙をなぞる手が扇情的にすら感じてしまう。
    「ん?なに?」
    「なんでもないです。先輩、うちの親にまで愛想良くする必要ないですよ。手土産はここでも食べられますし。」
    「いいじゃん。おれ将来ここの家の子になるし。」
    「……今なんて言いました?」
     化石発掘ルポの本を選んだ先輩はこっちを見ずに答える。
    「将来ここの家の子になって、みんなの心掴んで辻家乗っ取るって言った。」
    「情報が増えてます。」
     俺は自分の家の見慣れた本棚をわざわざ今見る必要もなく、やることもないので予習を始める。
     先輩が本を読み終わったら壮大な計画の詳細を聞いてなんとか同居は阻止しないと。

    END

    テディベアにお願い(ホワイトデーくじ撮影の犬辻)

    「なんでホワイトデーにテディベア?」
    ホワイトデー用のグッズ撮影ということで渡されたのは可愛らしいテディベアだった。
    「普通はクッキーとかキャンディとかですよね。」
    辻も不思議そうにしている。
    「『テディベアは自分の分身』らしいですよ。」
    端末で検索した隠岐が教えてくれた。
    「なるほど。ファンのところへは行けないからテディベアを代わりにしてねってことか。」
    すでに影浦は撮影を始めている。スタッフが盛り上げようと声をかけているが、たぶん笑顔を向けてはもらえないだろう。
    「お疲れ様でしたー!」
    「お疲れ様です。」
    防衛任務より疲れる仕事を終えて、控室で着替える。
    「あれ、辻ちゃんこの子連れて来ちゃったの?」
    犬飼が椅子の上に行儀良くおすわりしているテディベアを見つけて聞いた。
    「撮影終わった時に、それ受け取ってたのが女性のスタッフさんで、その……。」
    「あー。渡せなかったんだ。」
    「着替えたら他のスタッフさんに渡します。」
    「いいよ、おれ持ってってあげる。」
    「え?」
    「今日女性のスタッフさん多いし、わざわざ男性のスタッフさん探すよりそっちの方が早いでしょ。」
    キミも早くお家帰りたいよね?とテディベアの右腕を持ち上げて手を挙げさせる。
    着替え終わった辻はテディベアを持ち上げると自分の顔の前に掲げて言った。
    「犬飼先輩、いつもありがとうございます。よろしくお願いします。」
    言い終わるとテディベアも一緒に頭を下げる。
    受け取った犬飼が同じように自分の顔の前にテディベアを持ち上げた。
    「『いいんだよ、辻ちゃん。澄晴くんは辻ちゃんのことが大好きだからね。』」
    テディベアの柔らかい手が辻の頭にぽんと触れる。
    「じゃ、返してくるね。」
    テディベアの後ろから笑顔を覗かせると、犬飼は控室を出て行ってしまった。
    「俺も、です。」
    代わりに伝えてくれるテディベアはもう帰ってしまったので赤くなった顔は隠せなかった。


        END



    時間効率(大学進学後の同棲犬辻)

     この春辻は三門大に進学し、犬飼と一緒の部屋に住むようになった。
     シラバスの見方から履修登録や人気の授業の取り方など犬飼に教えてもらいながらの新生活はあっという間に5月も半ばになってしまった。
    「……先輩、これ、面白いですか?」
    「んー?それなりに。」
     サブスク配信のドラマを倍速で見ている犬飼の隣で辻は睡魔と戦っている。一緒に暮らしてみて辻は犬飼の暮らしぶりに驚くことばかりだ。
     とにかくマルチタスクで、朝は歯磨きしながら音楽を聞いていたり、昼はお互い授業でわからないが様々な授業に顔を出しながらSNSで多方面にコミュニケーションをとるし、夕食後も食器を洗いながらオーディオブックを聞いていたりする。
     今も話題のドラマを流し見しながら手元ではアプリゲームをやっている。
    「……麻雀ですか?」
    「うん。大学入ってからたまに誘われるし、ルール覚えようと思って。」
     今度教えてあげるよ、と言われる。そう、ドラマを見るのも麻雀ゲームをするのも誰かとコミュニケーションをとる為の努力で、自分の娯楽ではないのだ。
    「先輩と外で遊ぶのって、すごく贅沢な時間の使い方だったんですね。」
    「ん?」
    「いえ、犬飼先輩はいつも二重三重に用事をこなしてるので、俺とだけ遊ぶのって、効率悪いなと思って。」
     犬飼はリモコンを手にとるとブツンと画面を消してしまった。ゲームをしていたスマホも伏せてテーブルに置いてしまう。
    「それはパフォーマンスと優先順位を履き違えてない?おれは辻ちゃん以上の優先順位なんて無いんだけど。」
     辻はただの感想のつもりだったのに、まるで自分が構ってもらえなくて拗ねていたみたいで急に恥ずかしくなった。
    「え、あ、ありがとうございます。」
    「辻ちゃん、うとうとしてたしもう寝よっか。」
     蜂蜜のような微笑を向けられて甘さに喉がひりつく。
    「こういう時間を作るために、他の時間圧縮してるってわかってもらいたいしね。」


    END







    先輩くんと後輩ちゃん(犬飼先輩のお誕生日、立場逆転コメディ)


     辻新之介は悩んでいた。同じ二宮隊に所属する隊員であり、一つ年上の先輩であり、パートナーの犬飼澄晴の誕生日が間近に迫っているものの、誕生日プレゼントに何を贈ろうか決まっていないからだった。
     いつもお洒落な先輩にはファッション関連のものが良いだろうか?好きなブランドの小物とか?
     あるいは気軽に美味しい食べ物とか、花?花は貰っても困るかもしれない。犬飼は笑顔で受け取ってくれそうだが、自分なら一瞬困った顔をしてしまいそうだと辻は口元に手をやりながら首をひねる。
    「なに悩んでるの?」
     声をかけてくれたのは自分と同じ立場の氷見だった。
    「ひゃみさん。犬飼先輩の誕生日プレゼントってもう用意した?」
    「うん。IDホルダーにした。」
    「IDホルダーってパスケースみたいなやつのこと?」
    「そう。ボーダーの入退館で使うじゃない?支給のやつすぐボロボロになっちゃうし。」
     ボーダー本部で入退館する際に提示するIDカードを入れるホルダーは辻も入隊時にもらったものをそのまま使っているが、確かに合皮の端が傷んできている。氷見などは早々に自分の好みのものに買い換えたようだ。
    「さすがひゃみさん。」
    「それほどでも。辻くんが悩んでたのって犬飼先輩の誕生日プレゼント?」
    「うん。俺はこういう事に気が利くタイプじゃないから。」
    「そんなことないと思うけど。悩んでるなら本人に直接聞いてみれば?」
    「聞きたいけど、無理難題言われそう……。」
    「なら自分で考えるしかないんじゃない?」
     カレンダーはまだ4月。これが5月になるともう犬飼の誕生日だ。
    「焼肉……また行くんだよね?」
    「まあ、行っても行かなくても微妙な空気になるなら、行くんじゃない?」
     昨年の5月2日について意識せずにはいられない。鳩原未来が失踪し、二宮隊がB級降格になったことはまだ記憶に新しい。
    「なになに、何の話?」
    「あ、噂をすれば。」
    「お疲れ様です。」
     犬飼本人が来たので聞いてみる。
    「先輩、誕生日プレゼント何がいいですか?」
    「え、なに辻ちゃん誕生日プレゼントくれんの?」
    「ええ、ご期待に沿えるかはわかりませんが。」
    「別になんでも嬉しいけど、そういうの困るよね?うーん、どうしよっかな。」
    腕組みして考え、しばらく唸ると犬飼は、
    「あ、そうだ!」
    と思いついた顔になった。
    「おれ、辻ちゃんの後輩になってみたい。」
    「後輩?」
    「うん。ほら、二宮隊に入ってすぐの頃は辻ちゃんの方が入隊早かったから色々教えてくれたじゃん?あれ、結構嬉しかったんだよねー。」
    「そうでしたっけ?」
    「そうだよ。日報の書き方とかゴミ捨て方とか教えてくれたじゃん。」
    「あぁ、そういう事でしたか。」
     ランク戦のシステムとか連携の仕方とかもう少し格好いい内容であってほしかったが、戦闘面の指導は二宮の役目で辻が犬飼に教えたのは専ら雑用だったのを思い出した。
    「でも、今から俺が先輩に教えられる事は何もないですよ?」
    「いいんじゃない?おれも普段教えてないし。呼び方変えるだけでも面白いじゃん。」
    「はあ、まあ、そんなことで良ければ。」
     特に時間もお金もかからないリクエスト内容を、辻は首を捻りながら聞き入れた。



     5月1日、誕生日当日は犬飼の元気な挨拶で始まった。
    「辻先輩、お疲れ様です!」
    「あ、お、お疲れ様。」
     違和感が拭えないが誕生日プレゼントの代わりなので辻も精一杯胸を張る。
    「今日は犬飼君って呼べばいいですか?」
    「やだなぁ、後輩相手に敬語なんか使わないでくださいよ。気軽に『澄晴』って呼んでくださいね。」
    「す、澄晴君……。」
     呼び慣れない。困惑顔の辻に対して犬飼は楽しそうだ。その様子を見て氷見も、
    「犬飼先輩、私も参加していいですか?」
    と言い出した。
    「もちろん。ひゃみ先輩ですね!」
    「よろしくね、澄晴君。」
     サラッと挨拶するとオペレーターデスクに向かってしまう。自分よりよほど対応が上手くて辻はちょっと落ち込んだ。
    「なんだ。お前らもう来てんのか。」
     程なく二宮も隊室へやってきた。
    「お疲れ様です。」
    「お疲れ様です。」
    「お疲れ様です。あ、二宮さんおれ今日は辻先輩とひゃみ先輩の後輩なんで!」
    「は……?」
     理解できないという顔で苦々しく言われても犬飼は気にも留めない。仕方なく辻が説明する。
    「そういう誕生日プレゼントなんです。」
    「俺は付き合わねぇからな。」
    「えー、どうせならキレイに全員逆転させたかったなー。」
    「それって二宮さんが1番後輩になるってこと?」
    「さすがひゃみ先輩。そういうことです。」
    「頭が混乱しそう。」
    「辻先輩、頭堅いからな~。」
     呆れ顔の二宮は上着と鞄を私物用のロッカーに入れると端末と画面を同期させた。
    「お前ら席につけ、始めるぞ。」
     防衛任務前のミーティングでは直近の防衛任務でのゲート発生傾向や対応の共有、各隊からの報告や引き継ぎ事項の確認等が行われる。毎日状況を確認していれば些細な内容だが、テスト期間等で数週間空くと確認する量も膨大になる。
    「……以上だ。何か、質問はあるか?」
    「特にありません。」
     辻の言葉に氷見と犬飼も頷く。
    「今日は弓場隊と組むんでしたっけ。」
    「あぁ。弓場のやつ遅れるとうるせぇから、さっさとしろよ。」
    「犬飼、了解。」
    「辻、了解。」
    「氷見、了解です。」
     各自防衛任務に向けてトリオン体に換装したり、オペレーターデスクでログインしたりと準備を始めた。
    「エリア分けどうします?」
    「東西でわけりゃいいだろ。」
     警戒区域内は広いので隊ごとにエリア分けすることが多い。分け方は任務担当者に一任されている。
    「お疲れ様です。」
    「おう。」
    「お疲れ様ッス!」
    弓場隊はもう警戒区域に到着しており、手短かに挨拶と今日の概要共有を済ませる。
    「あ、それとおれ今日は二宮隊で1番後輩ってことになってるんで。」
    「……なンだ、そりゃあ。」
     犬飼の言葉に弓場も眉根を寄せる。
    「単に呼び方が変わるだけなので、適当に流してください。」
     全部説明するのも面倒なので辻は要点しか話さなかった。
    「二宮隊の皆さんでも、そんなことするんですね。ちょっと意外。」
    「おれら意外と仲良いよ。帯島ちゃんもやる?」
    「あ、いえ、自分は遠慮しときます!」
    「うちの隊員巻き込まないでくださいよ。」
    「トノ君にまで言われたら強く出れないなー残念。」
    「澄晴君、遊んでると置いてくよ。」
     二宮が全く会話に入ってこないので、辻も雑談が長引く前にさっさと移動することにする。
    「ちょ、待ってくださいよ!辻先輩!」
     ピョコピョコと揺れる金髪を見送りながら外岡が呟いた。
    「……なんか、印象変わりますね。」
    「外岡、オメェ先輩って呼ばれてぇのか。」
    「え?いや、帯島いるし、別に。」
    「そうか。」
    「こういう遊びが、頭の柔軟さに繋がるんでしょうか?」
     内部通話で藤丸の楽しそうな声がしたがこの遊びは弓場隊では成立しなかった。



    『ゲート発生。誤差0.03%』
    「発生地点に向かいます。」
    「了解。犬飼、お前も行け。」
    「犬飼、了解!」
    『敵、バムスター型トリオン兵。数は現在視認できるのは3体。まだ増える可能性があります。』
    「了解。5体以上になったら弓場隊にも手伝わせる。連絡しておけ。」
    『了解です。』
     トリオン兵といえど最初の一体には緊張感が漂う。辻もまずは踏み込まず旋空からの攻撃を選んだ。
     さすがに一撃では仕留めきれないが、防御の様子などは今までのバムスターと大差ない。突然強力な個体に当たる可能性はなさそうだ。
    「澄晴君、装甲が堅いから銃トリガーは不利だ。二宮さんのフォローを。」
    「弱点狙えば合成弾待つまでもないですよ。一体ずついきましょう。」
    「一人一体だ。倒したやつから他のフォローにまわれ。」
    「犬飼、了解。」
    「辻、了解。」



     無事に防衛任務も終わり、辻と犬飼は飲み物を買いに自動販売機へと向かった。
    「澄晴君、なに飲む?」
    「え、いいんですか?」
    「うん。誕生日だし。」
    「辻先輩、優しいなぁ。炭酸にします。グレープのやつ。」
    「了解。」
     ボタンを押して出てきたジュースを渡すと、
    「いただきます。」
    と素直に礼を述べる。
    「澄晴君、後輩やってて楽しい?」 
     先輩になって敬われたい、ならわかるが後輩なんて気を遣うことばかりのような気がする。
    「楽しいですよ。辻先輩いつもよりおれのこと引っ張ってってくれるし。」
    「そうかな?」
    「たった一年しか違わないから、逆転しても大したことないはずなのに、立場って面白いですよね。」
    「呼び方と敬語が影響してるのかな。」
     辻は少しうつむいて内省する。
    「だから今日は、後輩の気持ちがちょっとわかって楽しかったよ、辻ちゃん。」
     いつもの呼び方で呼ばれてほっとする。顔をあげるといつもの犬飼の笑顔がこちらを見ている。
    「……まだ今日終わってないけど。」
    「だって、辻ちゃんずっと難しそうな顔してたから。無理して付き合わせてごめんね?」
    「……下手だったかもしれませんが、無理してたわけでは、ないです。」
    「それならいいけど。」
    「あの、犬飼先輩。」
    「ん?」
    「お誕生日おめでとうございます。先輩がいつも俺達のために動いてくれているから、二宮隊はここまで来られたんだと思います。」
    「なに、改まって。」
     犬飼は右手で思わず後ろ頭から項の辺りをさすってしまう。
    「犬飼先輩は、俺の尊敬すべき先輩です。これからもご指導ご鞭撻よろしくお願いします。」
     辻は最敬礼の角度で頭を下げ、ゆっくりと体を起こすと、犬飼は珍しく顔を赤くして、
    「あー……うん。これからも、よろしく。」
    とだけやっと呟いたのだった。


     END

    QR決済(犬辻ギャグ)


     休日の公園にキッチンカーが来ていた。コーヒーやクレープ、アイス等を売っていて、看板やメニューのデザインも洒落れている。
    「ちょっと寄ってく?」
    「いいですね。」
     二人でコーヒーやクレープを注文する。
    「お会計1,320円になります。」
    「あ、QR決済って使えます?」
     犬飼がスマホを取り出すも、店員は申し訳なさそうに、
    「すみません、現金のみとなっておりまして……。」
    と頭を下げた。
    「あちゃ〜。ごめん、辻ちゃん。」
    「立て替えますよ。」
    「ううん、万札あるけど財布ないからお釣り辻ちゃんの財布に入れておいて。」
    「は?」
     あっけにとられる辻を横目に犬飼はさっさと一万円札を出してしまった。
    「8,680円のお返しになります。クレープが出来たらお呼びしますので番号札お持ちください。」
    「はい。」
     犬飼が辻の財布にジャラジャラと小銭を突っ込んでくる。紙幣も渡され仕方なく財布にしまう。
    「レシート失くさないでくださいね。」
    「小銭はいいよ。あげる。」
     しばらくして番号を呼ばれた。
    「1番でお待ちのお客様〜!」
    「はい。」
    「スペシャルバナナチョコレートクレープです。」
    「ありがとうございます。」
     トッピング山盛りのクレープを辻が受け取る。
    「ありがとうございました!」
     二人で公園内のベンチに腰掛けてコーヒーとクレープを味わう。
    「先輩、財布持たないんですか?」
    「うん。現金持つのやめたし、極力荷物減らそうと思って。」
    「お釣り用の財布くらいはあってもいいと思いますけど。」
    「普段は持ってるけど今日はポケット小さい服だから面倒になっちゃったんだよね。あ、ひと口頂戴。」
    「どうぞ。」
     クレープを食べ夕方まで遊んだ帰り際、駅の改札で挨拶をした。
    「今日は楽しかったよ、ありがと。」
    「こちらこそ。ところで今日、先輩がくれた8,000円なんですけど……」
    「あげてないよ」
    「でも俺の財布に入った金は俺のものなので……というのは冗談です。はい。」
     真面目な辻は小銭まできっちり犬飼の手に載せた。
    「小銭あげるっていったのに。」
    「金銭トラブルは人間関係壊すと親に言われてまして。」
    「たかが小銭に重いね」
    「たかが一円、されど一円なんですよ先輩。」
     ポッケに小銭入れるの格好悪いじゃんとか何とか言いながら犬飼は小銭をジャラジャラ言わせながら帰った。


     翌日、二宮隊の隊室で犬飼は信じられない会話を聞いた。
    「実は俺昨日、犬飼先輩に財布にされたんです。」
     神妙な辻の表情に二宮の冷たい視線が刺さってくる。
    「犬飼、お前なにやってんだ。」
    「ちょっと辻ちゃん二宮さん、誤解です」
    「8,680円も……」
    「めちゃめちゃ細かく覚えてる!」
    「財布に突っ込まれました。」
     犬飼が二宮に猛アピールする。
    「ほら二宮さんちゃんと精算もしました」
    「うるせぇ。」



    END



    夢のあとで(結婚式翌日の犬辻)



     たくさんの仲間や親族に祝ってもらった結婚式を終え、二人は新居に帰ってきた。
    「ただいまー。」
    「おかえりなさい。」
    「辻ちゃんもお帰り。」
    「あ、もう辻じゃないです。」
    「そうだった。しーちゃんお帰り。」
    「ただいま、澄晴さん。」
     玄関で挨拶するだけでも何だか気恥ずかしい。両手に持ちきれない程のお祝いやウェルカムボード等の荷物がなければ、もう少しロマンチックだったはずだ。
    「荷物整理は最低限にして、今日はお風呂入って寝よ。疲れたでしょ?」
    「そうしましょう。お茶淹れます。」
    「ありがと。」
     式の最中はさすがに食べられなかったが、会場側もその辺は心得ていて持ち帰り用のオードブルと赤飯を持たせてくれた。もちろん式の費用に入っているから自分達で買ったようなものなのだが疲れた二人にはありがたかった。
    「はぁ〜。」
     軽食を終え、新之助の淹れてくれたお茶を飲むと澄晴はやっと人心地がついた。
    「無事に終わって良かったです。」
    「そうだね。二宮さんのスピーチも、二宮さんらしくて良かったし。」
    「城戸さんって外向きでもあんな感じなんですね。」
    「偉い人だから怖い顔して喋っててもあんまりみんな気にしてなかったと思うよ?」
    「なるほど。」
     ずっと賑やかな場で祝われていたせいか新之助は耳の奥でまだ音が反響しているような気がする。
     澄晴は自分の左手の薬指を見て嬉しそうに言った。
    「……結婚、しちゃったねぇ。」
    「……そうですね。」
     新之助もついうつむいて自分の左手薬指にある指輪を見てしまう。体を澄晴の方へ向けて一礼した。
    「ふつつか者ですが、よろしくお願いします。」
    「こちらこそ。」
     型通りの挨拶をすると二人で吹き出してしまった。
    「デザートにあれ食べようよ、バームクーヘン。」
    「自分の式の引き出物を自分で貰うって何か変な感じですね。」
    「でも自分でも確認しないと後で何か言われてもわかんないだろ?」
     雑多な荷物の中から引き出物の紙袋を探してバームクーヘンを取り出す。ナイフで切り分けて二人で味わった。
    「美味しいですね、これ。」
    「うん。選んで良かったね。」
     その夜は二人共疲れていたのでベッドに入るなりすぐに熟睡してしまった。




     翌朝、深く眠った感覚のある目覚めだった。澄晴がぼんやりとした頭で目を擦ると自分の隣で新之助が腕で顔を覆って泣いていた。
    「……っ、……っく」
     嗚咽を堪えながら泣く姿に胸が苦しくなる。
    「……どうしたの?」
     そっと聞くと新之助の体がビクッと震え、それから嗚咽混じりの声が新之助の腕の下から聞こえてきた。
    「……っ、昨日、先輩が、結婚した、夢、見て、」
    「うん。」
    「俺は、ただの後輩で、先輩に、『おめでとうございます』って、言ってて、」
    「うん。」
    「先輩に、『次は辻ちゃんの番だね』って、言われて、悲しくて、」
    「うん。」
     あり得たかもしれない未来の中で、澄晴も同じことを思った事がある。ただの先輩後輩、ただのチームメイトのままこの日を迎えたら、自分は祝福できるだろうかと。
    「夢から、覚めたら、俺は、一人で、こっちが、夢だったら、どうしようって、」
     澄晴は新之助の腕の下に自分の左手を潜り込ませ新之助の頬をつねった。
    「うぅ、」
    「しーちゃん起きて。こっちが現実だよ。」
    「ひゃい。」
    「おれ達がんばったじゃん。結婚決めて、お互いの親に挨拶して、二宮さんに仲人頼んで、」
     昨日までの結婚準備を指折り数えていく。
    「式場どこにしようとか、招待客どこまで呼ぶとか、大変だったでしょ?」
    「はい。」
     少しずつ冷静さを取り戻した新之助が腕を下ろして素直に頷く。
    「だから、つまんない夢みたいな、悲しい未来にはならなかったんだよ。」
    「……すみません。情けないとこ、見せて。」
    「いいよ。泣いちゃうくらい、悲しかったの?」
    「えぇ、まぁ。……一人でバームクーヘン食べて、夢の中で泣いてました。」
    「なにその謎のリアリティ。」
    「昨日バームクーヘン食べたからじゃないですか?」
     いつもの表情が戻ってきて、二人で羽毛布団の中に潜ってクスクス笑い合う。
    「……心配なら、もう一度結婚式やる?」
    「いいですね。」
     誰にも聞こえないように布団の中にすっぽり隠れてもう一度結婚式をやることにする。
    「汝を伴侶として、愛することを誓います。」



    END

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