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    【轟出】轟くんの主観だった【弱虫泣き虫片思い/轟焦凍編】の話と対になっています。
    学生時代とプロヒの未来捏造です。
    片方だけでも読めると思いますし、轟くん版とどちらから先に読んでも特に問題無いと思いますが報われ感を強く感じられる読み方は轟くん版→緑谷くん版だと思います。
    タイトルに片思いとありますがハピエンです。
    当て馬モブ君が苦手な方はご注意ください。

    #轟出
    bombOut
    #tdiz

    【弱虫泣き虫片思い/緑谷出久編】【日常の崩壊】

    定時で仕事を終えられて今日、いつもなら轟君との約束が果たせる事を喜ぶ時間になる筈だった。
    終わり間際に仕事が飛び込み、残業になる事はお互い珍しくない。だからこんな日は素直に嬉しい。
    轟くんの方も今日の業務を無事に終え、僕の終業を確認するメッセージを送ってきていた。

    今日は轟くんとご飯に行く約束の日。
    どんな時でも轟君は優しく僕の話を聞いてくれるから、また僕ばかりが話してしまったと毎回反省する。だけど轟くんはそれでもいいって言ってくれて、いつもついつい甘えてしまう。
    轟くんは自分の感情を表に出したり沢山話すのはあまり得意じゃないから僕の話を聞いているのが好きなんだと言ってくれる。そんな彼を思いながら、約束のある日は仕事の疲労に反して足取り軽くお疲れ様でしたと事務所を出て行く。
    うん、いつも通りに、何事もなかったなら、ね。


    「今日ちょっとだけ遅れそう。でも必ず行くから」
    その後に「ゴメンね…」のオールマイトスタンプを送る。
    すぐ返信に「気にすんな」「先に店入って待ってる」、
    続いて「HAーHAHAHA」と笑うオールマイトがしゅぽ、と音を立てて表示される。僕もよく使うスタンプだ。
    なんだかクールな彼らしくない気もしてちょっと可笑しくなるけど、オールマイトスタンプを選んで送ってくれるくらい轟くんも僕の扱いに慣れている。それに轟くんは余計な事を言わないだけで、結構可愛い性格してるしね。

    なのに、今日は轟君の顔を見てもずっと気持ちが落ち着かなかった。

    轟君がキャッチしてくれなかったら僕は店に着くなりお箸の束を盛大に床にぶちまいてただろうし、メニューが逆さになってる事にも気付かず「逆じゃねぇか」と指摘されるまで10秒くらい眺めてた。コミックかな…。
    どうしたって様子のおかしい僕を轟くんは気にかけてくれた。
    「大丈夫か?今日仕事キツかったのか。」
    ずっと変わらない優しさで僕の様子を伺ってくれる。
    だったら今日の事を相談しても良いんだろうか、と一瞬思った。
    でも、やっぱり相手が居る事だし、内容が内容だけに軽率に話していいものじゃないよね。気を取り直して仕事の話をしよう。そうだ、聞いてもらいたい話だって他に沢山あったんだし。
    大分落ち着きを取り戻してきた所で突然、僕の落ち着きを奪っていた張本人からLINEが届いた。

    「僕は本気です」
    ひえ!?
    「デクさんのこと諦めません」
    待って!!
    「真剣に僕とのことを考えてください」
    うわぁ!!

    僕の驚きなどまるで関係なくスマホは軽快な音を立て続け、そのロック画面にメッセージを表示した。
    咄嗟に目の前の轟くんを見ると、ぽかんとしながらスマホ画面をしっかりと捉えていた。
    思わずスマホを慌てて引っ付かみ、何事も無かった事に──するのは、見事失敗に終わった、らしい。
    プライベートでは大体穏やかな轟くんの表情が険しくなっていく。
    ロック画面にメッセージの中身まで表示される設定にしていた自分の軽率さに初めて気付いた。仕事のスマホは厳重に扱っているのに。いまだ生産されているオールマイトグッズ情報をいち早く受け取る為に!じゃないんだよ。相手のプライバシーだってあるのに!それにいつもはテーブルに出しっぱなしになんてしてないじゃないか。今日は抜けっぱなしだ。
    それから普段は物静かな轟くんに何かのスイッチが入り、質問攻めが始まった。


    【学生/緑谷出久】

    初めて会った時の轟くんの印象は「とにかくすごい」人。
    僕には1つすら無かった個性の2つ持ち。でももしかしたら周囲から奪った熱をどこかに溜め込み、それを任意のタイミングで排熱する形で炎に変える類の個性なのかもしれない。それなら個性の元は1つという事で、物理法則としても理屈が通っている。
    でもすごいのはそれだけじゃない。
    屈強なフィジカル、強固なメンタル。的確な判断力に物怖じしない胆力。冷静でクールに見えて時折見える根の熱さ。個性通りのその性格。
    この間まで中学生だったとは思えない程彼の強さは既にプロ並みだった。
    今までかっちゃんに勝てそうな同級生なんて見た事がなかったけど、轟くんなら分からない。

    なのに、そんなすごい人は何故か僕に目を付けた。
    体育祭での理由不明の宣戦布告。
    午前中は散々彼の強さを実感した。
    そしてお昼休憩に入る時、真剣な面持ちの彼にちょっといいかと声をかけられた。とても断れる空気じゃなく、おずおずと着いて行った先で何を言われるかと怖かった。
    だけど、そこで告げられたのは彼の衝撃の過去だった。
    最初はオールマイトの隠し子か?なんて言われて予想外でビックリした。
    だけど彼の生い立ちを聞けば、ヒーローの人間としての裏側、闇の部分を家族として誰より身近に見てきた人だからだと分かる。
    あの清廉潔白そうなオールマイトにだって人に言えない秘密があると考え至ってもおかしくはなかった。エンデヴァーの事はもちろん知らなかったけど、オールマイトガチ勢の僕だって、後継者として選ばれて初めて知った事が沢山ある。それは汚れたものでは無かったけど。
    僕と同じ歳で、彼はこれまでどんなに壮絶な人生を経験してきたんだろう。
    どうしてそんな大切な話を僕にしたのか理由は正直よく分からなかった。だけど、彼なりに僕と向き合っているんだと思う事にした。

    2人だけの闘技台の上。生まれも、育ちも、積み上げてきたもの全てが違った。直接戦えば嫌という程思い知らされるその猛獣のような強さ。ハンデ有りでも勝てると思われる通りにきっと実際そうで、僕と対峙している轟くんは、結局まだお父さんの事しか見ていなかった。
    僕の事も轟くんの事も自分の欲求の為の道具として扱っていたエンデヴァーを轟くんは結局追っている。
    こんな僕に力を与えてくれたオールマイトに報いる為には、僕はこれから目の前のもの全てに打ち勝っていかなくちゃいけないのに、僕は本当に未熟そのもので、轟くんの氷の壁は想像以上にぶ厚かった。
    だけど、勝ちたい。僕は君に勝ちたいんだ。精一杯の全力で。

    僕を、見ろよ。

    君の前にまだ立ってるのは僕だ。
    過去も、しがらみも、そんなもの。全部知らない。

    君にしがみつくものを、僕がしがみつくもので壊したい。

    ──悔しかったんだ。何も適わなかった事。本気を出しても貰えなかった事。自分の価値がまだまだその程度だった事。


    苦しみを一つ越えて左を解放した轟くんは完璧だった。ワンフォーオールの後継者に本当に相応しいのは彼のような人だと思った。その事に改めて打ちのめされていた。
    自分の弱さと惨めさ。オールマイトの驚きの新事実と叱咤激励が無かったら、その場で心が折れていたかもしれない。
    まだまともな道具にさえなれそうもない僕だけど、それでもこれから君達に食らいついて行く。君の隣に立たせてよ。
    どんなに負けても、負けないよ。

    だから君も、負けるな頑張れ!!!!


    【無自覚】

    毎日がむしゃらに、ただただ前に進んだ。
    僕の選んだ道は、知れば知るほど険しい道程だった。
    受け容れるのがやっとの苦しい事が幾つも折り重なった。

    ただそんな中でも、普通の学生らしい時間も確かにあった。
    大事な友達と過ごす貴重な時間は、中学生までの僕がいくら望んでも手に入れられなかった大事な大事な宝物だ。そんな友達がいたからやっとの思いで僕は立ち上がり続けられた。

    でもまさか、同性から告白を受ける日が来るとは夢にも思わなかった。
    目の前にいる彼は僕の全然知らない人で、様子を見るに経営科の人らしい。最初は悪戯か何かの罰ゲームかと思って周囲を見渡した。
    だけど予想に反してニヤニヤとこちらの様子を伺う人影はどこにも見当たらない。目の前の彼に視線を戻すと本当に緊張した様子でじっと僕の靴の方を見つめていた。
    すぐにこれは、この人の心を踏みにじってはいけない大事な事なんだと察して、穿った見方をした自分を反省した。
    「あの…っ、僕っ…。」
    自分の制服の裾を掴みながらどんな言葉を口にするか少し悩んだけど、もう答えは決まっていた。
    「…ごめんなさい。僕は今、余裕がなくて、誰とも付き合えないんです。僕はあなたの事を何も知らないから嫌ってないし、あなたの性別も、付き合えない事とは全然関係なくて。だけど…これは僕の問題で、あなたの気持ちを受けられません。」
    彼は靴を眺めたまま、弱々しく頷いた。
    多分、目の前の彼は最初からこの結果を覚悟してたんだ。
    彼を嗤うような事は絶対にしたくない。この話は誰にも言わないでおくと決めた。
    「…じゃあ、すみません。僕はこれで失礼します。」
    最後の声をかけおじぎすると、殆ど身動きは取らなかったけれど彼は小さく呟いた。
    「話を聞いてくれて…ありがとう。」
    お礼の言葉は罪悪感を煽られた。この話は断るしかなかった。でも、本当に今の対応で良かったのか、まだ心の整理がつかないまま校舎へ戻ると偶然轟くんに出くわした。
    何故かひどくドキッとした。
    轟くんは何処かに急いでいたのか、少し息が荒れている。
    少し誰かと、轟君と居たいような気分だったけれど、引き留めては申し訳ないと思って何でもない風を装った。

    あの人が選んだのは、どうして僕だったんだろう。轟君ぐらいカッコイイ人ならまだ分かる。轟君も言わないだけで、実は男の人に告白された事とかあったりしたのかな…。
    勝手に想像する事が何となくしんどくなって、それ以上考える事はやめた。


    【多様性の時代】

    チラホラと人が居た談話室に流れた夕方の小さなニュースは、無個性の男性と異形系男性の結婚の話題だった。
    そうか、この人、無個性なんだ。こんなニュースにキーワードとして「無個性」が含まれる程には無個性もまだまだ差別の対象なんだ、と思い出す。今僕がヒーロー科の寮に居るなんて、本来なら有り得ない話だったんだ。
    この人達は一体どんな人生を歩んできたんだろう。辛い思いもきっと沢山してきたんだろうな。
    「元々お互い同性が好きだった訳ではないんです。」
    画面に映る2人が言った。例え相手が同性でも、一生を共にしても良いと思うくらいお互いがなくてはならない存在になったんだ。
    異形系の人が話した。
    「同性との結婚は差別される要因が増えてしまう事だと思います。だけどそれよりお互い理解し合えた一番大切な相手と一緒に居る事で、自分達はもっと強くなれると信じています。だからこの先もずっと支え合います。皆さんも自分達を応援してくれると嬉しいです。」
    テレビの中の仲睦まじげな彼らは誰よりも幸せそうだった。
    無個性でも、異形でも、同性でも構わない。
    それ程思い合える相手と添い遂げられる事は「すごくいいな」と素直に思えた。


    【憧れのヒーローに】

    あの頃、僕は初めてのインターンが始まっていっぱいいっぱいになっていた。
    改めて思い知らされた自分の矮小さに、目の前で手から取り零したものの大きさに、背負ったものの重さに、オールマイトの悲壮な未来の予言に。
    早く、早く、強くならなくちゃ。
    皆を安心させられる、立派なヒーローに。
    僕のこれからをずっと見ていて欲しいオールマイトに言われてた、泣き虫をなおせって。オールマイトの事だって、安心させてあげたいんだ。

    なのに、飯田くん達の優しい言葉をキッカケに僕は突然涙を堪えられなくなった。
    状況を説明できない僕に何かを押し付けるでもなく、傍らに居た轟くんが「ヒーローだって泣くときゃ泣くだろ。」と言ってくれた。
    もう泣きたくない。でも泣いてもいい、今の自分でもヒーローでいて良いと言われた気がして、むしろそれが心強かった。
    それ以上何も聞かない飯田くん、轟くんの深い優しさが身に沁みて、おかげで涙を止められた。
    勢いよく口に運んだわさびはツンと鼻の奥に沁みて、別の涙が出そうだったけど。

    インターン先での様々な事が落ち着いた頃、僕は以前より自分の心に向き合う事が増えていた。
    そんな時でもいつだって轟くんはこんな僕を信頼してくれたし、僕の駄目な所も受け入れてくれた。
    隣に居る時も、離れている時も、いつも僕を色んな事から助けてくれてた。
    最近はその事を思い返すと胸の奥が熱くなって、同時にソワソワもする。
    だんだんソワソワする時間が長くなって、彼が隣にいるだけで心が安らぐような、なのに逆に落ち着かないような不思議な気持ちになっていた。

    仮免補講を遂に終えた轟くん達は、仮免取得のその日の内に早くも手柄を持ち帰ってきた。それからは機材を抱えたインタビューの人達が入れ替わり立ち替わりやってきて、それはもうプロと変わらない扱いだった。
    放送時、かっちゃんの所は諸事情でほぼカットされていたから殆ど轟くんの独壇場。エンデヴァーの息子、仮免取得の帰り道に事件を解決!期待の新人!イケメンだって事も大きく後押しして、世間の注目度は高かった。

    考えてみれば僕がこの雄英高校に入ったのはオールマイトとの奇跡の出会いからで、本来なら彼の隣に立つなんてとてもじゃないけど叶わない立場だったんだ。改めて彼の存在に更なるありがたみを感じて、心の中で手を合わせた。
    轟くんが日直の時は彼を待って一緒に寮に帰ったりもした。同じように僕が日直の日、轟くんがわざわざ待っててくれた事もあって嬉しかった。
    インターンや仮免講習でのすれ違いの時間を埋めたかったし、やっぱりヒーローはとても危険な仕事なんだと深く実感したから。

    同じヒーローを崇拝していたナイトアイと、オールマイト談義を交わせる日はもう永遠にやって来ない。
    いつ、僕や、彼が、二度と目を開けなくなるともしれない。それがヒーローと言う職業だ。そう思うとあまりにも切ない。
    それでも僕達は前に向かい走り続けなければいけない。
    強くならないと大事なものを何も護れない。
    そして僕は誰の、何も、邪魔しちゃいけない。

    僕は、気付き始めた自分の気持ちに蓋をした。


    【傍に】

    空は暗く、重たかった。混乱と悲鳴に紛れ、あちこちで黒い煙が立ち昇る。
    ヒーロー達が自分の命を二の次にして必死で護った街は、かつての面影もなくボロボロだった。僕は遠くから、集団葬儀を見守った。

    凶悪なダツゴク、民衆の暴徒化、足りない人手。
    失われたものは二度と還ってこない。
    誰も彼もが不安だった。
    1年前の僕からは想像もつかない、2年前の僕からは異次元に来たと思えるほどの別世界。
    身体が傷付き、心が折れ、闘えなくなる人は増えていく一方だった。僕が憧れたヒーロー達のあまりに過酷な現状。しかしそれに不満を覚えた一般人で結成された自警団で更に被害が拡がっていて、気を抜ける時は片時も無い。危険な敵が彷徨く中、避難所に行かない選択をした人達の身の安全も守らなければ。それが僕達ヒーローの背負ったものだった。
    もう誰にも傷ついて欲しくなくて、僕はがむしゃらに動き続けた。


    なのに、僕は本当に大事な人達を傷付けた。


    意識が薄れる中、目の覚めるような閃光が走る。
    そこには1-Aの皆の姿があった。
    僕が何より失いたくない、家族同然の大切な友人達。

    皆が僕の為に戻っておいでと苦楽を共にした思い出を語ってくれる中、いつも一緒に居たその友達は巨大な氷の塊とともに僕を捕えて現れた。

    「なんだよその面」
    見上げた先に彼は居た。
    「責任が…涙を許さねぇか。」
    大切な友達は言った。
    「その責任、俺たちにも分けてくれよ。」

    そして彼は強い言葉で今の僕の現状を厳しく叱った。
    僕が泣く事を肯定してくれた人。
    彼から泣き虫を直せと言われた事はなかった。
    いつでも僕の人間の部分を見てくれる。弱い所も否定しない。
    だけど僕が本当に間違った時には、いつだって本気で怒ってぶつかってくれる。
    轟くんの言う事は全部、全部正しくて、僕は一つもまともに言い返せる言葉を持たなかった。
    だけど、その轟くんの言葉でより強く、それは絶対に失いたくない僕の弱みだと心底思った。
    轟くんが嫌がるような言葉で拒否をして、彼の全部を無理矢理はね除けるしかなかった。ただ、逃げる事しかできなかった。



    酷い事言って、本当にごめんね。

    君達がついてこれないんじゃない。

    ついてこられると、僕は、
    ただの弱い人間に戻ってしまうから。



    …本当は、君の方がもっと泣いていいんじゃないかなって、よく思うんだ。

    君が背負うものを僕だって分け合いたい。

    哀しくて、苦しくて、僕なんかには想像もつかない重たい荷物を、小さな子供の頃から一人で抱えてきた君と。

    時々勝手に見えたって、優しい君の底にあるのはいつだって人の事ばかりだね。

    君がもっと、自分本位な我儘を見せられる人は何処かに居るのかな。




    君が掛けてくれた毛布の暖かさを、その日僕は知ってしまった。

    この温もり無しで、僕はこれから生きて行ける気がしない。


    【大人になって】

    そんな僕達も大人になって、それでも君は変わらず僕の友達で居てくれた。でも、今はちょっとピリピリモードの真っ最中。

    何だ、誰だ、どういう事だ、そいつは本気なのか──
    料理とお酒の並んだテーブルを挟んで、そんな事を矢継ぎ早に聞かれたと思う。
    こんな轟くんは久しぶりで、勢いに負けた僕はつい正直に今日の事を話してしまった。事務所の後輩くんから、さっき告白を受けたばかりだって事。
    あんまりそこを強調して言いたくなかったからそれとなく、その子が男だって事も伝わるように。
    思えば今はこんな事で悩めるようになるまで平和になったんだな、と詰め寄られながら心の隅で思う。

    それはそれとして、ごめんね、後輩くん。勝手に君の事喋って…。明日謝…、…いや。自分が後輩くんの立場ならそんな事聞かされたくない。一体どうしよう…。
    しかし言ってしまったものはもう口に戻せない。後輩くんにどうするかは、また後で考えよう。今はとにかく目の前の轟くんだ。

    だけどしばらく話す内、どうやら轟くんは僕が悪い人に騙されているか、からかわれているかが心配なんだ、と気が付いた。
    こんなに怒ったような轟くんは珍しくて少し戸惑ってしまったけど、心底友達の僕の事を思ってくれている。…そう思うと密かに感動した。
    僕の緊張が少し解け、どうせ心配をかけるくらいならと後輩くんの人となりを話す事にした。
    大丈夫、彼はとてもいい子だから心配しないで、と言いたかったんだ。実際彼は見た目だけじゃなく、性格もどこか轟くんに通じるものを感じられるほど誠実な人柄だと思うよ。私見だけど。

    轟くんならきっとこの話を他人に喋る事はない。
    よく天然だって言われるけど、本当に大事な事の分別はつく人なんだって、僕は知っている。
    轟くんのその誠実さや優しさ、真っ直ぐさを僕は近くでずっと見てきた。
    だから友達思いなんだって事、よく知ってるよ。

    実は轟くんに一週間前熱愛報道が出ていたのが気になってて、今日はそれとなく聞いてみようかと思っていたのがこのタイミングでつい零れ出た。
    「スキャンダルは全部捏造だ」
    そんな話はどうでもいいと、ほんとにどうでも良さそうに口走っていたその一言に僕はなんだか胸のつかえが一つ取れた気になった。
    でも轟くんにとってはどうでも良くても、僕にとってはちょっとなー、と思う事がままある。
    ショートファンの皆さんの発言をネットで見ていると気付いてないのは本人ばかりで、轟くんは女性のみならず一部の男性からの人気も高過ぎるほどに高いんじゃないか、って。
    轟くんのオフの日、成り行きで敵と交戦して服が一部焼け落ちた無防備な姿をしっかり一般人に撮られていた事があった。その投稿はあっという間にバズり、女性はもちろん男性の反応もそれなりに目立っていた。
    「この顔にこの筋肉美は男の自分でもグッとくるものがある」「抱かれてもいい」なんてコメントの数々、多分見てないんだろうけど本人が見たらどう思うのかな。あの時は何の関係もない僕の方が頭を抱えてしまった。

    「断るのか?」
    いつもより酔ってるのか、轟くんの声が結構大きくて一旦静かにしてもらった。けど、うん、そうだよね。返事はゆっくりで良いって言って貰えたけど、必ずどちらかに答えは決めなきゃいけないんだ。
    でもそう思うと後輩くんの不安に揺れる目がチラついて、キッパリと断っている自分の姿がなかなか思い浮かばなかった。
    何て言えばいいのか、僕にもよく分からないんだ…。
    可愛い後輩くんの真剣な目を見たら分かってしまった。
    彼は僕と同じ恐怖を抱えてる。

    だけどそれを乗り越えて話してくれたんだって思うと素直にその勇気に敬服するし、こちらもしっかり考えなくちゃならないと思った。
    断るにしたって受けるにしたって、ちゃんとお互いが納得できるよう精一杯の誠意を持ちたい。
    でも、やっぱり相手が男だって知って内心轟くんも驚いてるみたい。そりゃそうだよね。この個性化社会で確かに世の中色んな人が居るけれど、まだ僕らの身近で同性とお付き合いしてる人達の話は聞かないかな。

    かく言う僕は、誰にも言った事はないけど実は学生の頃に1度同性から告白を受けた事がある。本音を言うとこんな事が2度もあるなんてと思ったけど、その経験から驚きはやや緩和されていた。

    そう言えば轟君、明日も仕事って言ってなかったっけ。急にオフにでもなったのかな?いつもなら明日仕事の日には2杯目はいかない。轟君はどちらかと言えばお酒に強い方だと思うけど、何だか今日は2杯目にして目も据わっている気がする。
    え?大丈夫?ボンヤリと一点を見つめて無反応な時あるし。
    「ねぇ轟君、今日はもうお開きにしよっか?」
    「あぁ。緑谷も明日仕事だったな…。」
    「うん。轟君も?」
    「あぁ。夕方からだけどな。」
    「ねぇ、大丈夫轟くん?もしかして今日調子悪い?僕家まで送ろうか?」
    「平気だ、これくらい。別に大して酔ってない。」
    「その割には反応鈍いし、足取りもなんか重いよ。」
    「それは……いや、とにかく大丈夫だ。緑谷も明日仕事なんだから真っ直ぐ帰れ。」
    「…うん。それじゃぁ、気を付けてね。」
    僕は何だか心配で、振り返らない轟君の後ろ姿が角を曲がって消えるまで見守った。
    轟君が居てくれたおかげで気が紛れたけど、また明日には後輩くんに会うんだと思うとどうしたらいいか分からなくなって、さっき別れたばかりの轟君が早くも恋しくなってしまった。


    【心の嵐】

    出勤に向かう朝、今日も仕事で顔を合わせる後輩くんにどんな態度でいれば良いのか分からず、轟くんの喝が欲しくなった。でもそれより、昨日の轟くんの様子。大丈夫だったのかな。LINEに一言メッセージでも、とスマホのロックを外した時を狙ったように、轟君からのメッセージが表示された。

    「緑谷、次はいつ会える?」

    それから轟くんの連絡は頻繁になった。
    ドキドキしていた後輩くんとの朝の挨拶の間も連絡が次々に来てそっちが気になってしまい、後輩くんとは意外にも普通におはようの挨拶を交わして終わった。
    轟くん、もしかして後輩くんの話を聞いて心配してくれたのかも。
    今月会える日は無いかと聞いてきたから大体のスケジュールを送っておいた。都合の良い日からどこか一日選ぶんだと思っていたけど、その全部の中からなんと7割くらいを押さえられて、どうやら僕の早番や休みに合わせてシフトを組んだらしいと気付く。
    仕事中私用スマホはマナーモードだけど、今日はロッカーの中でも何度も震えてたみたいでさすがに周りも気になったらしい。同僚から相手は誰かと聞かれて答える。
    「なるほどね。遂にショートに火が着いたってワケか。」
    「?…はぁ…、そうですね。」
    轟くんなら毎日火を使ってると思う。よく分からないからそこは流した。

    それ以降も、轟くんからのお誘いが爆増していた。
    何だか最近ヒリついてるし、もしかしたら轟くんにも何か深刻な悩みがあるのかもしれない。これまではいつも僕の話を聞いてもらってばかりだった。
    次に会った時は轟くんの話を聞いてみよう。そう思うのに、最近轟くんはずっと僕の話を聞こうとグイグイくる。もしかして深入りされたくない話なのかな?
    随分前にお前は意外とズケズケしてるだかなんだかと言われた事があった気がする。それは確かに反論出来ない。今回は、轟くんが話してくれる気になるまで少し気長に待ってみようかな…。

    それに、こんな事を思うのは本当に、本当に申し訳ないんだけど。
    最近の轟くん、ちょっと…いつも以上に…カッコイイ。
    笑顔の轟ももちろん大好きだ。なのに、なんと言うか…。
    鋭い視線になったり物憂げだったり、悩ましげな姿が…その、色気があって破壊力すごいのでは?と思う。
    写真集の話を断ったって前に聞いた事あるけど、正直こんな轟くんが出してくれたら観賞用保存用予備用は余裕で揃えるなって…。マナーは守った上で!と、友達として…。でもやっぱり気持ち悪いって引かれるかな!?
    そんな轟くんからの「会いたい」コール。
    最近僕の心は嵐みたいに落ち着かない。

    後輩くんの件はまだズルズルと返事をしていなかった。
    「コンビニのヒーローコラボもう食べました?」
    「僕の推しはシンリンカムイのホット鎖牢サンドです!」
    「今度デク先輩も食べた感想くださいね」
    確信に触れず送られてくる、後輩くんからの何でもないLINE。
    でも本当に言いたい事は別にあるって分かってる。LINEが来る度正直胸がチクチクした。
    轟くんも後輩くんからLINEが来ると、何か思う所があるのか黙ってしまう。
    後輩くんの詳しい話はあれから特にしていない。
    轟くんは、もしかしたら僕が誰かと付き合う前に今の内沢山会おうとしてくれているのかもしれない。
    なのに何も言わない優柔不断で不誠実な僕に呆れてるのかな。

    …もう、ケジメをつけよう。

    「明日仕事の後に話せる時間ある?」

    宛先は後輩くん。送信ボタンをタップする。

    「分かりました。待ってます」

    珍しく一度だけの、短い返事。
    でももう多分僕の答えは、後輩くんも分かっている気がする。


    【会えない間】

    思わぬ事件が発生した。
    それは轟くんの事務所の管轄区域。当然轟くんもこれから大忙しになる筈だ。轟くんは昨日あまり元気が無かった。最後はずっと無口で。途端に心配で堪らなくなった。
    もしかしたらここにも応援要請が来るかもしれない。
    ちょうど仕事が終わる時間だったから、咄嗟に待機してますと所長に申し出た。多分今日はもう要請がないから一旦帰りなさいと言われたけど、どうしても落ち着かなかった。
    「デク先輩。」
    外回りから今帰ってきたばかりの後輩くんに声をかけられハッと約束を思い出す。さっきまでは約束の事で頭がいっぱいだったのに…。
    「あ…、ご、ごめん。君との約束…僕から…。」
    言い終わらない内後輩くんが言う。
    「いいんです。僕も一緒に待機しますから。」

    それから2人きりで休憩室のソファに並んで座り込んだ。
    「ごめんね。本当は今日ご飯でも奢ろうって思ってた。」
    「それはまた今度お願いします。」
    「うん…、今度、ね。」
    少しシンとなった後、先に口を開いたのは後輩くんだった。
    「食事しなくても話はできますよ。…言いたい事、聞きます。」
    「…今?」
    「今。」
    後輩くんの切れ長の目は覚悟を決めてる。
    その顔を見て、僕は深く息を吸い込んだ。



    毎日しつこくHNをチェックした。
    事件発生以降、轟くんと連絡はついていない。恐らくそんな余裕も無いんだろう。
    だけど、あんなに会っていた轟くんに今は会えないその反動で、別の悪い想像も膨らんだ。
    最後に会った轟くんの沈んだ顔。どうしてもっと踏み込んでみなかったんだろう?
    最後だけじゃなく、最近はどこかイライラとした様子の時だってあった。
    心配で声をかけると何でもないと笑顔を作ってくれたからそのまま深く触れなかったけど、本当は僕にももっとやれる、聞ける事があったんじゃないかって今更思う。
    結局僕は轟くんの気持ちを聞くのが怖かったのかも。
    何か言いたそうなのに言わない、最近の彼の態度を掴みかねてた。本当は轟くん、僕に言えない不満とかあったんじゃないのかな。

    一般人にもヒーロー達にも皆の命に別状が無い事をチェックして、陰ながら事件の進展を見守った。
    落ち着かない日々を繰り返し、ようやく事件は昨日今日で山場を超えたらしい。僕も溜息をついて安堵した。
    轟くんがその間全く休んでいない事は知っている。共有される事件の情報に毎日ショートの名前が載っていたからだ。
    でも事務所的にもそろそろ強制的に休ませないといけない筈だ。今どき余程の緊急事態でもない限り、過労働が原因で起きる事故や体調不良は事務所への厳しい処罰問題にもなると、ヒーロー協会から度々お達しがあるんだから。
    だからと言って轟くんが今日早く帰れるとは限らない。
    それでも轟くんの元へ向かわずに居られなかった。


    【癒しの緑】

    辿り着いた事務所の窓を見上げると時折何人かの人影がチラチラ垣間見える。轟くんがその中に混ざってるかは分からないけど、確かにもう現場を引き上げてるんだ。
    僕は心を決めて、何時間でも待ってやろうと思った。
    1時間が過ぎた頃から事務所の裏口が度々開いた。その度轟くんかと期待してしまう。失礼ながらガッカリする事を繰り返して更に45分後の5度目。目に映ったのは、僕が待ち望んだ人だった。
    緑の帽子を目深に被っている。
    「赤の補色は緑らしいな。俺の頭にも合うだろ。」
    と2人で出かけた時冗談めかして買っていた帽子だ。間違いない。久しぶりのその姿に何だか胸が熱くなる。

    声をかける間もなく轟くんがこちらを向いていきなり目が合った。その表情は多分ビックリしている顔だ。だ、だよね!?
    急に我に返って焦る。え、僕何してるんだろう!連絡もなく待ち伏せだよねコレ!それから僕は言い訳を並べ立てた。
    たまたまだとか、すぐ会えなかったら帰ろうと思ってたとか。
    嘘ついてごめんなさい!本当はずっと張り付いてたし帰るつもりもありませんでした!!
    だけど轟くんは笑ってくれた。疲れた顔だったけど、いつもの優しい轟くんの顔だ。
    僕も急にホッとして、改めて彼を労った。
    「…本当にお疲れ様。」


    【ブレーキとアクセル】

    お互いに食事がまだだと分かり行きつけのお店に入る。
    冷えた身体に店内の温もりが心地良い。
    急に会いに来た事、やっぱり変に思ったかな。
    さっきは咄嗟に嘘をついてしまった。でも、これから僕は自分の思った事とか気になる事とか、ちゃんと話して轟くんとずっと対等な関係で居たいと思ったんだ。
    カッコ悪くってもいい。僕の素直な気持ちを伝えよう。
    一旦喋りだしたら、自分でも意外なくらいそのままの気持ちが言葉になって溢れてきた。

    会えなくて心配だった。寂しくなった。君を怒らせたのか嫌われたのか分からなくて、不安で君と直接話したかった。

    上手く言葉にできたか分からなかったけど、そうか、僕は寂しくて不安だったんだ。轟くんと話したかったんだって、自分で改めて再確認した。ううん、もう分かってる。自分の気持ちは。
    僕の不安が伝わったのか、轟くんは笑ったりせず僕の事を嫌ってない、と言ってくれた。それが嘘じゃないと信じさせてくれるその表情や声色が、どんなに嬉しい事かこれはきっと君にも分かんないと思う。
    これからはどんな事もちゃんと話そう、と思った時、轟くんから質問された。

    「あれから例の後輩と2人で会ったんだろ。」


    【あの話】

    理由はハッキリ分からないけど、轟くんは後輩くんの事が今も気になっていたらしい。どんな事もちゃんと話すと思った所だ。疑問は一旦置いといて、全部に真面目に答えたい。でも、そうはいかない事情も思い出した。

    2人きりで話したあの日。後輩くん本人から、一つだけお願いを叶えて欲しいと言われて僕はそれを承諾してしまったんだ。

    だから、詳しい話を轟くんにだけは言う訳にいかない。
    ほんと…どうしてこんな事に。よりによって、何てお願い受けちゃったんだろ…。

    轟くんから色々聞かれるのに、結局それらを全部はぐらかした。
    本当にごめん、轟くん…!後輩くんに関する事以外なら何でも答えるから!!
    そう思っていると溜息をついた轟くんから別の質問が投げかけられた。

    「なぁ、緑谷は性的対象として男いけんのか。」

    もうあとが無い気がして他の事なら全て答えるつもりだったのに、僕は意表をつかれて口からサワーを吹き出してしまった。ギリギリ最小限に留めたけど!マナー、すみません!咳、止まらない!
    いや、確かにそういう話なんだけど!何か急に生々しくなったね!
    僕が答える間もなく轟くんは次々と言いにくい確信をついてくる。そういう事出来るのかって、そういう事ってそういう事、…だよね。
    と言うか、轟くんもそういう事想像したりするんだ…?え、…僕のそういう事…?
    …うわぁ……。
    急に変な汗をかいてきた…。やたら恥ずかしい…。

    ふと気付くとまた新しいお酒が自分達のテーブルに運ばれてきた。
    え!?しかもこれビールやチューハイじゃないし、そこそこ度数高いやつだよね?
    轟くんもしかしてさっきから酔ってた!?
    考えてみればこの時間に仕事から解放されたのも久しぶりだろう。今日の轟くんはちょっと歯止めが効いていない。
    何だか色々諦めた。もう正直に答えよう…。後輩くんの事以外は。
    恥ずかしかったけど誰とも付き合った事がない事をまず白状した。
    そして、暗に男性が対象外じゃない事も。
    そしたら意外な事を言われた。
    「学生の頃はすぐ断ってたのにな。女も男も。」
    驚いた。どうして轟くんがその事を知ってるんだろう。
    でも、理由を答える前に轟くんの瞼が重くなった様だった。目がボンヤリとして伏せがちになり、急に黙りこくる。さっきからほんとにペースが早い。アルコールが回ってくるのも当たり前だった。
    この状況、どうしよう。
    タクシーを呼んで轟くんを家まで送ろうか。
    抱きかかえて行ってもいいけどさすがに目立ちそうだし。
    悩んでいるとほとんどうつ伏せになっていた轟くんがポツリと呟いた。

    「…って…仕方ねぇ、だろ…。………俺はずっと緑谷の事が…好きなんだから…。」

    え?

    「あの、轟くん、それって…。」

    しばらく反応を待ってみたけど返事がない。
    屍ではないけど、え、もしかして、寝てる!?
    「轟くん!」
    少し大きめの声をかけるとハッとして起きた。

    「わりぃ…なんの話してた…?」
    「あの…、そろそろ出よっか…?ちょっとペースが早かったみたいだね。…ほらお水、飲める?」
    「ん…。」
    口元まで運んだお水を大人飲む轟くんは、僕に甘える小さな子供みたいだった。


    【ふわふわ】

    さっきのは、聞き間違いか何かかな…。
    いや、そもそも深い意味なんて無いのかも。
    酔っ払ってて轟くんも何言ったか覚えてないみたいだし。
    でも急性アルコール中毒には気を付けないとな。
    今は思ったよりしっかりしてるけど、家に帰すのはもう少し様子を見てからにしよう…。

    そんな風に自分に言い訳してるけど、本当は久しぶりに会った轟くんと、もっと一緒に居たいだけだった。
    まだまだ名残惜しい。もっと沢山、話をしたい。
    さっきから胸がふわふわしてたまらない。

    昔轟くんと来た公園の方まで脚を伸ばす。
    こんな事きっと一生言えないと思うけど、あの時なんだかデートみたいだって思って照れたんだ。
    カラフルなコーンのアイスが移動販売で売られてて、轟くんが食べた事無いって言うから一つ買って食べてみてと手渡した。
    轟くんは一口かじって美味いなと笑い、僕の口にもアイスを運んだ。
    そんな些細な事でバカみたいだと思うだろうけど、あの夜僕は布団の中で悶えてしまった。

    そんな恥ずかしさを誤魔化すように湖を見る。
    火照ったほっぺに夜風が気持ちよくて、穏やかな時間を幸せに感じた。
    なのに、急に危ないと抱き寄せられて僕の心臓は飛び出すかと思った。
    そしてただでさえ驚いている所に、更にLINEの通知音が追い打ちをかけた。


    【3度のLINE】

    通知の音は、3回。
    …後輩くんは元に戻ろうとしてくれているんだって、何となく分かった。
    僕が彼の気持ちを受け入れられないと断ったあの日、後輩くんは代わりに一つお願いを聞いてください、と言ってきた。
    罪悪感を軽くしたいと不純な動機だったけど、僕に出来る事ならと承諾した。
    彼の願いは意外なものだった。
    「デク先輩が僕をフッた事、ショートにだけは内緒にしててください。」
    一体どうして「ショートにだけは」なのか。真っ先に不思議に思ったけど、兎にも角にも僕はそれを聞き入れた。
    おかげで轟くんからの質問に答えられなくて…思ったよりしんどかったけど…。
    理由を聞くと
    「だって、やっぱり悔しいから。」
    と後輩くんは答えた。

    いつまでも抱きしめられているわけにいかないと、離れようとした。
    なのに、轟くんの腕は僕を離さなかった。

    どうしたの?もしかして気分悪い?
    心配で轟くんの顔を覗き込む。
    何だか辛そうな顔をしている。
    僕は君に何をしてあげたらいい?

    すると轟くんが、微かな声で呟いた。

    「行かないでくれ」

    その声色には切実さが滲んでいた。

    その響きは僕の抵抗を削ぐのに充分だった。


    だけど、それはどういう意味なの。

    もしかして、さっきの言葉は本当だった?

    僕を好きだって、

    本当に?ずっと?ずっとって、いつから?

    僕が顔埋めた轟くんの体から、微かに石鹸の匂いがした。

    僕の心臓の音が煩くて堪らない。

    戸惑っている内に、再び轟くんから困惑が与えられた。

    小さく音を立てて、轟くんは僕のおでこにキスをした。

    思考が止まる。

    今のは?

    …あ、

    轟くんの顔が近い。



    ───────



    「なぁ、俺に似てる奴と、緑谷はこういう事できるのか?」

    「え………?」

    似てる奴って?

    今、僕、君に。

    何も理解できなかったけど、唇の熱い感覚だけが残ってる。

    でもその感覚はすぐさま本人に上書きされた。


    頭は確かにパニックになったのに、キスの気持ちよさに意識がどんどん引っ張られる。こんなに、こんなに気持ちいいんだ。唇同士が触れ合うだけで。

    その唇を合わせるだけの動きが徐々に変わってきた。

    下唇を緩く噛まれるのも、驚くぐらい気持ちいい…。
    塞がれた事が理由の息苦しさだけじゃなく、自分の呼吸が乱れていく。
    轟くんの舌が段々僕に触れるようになってきた。

    甘い電気が背中や腰にまで走る。
    身体の力がどんどん抜ける。
    合間に吸い込むアルコールの熱い息が、僕をどんどん酔わせてくる。
    優しく撫でられる頭まで、ゾクゾクするほど気持ちいい。

    轟くんの唇も舌も、僕のあらゆる理性を溶かしに来ている。
    歯茎の裏や上顎まで舌でなぞられ、口の中がこんなに敏感になるなんて生まれて初めて教え込まれた。

    もう、何も考えられない。

    もっともっと君が欲しい。

    僕の舌も身体も轟くんを求めて勝手に動いた。

    本当はずっと、僕も君とこうしたかった。


    【弱虫】

    息を整えるのがやっとだった。
    ボンヤリした脳がまだ状況を処理できないでいる。
    僕の脚はもう自分の体重をろくに支えてなくて、轟くんがずっと僕を受け止めてくれていた。

    その轟くんの瞳が不安に揺れている。
    さっきまでのキスにそぐわないような、弱々しい揺らぎ方だった。

    でも、そうか。
    僕は轟くんに、まだ一言も自分の気持ちを言ってない。

    僕がこの状況を受け容れられたのは、先に轟くんのうわ言みたいな言葉とこれまでの行動があったからだ。

    でも、僕の事を好きだと言ったあの言葉、轟くんは言った自覚も無さそうだった。
    だったら僕も行動で示すね。
    君も僕の気持ちを受け取ってほしい。


    僕の心を目一杯込めて轟くんにキスをした。


    君が世界で一番大好きだって。
    ずっとずっとありがとう。
    あのね。僕は君がここに居てくれて、本当に幸せなんだよ。

    轟くんに、僕の気持ちが伝わるように。

    泣きそうになった君の顔を見て、僕の胸がいっぱいになった。

    積もる話はこれから先沢山しよう。

    それに今日、僕も初めて知った事があるよ。


    結構ハッキリ言う君が、
    僕に対してこんなに弱虫だったって。

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