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    Kuoniori0903

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    Kuoniori0903

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    選手生命を絶たれた⚡と、そんな⚡️に出会う🎴の話

    狩猟豹の顛末セミが煩く鳴いている。人より大分耳が良い俺にはちょっとキツいぐらいの音。
    窓からみえる葛山の向こうに、太陽が沈んでいく。眩しい光が少しずつ隠れて、気付けば外は真っ暗になっていた。俺は壁に立て掛けておいた杖を手に取り、鞄を持ち上げて教室の外へ出た。あまり重いものはバランスを崩してしまって持てないから、どうせ家で使わないであろう教科書達はロッカーに放り込んである。だから、鞄にはほとんどものが入っていない。潰せばそれは薄っぺらいものになる。
    完全下校の放送が入って生徒達が昇降口から走って出ていった。俺はそれを横目に見ながら靴を履いて、同じように外に出る。すっかり使いなれた杖をついて、生ぬるい風に吹かれながら夜でも明るい街中を目指した。
    普通の人よりも幾分か遅いスピードで、普通の人と同じ場所を目指す。忙しなく街中を駆けていく人たちに揉まれながら駅の構内に入ると、後五分くらい先の時間を表示する電光掲示板が目についた。隣の県にある街の名前が表示されている。改札を通り、電子定期にお金が入っているのを確認する。
    ホームに降りると、時間がそんなに立たないうちに電車が来たのでいつもと同じように、いつもより遅いそれに乗り込む。空いている座席に座り、スマホを開くと今日も遅くなるという親からのショートメールが入っていた。背もたれに身を預けると、少しばかり固い座席の感触が背中に伝わってきた。同時に、それ以上に固くなっていた自分の体に気付く。
    もう一度スマホを確認してもメールの内容は変わらなくて、なんとなく馬鹿馬鹿しくなった。
    怒られるかと思っていた。わざといつもより遅くまで学校に残って、することもないからと窓の外を眺めていた。遅く帰れば心配して貰えるだろうかという、子供っぽい我儘。怒られるのでもなんでも良いから、こちらを見て欲しかった。

    両親の視界から俺が消えたのは、結構昔だとも思えるし、つい最近とも思える。実際はというと、多分そんなに経っていない。まだ半月くらいだ。
    半月前まで俺は、まあまあ有名な陸上選手だった。自分で自分の出した記録を塗り替えて、メダルだっていくつも貰った。出た大会は必ず表彰台に上がって、その大半は一番高いところ。一番高いところから見渡す、たくさんの人の笑顔が好きだった。クラスメイトやコーチ、俺にほとんど興味を示さない父や母も、そのときばかりはいつも笑みを浮かべてくれた。もっと両親の笑顔が見たくて頑張った。必死で走って、汗をかいた肌を風が撫でる。その感覚が心地よかった。
    もう全部、過ぎた話だけれど。


    跳ねられた瞬間は、痛みもなにも感じなかった。きっと衝撃が大きすぎて、うまく脳に伝わらなかったんだと思う。周りが大騒ぎしたことも救急車に乗ったときのことも悲しいくらいによく覚えていて、俺が庇った女の子は何がなんだか分からないって顔をしていた。その子のお母さんが取り乱していて、ひどく対照的に思えた。
    病院のベッドの上に寝ていたら、両親が会社から来てくれた。けれど先生に呼ばれて話を聞きに行ったあと、2度と戻ってくることはなかった。退院準備さえ独りで済ませて、帰った家は誰もいなくて、食費と書かれた封筒に数万円分のお札が入っているだけだった。
    自炊ができるような足でもなかったから、初めの頃は出前を頼んでいた。それでも独りの食事は味気なかったし、そのうち飽きて栄養ゼリーとかで済ませるようになった。
    結構ついていた筋肉はみるみる落ちて、平均的な男子高校生よりも華奢になったけれどそれさえもどうでもよくなっていた。
    学校に行けば、最初のうちは皆よくしてくれた。彼らからはいつも同情の音が聞こえていた。そのうち誰も俺を見なくなっていって、何かを頼めば面倒くさそうな嫌悪の音が聞こえるだけになった。いい人を演じることにも飽きたんだろう。別に構いやしない。俺も、これ見よがしにいい人をされるのは飽き飽きなんだ。だから、もういい。多少無理をすれば、一人でだって生きられる。それなら、ひとりぼっちでも構わないだろう。

    電車に揺られながら遠くを目指す。目指すと言っても、特に目的がある訳じゃないけど。大きな流れの1つになって、なにも考えず、ひとまとめにされて過ごしていけば、誰にも何も文句を言われることはきっと無い。
    終点に着いたら、みんなが出ていったのを見計らってから車両のドアを潜った。まだ止まらない真っ黒な頭の濁流に引っ掛かり、時々舌打ちをされながらホームを抜ける。目の前に階段とエレベーターが出てきて、少し悩んだけれどエレベーターの人口密度にうんざりして階段を選んだ。
    階段は苦手だ。こんな雨の日は特に。学校がある駅では雨が降っていなかったけれど、だいぶ離れたこの土地ではまあまあ派手な雨が降っていた。気を付けはするけれど、既に不特定多数が行き来したのだろう階段はびちょびちょに濡れている。滑り止めは意味をなさず、俺はあっさりと階段を転げ落ちる羽目になった。
    大概派手な音をさせて落ちたけれど、精々打ち身くらいですんだようだ。わずかに悲鳴をあげているようにも思える体に鞭を打って起き上がる。周りから聞こえてきた「カワイソ」「ダッセ」といった嘲笑には気づかないふりをした。こんなのにいちいち反応していたって、大した利益も意味もない。
    立ち上がろうとしたところで、杖が近くに見当たらないことに気がついた。顔を左右に振って見つかった杖は腕を伸ばして取るには少々厳しい距離にある。どうしよう。
    少しもがいてみたけれど、どうもダメだった。ズボンに水が滲んで気持ちが悪い。這いずれば届かないこともないのだが、そうなるとズボンが汚れるなり穴が開くなりしてしまう。お金はあるが、買いに行くのもクリーニングにだしに行くのもめんどくさい。歩けないし。
    「大丈夫かこれ、君の杖だろう?」
    どうやって拾いに行くか思案していると、不意に目の前に影が落ちた。顔をあげれば、赤みがかった目の少年が杖を抱えて俺の傍らにしゃがみこんでいる。
    「あ、ありがとう」
    なぜ拾ってくれたのかは分からないが、余程のお人好しなのだろう。向けられたやけに真っ直ぐな目が少し怖い。
    「足を怪我しているのか。親御さんが来るまで一緒に待とうか?」
    「……べつに、いいよ。親来ないし」
    俺が首を振って拒否の意志を示すと、目の前の少年は軽く首を傾げた。
    「じゃあ歩いて帰るのか片手もふさがっているから、雨の中では大変だろう。送っていこうか?」
    ……しつこいな、こいつ。極度のお人好しを通り越してお節介の域に入っている。ありがた迷惑って、こういうことを言うんだろう。
    「別に、いい。家、この街にないし」
    少年は赤い目を丸くして首を傾げた。絶対わかってねぇな、こいつ。
    「適当に電車乗ってたらこの街に着いたんだよ。目的があるわけでもねぇし、雨降ってるならここいるだけだから別に送って貰う必要ない」
    どうせなら、ここで夜を明かしてしまおうか。明日の学校は休んだらいい。そう思っていた。
    「じゃあ、ここにずっといるのか?今日は寒いし、風邪をひくぞ?」
    少年が俺を見てくる。風邪、風邪ね。
    「別に構わんよ。ひいたら、それはそれで」
    風邪なんかで両親が帰ってきてくれるわけが無い。きっと、40度の熱を出そうと。立てないくらいしんどくとも。少なくとも、歩行困難な怪我をしても帰ってこないのは実証済みだ。
    「構わないって……親御さんが心配するじゃないか」
    「……」
    そっか。この子は愛されてるんだな。まあ当然か。
    「残念ながら、心配する親も保護者もいないもんで」
    「そうなのか……すまない」
    少年の目が、地面を見おろした。もしかして俺、親が死んで荒んだと思われてる?
    「あのさ、言っとくけど別に親死んじゃおらんよ。ただ、俺に関心がないだけ」
    「……家族だろうそんなことあるのか?」
    少年が顔を上げながら首を傾げた。
    「さあ。他の家がどうかは知らんけど、少なくともうちはそうだね」
    関心があった時間の方が少ない。彼らが俺に興味を向けたのは、決まって俺が1番目立つ日だった。逆に言えば、その時以外ろくに親と顔を合わせなかった。異常だとは思うけど、それがうちの普通で、おかしくないと思い込もうとしていた。
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