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    ぬのさと

    @nunosato
    魔道祖師/陳情令の双聶(明懐)が好きです。

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    ぬのさと

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    「あなたのそばに遺体」というダジャレが元のアレですね。再掲です。

    #双聶
    doubleNie

    あなたのそばにいたい「……できた」
     ぷつりと黒い糸を糸切り鋏で切り、私――聶懐桑は針を置いた。バラバラに切り離され、隠されていた兄の遺体を長い年月をかけて探し出し、ひと針ひと針、こころをこめて私が縫い合わせた。私もまがりなりにも清河聶氏の公子として育ち、縫い物などしたことがない。それでも、聶明玦の唯一人の弟として、自分がすべてをしたかった。
    「うん、いいでき」
     初めは不揃いで不恰好だった縫い目も、均一に揃えられるようになった。そうなると、切断面を強調するかのような黒い縫い糸が気になってくる。めだたないように肌色の糸を使えばよかったのかもしれない。いや、いまどきは薄橙色と呼ぶべきなのか?
    「いまの大哥だったら、土気色の糸のほうがめだたないよね」
     棺のなかに横たえられた大哥の長身は血を拭き清められ、凄まじい怨嗟の表情もいまは穏やかに眠るようだった。
     香炉から煙がくゆる。あまい香りが部屋に漂っていた。
     私はそっと彼にふれた。ふるえる指で猛々しい輪郭をたどりながら、
    「反魂香を焚いたよ、大哥。からだは元どおりに戻したんだ、だから……」
     お願い、よみがえって。
     声もなく唇にのせた私の祈りにこたえるかのように、死体のまぶたが動いた。
    「――懐桑」
     なつかしい声がやわらかく私の名を呼んだ。
    「どうした、なにを泣いている。泣くな」
     無骨な指が驚くほどやさしく、私の頰をつたう涙をぬぐった。
    「大哥、大哥、私はやったよ」
    「そうか、よくやったな」
     なにをやったのかわからないのに、大哥は私のあたまをなでてくれた。いつでも私を守ってくれたあのころのように。
    「いつのまに髪がのびたんだ?」
     くびをひねりながら、大哥が私の長い黒髪をすくった。そうだよね、生前のあなたが知っていた私は、もっと髪が短く、甘ったれでひとりではなにもできない聶氏の二の若君だったのだから。
     大哥さえいてくれたら、彼の庇護につつまれ安楽にすごしていた、あのころの私に戻れる。復讐が計画途中で頓挫しても、もうどうだっていい。
    「大哥」
     あなたがいないあいだの私が、どれだけ孤独でつらかったか、大哥に聞いてほしかった。
    「大哥」
    「どうした、懐桑」
     広く逞しい背に腕をまわし、力の限り抱きしめる。慕わしい香りを胸いっぱいに吸い込んだ。
     私を抱き返してくれる力強い腕に生者の体温はなかったが、あたたかかった。
     ――泣きそうなほど、大哥はひたすら私にやさしかった。


     目がさめると、部屋の蠟燭はすべて燃えつきていた。
    「大哥?」
     棺のなかの彼に呼びかけても、返事はなかった。黒糸で縫い合わされた体躯は冷たく固く、まがうことなき死体だった。
    「大哥……大哥……」
     喉から絞り出すような呻き声しか出なかった。あれは反魂香が見せる、残酷な一夜の夢だったのか。
     叶うことなら清河聶氏宗主の役割も復讐もほうり出し、このまま棺の大哥の横に入り、ともに封じられてしまえばいいのかもしれない。つねに正道の人であった聶明玦は、弟が無辜の人々を騙し、操って復讐を遂げても、それをよしとはしないだろう。
     私は甘美な誘惑をふりはらった。私は、私のために、復讐をするのだ。
    「大哥……」
     太い首筋にめだつ、黒い縫い目にふれた。
     ごめんね、大哥、私はあなたの遺体ですら復讐の駒とする。
     私は棺の蓋を閉め、一問三不知の仮面をかぶり直した。
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    ぬのさと

    DONE双聶本「You Mean the World to Me」につけていたおまけ折り本の再掲。
    最初は秋の話だったのを途中で春に変えたので、秋バージョンを持っている方はレアかも。
    元ネタは北宋の徽宗のエピソードです。
    作中の七言絶句は、『全唐詩』所収の劉長卿「過鄭山人所居」(鄭山人の所居を過ぐ)より。
     寂寂孤鶯啼杏園
     寥寥一犬吠桃源

    (寂寂として孤鶯、杏園に啼き
     寥寥として一犬、桃源に吠ゆ)
    ものいう鳥 数ある仙門世家のうちで唯一、刀術を使う清河聶氏の当代宗主は、聶懐桑という。
     勇猛なこと、義に篤いことで世に名を馳せた聶氏を束ねる長として、聶懐桑はあまりにも頼りない。領内でもめごとが起きても、悪鬼邪魅のたぐいが跋扈していると領民から訴えがあっても、困り顔に気弱げな笑みを浮かべて扇子ではたはたとあおぐばかり。なにを聞かれても「知らない」としか答えない、一問三不知とあだ名される人物だった。
    「――知らない」
     ふいに、つややかな黒い羽根の小鳥がそう云った。暖かな陽射しが明るかった。
    「ふうん、おいしいかい?」
     聶懐桑はにこにこと笑いながら、目もとから頭の後ろにかけて黄色い肉垂れのある、真っ黒な小鳥に手ずから餌をやった。九官鳥は橙色の嘴を開け、
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