犬も食わない「いやだ」
にべもなく聶懐桑は云い放った。
「二公子、一緒に兄君にごめんなさいしに行きましょう」
「いやだったら、いや」
てこでも動かない容子でつっぱねる懐桑に、聶宗輝は困った顔をした。よく日に焼けた実直な相貌に汗が光る。
そもそも聶宗主とその弟君がなぜ喧嘩をしたのか、宗輝は知らないのだ。知らないのに、宗家と近い血縁で年回りも近いということで、兄弟喧嘩の仲裁をして二人の仲を取り持つ役割が回ってくる。今回の喧嘩も、懐桑が一方的に癇癪を起こしていたとしか、宗輝は聞いていない。
「懐桑、宗輝を困らせるでない」
「宗主!」
「……大哥、僕は悪くないよね?」
目を白く光らせ、懐桑は不機嫌そのものの表情で兄を見上げた。聶明玦は弟の見上げる姿体に弱いとわかってのことだ。容貌魁偉で泣く子も黙る厳格な赤鋒尊は、ころりと態度を変えて懐桑をなだめた。
「ああ、大哥が悪かった。もう機嫌を直せ、懐桑」
「ほらね?」
なにが「ほらね?」だ。
得意げに宗輝をふりかえる懐桑に、胸のなかで思わず毒づく宗輝だった。
「それにしても、懐桑は自分の好き嫌いをはっきり主張できてえらいぞ」
「ね?」
懐桑は胸を張って宗輝をまた見た。
いや、そういうのを褒められるのは幼児だけですからー!
喧嘩していたことなんか忘れたかのように、うふふあははとなごやかに語らう兄弟に、宗輝はがっくりと肩を落とした。
「それで、なにが喧嘩の原因だったのですか?」
「だって大哥が。私は素足になりたかったのに、靴下を履けの一点張りで」
「…………は?」
「だ、だから、足腰を冷やしてはいかん」
そりゃ、下半身を冷やすのはよくないが、宗主にはそれ以外の意図があったのでは?
ジト目になる宗輝。その前で明玦はスススと懐桑の腰に腕を回し、がっちりと囲い込んだ。懐桑は気にしたふうもなく、話し続ける。
「…………」
今度から、まず喧嘩の原因を確認してから、仲裁に入ろう。宗輝は考えることを放棄し、にっこり笑顔で拱手して、その場を立ち去った。