茨が妊娠する話5「うわっ黒い……」
採決の結果が貧血気味だということで鉄剤を処方された。トイレの排せつ物があまりにも黒くてビビる。赤ちゃんの分も血液やら肉体やらを生成している関係で、どうしても貧血気味になるらしい。自分の食べたものがそのまま赤ちゃんの血肉になると思うと、くちにするものはなんでも気になってしまう。まあ食べられないものが多いのもそうなのだけれど。
「ふう」
「大丈夫? 茨」
「ええ……なんというか横寝をしていないと腹が重いです」
「はい、抱き枕すると楽じゃない?」
「ありがとうございます」
腹に二キロのおもりが入っていると思うと、そりゃ仰向けに寝たら臓器が押しつぶされるなあ、と思う。横寝していたら、閣下が背中にくっついてきてよしよしと頭を撫で始めた。むずがゆい。
「予定日もうすぐだね。あと一ヶ月……」
「……はやく出したいですね……」
暗闇に二人、ほんとうは三人がここにいる。もうすぐ呼吸が一つ増えて、ほんとうの三人になれる。どうなるんだろう。嬉しくもあり、怖くもある。
「……ん?」
なんだか下腹部がじゅんじゅんとぼんやり痛い。その痛みが定期的になってきた。
「……え、おなか痛いです」
「……え? おなかいたいの?」
「……陣痛?」
「え?」
「そんなに痛くないですけど、え? 痛いです、え、いた……」
閣下が電気を付けて起き上がる。そうしてそっとお腹に触れた。
「硬くなってる……これは張っているっていうのかな」
「陣痛ですかこれ? えっ、まだ二千五百グラムになってないんですけれど」
胎児は低体重で出産してしまうといろいろなリスクが高い。なのでまだ中に入っていてほしいのだが……。
「……どうするんだっけ。確か陣痛タイマーで測るんだよね」
「陣痛タイマー……?」
「茨、痛くなったらこのボタン押してね」
閣下が端末に入ったタイマーを見せる。なぜいれているんだ……。
「……まだ痛い?」
「……痛いですけど……」
急に怖くなってしまった。このまま出産になるのだろうか。入院セットはもう準備してあるからいいとして、と、ぐるぐる考えていると、痛みがなくなった。
「……病院に電話する?」
「どうすればいいんでしょうか……」
「電話しよう」
俺が判断に迷っていると、閣下が直ぐに出産予定の病院の夜間へ電話をしてくれた。多分俺がこんな状態で不安にさせまいとしてくれたんだとおもう。傍にいてくれるのが閣下でよかったな、と思った。
「……茨、痛みの感覚が十分以内になったらまた連絡してほしいって。あとこの時期なら前駆陣痛の可能性もあるみたい」
「前駆陣痛……」
「陣痛の予行演習みたいな?」
「ま、まぎらわしい~~!」
また僅かに痛みを感じたが、前ほどではなかった。弱くなっている。
よかった、陣痛ではないらしい。
「……出産って不思議だね。こんな風に私たち、産まれてきたんだね」
「母体ではないですけど宿主を惑わしてどうするんですかね……」
「早く産まれたいのかな。もうちょっと大きくなってね」
閣下が大きくなったお腹を撫でてくれた。くすぐったい。そうして赤ちゃんがポコポコと動いた。
「……寝ましょう」
「うん。これで一時間何もなかったら大丈夫かな」
「心配して損しました」
「本番の為だから損じゃないよ」
閣下が布団をかけなおしてくれて、よしよしとお腹を撫でてくれる。それがむずがゆくてケツがかゆい。
多分、これが幸せだなんて云うのだろう。
***
臨月。
定期健診も週ごとになり、胎児の体重も二千五百を超えた。いつ産まれてもいいようになったらしい。よかった。
閣下の最近の趣味は手編みになった。小さい帽子やらポンチョやらを作ってらっしゃる。まだ暑い秋なのに気が早いなぁと思いながら眺めていた。
隣で、そっと寄り添う。
多分閣下はとても神聖で清い気持ちでいる横で、俺は。
俺はめちゃくちゃムラムラしていた。
(セックスしてえ~~!)
なんでこうなるかは何もわからないけれど、まあ普通に九ヶ月くらいしてないし、妊娠後期は性欲が高まるらしいし、男性妊娠だからかもしれないし、俺が男だからかもしれないし。
いやでも閣下にいったらドン引きされそうだなぁとぼんやり思う。思いながらその御髪を触っていた。
でも《お迎え棒》すると陣痛くるみたいなのはよく見かけるしなあそこから説明していったらワンチャン……。
「……茨、なにか云いたいことある?」
「え、なんでですか」
「最近そうやって触るよね。そういう時大抵なにか考えているでしょう?」
「う~~」
「ストレスは体に良くないよ」
棒針と編まれたふわふわをベッドサイドに置いて、閣下は俺の顔を覗いた。
「……俺の……」
「ん?」
「俺の処女欲しくないですか!?」
「え?」
正座した。
「つまりですね、俺に産道が形成されたということは処女膜もあるんですよ。そこはまだなにも通ってないので。勿体無くないですか!? 赤子が通るかそれより先に医療器具が通るかしますよ!? いいんですか閣下!」
「……まって、茨はえっちしたいの?」
「したいです!」
「赤ちゃんいるのに?」
「したい! です!」
閣下はうん……と考えてまた向き直ってくれた。
「どうですか俺の処女! 処女懐妊とかにはなりたくないです! マリアって器じゃないので! 是非ご検討いただきたく!」
「……普通に考えて、挿れていいものなの……? 赤ちゃんは大丈夫……?」
「その点はご心配なく! 数々の体験談と数値がありますからね!」
「医学的根拠とかいわないあたり、普段と違う恣意的なデータ収集したでしょ……」
呆れられている。バレてる。
「うう……、閣下はもうこんなお腹の大きい俺には欲情しませんか……? もう俺はダメですか? セックスレスまっしぐらですか?」
「そんなことないよ、茨はかわいいよ。……そんなにしたい?」
「はい!」
「元気」
「濡れますよ? 便利ですよ? 閣下膣は初めてでしょ? やわかいですよ?」
「うーん」
閣下の好奇心に訴えかければ勝てる。勝負アリである。
「……一回だけ……」
「やった!」
「違和感を感じたらやめようね? いい?」
「はーい」
閣下に抱きつく。キスをする。いつもより深いキスで、懐かしいセックスのキスだった。
***
(211110)