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    moku_amekaru

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    moku_amekaru

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    うっかり若い子に手を伸ばしてしまった鍾離先生の鍾タル

    辻褄併せ 名の通り璃月の夜空は美しい。磨き上げた宝石に似た月が街を見下ろし、それに応えるように淡い橙の灯りが通りに並ぶ。穏やかな水面はきらきらと光を返し、港全てが黄金の山のように尊い。
     見慣れた愛しい街。硝子越しに指で撫でて、ひとつため息。常と変わらない香に、微かにまじる異質な残り香につい眉が下がった。
     振り返った先には男がもう一人。衣服は纏わず、布団一枚が中途半端にその身を隠している。近づいてみたが、草臥れているようで起きる様子はない。
     あどけなさの残る寝顔には常の飄逸した空気も氷のような鋭さもない。ぺらりと布団をめくると、鍛え抜かれた身体が姿を現す。刻まれた古傷の上にはいくつかの鬱血痕と歯型が重なっていた。全て、鍾離が残したものだ。
     突きつけられる現実。気を紛らわそうと見守り続けた街を見下ろしてみても、そわそわと浮き足立つような、罪悪感の募るような。妙な気分は全く変わらない。元より、無駄だった。どんなに誤魔化してみようとしても、鍾離の優秀な頭はしっかりと男の艶姿を記憶しているのだから。
     熱に潤んだ深海の瞳も、荒い呼吸の彩る煽り言葉も、どこまでも熱く汗を滲ませた身体も、逸って壊れそうな鼓動も、全て。美しかった。深くまで欲してしまった。満たしたくて求めて、そうしてようやくしっかりと我に返ったあと片付けをし終えて……珍しく、動揺していた。
     そう、鍾離は。五千九百八十歳程度歳下の異国の男と一線を越えてしまったのだ。
     
     
     始まりはなんでもない、ただの食事だった。
     いつの間にか定番になった二人きりの宴席、今日の会場は鍾離の部屋だった。普段ならどこかの店を借りることが多いのだが、今日に限ってどこもかしこも貸切予約済み。別日にしようかと口をつきかけたところで、公子が鍾離の家に行きたいと言い出した。理由は「書類仕事の鬱憤晴らしに思う存分料理がしたいから」とのこと。特に断る理由もなかった上、公子の腕前が上々であることも知っていたから、そのまま食材と酒を買い込み部屋に入り宴会が始まった。
     個室でも人の目は無いが、鍾離の自室では尚のこと。互いに正体を明かしあっている上、酒と美食でどうにも気が緩む。普段よりも速いペースで胃が膨らみ気分も上がっていった。
     
    「あー……あっつ」
     
     ぱたぱたとシャツで扇ぐ姿に目を細め、立ち上がって窓を開ける。夏が過ぎ、実りの季節を迎えたこの頃は肌を撫でる風が涼しく心地いい。ぼうっと窓の外を眺めて港の音に耳を澄ます。波に重なる人々の声、争いに脅かされぬ平和の音に頬が緩む。ふっと息をついた隙をつくように、からからと笑い声が耳に届いた。
     
    「ふふ、なぁに先生。ぼうっとしちゃって、酔っちゃった?」
     
     鍾離よりもずっと軽薄で、余程酒に浮かされていそうな声。呂律は問題が無さそうだが、常よりも上機嫌だ。そろそろ酒を取り上げて帰そうかと振り返って、足が止まる。
     
    「……ん? どうしたの」
     
     酒器を片手にふにゃりと緩んだ顔。ベルベットのシャツはいつもより着崩れて襟元が大きく晒されている。じわりと肌を這う汗に、かすかに喉がなった。
     限界など知らないほどに酒には強いはずなのに、鍾離はこのときもう深くまで酔っておかしくなっていたのかもしれない。——公子がどうにも蠱惑的に映った。
     顔を出した慣れない欲に頭を振る。情欲など、寿命が長く子孫を作る必要のない魔神には不要のものだ。秋の風がさっさと熱を攫ってくれればいいものを、どうにも落ち着かない。訝しむ公子の顔に大人しく席に戻り、手元に残っていた酒を飲み干す。味は、よくわからなかった。
     
    「先生、やっぱり酔ってる? なんか変」
     
     こくこくと残っていた酒を傾けて次の瓶を開けようと公子が手を伸ばす。これ以上飲ませたら面倒そうだと慌ててその手を抑える。鍾離よりも少しばかり小振りの、しかし使い込まれた手にちょっとだけ鼓動が鳴った。おかしい、おかしい。
     さっさと離せ飲ませろと公子が不満げに手を揺らす。それをどうにか抑え込もうとして、視線が絡んだ。下から向けられた蒼に、吸い込まれて。気づいたら唇を重ねていた。
     触れて、我に返って直ぐに離れる。間近の蒼がぱちりと瞬く。
     
    「……ああ、すまない」
    「生娘じゃないからそんな気にしなくても……というか、鍾離先生にもそういう欲あるんだね」
     
     気まずさに目を逸らした鍾離と違い、公子は全く気にする素振りもない。むしろ、どこか楽しそうに笑い、触れたままだった指が絡められる。引っ張られて、まるで御伽噺の王子がするように指に唇が寄せられた。そのまま甘噛みが落ちて、ゆったりと躙り寄る囁きが鼓膜を撫でる。
     
    「……もっと触ってみる?」
     
     ただの気まぐれで出た言葉だろうとわかっていながら。悪魔の誘いに、神だった鍾離も抗えなかった。
     
     
     それで、これだ。この今の状況だ。
     公子はこれまで抱かれたことはないと言っていたが、その色香は凄まじかった。酒のせいで、気持ちが昂っていたのかもしれない。元より整った顔立ちとは思っていたから、誤って酷く魅力的に見えてしまったのかもしれない。何はともあれ、互いに引けずに行くところまで達してしまった。こんなはずでは、なかったのに。自らに潜む肉欲に鍾離自身が狼狽えている。
     
    「……ん、」
     
     ぼんやりと見下ろしていた肩が揺らぐ。ゆっくりと寝返りを打って、僅かばかり眉がよっていた。寒いのだろうか。スネージナヤはもっと冷えるだろうからそんなことはないだろうか。もしかして身体がきしんで痛むのだろうか。とにかく少しばかり寝苦しそうな姿が気になって傍らに座った。
     そうっと、手のひらで頭を撫でる。指先で頬をなぞる。暖かで、柔らかだ。つい、鍾離の頬も緩んでいく。これくらいならバレないだろうかと唇を額に寄せたところで、諌めるように開いた瞼。にまりと弧を描いて、底のしれない海の瞳が鍾離に向けられた。
     
    「はは……鍾離先生ともあろう人が、寝込みを襲うなんてね。まだ、足りない?」
    「いや……そういうわけではない、が」
     
     揶揄するように笑う表情はいつもの様子に近いのに、その声はすっかり掠れている。咳払いと共に退こうとした背に腕が回されて、思い切り抱き寄せられた。何処にそんな力が残っていたのか分からないが、気を抜いていた身体が大きく傾く。公子に中途半端な角度で覆いかぶさって、間近でみつめる。持ち上がった顔がぷちゅりと気の抜ける音を立てて、やけに可愛い口付けを施してきた。まるで、幼子の戯れのようだ。
     公子の腕が首に回る。それに引きずられるまま傍らに横になる。内緒話をするように公子がすり寄って耳に唇が寄せられた。
     
    「ほんとは、ね。もうちょっと前から起きてたよ」
    「……狸寝入りとは、悪趣味だな」
    「油断を誘う術は沢山仕込まれてきたんだ。……まあ、それでさ。随分考え事をしているようだったから。——やっぱり後悔してるんだろ? ろくでもない奴を抱いたって」
     
     まあ一夜の過ちくらいどうてことないよね、などと。あっけらかんと公子が笑い、鍾離の髪で遊び始めた。鍾離を煽っていた姿とは違って、どこか穏やかな諦念を含んだ表情で好き勝手に髪の束を編んでいる。本当に、勝手な男だ。髪だけならまだしも鍾離の心まで型に嵌めようとしている。
     鍾離はうっかり手を伸ばしてしまってからずっと戸惑っていた。なぜ、こんなに若い男を抱いてしまったのだろうかと。
     それなのに。不思議と琉璃袋の葉に落ちた露ほどの後悔もなかった。
     酒と空気に背を押されたのは事実。だが終わってしまった今は、恐らく遅かれ早かれ同じ状況になっていただろうと思えてしまっていた。そのくらい、目の前の男に焦がれてしまっていると気付かされてしまったのだ。それが一番の驚きだった。
     
    「……公子殿は俺を買い被りすぎだ」
    「え?」
    「お前を『ろくでもない』と切り捨てられるほど、俺は出来た存在ではない。なんせ、勢いで身体を奪ってしまった今。どうすれば公子殿の心を貰えるか思案しているところだからな」
     
     丸まった蒼玉に目一杯の愛を込めた笑みを向けて。固まっているのをいいことに唇を塞いでやった。
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