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    kyosato_23

    @kyosato_23

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    kyosato_23

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    鯉登くんの潔癖症設定に大興奮シリーズ。
    海城学校時代の話。
    あまり救いはないです。
    嘔吐の描写を含みます。
    海城学校の作りが不明瞭なまま書きました(すみません)

    リフレインの迷路*



    鯉登音之進は潔癖症だった。
    本人にとってそれが当然の感覚で生きてきたので、海城学校の同級生から指摘されるまで自分がそうであるとは自覚していなかった。
    家でも使用人たちは雇い主の息子の機嫌を損ねまいと掃除に洗濯に精を出し、常に清潔が保たれた状態が常である。それは現在も続いている。
    海城学校は音之進に劣らぬ家柄の少年もいたが、だからと言って音之進と同じように鏡についたちょっとした汚れを嫌う気質の者はほぼおらず、音之進のその神経質さは当初格好のからかいの種となった。
    音之進も向こう気の強い性格だったので、それで幾度となく同級生と喧嘩になった。何せ自分にとってはそれが当然の常識だったのだ。まるで異質なように嘲られて腹が立たない訳がない。
    故郷では音之進に傅かない者はいなかったが、そこを離れれば違う世界だ。更には生意気な新入りの鼻っ柱を追ってやろうという先輩も大勢いた。
    先述の潔癖症を差し引いても、海城学校に入った頃の音之進の精神は健全であるとは言い難かった。家族との不和は明確に音之進の安定を蝕ばんでいた。友達を作るのが上手いとは言えない性格に加えてのその不安定さは本来優秀であるはずの音之進を孤立させ、多くの問題行動として表出化していった。


    秋の頃だった。
    同級生の誰かが音之進の兄が日清戦争の海戦で戦死したという情報を知ったようだった。
    そこは音之進とソリが合わないとはいえ、これから海軍を目指そうかという少年ばかりである。さすがに誰も戦死者を喧嘩や揶揄のだしにしようとはしなかった。……当初のうちは。

    特に音之進と不仲だったうちの一人とある日学校中で噂になるほどの喧嘩をした。原因はもう覚えていないような些細なことだった。互いに同級生に止められても振り払って相手に飛びついて組み敷き、殴った。音之進は相手が失神しても更に数発殴ったのは記憶に残っている。
    次の日からは互いに目も合わせなかった。元々遠巻きにされていた音之進だったが、それが決定的な原因となって同級生たちの輪から外れるようになった。
    それでいい、と鼻を鳴らした。音之進が嫌がるのを面白がって彼の身の回りの物をわざと汚そうとする相手と近づかなくていいなら清々する、と言い放った。
    殴られて失神までさせられた方は面白くなかっただろう。それ以来何を言われても冷めた顔で一瞥するだけの音之進に幾度となく慨然とした。そしてついには音之進にとっての大きな傷を抉ってやろうと考えた。

    教室で数人の取り巻きを集め、音之進のそばへ陣取って大きな声で話し始めた。
    日清戦争の松島はさぞ酷い有様だったらしいぞ、と。
    松島、の言葉に音之進が体を震わせたのを見てとり、更に同級生は続けた。
    父上から詳しく聞いたのだ。装薬に引火して、戦死者は惨たらしい死に様だったらしい。
    同級生は興奮した様子で次々に松島に乗っていた者たちの死を語った。それはたちの悪い冗談と断じるにはあまりに生々しく、また、過去に音之進が何度も想像してきた兄の死に様と酷似していた。
    「……っ!!」
    がたん、と音を当てて音之進は立ち上がった。体はぶるぶると震えていた。激情のあまり視界はチカチカと明滅し、黒い瞳は大きく揺れた。噛み締めた歯の間から荒い息が漏れる。
    尋常ではない音之進の様子に先日の大喧嘩の光景が思い起こされ、全員が身構えたが、予想に反して音之進は教室から飛び出してどこかへ行ってしまった。残った者の間には何とも言えない空気が流れたと言う。

    音之進は腹の底から沸き起こる吐き気を押さえつけ、便所へと走った。吐くべき場所ではないところで嘔吐するのは嫌だった。俯き気味に歯を食いしばり、喉を押さえながら耐える。自分が走る振動すら辛かった。
    不運にもその途中で教師に激突し、互いにその衝撃で後ろへ跳ね返って尻餅をついた。教師はまたお前かと怒りの声をあげたが、音之進はそれどころではない。急激に食道をせり上がる胃の中身を押しとどめる術はなく、その場で全て口から吐き出してしまった。咄嗟に横向きになることもできず、服と床に吐瀉物が飛び散る。教師が小さく声をあげたのが微かに聞こえた。
    口から出たのは朝食に摂ったものだった。元は何らかの生き物であったもの。それらがすり潰されて混ざり合い、胃液の匂いと共に無惨に飛び散っている。
    「っ、う、うぅ……」
    想起したくはないのに、兄さあ、と一度心の中で呼んでしまえばもうそれは消す事ができなかった。
    優しい兄だった。色白で、清潔で、高潔な兄だった。
    兄もこうして死んだのか。体が形を留めないまでに潰れて、無惨に飛び散ったのか。
    音之進には目の前の残骸が兄に見えた。引火による誘爆で体を吹き飛ばされ、粉々になった兄の残骸が自分の口に、服に、こびりついている。
    辺りに響き渡るような悲鳴をあげて胸元を掻きむしり、破らんばかりの勢いで音之進は服を脱ぎ捨てた。錯乱する音之進を、それでも教師はいつもの潔癖症だと思ったのか、後で洗いなさい、と事もなげに言った。
    嘔吐も何らかの体調不良だと判断したようで、救護室で休むよう促されたが、音之進はどうしたらいいのかわからず、その場で蹲るしかなかった。記憶が曖昧だが、教師から言いつけられた同級生のうちの二人が音之進に付き添い、部屋まで運んで放り込んだのだろう。


    残骸で汚れた服を洗うことがどうしてもできなかった。兄の体を汚物と一緒に流してしまうような気がした。音之進はその服を河原へ持っていって燃やした。せめて火で弔いたかった。


    それからは音之進は船に乗る度にその甲板に汚れがあると、飛び散った兄の体がこびりついているかのように思うようになった。そしてあの日自分の口から吐き出した兄の体の残骸を思い出す。
    そのうちに音之進はひどく船に酔うようになった。
    あと一ヶ月もすれば十四歳になるという頃だった。
    どこにも行けない迷い道に迷い込んだかのようだった。




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