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    kyosato_23

    @kyosato_23

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    kyosato_23

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    特にカップリングを意識して書いてませんが、読み返したらほんのり月鯉っぽさがあります。
    互いに互いの過去の大事な人を重ねてる2人の話。

    過去と未来、全と半*



    何の話のはずみだったかは思い出せないが、鯉登が自分の兄について口にした事があった。
    「月島軍曹は私の兄と同じ歳なのだな」
    恐らくは失言、とまでいかずとも、口にするつもりはなかったのだろう。
    きりのいいところで一旦手を止めて甘味で休憩を取っていた時だった。甘味で何かが緩んだか。
    鯉登はその言葉の後少し考え込むような仕草をしてから、手元にあった団子を頬張った。育ちのいいこの新任少尉は物を咀嚼する間は無言になる。その品性を逆手にとって、言葉を濁したい場合や間を置きたい場合にはあえてそうして何かを口に含むのだと、月島は短い付き合いの中で悟っていた。
    「……」
    「……」
    追及どころか相槌も打たない月島を見て、鯉登は口の中の団子を飲み込む。
    「ああ、いや、兄は日清戦争の折に亡くなっていてな。もし生きていたならばの話だが」
    知っている。この青年の生い立ち、家族について、月島は知り尽くしている。だがそれを気取られないよう、月島はいつだって青年の話について素知らぬふりをして無知を演じる。
    「そうでしたか」
    「ああ、そうだ。面倒見がよく、私が何をしても根気強く付き合ってくれた優しい兄だった」
    懐かしむように心の中の思い出に触れたらしい鯉登は執務の最中にあるまじき少年の色を滲ませた表情でちらと月島を見た。言葉にはしないで踏みとどまったようだが、太陽の眩しい故郷で兄を追いかけて駆けるような、そんないじましさと眩しさがその視線にある。
    尊大な鯉登は軍に入ったばかりとは思えないほど毅然と下の立場の者へ上官としての態度で振る舞う。それが生意気だという声は少なくなかった。
    そんな中で彼が月島に対しては年よりも随分と幼く甘えているような顔を見せるのも気付いていた。兄の話をしたのも、月島からすれば随分な甘えぶりだ。この青年はもっと幼い時分から滅多な事では胸の内に深く秘めた兄への憧憬を曝け出したりしないと聞き及んでいる。

    (てっきり、鶴見中尉殿についてよく知っているからだと思っていたが……)

    月島のその想像も誤りではないのだろう。鯉登はいつだって自分が知らない鶴見の話を月島にねだった。月島が鶴見からの信頼が厚く、付き合いの長い部下だからと無条件で好意的に見ているのだとばかり思っていた。
    まさか兄のように思われていたとは。こそばゆいを通り越して荷が重い。
    そもそも月島と同年であり、日清戦争で戦死したというからにはその兄は享年二十歳そこそこだっただろうに。今の月島より鯉登本人の方がよほど近い年齢のはずだった。
    月島の中では別れた人間は記憶の片隅で歳を重ねる事を止めてしまう。だから月島の記憶の片隅で今も潮風に髪をなびかせるあの娘は二十歳そこそこの姿のままだ。月島の中の彼女はそこから決して歳を取る事はない。
    そう、二十歳そこそこだ。今目の前にいる青年将校と同じ歳の頃だ。
    決して口に出しはしないが、目の前の甘ったれた青年がかつて今生の別れになると露にも思わず戦争へと発った自分と、それを見送った彼女と同じ歳の頃だと思うと、苦しくなる。無性に手を伸ばしたくなって、すぐに諦めの気持ちが胸に巣食って、腕を下ろすのだ。
    自分ももういい歳だ。彼女も、もし、生きているのなら、自分と同じ、いい歳の女になっているはずだった。
    けれど鯉登のようにもし生きていればとは思えなかった。月島はずっと過去を見ている。


    「この団子、実に美味だな!」
    能天気な鯉登の舌鼓が月島を現在へ引き戻す。
    鯉登は薩摩出身で酒も嗜むが、甘い物も好きだった。
    「月島も食べてみろ!」
    無邪気な様相で団子の詰まった箱を傍の月島へ差し出す。鯉登はすぐそうして自分が美味いと感激した物を人に薦める癖があった。相手の味覚や腹具合などお構いなしだ。
    「いえ、結構です。そんなに美味なのでしたら、全部鯉登少尉殿に差し上げます」
    「む、」
    月島が臆さず辞退すると、鯉登は不満げに唇を引き結んだ。珍しい反応だった。いつもなら月島が多少不遜にはねつけたところで気にする男ではないのだが。
    もちろん月島も上官とはいえ若造の個人的なわがままによる不機嫌にいちいち慄くような性格ではないのだが、兄の話を聞いた後のせいか、心が妙にざわついていた。
    そういえば十かそこらの時、みかんを貰ったとあの娘が笑顔で駆けてきた日があった。酸味の強いみかんだったが、彼女は喜んで食べていた。
    その様があまりに美味そうだった為、月島は自分へと渡されたみかんを彼女へ差し出したのだ。そんなに美味いのなら自分よりも彼女に腹いっぱい食べてもらいたかった。
    けれど彼女はみるみるうちにしくしくと泣き出した。はじめちゃんの分まで私が食べたらはじめちゃんがお腹を空かせてしまう、と。その横で慌てて皮を剥いて半分ほどを口に放り込むと、それを見たあの子がきょとんとして、次にはじめちゃんの頬にみかんが詰まって膨らんでると笑った。
    思えばあの娘も食べ物をなんでも半分ずつ分け合おうとする気質だった。月島は何度も自分に分け与えるよりも全部彼女が食べてくれればいいのに、と思った。自分の腹が減る事などどちらでもよかった。それよりも彼女に美味しいと笑って欲しかった。


    追憶を終える。それでもまだ鯉登は何やら不機嫌な顔をしていた。
    仕方なくため息をついて団子をひとつ口に放り込む。美味いですね、と淡々と告げるとそれだけで鯉登はすぐに機嫌を直して顔を輝かせた。子供のようだと思う。
    無邪気で、小綺麗で、南生まれの褐色の肌はかつての彼女との夏の日を思わせる。
    目の前にいるそんな青年に過去を重ねている自分が愚かしい。
    自分よりもずっと年若い青年は兄の死に深い傷を負いながらも、それでも時が止まったままにはしていない。死んだ子の数を数えたところで詮ない事だが、それでも生きていれば今いくつだったかと言えるだけ、死者と共に時を重ねている。失った時のまま一歩も歩けていないよりは、きっと、ずっと現在を生き、未来を見ている。



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