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    kyosato_23

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    kyosato_23

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    父親を殺して服役してた月と、アパレルショップ店員で眼鏡着用の鯉の月鯉です。

    眼鏡してる鯉と、客をさま付けで呼ぶ鯉が書きたかった。
    続きはちまちま書いていきます。
    最終的にお互い好きになります。

    #月鯉
    Tsukishima/Koito

    ガラス越しのかくれんぼ*



    覚悟を決めて、月島はその場所から一歩を踏み出した。
    実に十年ぶりの出所だった。
    月島が父親を殴り殺したあの日から十年、裁判の期間を含めれば十一年近くが経過している。
    二十代の大半を刑務所の中で過ごした。体が重く感じるのは歳をとったせいだけではないだろう。前科持ちとなった月島には外の空気は眩しすぎた。
    晴れて自由の身、と言いたいところだが、月島にはもう次の拘束場所、もとい就職先が決まっている。
    本来はありがたいことなのだろう。怒りに身をまかせて人を殺したような男が、出所してすぐに上等な仕事にありつけるなど。
    重い体を引きずって、先日受け取った手紙に書いてあったとおりの待ち合わせ場所へと向かう。たいした荷物も入っていないスカスカの鞄すら鉛のように重く感じる。

    「月島、こっちだ」
    出口から少し歩いたところで、約束通り白い車が止まっていた。エンジンをかけっぱなしで停車しているその車の横で壮年にさしかかった美丈夫が手をあげる。
    「鶴見さん、」
    鶴見と呼んだ美丈夫相手に昔の名残りで深々と頭を下げた。
    「そうかしこまるな。立ち話もなんだから、まずは移動しよう。飛行機の時間もあるからな」
    手首の時計を見る仕草が男でも見惚れそうなほど様になる。もう不惑を過ぎたと聞いたが、まったく衰えを見せない男ぶりだ。
    鶴見に促されて助手席に座る。鶴見も運転席に乗り込み、すぐに車は走り出した。
    十分ばかり下道を走り、高速道路に乗ったかと思うと数分もしないうちに空港のそばのICで降りた。
    レンタカーだったらしく、空港に入る前に給油し、駐車場に止めてから鶴見は手早く返却の手続きを終わらせて戻ってきた。相変わらずそつのない仕事ぶりだ。ガソリンスタンドに立つ姿すら絵になる。
    飛行機の出発までに余裕をもって返却する決まりらしく、それさえ終わらせてしまえば出発まではまだ一時間以上あるそうだ。
    「なあ月島、喉が渇かないか。コーヒーでも飲みたいな」
    そう言ってさっさとラウンジに入っていく鶴見を内心ため息をつきながら追いかける。月島に選択権はない。どうせここもおごりだろう。また鶴見に借りを作ることになる。
    菓子をすすめられたが、とても喉を通る気分ではない。丁重に断ってコーヒーだけを流しこむ。ひどく苦く感じた。

    鶴見の近況や雑談も交えて話しながら、書類を色々と手渡される。
    正式なものではないようだが、これから月島が就職する会社の就業条件や規則がざっと並べ立てられていた。
    他には月島が新居が決まるまでの間しばらく滞在する予定のホテルの予約内容。新居候補の賃貸住宅の間取りや資料。
    その近隣の商業施設のパンフレットまであった。

    これだけでどれだけの金がかかるのだろう。見当もつかない。全て鶴見の支払いだ。
    今から乗る飛行機のチケット代だってそうだ。
    いや、そもそも裁判で月島についてくれた弁護士だって鶴見の紹介で、その手付金から報酬金から全て鶴見が払ったのだ。
    その当時の月島の微々たる蓄えではとうてい雇えないような優秀な弁護士だった。相手が殺されて当然の外道だった父親であり、すぐに自首したとはいえ、明確な殺意があったことをその時点で認めていた月島が十年の刑期ですんだのはその弁護士のおかげだろう。前山と名乗ったその弁護士は十年未満の懲役にできなかったことを何度も謝っていた。
    「殺したのがあと六年早かったらなぁ」
    十八歳未満であれば違ったのになぁ、などと冗談なのか本気なのかわからないことを言う弁護士ではあったが。虐待されても親の庇護下から逃げられない少年でなく、既に就職している二十三歳の社会人であったのが惜しかったのだそうだ。
    その反面で高卒で就職してからの五年間、真面目な働きぶりが高評価であったのは印象がよかった、という褒め言葉も頂いた。

    ……何もかも、月島にはどうでもよかった。
    出所して、さっさと死にたかった。本当はそうするつもりだったのだ。
    働いていた頃の貯金と刑務所の中でいくらか稼いだ金をあわせても鶴見に世話になった額にはほど遠いが、せめてそれだけでも鶴見に返済して死のうと思っていた。
    手のつけられない悪童だった頃に刑事として散々迷惑をかけられ、面倒を見ていただけの間柄の相手にそれだけ手を尽くしてくれた鶴見への恩だけがわずかな未練だったが、生きていたところで恩返しどころか余計に鶴見に迷惑をかける存在でしかないのも理解していた。
    この虚無は、父親を殺した罪悪感などではない。むしろ殺せて満足したくらいだ。
    父親を殺すきっかけになったその頃の恋人。彼女にはもう二度と会えない。彼女だけが月島の生きる希望だった。

    「ああ、しまった。住民票がいるんだったな。役所に寄ればよかったか。……まあ郵送で請求すればいいか」
    数十万、あるいはもっと桁の多い額をぽんと払ってしまうような男とは思えないほど暢気な声で鶴見がコーヒーをすする。

    「そう、それとこれだ」
    輝くような笑顔で鶴見が本屋のロゴの入った袋を取り出した。
    初めてのロシア語。ロシア語入門。ロシア語文法。聞いて覚えるロシア語。
    全てが一つの言語に関するテキストだった。
    「死ぬ気で勉強するんだぞ月島ァ!」

    月島の再就職先は、ロシア語に堪能な知人がいると鶴見が嘘八百で売りこんだ、海外の食品や雑貨の輸入卸売を扱っている会社だった。
    何を言おうが鶴見は笑顔で押しきってくるだけなのは目に見えている。
    何よりこれは鶴見からの温情だ。
    親からもろくに人間として扱われてこなかった月島をこれだけ気にかけてくれる人間がこの地球上に鶴見の他にいるだろうか。
    ここまでされて全てを振りきって死ねるほどには、まだ月島の人間性は死んでいなかったらしい。
    実際に就職するまでの猶予はあと二ヶ月と半。死ぬ気でやる他なかった。





    現在の鶴見の勤務地、および月島の再就職先は北海道である。
    飛行機で北海道に降り立った時にはもう昼をとうに過ぎていた。
    鶴見が腹が減ったというので空港で腹ごしらえをして、腹が満たされたかと思うと次はさっさとタクシーの手配をする。鶴見は泳ぎを止めない回遊魚のように行動的だ。
    北海道になんら馴染みのない月島は言われるがままについていく他ない。その合間にロシア語のテキストをパラパラとめくってみたが、目眩がしたのでとにかく一人になって落ち着くまではやめておこうと袋にしまった。
    てっきりホテルに向かうのかと思っていたタクシーが乗り入れたのはなんと百貨店の駐車場だった。当初は鶴見がなにか買い物でもするのかと他人事で窓の外を眺めていたが、お前の買い物だと言われてさすがの月島も驚きの声をあげた。

    「就職するのにそれなりのスーツのひとつは必要だろう?」
    「いや、ちょっと待ってください。俺こんな格好なんですよ。場違いにも程があります」
    あまり縁のない場所だが、高級で、きらきらとしている場所であることだけは知っている。こんなくたびれた顔と服装の男が入るのは間違いなく浮く。スーツを買うというのなら街中にある量販店で十分だろうに。
    「そうか、ならついでにスーツを買いに行くための私服も買おう。豊かな休日を過ごすためにカジュアルな服も必要だな。さすがだぞぉ月島ぁ!」
    わかっていて褒め殺している。間違いなく情も頼りがいもある男なのに、こういうところが読めなくて月島は迷惑をかけると同時に振り回されもしている。



    そうしていくつかの紳士服店をまわった後。ようやく本命であるらしいその店に辿り着いた時には月島は疲労困憊でげっそりしていた。手にはすでにいくつもの紙袋がぶら下がっている。こんな歳のいかつい男が着せ替え人形になるなど想像もしていなかった。
    「ここは私のお気に入りの店員がいるんだ」
    上機嫌でスーツの襟を正し、鶴見は店舗内を見回した。
    鶴見のお気に入りの店員とは。月島もそれに倣って店の中を見回す。
    これまでの店もそうだったが、男も女もみんな小綺麗だ。服を着るのを楽しんでいる人種だった。
    その店はこれまでの比較的気楽な雰囲気の店–––もっとも値段は気楽ではなかったが…… –––とは違い、やや高級感があった。並んでいる服の素材が月島の目から見ても明らかに質がいい。
    鶴見はこういう店でスーツを買っているのか。鶴見であれば並んでいる服装も、小綺麗な店員にもなんら見劣りせず、自然ととけこむのだろう。急拵えで高い服を買って着せられている月島とは目に見えない線が引かれているように思えた。

    「ああ、いたいた。鯉登くん、」
    鶴見が表情を引き締め、少し低めの声でお気に入りらしい店員を呼ぶ。よそ行きの声だな、と月島はじっとりとした目でそれを見つめた。
    鶴見の声に振り返ったのは鶴見のものよりもやや薄いグレーのスーツに淡い紫のシャツを着た、姿勢のいいすらりとした青年だった。
    月島はこんなに整然とした人間がいるのか、と心の底から驚く。
    どの店員も見映えがいいが、鯉登というその青年はその中でもいっとう美形だった。
    振り返ったその顔にはやや太めの黒縁の眼鏡をかけていて、よく日に焼けた肌色をしていた。眼鏡の向こう側には凛々しい眉と大きな目が綺麗に配置されている。服と体の特徴、ひとつひとつが強い印象を残すそれらの要素がすべてうまく調和していて、似合う服をセンスよく着こなすというのはこういうことなのだ、と体言していた。
    「鶴見さま! お久しぶりです!」
    そのセンスのいい美形が鶴見相手に頰を染めんばかりの勢いで目を輝かせている。鶴見もずいぶんとダンディないい顔でそれに挨拶をしている。月島の買い物だったんじゃないのかと言いたくなる。
    一言二言、店員と客としてのお決まりの言葉をかわしてから、鶴見が月島に目線をよこす。
    「今日は私ではなくてね。知人なんだが、再就職が決まったからスーツを新調しようかと言うのでこの店を紹介したんだ」
    初めて見るような美形が、いや鶴見も鯉登に劣らぬ美形なので、正確には初めて見るような自分よりも年下の美形が微笑みをたたえたまま、鶴見から月島へと目線を移す。
    鶴見の顔をつぶすわけにもいかないので、月島は今ばかりは面倒さを押し殺してなんとか表情を整えた。この十年でほぼ死滅しかかっていた表情筋を総動員して愛想笑いをする。
    相手はどう受け取ったかわからないが、ひとまず及第点だったのか、あるいはどんな凶悪な顔の客であろうが丁寧に接客するよう教育が行き届いているのか、鯉登は恭しく小さな会釈をした。会釈すら美しい。
    「ありがとうございます。鯉登と申します」
    落ち着いて話す声は少し低くて、涼やかだった。
    月島を見る眼鏡越しの目には鶴見を見る時の熱はなく、それでも礼節と品性がある。
    「名前は月島だ。鯉登くんの見立てで選んでやってくれないか」
    自分の名前が鯉登の耳に吸い込まれていったのに、内心ドキリとした。こういった店では名前を名乗るものなのだろうか。わからない。
    「月島さまですね。どうぞ、こちらへ」







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