またやってしまった。
頭痛に耐えながら、エリジウムは思う。
仮想の鳥の鳴き声で目を覚まし、ある種の、危険なほどの爽快感と共に、腕の痺れを感じた。後者は分かる。誰かを抱きかかえていたからだ。片方の腕は相手の首に、もう片方の腕は腰にまとわりついていた。やや低めの体温と馴染みのある匂いのおかげで、下を向かなくてもブラザーを認識することができた。
恐らく1時間や2時間だけでは済まない、おおよそ兄弟とはしないこの体勢を維持していたことも。
半分は血行不良、もう半分は相手がどうやらズボンを履いていなかったことに、体が固まる。
「目覚めたか」
死んだふりをしても全く効かず、ソーンズは「離せ、そろそろシャワーを浴びたい」と続けた。
とっくに目が覚めたと思われるその声は、いつものように起伏が少なく、少しハスキーな声色だったが、気まずさや辿々しさは全く感じられず、恥じる必要がないと言わんばかりだった。
「おはよ……」
エリジウムの腕から解放されたソーンズがゆっくりと立ち上がるのを、妙な喪失感を持ってただ見つめるしかできなかった。
換気不足の部屋の独特の匂い。床に溢れていた瓶と空き缶。シートについた白い跡。
あくびをしているエーギルの緩みすぎた首元から覗く、治りかけの噛み跡。
エリジウムはゆっくり、慎重に口を開いた。
「えーっと、もしかして、昨日の夜……僕達……また……その……」
ズボンを拾うかどうか考えているソーンズは、一拍を置いてエリジウムの方に向き直った。
質問すれば彼はいつだって答えてくれる。
「ん」
その答えは往々にして雑だけれども。
エリジウムは大きく息を吸ってみた。
本当はわざわざ聞くほどでもない。そもそも昨夜は意識を失い、記憶が飛ぶほど酔っていたいたわけではない。もし意識を失っていたら、ここまでの事態にはならなかっただろう。 現実には、「また友人と寝てしまった」という結論が残酷にも待ち受けていた。
「...... いい加減、数え切れなくなってきたよ……」
「十七だ」
ソーンは、結局、体をかがめることをあきらめて、着の身着のままシャワーに入った。
何という答えなのだろう。
一回だけなら、まあ、色々と説明もできただろう。若さがもたらす熱病、アルコールで増幅された好奇心、相次ぐ外勤で溜まった欲求。いくらでも言い訳ができた。
しかし、17回目ともなると、さすがのエリジウムも尤もらしい言い訳を考えるのをやめてしまう。 ソーンズと寝たのは、ソーンズと寝たいと思ったからだ。酔いが醒めると全くそれを実行してしまう自分の神経が理解できないとしても。
正直なところソーンズはいいセフレだと思う。少女のような温かさや柔らかさは当然持たないが、器用で好奇心強く、快楽に積極的なエーギルにそれを補って余りあるものがあった。有り体で言えば体の相性が抜群だ。顔も好みど真ん中だ。
しかしソーンズと健全な友人ではないなにかになりたいかと聞かれれば、答えは否だ。
酩酊の夜の快楽なんて、昼間のくだらない日常より貴重なはずがない。エリジウムは、はかなくてすぐに終わってしまうロマンスよりも、エーギルとの友情が一等大事だ。
なら親友と寝るな。
頭の冷静な部分が自分にツッコミを入れた。
ごもっとも。
「エリジウム、湯が出なかった」
ソーンはバスルームから頭を出し、タオルを引っ張って雑に頭を拭き、首に掛けてそのまま出てきた。勿論全裸だ。
エリジウムは飛び起きてタオルを掴み、丁寧に拭き直し、床に散らばった服を拾って手に詰めるのを手伝った。
「出なかった、じゃなくて、出ない、の時点で言ってくれるかな?風邪を引いたらどうするの?」
「風邪を引いたことがない」
自信満々である。
「この健康優良エーギル!」
エリジウムは手を伸ばして相手の顔をつねり、十分に楽しんでから手を離した。
「え……なに……君の種族、朝になっても無精ひげが生えないわけ.....?ずるくない ......?」
「気にしたことがない」
ソーンズは観察するように目を細め、手を伸ばしてエリジウムの顎を撫で、じょりじょりした感触に興味を示した。
「そういえばお前、男だったな」
「…… 待って、それ今気がついたの?」
昨日の夜は僕を何だと思っていたの。というかシャワーで何を出したつもりなの。ミルクセーキ?
そう言おうとして口を開きかけたが、かろうじて言葉が唇を出る前に、それを飲み込むことができた。昨晩の出来事をソーンと話したいとは思わない。地雷原にもほどがある。
アルコールはリーベリの脳から貴重なネジを何本も奪い去っていったくせに、残酷にも全ての記憶を残していきやがった。薄い汗と普段よりやや温かい肌。ほんの少しくらい潤んだ金色。シーツを握りしめた指。などなど。
思い出せば思い出すほど、健全な友情を保てる自信が減っていく。
ソーンは考えるように瞬いた。
「サブリミナルだな」
「えっ」
「俺と会話する際に、70%の場合、ドクターはお前のことを『美少女概念』と呼ぶ」
「戦友!?」
「それで思い出したが、JKとはなにか分かるか?お前とアンジェリーナの共通点らしいんだが」
「知らないよ……」
そして、おそらく知りたくもないだろう。 エリジウムは頭を抱えた。戦術指揮官は頭の中で謝罪のジェスチャーをした。めんごめんご。誠意のかけらもない。
アーツの種類ではないと思うな……、と、ソーンズはまだ考えているようだが、絶対どうでもいいことだとエリジウムは密やかに思った。
ドクターを盲信している節のあるこいつに言わないけれども。
どうもこのウニ頭は、エリジウムと恋人になる気がないようだった。というよりも、友人とたまにセックスするのは、ソーンズにとっては大したことではないようだった。
それが良いことなのか、悪いことなのか。
痴情の縺れになられても困るが、何も意識されなかったらなかったってつらいものがある。うだうだと悩んでいるのはエリジウムだけだろうか。
幸いなことに、よく観察してみると、外勤以外のソーンの生活は、水管を爆破したり船板を破壊したりする悪行を除けば、基本的にただただ研究室と自室の行き来を繰り返しているだけだった。一人で街に出かけたらドクターに驚かれるくらい、代わり映えしないルーチン。
そして唯一その軌道から外れるのは、エリジウムの部屋だった。
少なくとも、友人の下半身の慎ましさを心配する必要はないようだ。
つまり問題なし。
うん、そういうことにしておこう。
第十七回も、エリジウムは現実から目を逸らすことにした。
-
正直に言うと最初はソーンズのことが苦手だった。
最も、寡黙な剣士と彼の鍛え抜かれた刃や容赦のない作戦スタイルをすぐに受け入れたオペーレーターのほうが少なかった。しかしそれだけなら苦手意識なんて覚えていなかっただろう。何しろエリジウムは、同期であるサンクタ公務員とサルカズ刀術師の間での、驚天動地であり死ぬほどくだらない対立さえも仲裁してきたのだ。
しかし、ソーンズの状況は少し違っていた。
入職の日に、ソーンズはおそらくなんらかのトラブルに巻き込まれていた。
本人が語らない以上正確な経緯は誰も知らないが、約束の時間がすぎても現れない新しいオペレーターを迎えるために派遣されたエリジウムの前にあったのは、随分カオスな状況だった。何人かのレユニオン隊員が地面に横たわている逆側に、ウルサスやフェリーンの子供たちが瓦礫の隅にうずくまっていた。彼らは皆ボロ布のような服を着て、その隙間から黒い跡を覗かせていた。
そしてエリジウムが探していた新人は剣を手に握り、無傷のまま両方の真ん中に立ち、一言もしゃべらず、全くの無表情だった。誰が善人で誰が悪人かも判断しづらい空気にエリジウムは一瞬言葉を失った。それ以前に、反応しない通信機の位置情報を追ってみたはいいが……
誰が!通勤途中で!チェルノボーグを経由するんだよ!
リーベリは、目の前の不思議な状況に心の中で思いを馳せながらも、なんとか人懐っこい笑顔を浮かべてみせた。
「やぁ、君はソーンズ…でいいかな?僕はロドスの先鋒通信員エリジウム。何度か通信をリクエストをしたはずだけど、機材に何か問題があったかい?」
剣士は、剣を手に握り体重の位置を変えずに元の姿勢を保ったまま、しばらくエリジウムを見たあとに、空いている方の手でバッグから通信機を取り出した。
「届いていない」
見慣れた機械にエリジウムは小さく安堵の息を吐いた。それでやっと相手が整った顔をしていることに気づいた。
隠されている様子はないが、種族特徴が見当たらない。それが逆にヒントとも言える。
「あー、もしかして、説明書を読まないタイプ?この子はね、ちょっと面倒くさいんだ。この状態では起動していないのに動いているように見えるけど、初期化はマルチファンクションボタンと背面のボリュームボタンを同時に3秒押さないといけないんだ。ユーザー体験がいまいちというか、エンジニアリング部の初見殺しアイテムTOP3毎回選べれるだけあって——」
「お前、イベリア出身か」
青年の淡々とした語尾は質問に聞こえなかった。
エリジウムは言葉を失った。それほど訛っていると思わない。そういうふうに聞こえたということは、相手がイベリアについてよく知っているということだ。扉を閉ざして久しい故郷に詳しい理由なんてそう何個もない。もしエリジウムの考えが当たっているなら、 独特の形をした巨大な剣に、何とも言えない親しみを覚えたのも納得できる。
なにか言わなければ、と焦っても喉は詰まっていて何も出てこなかった。
イベリア出身のエーギル。彼に剣を納めない理由はいくらでもあるのだろう。そしてエリジウムに説得するための言葉を一つも持ち合わせていなかった。
しかしエーギルはそれ以上何も言わなかった。 通信機を起動すると、カシャカシャという音がして、ライトアップされた画面にはエリジウムからであろう着信アラートがずらりと並んでいた。剣士は通信機をバッグにしまい込み、エリジウムの剣に視線をやった後、感情の読めない金色の目は廃墟の隅に向いた。
「手当と、おそらくメディカルチェックも必要だ」
「ということは、あの子達はやはり……」
「ああ」
「……医療オペレーターに来てもらうように連絡をいれるね」
ソーンズは短く頷いた。
それでも本艦に戻るまで、彼はずっと剣を握ったままだった。
ロドスに入ったばかりのソーンズは、控えめにいっても取り扱いの難しいオペレーターだった。有り体にいえば態度がでかい。
人事部から手渡された、上級認定を示す6つ星のバッジなんて、見向きもせずにバッグに詰め込まれていたし、あの異次元につながっていそう空間から出て二度と日の目を見ることがかなわなかった。
追手から逃れるためにロドスに入ったという噂をされたと思えば、黄金の国の秘密を握っているからケルシーにスカウトされた説もでてきて、挙げ句ある災厄に関係していると言い出すやつさえいた。つまるところ、根も葉もないものばかりだった。ソーンズ自身は、これらの噂に何の反応も示さなかった。
彼が来るまで、ロドスにイベリアからきたエーギルはウィーディだけだった。
詳しく聞いたことがないが、彼女が住んでいた街はどうやら平和で、比較的豊かなようだった。古株のエンジニア自身の体質もよく話に聞くエーギルの特徴とはあまり重ならず、ほんの少し行き過ぎた清潔好きなところさえ気をつければ、付き合いやすい人だった。
一方で、一匹狼のような剣士は、祖国の灰白の狂気を批判することを一切ためらわなかった。会うたびに、隠しもせずにエリジウムの耳羽を睨んでいた。
ソーンズさんは、我々をあまり信用していないかもしれません。先週の任務でも3回ほどチームを抜け出していました。人事部の担当者は渋そうな顔でそう言った。
ロドスは軍隊ではない。少数精鋭で、規律よりも個人能力を重視する。それでも、戦闘にはチームワークが基本であり、信頼は不可欠だ。だからチームが機能できように新人のサポートするのはエリジウムにとってよくある業務で、今回もそのために人事部に呼ばれた。
しかし今回ばかりはそれが通用しないかもしれない。ソーンズからの信頼度でロドスの全員をリストに並べてみると、エリジウムの名前はきっと下から数えたほうが早いだろう。
かといって、ソーンズが同郷のリーベリに強い嫌悪感を抱いている可能性が高いと直接に説明することもできず、曖昧に相槌を打っていたら次の戦いでソーンズと同じチームに押し込まれた。それも隊長として。
もう勘弁してくれ。心からそう思っても、やることはやらなければいけないと、作戦開始前にエリジウムは行動変更について連絡するようにと釘を刺した。
「戦場では状況すぐ変化するし、上級認定も受けている以上、自分の判断で行動こと自体を咎めるつもりはない。何でもかんでも計画通りにやれとは言わないよ。でも情報の格差は君の仲間を不安にしてしまうし、大抵の人間を不安を抱えたまま効率的に動けない。事後報告でもいいから連絡を忘れないでね。あ、そうだ、君の通信機にはショートカットを設定しておいたから、ヘッドセットのここを使えば僕に直接に繋がるようになっていて──ソーンズ?」
呼ばれる方はヘッドセットの位置を少し見つめたあとに、頷くでもなく、首を振るでもなく、もう話が終わったと判断したのか、沈黙の後に自分の位置に向かった。
聞いちゃいない……エリジウムの胃が一気に痛くなった。
そして不幸なことに、すぐにソーンズの単独行動を心配する余裕はなくなった。敵は予想以上に強く、数も多く、救援を求める声が飛び合う中戦線が点々と後ろへずれていく。
エリジウムは旗を握り、横にいるオペレーターを抱え転がれば、次の瞬間に槍の先端が、先ほどまで二人が立っていた場所を貫いた。
「もう、こんなのがいるなんて聞いてないけど」
顔がマスクに覆われて見えないのに、槍を構えた戦士の冷たい視線が肌に突き刺さった。再びの一撃をギリギリかわし、エリジウムは剣を抜いて敵と相対する。
控えめに言ってまずい。攻撃が重く防御も硬い上、機動力まである。隙がない。
「ちょっとずるくないかな……」
「エリジウムさん!」
「大丈夫。撤退してみんなと合流してもらえる?座標の更新も忘れずにね」
素早い一撃を辛うじて剣身で受け流し、エリジウムは隊員に逃走を促す。年の若いオペレーターは一瞬迷った後に、また戻ってきます、と言ってから林の方へ駆けた。
その背中を追う矢の音が風きるが、それらを弾いてエリジウムは旗を地面に突き刺した。ここを通すつもりはない。
「といっても、見ての通り戦闘専門じゃないけどね。いくらなんでも通信兵一人に対して大げさすぎると思わない?」
「……」
「ああ、もしかして無駄口を叩かないタイプ?戦場には多いよね、そういう人。人生がこんなにも短いのに、言いたいことがあればタイムアップまでちゃんと口に出したほうがいいと思うけどね。考えることや表現することを放棄してしまうと、人間なんて葦と同じでしょ?」
威圧感とともに風を貫く槍をなんとか避けるも、反撃に出る前に矢が獲物を逃さんと食らいついてくる。
当たったら痛いだけでは済まないだろうね。エリジウムは心の中で嘆いた。 一時的に窮地を回避するためにアーツを使うという選択肢もあるが、先程槍の一撃を半端に受け流したせいでまだ少し麻痺している左手だけでは、この局面をどうにかすることのは難しい。
『エリジウム』
優先チャネルから、あまり聞き慣れない声が名前を呼んだ。
「ソーンズ?そちらの状況はどうなっている?怪我はない?声を聞いた感じだと大丈夫そうだけど、余裕があるなら本隊の支援に入ってもらえると助かるよ」
『振り向くな。アーツを使うなら、5時方向のスナイパーに向けてやれ』
エリジウムは声を潜めた。
「……どこにいるの」
『今の計算上一番効率的にまとめて片付けられる位置だ』
「あははっ、なんだそれ。というか、そんなことをしたら、アーツの効果が終わった瞬間に蜂の巣にならない?いや、弓矢はまだいい方か、槍なんて食らったらひとたまりもない」
ソーンズはただ沈黙した。
必死に攻撃を躱していなければ、ため息でも出ていただろう。分かって言っているのか、と聞きたくなる。ソーンズのテスト結果は目を通している。上級認定も決して嘘ではない。しかし、初めて一緒に戦場に出る、協調性のかけらもない、何よりこちらを全く信用していなさそうだったエーギルから、囮になって俺に賭けろと言われているエリジウムの気持ちを考えてほしい。
悪い冗談にしか聞こえない。
「…………はぁ」
ザッっと、小さくノイズが走る。
「タイミングは僕の指示でいいかな」
アーツの継続時間が終わるよりも前に、増援の知らせが届くのと同時に、ソーンズは約束通りに全員を倒した。
崩れ落ちる槍兵の巨体の後ろから現れたエーギルはやはり表情の薄い顔をしていたが、いつものようにエリジウムをじっと見つめてきた。
舞い上がる砂塵と返り血で汚れた顔から、初めて戸惑いのようなものを読み取った。なんだかちょっと面白くなってきた。
エリジウムはマイクをオフにして、ソーンズのほうに向いた。
「どうしたの、君の予定通りじゃなかった?」
「……」
ソーンズは一度、二度瞬いて、ゆっくりと口を開いた。
「協力してくれるとは思わなかった」
「僕が相手の注意を引きつけてる間に奇襲をかける計画を組んだのに?」
エーギルは口を開いて、閉じて、頭をさげて剣柄に繋がるパイプの接続部分を確認するふりをした。
「……予想がつくのか」
「動き方のこと?まあ、なんとなくだけど。……知らない剣術じゃないからね」
結局少し遠回りした言い方になってしまったが、エリジウムからタブーのようなそれに触れた。乾いた風の音ばかりする戦場で、初めて、見えない境界線の上に立ってみた。
ソーンズは少しだけ目を丸くして、それからエリジウムの目を見据えた。
「奇襲が成功するならそれでいい。協力してもらえなかったとしても、お前がアーツを使えば計算上なんとかなる。俺の動きについて知る必要性はない」
「つまり?」
「……試すような真似して悪かった」
今度こそエリジウムは吹き出した。
ソーンズは黙ってまたじっとエリジウムを見つめた。数時間前ならその刃物のような鋭い視線から目を逸らしていただろう。不信感と敵意の色を読み取って、後ろめたさで俯くかもしれない。
しかし今はそうしようとは思わなかった。
エーギルの眉間の皺は、どちらかというと、言葉に困っているように見えた。人と会話しようとするのも久々だ、というように、やや不慣れな空気だった。
あぁ、そういえば、この顔はチェルノボーグでも見た。戦場での役割は前衛だが、人事から預かったプロファイルによればソーンズの専門は確か薬学だった。そしてロドスに入職している以上、鉱石病について知見がある可能性が高い。
となると、なんとも奇妙だった状況も意外と単純な話だったかもしれない。
リユニオンがどう関わってくるかまでは知らないが、ソーンズは単純に子供たちを助けたかっただろう。しかし彼らが明らかに怯えている以上、無闇に近付けられなかった。だから今の同じように眉間に皺を寄せて困っていた。推測にすぎないが当たらずとも遠からずだろう。
どうしよう。面白すぎる。
「なんだ」
「ああ、ごめん、馬鹿にしているわけじゃない」
「お前に謝られる筋合いはない」
棘のあるような口調だけれど、おそらくそのままの意味で裏がない。
損する性格だな、と思いながら、エリジウムは前から気になっていることを口にした。
「一つだけ聞きたいけど……いつも僕の耳を見てるの、何が気になることでもあるから?」
ソーンズはほんの少し首をかしげた。
心当たりがないと。
「嘘でしょ?まさかの無自覚?いやそりゃイケメンだから見られるのにそこそこなれているつもりだけど、そこまで睨まれると流石にびっくりするよ。ストレスで羽が抜け落ちて円形脱毛症になるかと思ったよ」
「睨んでいない、元からこういう顔だ」
「だろうね……」
「羽用の育毛剤なら作れるが」
「いやそういう相談じゃないから」
若干欲しい気もするけれども。念のため。
ソーンズは少し考える素振りを見せた後に、ふと懐かしげに目を細めた。
「言われてみれば、お前の羽は昔の知人に似ているかもしれない。見ていた理由は……不思議だったからだろう」
「不思議?」
「俺の知人はこんな風に笑わない」
エリジウムは返事に困った。戦場の乾いた風の向こうに、一瞬だけ陰鬱で退屈な、灰白の町が浮かび上がった。
「お前ほどうるさくもない」
「ちょっと!」
ソーンズは、今度こそ口角をあげて明確に笑みの形を作った。
「冗談だ、隊長」
こいつ、とエリジウムも笑って、腕を持ち上げて軽く彼の肩を叩いた。
ソーンズは避けなかった。
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