まだ名はない「そら」
無造作にずい、と差し出された手の中には、小ぶりな果実がひとつばかり鎮座している。
「……」
こころとからだ、咄嗟の反応が相反し、持ち上げかけた手は半端な位置で静止した。持て余した勢いを掌中で宥めながら、ビーマは努めて静かな声を出す。昼日中、ひと目もある往来でこちらから騒ぎを起こす事態は避けたい。
「なんだよ、これは」
「なに、ささやかだが報酬と言ったところか。護衛の任の足労と高貴なこの身を案じる殊勝な心映えは、わし様自ら労うに値するものだからして」
「……ふざけろ。誰が護衛だ」
ビーマともそう変わらない筋力A+190cm90kgの謀略系ヴィランに必要なのは目付、監視の意味での守り役である。当然ながらそのつもりで同道してきたビーマは、レイシフト先のややうらぶれた街中を孔雀のごとく闊歩する男を横目で睨め付けるが、当の本人はどこ吹く風という顔で長い髪と耳に提げた房飾りを肩口に遊ばせている。
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