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    bintatyan

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    前半モブ視点の滝安
    若干、過去作の「連れて逃げてね」(R18)とリンクしてる部分があります。

    #滝安

    その信号は青「あ、……これ、お酒だ」
    よほど喉が渇いていたのか、勢いよくグラスの中身を飲んだ安原は、困った顔をしてグラスを置いた。
    大学でできたこの良き友人は、成績優秀かつ明るく優しく誰にでも親切で、物怖じせず広い視野を持つという到底同年代とは思えないよくできた好人物だった。その上遊び心もあって冗談もよく言う。安原がいると何をしていても心強く、楽しかった。そんな安原は、どうやらかなりアルコール耐性が低いらしい。飲み会でも薄い酒を時間をかけてようやく一杯、その間にもソフトドリンクやら水やらを酒と同量以上摂取することでどうにかこうにかという塩梅だった。それでも飲み会の雰囲気が好きらしく、酒の席を避けずによく顔を出す。今日も同じだ。
    しかし、今なんと言ったか。
    「酒?」
    「たぶん、ウーロンハイ……」
    「誰も頼んでないよな?店員のミスかな」
    「安原、水飲め水」
    「ありがとう」
    じわじわと顔が赤く染まっていく。何度か酒の席にいるのを見たことはあるが、これほど顕著に変化が出るところは見たことがなかった。
    どうにか水をあおるが、こぼしたり咳き込んだりとなかなか進まない。
    テーブルを囲む安原以外の五人でグラス一杯の水を飲み干すのを見届ける。一人が店員に烏龍茶とウーロンハイのミスを伝えると、慌てて謝罪が飛び出した。とはいえ、被害を被った張本人は水をちびちびと飲みながらぼんやり頷いているだけだ。謝罪されたところで時間が巻き戻るわけでもなし、それ以上は特に安原の様子が急変するわけでもなさそうなのを見て、やがてみんな、おずおずと自分たちの飲食に戻った。座敷なので、椅子から転げ落ちる心配がないのはよかった。
    「……うん、ウーロンハイだわ。濃いめな気がするけど、あれかな、新人が厨房でテンパりながら作ったんかな」
    1人が、先ほど安原が烏龍茶と思って飲んだグラスから一口飲んで言う。
    「間接キスじゃん」
    「別にいいだろ男なんだから」
    「だって安原、彼氏いんじゃん。男もダメかもよ」
    あ、確かに、と全員が顔を見合わせる。安原は聞いているのかいないのかよく分からない様子でテーブルに凭れてぼんやりしている。
    「……これ、彼氏怒るかな?」
    「年上なんだっけ?別に小中学生じゃあるまいし間接キスくらい気にしないだろ」
    「じゃなくて、酒。俺だったら、下戸の彼女が間違えて酒飲んじゃってぐでんぐでんになってるところをよその男に囲まれてたらかなり嫉妬する」
    「彼女いないじゃん」
    「いないけど!想像したの!!」
    「まあ、確かに心配にはなるよな」
    その通りだ。自分にも恋人はいない、というか今日のメンバーの誰にも彼女はいない。安原に彼氏がいるだけだ。けれど、もしも彼女がいて今の安原のような状況になったらと思うとやはりそわついてしまう。
    「でもわざとじゃなくて事故なんだし」
    「あ、じゃあ彼氏に迎えに来てもらえないかな。酔いが覚めたらどうだかわかんないけど、今のこの調子じゃ一人で帰すの無理があるだろ」
    「安原ぁ、大丈夫か?彼氏に連絡できねえ?来てもらったほうが良いよ」
    肩を叩くと、うとうとと閉じかけていた瞼が薄く開く。一口か二口飲んだだけでこれほどになってしまうとは。顔どころか耳や首まで赤くなって、目も潤んでいる。これが女の子だったらかなりグラッとくる風情なのだが。
    「スマホ……」
    安原は、ゆったりのんびりした動作でかばんを引き寄せ、探る。目的のものを取り出して、ロックを解除する。
    ライン画面から選んだのは、『タキガワノリオ』だ。
    通話の発信画面を、なんとなくみんなで見守る。しかしーー出ない。
    「うーん……仕事中、かも」
    「気付いてないだけかもしれないし、メッセージも送っといたら」
    「んー」
    すい、すい、と指先の動きは一見危なげないが、打たれた文面は『酔っぱあってゃいたしあ』である。どう考えてもダメだ。
    「あの、安原、俺が代わりに文面作っ……あ、送信してる」
    とりあえず、まだ既読はつかない。
    「仕事なら……、もしかしたら、スマホ見れるの朝、かも」
    「彼氏、夜勤かなんか?」
    問いかけても、安原はもごもごとなにか口の中で言うものの明瞭な返事はない。半分寝落ちしかかっているようだ。
    「この文面じゃ伝わんないよな?……悪いけどなんか俺らで説明させてもらおう。迎えには来れなくても、こう、浮気とか疑われても大変だし」
    「なんて送る?」
    「事実だけをなるべく簡潔に」
    「よし」
    5人で相談し合いながら、ようやく『安原の友人です。居酒屋での飲み会中、烏龍茶を頼んだはずがウーロンハイが届き、安原が気付かず一口飲んで寝てしまいました』という説明までは打ち込み、送信前に、さてここから迎えの打診をするか家に送る旨を伝えるか……と再度話し合いをしていたところで一人が声を上げた。
    「あ、既読ついた!」
    「まじで?よかったー」
    安原の送ったメッセージだけではわけがわからないだろうからとりあえずできている文面だけでも送ろう、と意見がまとまりかけたとき、着信があった。
    もちろん、タキガワノリオからである。
    「安原!彼氏彼氏!電話出れる?」
    「……」
    「ダメそう」
    「でもこれ無視できないだろ、もう出ろ電話」
    「え〜〜〜〜〜よし、うん、出る」
    スマホを手にしていた自分が応答する係りを押し付けられ、もう仕方ないと通話状態に切り替えると、スマホからは『おーい、修?なにさっきの』と男の声が聞こえた。
    「あ、えーっと、タキガワさんですか、安原の友達です、田中と言います」
    『うん?安原は?』
    「今居酒屋なんですけど、烏龍茶頼んだはずがウーロンハイが届いちゃってたらしくて、安原、間違えて飲んじゃって今寝そうになってて」
    早口で説明すると、向こうではうーん、と唸り声がする。
    『様子、どう?吐いてない?』
    「それは今のところ大丈夫そう……あ、水は飲ませました」
    『おお、ありがと。今から行きます。どこの店?』
    口頭でざっくりと場所を説明すると、なんと『20分くらいで行けるかな』と言う。迎えに来てくれるらしい。
    『悪いけど、明らかに様子が変ってなったら救急車呼んで。多分大丈夫だと思うけど。じゃ、もう少し子守りよろしくお願いします』
    「はい、よろしくお願いします」
    そうしてアッサリと通話は終わった。一応、店のアドレスを送っておく。もちろん安原のスマホから。
    「き、緊張した……」
    「よかったな、すぐ来てくれるってよ安原。愛されてるじゃん」
    肩を叩くと、安原はゆっくりと顔を上げた。ただ、まぶたは閉じたままだ。
    「頑張って起きて待ってろよ」
    「んー……?」
    「俺等はお前の彼氏と初対面なんだぞ、お前が起きててくれなきゃ気まずいだろ」
    やいやいと言っても、安原は半分夢の中だ。しっかり者の意外な姿だが、暴れたり泣き喚いたりするタイプでなくて良かった。
    たまに安原に声をかけたり肩を叩いたりしつつ、残る5人で話していると、再度安原のスマホに着信があった。タキガワノリオだ。
    「はい、あの、田中です」
    『うん、もう着くんで。安原どう?』
    「ほぼ寝てます」
    『あーあ、めずらしいやらかし……お、いたかな』
    その言葉に顔を上げて店内を見回すと、背の高い、派手な感じの男が近づいてきた。二十代後半だろうか。染めた髪を肩につかない程度まで伸ばしていて、ピアスまでしている。正直、ぼんやりとイメージしていた『安原修の彼氏』像とかなり違っていた。なんというか、そう、チャラチャラしている。
    その男は大股で近づいてくると、気安い調子でひらひらと手を振る。
    「滝川です。手間かけて悪いね」
    「僕らはなんもしてないです。おーい安原、彼氏さん来てくれたぞ」
    安原が座っているのは通路とは反対、一番奥だ。どうにか移動して靴を履いて歩いて帰ることができればよいのだが、難しそうだった。
    どうしたものか、と肩を揺すっていると、タキガワは首を傾げた。
    「あー、彼氏って言ってあんだ、俺のこと」
    「そうですね、いるのは前から聞いてたし……酒のんだ直後はまだ起きてて一応話せたので、彼氏に連絡しとけって言ったんですよ。その結果があの誤字だらけのメッセージで……あ、えっと、彼氏さんですよね?」
    「うん、そお。なんか、照れるなこういうの」
    笑って、タキガワは膝を座敷に乗せ、身を乗り出して安原の背中を撫でる。起こす気があるのか怪しい優しさだ。
    「おーい修、送ってくから。起きれるか」
    「……え、あれ、しごとは……?」
    「まだ時間あるし、今日のはちょっとくらい遅れてもヘーキ。車で来てっから、外までちょっと頑張れ」
    頑張れ、とは言いつつも安原を抱きかかえるようにして腕力に物を言わせ、何一つ頑張らせることなく手前に移動させる。安原もされるがままだ。
    「ほら靴。あ、田中くん、鞄取ってくれる?」
    タキガワは、当然かも知れないが似たりよったりの大学生男子の靴が並ぶ中から一足、一目で選び取って安原の足元に並べ、隅に積み上げられた鞄も的確に指差した。もちろん、どちらも間違いなく安原のものだ。
    彼氏だと本人から言葉で聞くのよりよっぽど、なるほどずいぶん近しい仲なのだとわかる。
    「あ、はい、これ。あとスマホ」
    「あんがとね。ほら修、立たないとお米様抱っこで連れてくぞ」
    「それは吐く……」
    「だろうなあ。あ、会計は?こいつのぶんいくら? 」
    「あー、一杯目でコレになったので、ホントなんも安原は飲み食いしてないから平気です」
    「そっか。腹減ってたから余計に酒が回ったわけだな」
    どうにか靴に足をねじ込んだ安原の腕を取って肩に掛けて支えるようにして立たせ、タキガワはひらりと手を振った。
    「ほんと、助かった。迷惑かけた詫びは本人がすると思うんで。そんじゃ」
    そうして二人は帰っていった。細身に見えたが、意外と力持ちなのかタキガワは大して苦労して運んでいるようでもないのが――
    「か、かっこいい……」
    「だよな」
    「イメージとちょっと、かなり違ったけど、なんか、想像よりすごいかっこいい人だった…」
    安原が年上の男性と付き合っていると聞いて、少しばかり心配していたのだ。あれこれ突っ込んで聞くのもおかしいだろうと自重していたのだが、明日はさすがに根掘り葉掘り聞いても許されるだろう。どこで出会ったのか、どんなふうにして恋人になったのか。俄然気になる。
    しかし、それよりも。
    「なんかさあ、……安原、すげえ愛されてたな」
    全員で顔を見合わせて、つい必要もないのに声量を落とす。
    「結局15分で来たぞあの人」
    「オコメサマ抱っこってなに?」
    「安原には通じてたみたいだからなんか共通の話題なんだろ」
    得てして、恋人同士や家族のような近しい相手との間には、互いにしか通じないような身内専用の小ネタがあるものだ。
    「……あと最初さ、安原が自分を彼氏だって言ってるか分かんなかったからなのかな、多分ちょっとこう、俺等に気を遣ってなかった?」
    「あー、あれな、本当は名前で呼んでんだろうな普段」
    「え、なになんの話?」
    気付いていたのは二人、何の話か分かっていないのが三人だったようだ。
    「タキガワさん、電話では最初修って呼んでたのに、俺が名乗ってからはずっと安原呼びだったの。んで、彼氏だって俺らが知ってるのがわかったらそのあとは呼び方が『修』になってた」
    「え、気付かなかった!」
    「あの見た目で気遣いの鬼とか、惚れるわ」
    「安原もそういうとこが好きなんじゃね」
    「いや、逆に牽制かもよ。これは俺の男だ〜みたいな?知ってるけどな」
    「明日安原に聞いてみるか」
    誰からともなく、改めて乾杯した。無言でのことだったが、もちろん、良き友人とその恋人に向けて。


    「修、ほれ車。大丈夫か?」
    「はい……」
    ぐんにゃりとした安原の体を、助手席に押し込める。後部座席が空いていれば横にしてやれたのだが、あいにく今は楽器やらなにやらを積んであって塞がっている。
    滝川が近くの自販機でお茶を購入してから運転席に回り込んで乗り込むと、安原は目を閉じていた。車内の明かりを点ける。
    「気持ち悪い?」
    「んーん……眠いだけ」
    「そんなに酒飲んでないんだよな?1回頑張って目ぇ開けて。……うん、瞳孔も問題ないかな。ちょっと失礼」
    シャツの第二ボタンを開けて、首筋に手のひらを滑らせる。顔も唇の触れないギリギリまで寄せると、安原は楽しそうに笑った。
    「のりおのえっち」
    「ばーか、発汗量と呼吸の確認だよ。急性アルコール中毒は怖いんだぞ」
    外の空気を吸って意識がだんだん明瞭になってきたのか、わかっていて言ったらしく安原は変わらず笑っている。
    「うん。……ありがとうございます」
    「ほい水分、摂れそうなら摂っとけよ。明日の予定は?」
    「大学は午後から……だっけかな、うん、多分」
    「んじゃ、俺んちでいい?」
    「……?」
    自分のシートベルトを締める前に、安原に着けてやる。失念していたらしく、目をパチクリさせているのが面白かった。
    「今日は仕事で一件どうしても顔出さなきゃいけないとこがあるんで、お前置いてちょっと出かけることになるんだけどさ、あとは後日で平気なやつだからすぐ帰れるし。さすがに心配なのと……」
    言いながら、自分もシートベルトを着けてエンジンをかけ、車を出す。これで滝川は、安原を見ないで話すことが不自然ではない。
    「……その、彼氏いるのを大学で話してるってのは聞いてたけど、実際に俺がお前の知り合いと顔合わすのは初めてだったろ」
    恋人の友人に紹介される、というようなあるあるのイベントについて、滝川は長らく面倒だと思っていた。人と関わるのが苦手なタチではない。けれど、恋人の友人たちに嫌われればことあるごとに別れたほうがと吹き込まれるようになるし、逆に好かれすぎてしまえば秋波を送られる。当たり障りない、というのは案外加減が難しいのだ。
    けれど、安原と恋人になってから考えるようになったのは、優秀すぎる大学生の恋人としては世間的には自分は失格だろうということだった。だからといって親切に滝川から手放してやる気はないが、どうしても彼の友人たちの目に自分がどう映るのか気になってしまう。今日も、彼らの表情にはありありと『意外』という感情が透けて見えていた。ただ、それでも表面上は取り繕って安原の恋人として遇されたのが嬉しかった。想定外のことも受け入れてくれるような善良な友人たち。そして、酔っていたとはいえ、彼らと滝川を会わせることを安原が回避しようとしなかったこと。
    「なんつーか、うん、色々と嬉しかったわけよ。だから、……今日はもうちょい一緒にいたいなと、思って」
    気恥ずかしいことを一気に言いきって、黙る。同じように安原もしばらく静かだった。寝てしまったのだろうか、と考えたところで、「僕は」という小さな声が車内に不思議とよく響いた。
    「あなたから見たら、やっぱり、子供だと思うんです。学生だし……」
    「うん」
    「大学の友人たちと、大学生らしいことをしてる僕を見られるのって……それに拍車をかけるかな、とか……考えたりして」
    安原は安原で、葛藤があったらしい。そんな事を考えてるだなんて、滝川は全く知らなかった。
    「だから、……僕も嬉しかった。まだ大学生で、お酒も弱くて、1人で帰れないような子供の僕も……、家に連れてってくれるんですね」
    「……俺んちで留守番しててくれる?なるべく早く帰るから。いるもんあったら連絡しといてくれたら、おつかいするし」
    「うん。待ってる」
    今キスしたいな、と思ったが、残念なことにことごとく信号は青だ。それを「日頃の行いがいいからですね、僕の」と安原が笑うのを、滝川は穏やかな気分で聞いていた。
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