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    滝安(安不在モブ視点)
    前作『ラブソング』のオマケです

    #滝安

    選択好きなバンドのベーシストに恋人がいた。
    ガチ恋、とまではいかないつもりだった。友達が今ネットで話題だと盛り上がっていた曲を聴いてみたら、思いのほか刺さった。それで意識してそのバンドを追いかけるようになり、そのすぐ後に彼らのメジャーデビューが決まった。
    友達はギターのファン。私はベースのタキガワノリオのファンになった。見た目もカッコいいと思ったけれど、生でライブを観に行くとリズム隊の上手さが際立っていて、だからその技術に惚れて、その上で性格も好きになれたからラッキー。そのつもりだった。
    ノリオが配信をする頻度は、他メンバーより明らかに低い。理由を聞かれた本人は「なんか照れるじゃん」と笑うばっかりで、それが本音なのかどうかも分からない。けれど、そういうところも好きだった。ガツガツとファンやフォロワーを集めようとしない、淡々とした振る舞いがカッコいい、と思った。
    その夜、ノリオがソロで配信をするというので楽しみにしていた。視聴者の質問に答えたり、最近気になっている機材や楽器の話、他メンバーとのエピソードが主で、大抵顔は映らないラジオのような配信だ。一人暮らしの部屋で、缶チューハイを片手にイヤホンでその声を漏らさないように耳を澄まして、誰にも見せられないようなニヤけ顔で彼の言葉をただ聴いて――それで、知った。
    ノリオには彼氏がいるのだと。
    別に、彼氏がいたからといってなんだというわけでもない。彼は魅力的な人で、だから当然モテるのに違いない。恋人がいるのくらいは当たり前だ。自分が彼の恋人になりたいという気持ちはなかった。多分。それが男性であっても、自分には関係ないことなのだ。なのに、なんだかひどく衝撃を受けた。
    そんな自分に驚いて、けれど聞いている以外のことができない私にさらなる追撃が来た。
    彼のことを知るきっかけになった曲も、その彼氏に向けた気持ちを形にしたものだという。
    過去の、終わった恋の話なのかと思っていた。そう明言されていたわけではないので、ただの印象だ。明確な理由はなかった。もしかしたら、願望だったのかもしれない。
    ――それから、一週間。
    何も手につかず、ただ機械的に最低限の生活をし、どうにか仕事だけはこなして、それ以外の時間はSNSに張り付いていた。ノリオの話題がのぼることが多かったから。炎上というわけではない。不祥事ではないのだし、むしろどちらかといえばめでたくて明るい話題だ。基本的には好意的に応援する雰囲気だった。ただ、それを自分が喜んでいるのかどうかも定かではない。うれしいような悲しいような、全部がどうでもいいような。
    そうして毎日をやり過ごしているところにノリオからのお知らせがあった。今日また配信をするという。珍しいくらいの頻度の高さで、おそらく大きな反応があった前回の配信についても触れるだろう。普段より人が多いだろうし、コメントが荒れるかもしれない。
    騒ぐ心をどうにかこうにか押さえつけて1分が1日にも感じるような時間の進みの遅さを恨んで息をして――とうとうその時間が来た。


    「よ、1週間ぶり。
    お察しの通り、って感じなんだが、予想に反して結構なことになって驚いて、色々考えた結果今日の配信をすることにした。……どこにでもあるなんでもない話だと思ったんだけどな。だってそうだろ?俺に恋人がいましたーってだけの話なんだから。
    あの配信のあとに本人とも話して、色々……盛大に笑われたよ。悪い意味でじゃなく。
    あー、仮に、俺の彼氏をAと呼ぶ。別にこれはイニシャルじゃない、名無しの権兵衛とかジョン・ドゥとかそういうの。名無しの権兵衛じゃ長いし、ジョン・ドゥはなあ、ジョンって名前の知り合いが実際いるもんでちょっとね。
    でさ、Aとしては、あれは俺の音楽に向けた気持ちだと思って聴いてたんだって。なんで?って思うじゃん。でもさあ、ここの歌詞がこうで、ああで、こんな意味で……ってAの解釈を聞いたら確かにすごいしっくりくるんだよ。なるほどなって感心した。バンドメンバーに話したら、みんな俺と全く同じ反応すんの。面白かったわ。
    ……ああ、笑われた理由?うーん……これ、誰かを傷つけたり馬鹿にしたいんじゃないから、そこだけ注意してほしいんだけど。
    あれがバレたことで俺が一番気になったのは、バンドやってる彼氏がさ、自分の曲作るのってまあ……ちょっと人によっては怖いとか気持ち悪いとか感じたりもするかなー、ってことで。うん、これって保身だよな。もう作って発表もしてて、でも本当のところは黙ってて、本気で隠し通そうとしたわけでもないくせにいざバレたらビビッてさあ。ダサいだろ?まあ、俺はそういうやつで、そのダサいところが詰まってるのがあの曲なんだけど。
    でもそれ言ったらA、大笑いなんだよ。『なんだ、そんなこと気にしてたの?』って。本当、拍子抜けもいいとこ。全然気になんないみたい。……そういうヤツだって分かってたはずなんだけど、安心した。
    翌日は美味い海鮮丼とケーキ食ったよ。俺の重たーい気持ちが世間にバレた記念だって。俺はチョコレートケーキにした。いや彼氏のは内緒……え、だって俺が知ってればいいだろそんなの。重い?ははは、この際開き直ることにしたんで。俺は重い男みたいです。びっくり。
    で、全部は無理だけどいくつか……DMとか、SNSの書き込みとか色々と目を通させてもらって、その返事っていうかな。ひとつひとつ個別にってのはさすがに量が多かったんで難しいんだけど、こういう質問が多かったな、ってのをまとめてざっくり俺のスタンスとか、考えてること話そうかと思って。
    つまりこっからが本題。今までのは前フリだな。長くなって申し訳ないけど。
    まず、Aは芸能とは関係ない仕事をしてるし、本人の意思もあって、顔出しとか一緒に配信とかは一切しない。身元についても探らないでほしい。こっちとしても、個人を特定できそうな材料は極力排除する。……うん?多分、ライブとかも来ないんじゃないかな。単純に忙しいやつなのと、あとはさ、どの出来事の時にどういうことを俺が考えててそれがどういう歌詞になって、って話を改めてしたら『あの曲を今後どんな顔して聞いたら良いんだ、もう普通の態度で聞けない』って頭抱えてたから。
    次に、俺がゲイなのかって話。結構あったんだよなあこれ。とりあえず事実だけ話すけど、俺はAのこと好きになるまでは自分をゲイないしバイだと思ったことはなかった。ゲイじゃなかった、って言い切るのは違うと思ってて、そもそもそれを考えてみたことがなかった。Aとのことがあって、初めて『なるほど俺は男も好きになるんだな』と思ったし、そんでそれからずっとAのことが好きだから、他の男を好きになることがあるのかどうかってのはわからない。
    案外、自分のことでも知らないことばっかりだよな。恋愛とか性的指向とか、そういうのに限らずさ。知らないってことすら分かってない、っていう。
    それから、応援してますって言ってくれた人たち。ありがとう。恥ずかしながら彼氏のこと大好きなもんで、頑張るよ。
    えー、っと。それから、俺が当たり前の顔で彼氏がいるって言ったことについて、励まされたとか勇気が出たって人もたくさんいたのを見た。自分も頑張る、とかも。俺としてはカミングアウトってほどの意識はなかったんだ。結構、世の中には色んな人がいるってのが当たり前になってきたと思ってるし……でも、そうじゃない環境にいる人たちもまだまだ大勢いるんだろう。
    そのうえでさ、勢い余って勇気を出しすぎなくてもいい場面もあるってことは覚えててほしい。傷付くだけに終わることもきっとある。真っ直ぐでいることだけが素晴らしいことなんて思ってほしくないんだ。……っていうと、せっかく出した勇気が萎んじゃうって人もいるかな。
    だけどさ、実際、ショックだったとかわざわざ言わなくてもいいのにとか、中には気持ち悪いとかって声もあったよこの1週間。しかもDMで、1人じゃないの。何人も。君が勇気を出してカミングアウトした相手が、そういう人だって場合もある。
    ……大丈夫だ。苦しい人はゆっくり深呼吸して。
    正解はひとつじゃない。単純に、俺は言いたいし、言う方が……そうだな、俺にとっては自然だってだけだから。でもこれは俺の意見であって、みんなが何を選んでも俺は責任を取ってやれない。ゆっくり考えてくれ。
    ……うん?いや、今日はAはいないよ。一緒に住んでるわけじゃないんだ。今日は配信聞いてもないんじゃないかな。照れてる顔見られんの苦手なんだよ、あいつ。そう言ってたわけじゃないけど多分。前回真っ赤っ赤な顔してめちゃくちゃ困ってた。ああ、大笑いしてたのは照れ隠しもあるのかも。
    あー、それで、最後に。
    俺は何かの、誰かの代表として喋ってるわけじゃない。俺の意見を俺が話してるだけで、誰かにどうなってほしいとか世の中がどうあるべきだとか、そういうことじゃない。……でも、ひとつだけあえて言うなら、今苦しんでる人が、心穏やかに生きられたら良いなと願ってるよ。綺麗事かもしれないけど。
    それじゃ、また。そのうちに。次からはまた、のんびり音楽や楽器の話をしような。
    聞いてくれてありがとう、おやすみ」


    いつの間にか、泣いていた。
    失恋のようなものをして悲しいからだろうか?わからない。ノリオの言う通りだ。自分の心にも知らない部分がある。知らなかったことを知らないかった。
    Aというのがどんな人で、どんなふうにノリオと恋をしたのかを私は何も知らない。ノリオと違って、顔も声もなにもわからない、年齢も、性格も。Aがどんなケーキを好きなのかも、ノリオは教えてくれなかった。
    けれど、Aがノリオとずっと幸せでいてくれたら良いと思った。心穏やかに、綺麗事みたいに、ノリオと笑っていてくれたらそれはきっと、とても素敵なことだ。
    「……明日は私も、帰りにケーキ買ってくるかあ」
    あえて、ノリオに合わせてのチョコレートケーキではなくて、昔から大好きなチーズケーキがいい。生の魚は苦手だから、海鮮丼は食べない。
    それで良いんだと思った。
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