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    SS供養

    過去に書いたSSを一部修正して再掲しています。

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    POIPOI 12

    SS供養

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    腐注意、松が半にキスをするお話。
    糖度過多です。

    目を開けると視界は少し暗かった。
    ピントが合わないけれど何かがすごく近くにある。
    そして自分の唇に何かが触れているのを感じた。

    これは何だろう、とぼんやり考えていると目の前に広がる水色と桃色と赤茶色はスッと遠退いた。
    同時に、唇にひんやりとした空気を感じて、触れていた何かが離れたんだと分かった。

    「残念。起きちゃった?」

    残念?何が……?

    「半田の唇ってやわらかいね」

    「……え」

    やっと声に出せた言葉。それしか言えなくて、ただ松野を見つめていると

    「帰ろーよ」

    いつもと同じ言葉を言われた。

    「あ、あぁ」

    あぁ、じゃなくて。訊かなきゃ。

    「あの、さ……」

    「ん?なぁに?」

    “何でキスしたんだ?”

    「いや、……やっぱなんでもない」

    「そう?あ、明日の部活なんだけどさ──……」



    家に帰ってきてベッドに腰かける。
    帰り道、松野は普段と何も変わらない態度だった。
    自分がおかしいのかと逆に不安になって結局訊けなかった。

    松野にとって、あのキスにはどんな意味があったんだろう。
    もしかしたら意味などないのかもしれない。
    だからいつもと変わらない態度で接してくるんだろうか。

    「はぁ…」

    小さくため息をついて、そのまま上体をベッドに倒した。明日、松野に訊こう。



    いつ訊こうかと悩んでいるうちに放課後になってしまった。
    松野の態度は当然のようにいつもと変わらない。
    キスなんてしたっけ?などという返答をされてもおかしくない気がする。

    「なぁ、マックス」

    「んー?」

    ユニフォームから制服に着替えていた松野がこちらを振り向いた。

    「昨日、さ」

    言葉が重りのようだ。うまく喉から出てこない。

    「なんで……キスしたんだ?」

    「あれ、嫌だった?」

    「い、嫌とかそういうんじゃなくて」

    「なら良いじゃん」

    ……呆気にとられた。

    嫌じゃなければ良いって本当にそう思っているのか。
    嫌じゃないと言ったら誰にでもそういうことをするのか。
    たまたま俺がいて、俺が嫌だと思わなそうだったからそういうことをしたのか。
    そうやって考えている間に松野は制服に着替え終わっていた。

    「急にこわい顔したから何かと思ったよー。半田も早く着替えたら?」

    笑いながらそう言われてズキンと胸が痛んだ。



    「……んだ、半田!」

    「わっ!?」

    自分を呼ぶ声に驚く。

    「どうしたんだ、ぼーっとして」

    振り返ると風丸が立っていた。

    「あー、うん。ちょっと、な」

    昨日のことがずっと頭から離れなかった。
    どうしてだ、と問い詰めたいけど自分が期待する答えは多分返ってこないと思う。

    「何だ、悩み事か?」

    「まぁ、そんな感じ」

    円堂はよく、風丸は良い相談相手だって言ってるけど、円堂も風丸だから不安とかそういうのを色々打ち明けられるんじゃないんだろうか。
    松野はどうなんだろう。相談にのってほしいと言ったら聞いてくれるんだろうか。

    「俺で良かったら話だけでも聞くぞ?」

    「……、」

    風丸に相談してみようか。しばらく考えてから一昨日のことを話し始めた。



    風丸は少し驚いていた様子だったけれど話し終わるまで黙って聞いていてくれた。

    「そうか……。半田はマックスからちゃんとその理由を聞きたいってことだよな?」

    「うん、このままじゃなんか嫌だし。でも訊いたってちゃんと答えてくれなくて……」

    「……」

    下に向けていた視線を風丸に向けると、複雑な表情をしていた。

    「風丸?」

    「あ、……ごめん。話してくれてありがとな」

    「ううん。俺こそ、聞いてもらったら少し気分が楽になった」

    席から立ち上がると廊下の方から足音が聞こえてきた。

    「あっいたいた風丸。捜したぞ、帰ろうぜ!」

    円堂が教室のドアから顔を覗かせた。

    「今行く。それじゃあ半田、また明日」

    「あぁ、ありがとな」

    しばらくして、去っていく二つの足音が聞こえなくなった。
    ……帰ろう。そう思っていると反対側の廊下から足音が聞こえてきた。
    教室のドアを見つめていると松野の姿が見える。

    「あ……」

    思わず声をあげると松野と目が合った。

    「風丸と何話してたの?」

    そう尋ねる松野の声色は、どこかいつもと違っていた。お前のことだ、とは言えない。

    「色々」

    そう答えると松野はこちらをじっと見つめてきた。

    「色々って何?」

    「何だっていいだろ。言わなきゃいけないのか?」

    なんだろう。自分でもなぜだか分からないけど、苛々してる。

    「言わなきゃだめ」

    「なんでだよ」

    松野もどこか意地を張っているような気がする。

    「だって気になるもん」

    心の奥で何かがガクンと揺れた。

    「お前さ、」

    意識していなかったけど、いつもより低い声が出た。

    「俺が訊いたってちゃんと答えてくれないのに、お前が俺に訊いたら絶対に答えなきゃいけないってそんなのおかしいだろ」

    「……」

    人に対して怒るということはあまりなかったからこんなに気分の悪いものだとは思わなかった。
    不快感と沈黙にどうして良いか分からず足元に視線を落とす。

    「……ちゃんと答えたじゃん」

    松野が小さな声で言った。

    「相手が嫌じゃなかったら誰にでもそういうことするって答えか?」

    「そんなこと言ってない」

    「俺にはそういう風に聞こえた」

    「……」

    松野が唇を噛みしめた。多分、自分も眉をひそめて難しい顔をしていると思う。

    「半田は僕のこと嫌いなの?」

    「そういうことを言ってるんじゃない」

    「……やだ」

    「何が」

    「……」

    松野はその問いには答えずに教室を出て行った。



    一人で帰るのは久しぶりだった。重い足をひきずるようにしてうす暗くなった道を歩く。
    しばらく風にあたっていると、だんだん気持ちが落ちついてきた。

    松野があそこまで知りたがったのはなぜだろう。俺と風丸が話しているのが気にくわなかったんだろうか。

    でもどうして。訊いたってどうせ答えてくれないに決まってるけど。
    松野への信頼がなくなっていくように感じる。
    そんなのは認めたくないという気持ちも溢れてゆく。
    もう家に帰らずに地面に座り込んでしまいたいと思うくらいだった。自棄になってる自分が情けない。

    「……あ」

    ふと気がつくと、松野と帰るときに別れる道に来ていた。いつもここで同じセリフ、決まった形で別れる。

    “じゃあまた明日ね”

    毎日のように聞いていた松野の声を思い出す。その光景が目に見えそうで思わず地面に視線を落とした。



    翌日、教室に入ると松野は窓側のその席で窓越しに外を眺めていた。
    ここからだと顔はよく見えない。正直、その方がありがたいと思った。

    廊下側の自分の席に座り、静かに息をつく。普段なら席についた途端こちらに来る松野だが、今日は違った。
    そりゃそうだな、と思い内心、自分に呆れる。

    胸にぽっかりと穴が開いたような気分だ。体が軽くなってもおかしくないと思う。
    でも実際に感じるのはだるいくらいの重みだった。



    部室で最後に残るのは大抵自分と松野だった。
    着替える手を動かしつつ、どうしようかと悩んでいると部室の扉がガラッと開く音がした。

    「そんじゃ、お先にー」

    「あれ?マックス、いつも半田と帰ってなかったか?」

    円堂の言葉にビクリと肩が震える。扉に背を向けている自分からは松野の姿が見えない。
    振り向きたいけど振り向けない。着替えるのをぴたりと止めて松野の言葉を待った。

    「今日はちょっと用事があるんだよねー」

    「そうなのか」

    そ。と短く答えて松野は部室を出て行った。
    それは自分を避けるための口実としか思えない。松野が自分を避けているのは明らかだった。
    自分が松野を避けているのも確かなことだけど。

    「半田、大丈夫か?」

    「え?……あれ?」

    はっと部室を見渡すと自分と風丸以外誰もいなかった。どうやら帰る部員にも気付かずに考え込んでいたらしい。

    「風丸、帰らなくていいのか?」

    「それ、半田にも言えるぞ」

    苦笑しながら風丸が言った。つられて笑ったけど少しぎこちなかったかもしれない。

    「マックスとのことで何かあったんじゃないかと思ってさ」

    「、風丸」

    「うん?」

    「俺、理由が知りたいだけだよ。それだけなのに」

    「……。どうして、知りたいんだ?」

    「だってそんなことされる理由が思い当たらないし、あいつからしたら、ただ俺がいたってだけだし。それがすごく悲しくて、でも何で悲しいのかは分からなくて……」

    心の中でぐちゃぐちゃになっていたものを一気に吐き出すように喋った。
    もう少し分かりやすく話せと言われるかと思った。でも返ってきた言葉はそれとは全然違った。

    「……これは多分、半田が自分で気付かなきゃいけないと思う」

    「気付くって、何に?」

    「それは自分で考えないと」

    「考えてるよ!でも分からない」

    八つ当たり。そんな言葉が合っている。せっかく風丸が話を聞いてくれてるのにと思うと申し訳なくなった。

    「……ごめん」

    そう言うと風丸はこちらに向かって歩いてきた。

    「?」

    一歩、また一歩と距離を縮めてゆく。どうしていいか分からず少しずつ後ろに下がった。
    トン、と背中にロッカーが当たる。もう後ろに下がることは出来ない。

    「風、丸……?」

    近づいてくる顔。少し暗くなる視界。触れそうな唇。まるであの日のことを逆再生しているようだった。
    ただその相手は松野ではなくて……。

    思わず風丸の肩を強く押し返した。二人の間の距離が広まる。

    「……、えっと、」

    なぜ風丸がこんなことをしたかは分からなかった。けど最初から、抵抗することを知っていたかのように思えた。確信はないけどそんな感じがした。

    「ちょっと強引だった、ごめんな。でも、もう分かるはずだ」

    「、……?」

    わけが分からずに、ただ突っ立っていると風丸が俺の右手をトントン、と軽く叩いた。
    それはさっき、風丸の肩を押し返した手だった。
    自分の手を見つめていると風丸は部室の扉に手をかけていた。

    「きっと気付けるよ」

    何に、と言う前に風丸は扉を開けて去って行ってしまった。

    風丸を拒んだのはなんでだろう。多分、嫌いとかそういうことじゃないんだと思うけど。

    もしあの日、松野に風丸と同じように自分が起きている状態でキスされそうになっていたら、自分は風丸にしたように松野を拒んだのだろうか。

    “なら良いじゃん”

    松野の言葉を思い出す。そう、変なことを言えば嫌じゃなければキスされても良かったんだ。でも嫌だった。
    キスされるのが、じゃなくてそれを普通のことのように言われて。

    松野に、俺が他と同じだなんて思ってほしくなかった。俺は、自分が松野にとって特別な存在であってほしいと望んでいる…。

    “きっと気付けるよ”

    風丸の言葉が脳裏によぎる。

    「あ……」

    そうか。風丸の言っていたことがやっと理解できた。
    俺は松野のことが好きなんだ。



    どうしよう。1限目が終わった。
    ……どうしよう。昼休みが終わった。
    …………どうしよう。放課後になった。

    今日は部活がない。早くしないと松野が帰ってしまう。
    SHRが終わり、生徒たちが椅子をガタガタと動かす音が響く。
    窓側を見ると松野の姿を確認することができた。

    そちらの方へ向かおうと歩き出した途端、

    「半田、ちょっといいか?」

    円堂に呼び止められた。

    「え…っちょっと待って、」

    一度円堂を振り向いて、はっとして窓側を見ると松野の姿は見えなかった。

    「どうかしたのか?おい、半田!?」

    円堂には悪いけど答えている暇はない。慌てて教室を飛び出した。

    どこだ?どこにいる?まだ校舎の中?それとも、もう校舎を出た?
    廊下を走って階段を下りてただひたすら松野を捜した。そして。

    「もう、待ってって言ってるじゃん!」

    ドサッという音がして背中にカバンが当たった。

    「うわっ!?な、……!」

    バランスを崩して床に倒れる。見上げるとそこには松野が立っていた。

    「マックス……?え、なんで?俺より先に教室出てたのに」

    「……先に帰ろうと思ったよ。でもやっぱ半田のこと待ってようと思った。やっと見つけたと思ったら走って行っちゃって呼んでも全然反応しないし」

    呼んだ?いつ?

    「ごめん、マックスを捜すのに必死で全然気付かなかった」

    「ずっと後ろにいたんだけど」

    「う……、ごめん」

    謝ることしかできずに床に座ったままを下を見つめる。

    「……ねぇ半田、怒ってる?」

    「え?」

    何で?というように、ぱちぱちとまばたきをした。

    「理由、ちゃんと答えなかったから……」

    「あ、いや。なんていうか、」

    「理由聞くために僕のこと捜してたんじゃないの?」

    確かに理由は知りたかった。でもこんなに必死になって松野を捜していたのはそのためじゃない。

    「その、俺、マックスに言わなきゃって思って」

    松野が黙ってこちらを見つめる。

    「俺はマックスにとって他と変わらない存在だって思ったらなんか悲しくなって」

    「……」

    「それで、気付くのにちょっと時間がかかったけど、マックスのこと好きだって分かって、」

    「……、……」

    「えっと、ごめん。それだけでも伝えたくて」

    「あのさ、」

    「うん」

    「僕、半田のこと好きなんだけどさ」

    「うん……、え?」

    思わず、ぽかんと口を開ける。

    「え、だって、嫌じゃなければ良いって」

    「あー……ごめん。それ、なんていうか、」

    松野が困ったような顔をして視線を横にそらした。

    「半田にこの想いは届かないだろうと思って、でも理由訊かれてそんなこと言えないし、つい……」

    「な、なんだそれ!」

    「だからごめんって言ってる……、っ!」

    さっき松野が投げてきたカバンを松野に思い切りぶつけた。

    「俺すっごい悩んでたのに。どうしたら良いか分かんなくてずっと考えてたのに」

    「……ごめん」

    「いやだ」

    「……僕のこと嫌いになった?」

    「……」

    「……半、」

    「なるわけないだろ馬鹿!」

    「っ……」

    今度は松野がぽかんと口を開けた。

    「ねぇ半田」

    「な、なんだよ」

    「キスして良い?」

    「……、」

    返事のかわりに、ゆっくりと目を閉じる。唇はほんの数秒触れてすぐに離れていった。

    「やっぱ半田の唇やわらかい」

    「お前そればっか」

    「だって本当のことだもん」

    「……マックス、目閉じて」

    「ん?」

    ちょっと悔しかったから目を閉じた松野に、ぶつけるようにキスをしてやった。
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