「そーだ!みたらい君にボクの寝取られ動画送ろー☆」「505万ドル!勝った~~!!」
勝利の快哉が人生ゲームを広げた真経津のリビングに響いた。
「2位か、つまらん。」
「あー、クソなんであそこから逆転できんだよ・・・!」
ゲームを囲んでいた村雨と獅子神は、敗北の虚脱感から体の力を抜いてめいめい視線をゲームから反らした。勝者となった真経津は憎たらしく笑んで、両手に持ったおもちゃの札束を扇子にして二人を扇ぐ。
「二人ともお疲れ~。じゃ、罰ゲームね。」
銀行賭場の苛烈な罰ゲームのせいで、仲間うちとはいえとっさに体が緊張してしまった獅子神が尋ねた。
「何すんだよ。」
「ボクの寝取られ動画を撮ってよ。」
「ハ?」
「? 寝取られ動画とは何だ。」
村雨は聴き慣れない俗っぽい言葉の解説を問うため獅子神を振り仰いだが、状況を呑み込めない獅子神は答えを返せない。
「よくわかんねえ。もうちょい詳しく言え。」
「だから~、ボクを寝取ってる風にエッチしてもらってそれを動画に撮ってほしいんだよ。」
獅子神は考える。このギャンブラーずっこけ三人組の中では一番弱いとされている彼であるが、計算能力は他人より並外れた高さを誇る獅子神である。獅子神は理解した。
「うん。お前脳に異常があるわ。ゲーム重ねてくとダメージ蓄積するもんな。村雨、診てやってくれ。」
親指で真経津を指すと、またとない好機に村雨の目が輝いた。
「脳外科手術か。問題ない。以前から異常者だと思っていた。今から私の家に来られるか。」
「もー、病人扱いして~。」
真経津が幼いこどものように頬を膨らませる。
「正気で言ってるなら尚悪いわ。大体そんな動画撮って何に使うんだよ。」
真っ当な疑問を口にする獅子神に、真経津は満面の笑みで答えた。
「御手洗君に送る!」
「・・・・・・・・・。」
「あなたはあの行員とデキていたのか。あなたへの執着心が性欲にまで発展したということか。」
二の句も告げない獅子神に代わり、恋愛に関するデリカシーが欠如した村雨がつらつらと喋る。
「私とのゲームの時は匂いが混じりあってなかったな。デキたとすると最近のことか?・・・しかし不思議だな。今もあなたからあの行員の匂いはしないが。」
「御手洗君とはデキてないし、エッチもしたことないよ。」
「なに。どういうことだ。」
謎の展開に村雨も話の筋道を見出せない。頭を抱えた獅子神が新種の生物を見るように真経津を凝視する。
「嫌な予感がしてきたぜ・・・。御手洗をからかいたくてイタズラ動画を撮りたいのか?」
「ううん、違うよ。」
「御手洗は男もイケんのか?」
「ううん。女の子としか付き合ったことないっぽい。」
「御手洗はお前のことがそういう意味で好きなのか?」
「ううん、そういう意味では全然好かれてないよ。」
「でもお前は御手洗とどうにかなりたいのか?」
「うん。でも全然脈ないんだ~。」
「つまりお前はまったくお前にその気のない仕事上の付き合いしかない同性の男に自分の寝取られ動画を送り付けてその気になってもらおうとしてんのか?」
「そう!!」
「アホか!!」
獅子神は激怒した。納得ずくで自分を担保にして負けた相手を買い取って土下座させるのは彼のポリシーに反しないが、何の因果もなく知り合いに寝取られ動画を送り付けられる一般人はなんかかわいそうなのである。
ましてそのセクハラ行為に加担を強いられているのは獅子神であるが故に必死になるのだった。
「寝てもいねえのに寝取られるも何もないだろ。おい村雨ェ、お前自分の担当行員からそいつの寝取られ動画が送られてきたら何て思うよ!」
何らかのえげつない画をを想像したのか村雨の顔が梅干しのごとく激しく歪んだ。
「メッッッチャキモい。」
「・・・言われたことあんのか?まあそういうこったよ。常識で考えろ。」
「それだよ。」
「あん?」
ゲーム中の彼をほうふつとさせるしたたかな表情を浮かべた真経津に、過去の経験から獅子神が反射的に体が強張る。
「その“常識で考えろ”ってヤツ。もしかして口ぐせ?だったら止めた方がいいよ。そんな考えでいたら勝てないよ。」
「・・・どういうことだよ。」
一度負けた相手からの指摘に身構える。アホくさくてやりとりに飽いていた村雨も勝負事の話題に耳を傾けた。
「ジョーシキに囚われてたら状況を打破する策も思い浮かばないってことだよ。
例えばだけどさ、あのクラブでサイコロポーカーやった時。獅子神さんの常識ではやらないな~って手をボクと村雨さん使ったでしょ。
ちょっと思い出してみてよ。」
つまり、オーバーキルで何を学んだのか言えということである。上からの物言いと取れる言葉だが、そこは向上心の人一倍強い獅子神である。
何か得られるものがあるのだろうと口を開いた。
「まあ・・・、ありきたりだが勝負を始める前に下準備はしておくってことだな。
真経津、お前あいつらがイカサマしてるってことは行く前に予想してたんだろ?イカサマを打破するためにゲームに参加しない三人目の俺は必要要員だったが、
俺の存在を警戒されないようにしてたな。村雨が捕まったから俺は別に来なくてもよかったとか、俺より村雨が強いってことをかなり強調してあいつらに聞かせてた。」
「ふーん、獅子神さんはそう思ってたんだね。」
YESともNOともとれる言葉で真経津は頷いた。
「うぬぼれだな。あなたがいなくても切り抜けられた。」
「あ?どうやってだよ。言ってみろ!」
そっけなく切り捨てる村雨に嚙みつきながら、どんな策があったのだろうかと期待して尋ねる。
「まーまー。他は?」
「あ?ああ・・・、バーカウンターにあったサイコロだけどよ、あれはゲームの説明を聞く前から目を付けてたんじゃねえか。
椅子に座ってからじゃ下の棚は見えにくいだろ。扉から入ってきた時点で使えそうなもんを観察してたってことなんじゃねえの。」
正解かと村雨を見るが、目も合わせず「ふん」と鼻を鳴らすのみでいつもの小憎らしい態度だった。
「うんうん。という訳で常識では勝利は掴めないんだよ。だから寝取られ動画撮ろう!」
「雑にまとめるな馬鹿野郎!起承転結の転をもっと大事にしろ!今までのくだりは一体なんだったんだよ!」
何かを得られると思ったら特に何も得られなかった獅子神は怒り心頭である。
「だって~面倒になっちゃったんだもん。」
「俺らの貞操がかかってんだぞ。雑な説得でハイあなたのケツに突っ込みますとは流石に村雨もならねえだろ。」
「ならない。」
端的に意思を載せて村雨がつぶやく。
「別にホントにエッチしなくていーよ。それっぽく見えればいいんだから。」
「それを早く言えよ!!!!!!!!!!!!!!!!」
ツッコミ疲れて肩で息をする獅子神を哀れに思ったのか煩く思ったのか村雨が「茶を飲め」と差し出した。
「それで私達は具体的に何をすればいいんだ。」
「適当にボクの体をまさぐってそれを撮影してほしいな。」
露骨な単語に心底嫌そうな顔をしながら肝心な点を村雨は尋ねる。
「どちらが撮影役をやる。」
「村雨さん!」
「なんでだよ!!!!!!」
「撮影はあなたのスマホでいいのか。」
「撮影役だと判った途端乗り気になるな!!!!」
「だって寝取られ動画だよ?体格がいい人の方が寝取られた~って気分になるじゃない。」
「だから寝取られた~って思わねえんだよ!!!御手洗はお前に何の気もないんだから!!!」
「えー傷ついた。」
「もう俺はツッコミ疲れたわ・・・この漫画ギャンブラー側にツッコミ要員が少ねえんだよ・・・。」
どっと床に倒れた獅子神を一瞥もせず「着替えてくる~」と部屋を出て行く真経津を見送りながら村雨が言った。
「獅子神、結局寝取られ動画とは何だ。」
「ピュアか。」
「お待たせ~。」
何故かシャンシャンと物が擦れる音と共に真経津が戻ってきた。
「何故女物の服を着ている。」
「でも俺の次にまあまあな顔はしてるからいややっぱナイわキッッッツい。」
肩出し・へそ出し・脚出しのセパレートコスチューム。両手にはわさわさしたポンポンを持ち、チアガール真経津の入場である。残念なことに拍手では迎えられなかったが、コスプレ好きの真経津はご機嫌でポーズをとっている。
「どう見ても骨格が男性だな。」
「しょ~がないよそこは。いずれ御手洗君には全身見てもらうことになるしね。」
「どっから湧いてくるんだその自信は。」
「じゃあ獅子神さん上半身は下着だけになってここ座って!」
ソファーに座り自分の横をポンポンで示すものの獅子神はなかなか座らない。
「脱ぎたくない・・・ガチ感が増す・・・。」
「往生際が悪いぞ3位。」
「往生際云々をお前に言われたくない。そんな気がする。」
獅子神が渋々上着を脱ぎ、顕わになるビルドアップされた肉体とタンクトップに真経津が歓声を上げる。
「獅子神さん筋肉すごーい!」
「そうだろ。」
得意げに力こぶを作る獅子神の腕をぺたぺた真経津が触る。
「カースト上位に食い込むために鍛えてるヤンキーっぽくて寝取り役に最適!」
「ああ、そう・・・。」
「どうでもいいから早く撮影を始めるぞ。」
村雨が画角を決めるためスマートフォンの位置を調整し始める。
「おい、オレの顔は映すなよ。」
映されるのは勘弁だと、カメラに向かってしっしっと追い払うように手を振る。
「えっ、映りたくないの?」
「オレがお前とデキてるってカラス銀に噂が広まったらギャンブラー引退だよ馬鹿野郎。」
獅子神は、行員に含み笑いされる自分や、ゲーム中に相手のギャンブラーから真経津とデキてることをネタに揺さぶりをかけられる自分を想像して怖気が走った。
「右手の傷は映らねえようにしねえと・・・。待て、ゲームでオレの腕バンド留めたのあの行員だよな。バレるんじゃねえの手だけでも・・・。」
「ごちゃごちゃうるさいぞ。」
「他人事だと思いやがって。賭場にお前がプリキ●アオタクだって噂流してやるからな。」
「喧嘩しないでよ。」
獅子神と村雨の言い合いを止めた真経津は、獅子神の手を取りおもむろにコスチュームの中の胸元に突っ込んだ。
「この中でテキトーにまさぐってて!」
「ぐっ、ぐおおおおおおおお↑→↓くふうううううううううううう吐いたらゴメン。」
「ひどいよ。」
「撮るぞ。」
村雨の一言で、焦点を合わされたカメラに向かって邪気の無い笑みを浮かべ、胸元をもぞもぞされながら真経津が息を吸った。
そして
「御手洗くーん♥♥♥お仕事お疲れ様♥♥♥
今日もボクの楽しみのために命懸けで働いてくれてありがと♥♥♥
ハイエナみたいな同僚とかばってくれない上司に囲まれて心安らぐ暇もないよね♥♥♥
かわいそかわいそ♥♥♥よしよし♥♥♥
今日も一日ボクのことばっかり考えてたんだよね♥♥♥
知ってるよ♥♥♥ボクに夢中なんだよね♥♥♥
ボクもねー、君のこと・・・・・・・・たまーにしか考えてなかったw(爆)♥♥♥
ゴメンね♥♥♥ゲームのことばっかり考えてた♥♥♥
でもそんなボクがいいんでしょ♥♥♥
ねえ、今何してる?♥♥♥疲れたーってビール片手にくたびれたシングルベッドに座ってこれ見てるのかな♥♥♥
もうシコった?♥♥♥ダメだよシーツちゃんと洗濯しなきゃ♥♥♥
ボクんちの家事ばっかりちゃんとするんだから♥♥♥
ところでさあ~・・・気になる? おっぱい。 揉まれてるの、今。
ボクさあ、会うたびに『御手洗君スキスキ~♥♥♥このままお泊りしてよ~♥♥♥』って言ってたよね。
うん、めっちゃ媚び媚びだったよね。
でも御手洗君、ボクの媚び媚びおねだり毎回断ったよね。
『明日も早いんで』とか。『冗談はやめて下さい』とか言って。
なんで?
こんなにボクに固執してるのにボクの私生活とかパーソナリティとか全然興味ないじゃん。
ボクってチャンネル変えたら違う番組になるTVじゃないんだよ。
御手洗君を好きなボクとゲーム楽しんでるボクって地続きなの。わかってる?
ボクのジャンケット権買ったんだよね?
満足させる気ないじゃん。審査もしてないじゃん。
ボクの一部分しか見てないんだから。
もういいよ。
つまんなくなっちゃった。
もうカラス銀行ではギャンブルやんない。
他の賭場見つかったから。
ボクの体も心も満足させてくれる所。
今胸揉んでるひと、ボクの担当になってくれるしエッチもしてくれるんだって。
御手洗君のくれないものをくれるんだ。
じゃあそっち行くよね~。
そういう訳だから。
御手洗君バイバイ。
もう君の前ではゲームしない。
ボクのいないカラス銀で頑張って。
最後に応援してあげるね。
せ~の、フレー!フレー☆み☆た☆ら☆い!!
さよなら。」
「・・・カット。」
村雨は構えていた真経津のスマートフォンを降ろし、怪訝な顔を真経津に向けた。
「寝取られ動画というのは、ギャンブラーが別の賭場に取られることを報告する動画なのか?」
「一般的には違うけど、御手洗君にとっては賭場の移動が最大の寝取られだからこれでいいんだよ。」
先ほど真顔でさよならを告げた顔から一変し真経津はにこやかに言葉を返す。
「自分と寝なきゃ河岸変えるって脅迫動画じゃねえかこれ・・・。」
頭を抱えた獅子神は、えげつないセクハラ行為に関わったことに辟易する。獅子神の知っている御手洗とは、賭場の雰囲気に呑まれギャンブラーに翻弄されるフツーの新人だ。常識人にこんな狂った動画を送り付けたとしてもじゃあセックスしますとは言わないだろう。
「フフ・・・案外うまくいくんじゃないか?」
獅子神の思考とはあべこべな感想が弧を描く村雨の唇からもれた。
「ヤる訳ねーだろ。行員に向いてなさそうな普通の奴だったぞ。」
「そうか?自傷も厭わないほど担当ギャンブラーの勝利に執着していた。性行為くらい意に沿わなくともやるかもしれない。」
「んん?本当に同じ奴の話をしてんのか?」
二人の間で大きくかけ離れた人物像に獅子神が首をひねった。
「まあまあ、エッチに持ち込めるかどうかは動画を送ってからのボクの一押し次第だと思う。」
動画の撮れ具合を確認していた真経津は、映像に満足したのかスマートフォンをテーブルに置いた。
「無難に脈が無いアピールをしていたのにこんな強硬手段を取られるとは、ご愁傷様だな。フッ・・・今のはかなり笑えるデスジョークだったんじゃないか?フフフフフフフ。」
自分の爆笑ギャグに笑い出した村雨と勝手な真経津にあきれた獅子神は、ポンポンをにやつく二人の顔に向けて投げつけた。