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    hinagami69

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    hinagami69

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    フォッカさんスケブありがとうございました!

    苺同道するモクチェズ ブン、と羽音を耳が拾った瞬間サッと目を走らせた。
     黄色と黒の縞模様。危険信号を発しているその体はしかし、臆病そうにモクマから離れた位置でふよふよと飛んでいた。
    「なあんだ、ミツバチか」
     身構えた姿勢を緩めると、横に歩いていたチェズレイは「おや」と声を出した。
    「この一帯はずいぶんとミツバチが生息しているのですね」
    「近くに苺農家でもあるんじゃ無いかねえ」
    「苺……なるほど、受粉のために敢えて飼育していると」
    「そうそう。大方、どっかのビニールハウスの巣箱から出てきたんだろう」
     穏やかな田園が広がる景色の中で、ポツポツと半円の細長い建物が見える。
     悪党が歩くにしてはずいぶんと不釣り合いの道に見えるが、これもまた仕事の一環だった。次なるターゲットの情報を得るために、モクマの旧縁の情報屋にツテを辿ったところ、かつては酒場のマスターをやっていたはずだった男は急遽転身、都心から離れた田園部で土地を買って農作を始めたのだと言うのだから驚いた。
     情報屋としての仕事は続けているとも耳にして、こうして二人揃って出向いたというわけだ。近くまではモクマの運転で来たが農道に入ってしまったので結局のところ歩いて向かっている。綺麗好きのチェズレイにとって舗装されていない石ころだらけの道を歩くのも、雑草が生い茂り裾を擦り揺れるのも、たまったもんじゃ無いだろうが仕事のひとつと割り切っているのかその表情は常となんら変わりない。
    「農業を始めたとしか聞いてないから、何やってるか知らないんだよね」
    「いただいた住所によると、もう少しの距離ですね。近くまで行けば自ずと分かることでしょう」
    「それもそうだ」
     そんなことを言いながらも二人でトコトコ農道を歩く。きっと後ろからみたら相当に不思議な光景なのだろうなと思う。もしかしたらチェズレイを見た農家のおじちゃんたちが明日あたりにこんな場所にスーツを着て歩いてる男がいたなんて噂になってしまうやも。それはそれで面白いな。こいつは都会にいても田舎にいても伝説になっちまうんだな、と。一人で面白くなっていた頃になって、ようやく示された住所の前にやってきた。
    「ありゃ、この様子だと」
    「迷いミツバチだと思っていたものは、案内役だったのかもしれないですね」
    「かもねえ、まさか苺農家を始めとるとは」
     一体どんな心境の変化があったのだか。
     その疑問はハウスに入って目的の人物と無事に逢着した際に明らかになった。

    「いや〜まさかアイさんがバー時代に出した苺パフェきっかけに農家にまでなるとは……」
    「決断の早い人物のようだ。あなたと違ってね」
    「いやいや、おじさん結構決断力ついてきた方だと思うよ?」
    「決断力が早ければ、このようなことにはなっていないのでは?」
    「トホホ……返す言葉もありません」
     情報屋の男——モクマの中ではバーのマスターのアイ・ベリは久々に出会ったというのにまるで昨日にも話したような素振りでモクマたちを出迎えた。 
    『や〜来てくれたんだね! 助かるよ!』
    『へ? 助かる?』
    『モクマさん、情報が欲しいんだろ? それならうちの作業ちょっと手伝ってよ! 苺を摘んでくれたら良いからさ』
     開口早々言われるとモクマはあれよあれよのうちに作業服へと着替えさせられていた。そしてあれよあれよのうちに苺狩りをしていたのだった。
    「アイさんも人が悪いよ。終わったと思ったら、もう少しやってくれたら、他にも追加で情報出すんだけどなあ〜なんてちらつかせてきてさ……」
     そうこうしている間に一時間ほど、仕事をしてしまった。チェズレイはというと何が楽しいのか知らないが、モクマと同じくビニールハウスの中に入ってきた。暑いだけだから外で待ってていいよと言ってもついてきたのでモクマもそれ以上は止めない。もちろん決して作業をするようなことはなく、ただひたすらモクマが苺を選別しては摘んでいく様を見ていた。
    「チェズレイもさ、良い感じに情報引き出したらストップかけてよね? ね?」
    「いえいえ、まだまだ聞き出したいことがありますとも」
    「本当かな〜……」
     絶対どこか楽しんでいるところがある。しかし何が面白いのかは全くわからない。
     ビニールハウスは濃厚な苺を気化したような空気に包まれていた。甘い匂いもそうだけれど、ハウス特有のあたたかさがどこか空気自体を苺色に染めているような気さえする。
    「アイさんが、形が崩れてるのなら食べちゃっても良いって言ってたんだよね、チェズレイも食べてみる?」
    「……洗いもせずに食べるのですか?」
    「そうだよ。それがマナーだよ。それにほら、これとかこんなに熟れてて美味しそうなのに、ちょっとお尻の方が曲がってるでしょ。これだと商品にならないんだって」
     説明をするように話しかけると、チェズレイはそろそろと近寄ってきた。ビニールハウス似合わない選手権が開催されたら優勝できると確信するほどその光景は異様であったが、チェズレイが身をかがめて苺を見つめているとその姿は不思議と絵になった。
     話を聞いたところ、アイが降ろしている先はバー時代の友人が経営するカフェらしかった。スイーツに使うものなので糖度の他に形もずいぶん気をつけているらしい。
     団子のように実った赤い果実の中で、一番下の方にある苺を手に取った。
    「おじさん、この苺ちゃんとか結構好きだけどなあ」
    「理由をお伺いしても?」
    「もちろん形が歪だから」
    「フ、あなたが言うと下衆に聞こえますねえ」
     プツリと音を立てて苺を摘む。この苺はあいにく商品にはならないが、この後つける実はいつか誰かのパフェにのるかもしれない。SNSで脚光を浴びる苺ちゃんになるかもしれない。そう思うと茎を傷つけないよう摘む指に優しさが増した。
    「はいよ。っとぉ、チェズレイ無理じゃなければ手袋は外した方が良いよ。熟れてるから汚れちまうかも」
    「承知いたしました」
     拒否されるやもという予想に反し、チェズレイは流れるように手袋を外した。白い生地の下から白い肌が現れる。何度も見たことがあるというのに、なぜだかモクマはこの光景だけやたらとスローモーションで動いているように感じてしまうのだった。
     すらりと伸びた指の爪先まで見えたのを確認して、その手のひらの上に一粒の苺をのせてやる。モクマが持っても大きいと感じた苺は、チェズレイの幅の狭い手の中で溢れんばかりに輝いていた。
    「——では」
     心なしか覚悟を感じる語気に、やっぱり苺狩りは早かったかな。なんて心配を抱いたが、それも目の前の景色に霧散した。チェズレイの指先につままれた赤い果実がそのまま薄い唇に誘われる。小さく開いたところから真っ白な歯が覗き、その鋭い刃がぶつぶつと苺の先端を切り取るように食い込んでいく。熟れた先端は水気を帯びていて、種子と果肉がプチリと弾けた。その様に、モクマは気がつけば目が奪われていた。
    「……見過ぎでは?」
    「っ、ああ、いや。あ〜はは、なんでだろ。お前さん果物食べるのも絵になるんだね」
    「このように手掴みでいただくのは初めてですがねえ」
     小さく咀嚼をしてから、もう一口と誘われる。モクマだったら一口で放り投げてヘタだけ口から吐き出して終わりの一粒を、チェズレイは丁寧に三回に分けて食べ終えた。
    「なかなか悪くはありませんでしたよ。さて、そろそろ参りましょうか」
    「え、もういいの?」
    「ええ、必要な情報は初めに聞き出した際に済んでいたので」
    「じゃあなんでおじさんこんなに働かされたの?!」
     チェズレイはふかふかの土に足を取られるようなことも無く颯爽とビニールハウスを後にする。慌ててモクマもその背中に続いたところ、ハウスを出たところで追いついた。ヒュウと浴びた風の心地よさに汗が浮く。思わず目を閉じて体の熱を冷まそうとしたところ、チェズレイは面白そうに笑った。
    「是非とも次の下衆たちも、この赤い果実のように摘み取ってくださいね」
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