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    teto_random5

    @teto_random5

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    teto_random5

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    去年の冬にPixivの方に上げたら記録的大爆死したやつです。いやっ広い世界のどこかにはおひとりぐらい気に入ってくださる方が存在してくださるのでは……というはかない未練が捨てきれないのでひっそり供養。

    内容はFEヒーローズのチャドとケンプフの冬祭りネタです。これまで描いてきた4コマシリーズのサイドストーリーなので、設定等はブログかPixivで4コマの方をチェックしていただければと思います。

    #FEヒーローズ
    feHeroes
    #チャド
    chad
    #ケンプフ
    kempff.
    #FEH

    冬祭りと贈り物「おい、なにをしている」
     戦帰り、ふと気がつくと、4人いるはずの部隊が3人になっていた。ケンプフは馬を止め、振り返って声をかけた。
     欠けた1人は、一行から少し遅れたところで、飾られた店を眺めていた。店先に張りついているのではなく、石畳の通りに立ち止まり、そこから店を眺めている。店員に呼び止められない微妙な位置だ。
    「……ああ、悪ぃ」
     かけられた声に振り向き、答えになっていない言葉を返すと、足りなかった1人……チャドは、たたっと軽く走ってケンプフの馬を追い越した。
     アスクの城下街はさほど大きくなかったが、冬祭りが近い今はそれなりの賑わいをみせている。普段は貧相に見える小さな店々も、できる範囲で店先を飾りたてている。
     たしか今、奴が眺めていたあの店は玩具屋だったはずだ。そんなことを考えながらケンプフは再び馬を進めた。



    「ねぇねぇ、冬祭りって、良い子のところには贈り物が届くって、本当」
    「ふふ、勝手には届かぬ。あれはな、親や大人がこっそり子供の枕元に置いてやるものよ」
    「えっ……、そ、そうなんだぁ……。こう、どこかから、ふわって届くのかなって、ビックリしたのに」
     子供に夢を見せておきたい親が怒り出しそうなぶっちゃけ話をしているのは、長いこと同じ部隊に属しているふたりだ。年中冬祭りの装いのソティスに、室内では立派な羽が邪魔そうなピアニー。どちらもこの世のものとは思えないのだが、そんな2人が夢のような話をしているというのも、はたから見ればかなり奇妙だ。
    「だったら、私たちが置いてあげなきゃダメってことだよね! チャドの分」
    「なんじゃ? 贈り物をか?」
    「うん。だって、チャドすごく良い子だもん。いつもすっごくがんばってくれて」
    「うむ、そうじゃな。たしかにこの間、街でなにやら物欲しげに店先をながめておったしのう」
    「なんだ、玩具屋か?」
    「いや、違う。あれはたしか服屋じゃったぞ。ケンプフ、おぬしも見たのか?」
    「ああ、さっき、玩具屋の前で引っかかっていた」
    「えっ? 私がこないだ見たのは、お菓子屋さんの前だったよ」
    「それはまたずいぶんと気の多いことよ」
     ソティスがふふっと笑った。
     この日は、城に着くなり子供仲間に呼ばれて行ってしまったので、この場にチャドはもう居ない。その機会を見計らって、妖精は冬祭りの話を出してきたのだ。
    「まあ良い。『がんばった良い子』には、そのくらい欲張る資格もあろうぞ。よし、おぬしら、あやつが立ち止まっていたという店でいちばんのぷれぜんとを買って来い! 冬祭りの晩、わしが奴の枕元に置いてきてやろう」
    「なに」
    「でもソティス、良い子のところへ届く贈り物って、ひとつじゃないの? 3つもあったらチャド、変に思うんじゃない?」
     不安そうな顔を見せたピアニーに、発案者はあっけらかんと笑ってみせた。
    「なぁに、普通の子供とは比べものにならんぐらい『がんばった良い子』じゃ。ごほうびに神だか妖精だかもさーびすしてくれたんじゃと言っておけば良い!」
     いや待て、その贈り物を用意するのは本当に本物の「神だか妖精だか」ではないのか。だんだん訳が分からなくなりそうだったので、ケンプフはそれ以上考えるのは止めた。



     しかし、変なことに巻き込まれてしまった。
     つい今しがた見かけた光景が話題になっていたから、つい口を挟んだだけなのに、勝手に妙な計画に加えられてしまった。
    『……あのガキに、贈り物だと? この俺様が』
     いやいや、そうではない。さっきの計画は、親の代わりに自分たちが、眠る子供……チャドの枕元にプレゼントを置いておいてやろう、というものだ。同じ部隊の面々からの贈り物ではなく、「神さまから良い子に届いた贈り物」を用意しろというのだ。
     あれが、「良い子」? あれが
     いや、悪い子だとまでは言わない。目つきは悪いが。態度も悪いが。しかし少なくともケンプフが知る以降のチャドに悪い噂はない。かつては盗賊だったというが、物を盗ったという話もない。戦続きでも文句のひとつも言わない。仲間の動きによく目を配り、よく的確な指示を飛ばしている。とっさの時には躊躇なく身を挺して庇う。かり出されているだけの戦だからあまり認めたくないが、たしかに世話にはなっている。
     引っかかってしまうのは、だから、「良い」ではなく「子」の方だ。子供か? あれが。
     冬祭りの言い伝えを信じ、枕元の贈り物を楽しみにするのは、あどけない子供だろう。平和な家庭で、親や一族に守られ、その親の他愛ない言いつけにどれだけ素直に従ったかで「良い」か「悪い」かが決まるような「子供」だ。無邪気に子供同士でじゃれ合い、大人に可愛がられることを専らにする「子供」だ。
     あれは、違う。どう考えても、違う。
     贈り物を用意する親を知らない子供は、冬祭りの言い伝えなど一度たりとも信じたことはないだろう。人を殺めるための武器を持ち、その辺の兵士よりはるかに勇敢に敵に斬り込む、あの目はどう見ても大人のものだ。そういう相手でなければ、命がかかる戦場で背中を預けることなどできるわけがない。
     そんな「部隊の同僚」に、冬祭りの贈り物とは。
     まるで年の近い同僚を唐突に幼児扱いしろと言われたようで、どうにもケンプフは釈然としなかった。
     が、そんなことでソティスの機嫌を損ねることは避けたかった。一見、ただの少女に見えるソティスは、しかしひとたび戦場に出れば、得体の知れない威圧感をその身にまとう。真の力のほども正体も知れない、そしてどのみち年が明けてからもまた同じ部隊で顔を合わせるに決まっている。そんなバケモノの尻尾をわざわざ踏みたくはない。


    * * *


     しかし翌日、件の店をひとり訪れたケンプフは、さすがに怯んだ。
     チャドが距離を置いて眺めていた理由がよく分かる。古い小さな店先は、数々のかわいらしい人形と、その衣装であろうフリルやレースでこれでもかと飾られているのだ。入りたくないどころか近寄りたくない。
    『……あのガキ、まさか、こんなものが欲しいのか……』
     不審に思っても、まさか当人をつかまえて問い詰めるわけにもいかない。いったいどうしたものか。
     眉間にしわを寄せて眺めていると、その白やらピンクといったかわいらしい色合いの背後に、多少、違う色が見えてきた。木馬や馬車。木彫りの兵隊人形。薄暗い店の壁に吊られているのは木の剣だろう。
     やはり、ここは人形屋ではなく玩具屋なのだ。そうであればきっと、あのクソガキ向きのものだって、なにかひとつぐらいは置いているに違いない。おそらく。きっと。願わくば。
     入り口で頭をぶつけそうなほど小さな店の中は、暗く、埃っぽかった。
    「いらっしゃいませ。なにかお探しでしょうか?」
     まるで店の大きさに合わせたような、小柄な老人が店の奥から出てきた。店に足を踏み入れれば声をかけられるのは当然のことだが、しかし適当な答えの持ち合わせがない。かといって、黙っていれば変に思われる。
    「……男の……小さくはない子供向けのものは、なにかあるか?」
     「男の子」という表現に引っかかりがありすぎて、どうしてもすんなり出てこない。しかし「少年」というのもなにやら上品にすぎる。やっぱりあれはクソガキ以外の何者でもない。
     そんな客の葛藤など知るよしもなく、店主らしい老人は笑顔でこう答えた。
    「そうですなぁ。そのくらいの男の子は戦ごっこが好きですから、やはり武器が一番人気でしょうな。あとは駒を使ったゲームですとか、カードなどもございますが?」
     壁にいくつも飾られている剣やら盾やらを示されて、ケンプフはあからさまに顔をしかめた。
     そんなものが喜ばれるわけがない。それだけは自信を持って断言できた。「戦ごっこ」などではない命のやり取りを知っている者に、おもちゃの武器を贈るというのはもはや侮辱だろう。それなら本物の優れた武器を贈る方がまだしも気が利いている。喜ばれるかどうかは別として。
     だからといって、ゲームというのも気が進まなかった。この世界で戦に出るようになってから、ケンプフはチェスを見ると、広間に集う英雄たちの姿が駒に重なって見えるようになっていた。ここの連中にとっては、あいつらも俺も、そこらの兵士どもと同じ、ただの使い捨ての駒なのではないのか。言うまでもなくあの小僧も。
     しかし、カードもこれまた選びたくない。酒場で夜遅くまで大声をはりあげ、博打に興じる薄汚い男どもの姿が脳裏をちらつく。早くからカード勝負の味を覚えさせて、あんな連中の仲間入りさせることになっては困る。
     ひとわたり狭い店内を見回し、それからフンと小さく息を吐いた。ダメだ、これは。こんな店であのガキのための贈り物を選べというのが土台無理なのだ。
     老人に言葉を返さず店を出ようとしたケンプフは、ドアの手前で不意に足を止めた。視界の隅をちらりとよぎった黒いものが気になったのだ。今のはなんだ?
     それは店のいちばん片隅に置かれていた。その手前にままごと道具の食器やら家具やらが飾られているから、暗い店内ではまったく目立たない。埃をかぶっている。
    「おい、あれは売り物なのか?」
    「えっ? ああ、はい。こちらでしょうか?」
     老人が、指し示されたものをあわてて取ってきた。手渡される。猫だ。ちょうど手のひらに乗るぐらいの、黒い猫。
     「ぬいぐるみ」と呼ぶべきなのだろうが、しかし、それはどう見てもそれらしくなかった。
     まず固い。小さな子供がよく抱きかかえているぬいぐるみは、柔らかくてくたっとしているが、その猫は前足をぴんと伸ばして座っている形になっている。手足を持って動かすようなことはできない。長い尻尾も、頭の後ろに縫い止められている。形がかっちり決まっていて、布で作られた置物のようだ。
     それでいて、置物とは違って作りは雑だ。凝ったものなら目にガラスを使ったりするものだが、その猫の目は、ただ黄色い糸でいい加減に刺繍されている。しかもそうして描かれた目鼻立ちがちっとも可愛くない。目は小さく、口はへの字を描いている。ぬいぐるみらしい愛らしさや媚びがまるっきり感じられない。だからといって本物の猫に似せているというわけでもない。素朴というか、素人くさい作りだ。
     これではたしかに売れるまい。なんとか可愛げを持たせようとしたのか、長い尻尾に大きな赤いリボンが結びつけてあるのだが、それがまたどうしようもなく似合っていない。悪趣味にさえ見える。
     しかし……その愛想のかけらもない猫は、どこか、贈り物を受け取るはずの『良い子』に似ている気がした。目立たない。可愛くない。そっけない。高級感のかけらもない。いつも身構えている。
     それなのに、ひとたび視界に入れてしまったら最後、無視できない。手放しがたい。
    「これをもらう」


    * * *


     城の中で、あの白い大きな袋を背負ってうろうろしているソティスに出くわしたのは、冬祭りの前夜、もうあと一時間足らずで日付が変わるという頃だった。
     この晩、広間では夜を徹した宴が催されていた。日付が変われば宴は、そして冬祭りはいよいよ本番を迎える。しかしケンプフの部隊は、翌朝にはまた遠征に出ることになっていた。ここは宴を惜しむより、体を休めておく方が得策だ。そう判断し、ひとり宴を抜け出して部屋に戻る途中のことである。
    「おお、ケンプフか。おぬし、チャドを見ておらぬか?」
     たいがい笑顔を纏っているソティスが、珍しく困った顔をしている。
     例の「贈り物」は、城に戻ってすぐソティスに託した。託されたソティスはたしか、冬祭りの夜、日付が変わるまでに、その3つの贈り物をチャドの枕元に置いてくると話していたはずだ。自信満々の表情で。
     どうやら失敗したらしい。時間と相手の表情から、ケンプフはそう察する。
    「知らん。おまえはこんなところで、いったいなにをしている」
    「チャドがおらんのじゃ」
    「……いないだと?」
    「ぷれぜんとを置いてやろうにも、当の本人がベッドにおらん。なんとか日付が変わらんうちにと思うたが、どこにも姿が見えん。ピアニーにも探してもらっておるのじゃが」
     思いがけない話に、ケンプフはソティスと顔を見合わせた。
     たしかに、子供がベッドで眠っていてくれなければ、「枕元の贈り物」作戦は遂行できない。空のベッドの枕元に置いても驚かせる効果は薄いだろうし、本当にその子供宛のプレゼントなのか疑わしくなってしまう。
    「羽目を外したガキどもが、こんな時間まで遊んでいるということか」
    「いや、さっきピアニーに聞いたんじゃが、他の子供らはもうとっくに眠っておるらしい。夢で分かると」
    「・・・・・」
     先ほどの広間の様子を思い起こす。子供の姿はなかった。
     たしか夜の10時を過ぎたあたりで、世話焼きの女連中が、酒が飲めない年の子供たちをつかまえて、もう寝るように促していたはずだ。その目を盗んでまだあの広間に残っているとは考えにくい。
     それにそもそも、チャドは宴のような華やかな場をあまり好まない。今日にしても、おそらく食べもの目当てで顔は出したに違いないが、宴席でその姿を見かけた覚えはない。
     では、いったいどこへ消えたのか。
     家出、もとい城出か? 休む暇もないほど戦続きの生活を厭うたか?
     そんな考えを明るい声がさえぎった。声の主は、風のようにその場に飛び込んできたピアニーだった。
    「ああ、良かった! ソティスいた。探したよ。待ち合わせしとけば良かった」
    「おお、ピアニーか、見つかったか?」
    「うん。チャドいたよ。ついて来て!」
     


    「……な、なんだよ。こんな時間にみんなして……」
     案内された先はチャドの自室だった。祭りの日とはいえ深夜に、しかも3人もぞろぞろと押しかけてこられたことに、部屋の主は戸惑いを隠さない。
    「おぬしこそ、なにをしておる。良い子はとうに寝ている時間じゃろう」
    「なんだよそれ。おれは仕事があったんだよ」
     チャドは昼間とまったく変わらない格好をしている。寝ていたところを起こされた風ではない。ソティスの勘違いではなく、部屋の主はつい先ほどまで、この部屋には居なかったのだろう。おそらくずっと出歩いていて、ようやく部屋へ戻ろうとしていたところをピアニーが発見し、知らせに来たのだ。
    「仕事じゃと?」
    「……ああ」
    「こんな遅い時間までか?」
    「……ああ」
    「なんの仕事じゃ?」
    「……誰にも言うなよ」
     同じ部隊の面々に雁首そろえて見つめられる威圧感に負けたらしく、チャドは念押ししてから渋々話しはじめた。
    「……『贈り物』、置いてきてたんだよ。みんなのところに」
    「みんな? 子供らにか?」
    「うん。エクラに頼んで部屋の鍵借りて」
     ソティスと、次にピアニーと黙って顔を見合わせた。眠る子供の枕元に「冬祭りの贈り物」を置いてやるはずが、当の子供は他の子供たちに「贈り物」を置いて回っていたというのだ。これでは上手くいくわけがない。
    「……ほら、ここってよ、戦に出るとちょこちょこ金もらえるだろ? それがけっこう貯まってきてさ。けど、ここの世界のもんは元の世界には持ってけないってソティス言ってたし、ここは食いもんも寝るとこもあるから、別に自分で使うこともねぇし。街歩いてたら、ここのみんなが欲しがりそうなもん売ってるし。だったらって……」
     そこまで聞いてようやく合点がいった。チャドはあの玩具屋で、やはり店先の人形を見ていたのだ。この城の小娘たちが喜ぶのでないかと。
    「ふふ」
    「なんだよ」
     含み笑いをしたソティスをチャドが聞きとがめた。自分の話を馬鹿にされたように感じたらしい。そんなトゲには気づかなかったかのように、ソティスはさらっと言葉を継いだ。
    「道理でつかまらなかったはずじゃ。まさかおぬしが同じことをしようとしていたとはの」
    「同じって……ソティスたちが、みんなに贈り物を?」
     おい、そこ、バラすな! 口止めしたかったがこの場で言えるわけがない。睨む視線に気づいたらしく、ちらっとケンプフに視線を投げたソティスは、にっと笑みをうかべただけで、何事もなかったようにチャドとの会話に戻ってしまった。
    「いやいや。うちの部隊の『良い子』にも、冬祭りの贈り物が届いて当然じゃろうとピアニーが言い出しよってな。おぬしの枕元にこっそり置いてやろうと皆で企んでおったのじゃ」
    「えっ……」
     自分に贈り物が届くことなど夢にも考えなかったらしいチャドが、驚いて言葉をつまらせる。
     ここまで話してしまってはもう、「良い子の元にどこからか届く冬祭りの贈り物」云々というおとぎ話は消え失せてしまう。しかし、自分で冬祭りの贈り物を置いて回っていたという相手が、今さらそんなおとぎ話を真に受けたりはしないだろう。ソティスはあっさりそう割り切ったらしい。
     しかし……それは分かるがしかし……それはつまりアレが、神だか妖精だかから届いた贈り物ではなく、この自分がこのクソガキに買ってやったもの、ということになってしまう。それは気まずい。約束が違う。
    「まぁ、12時の鐘が鳴る前に受け取るがよい。これがピアニーから。こっちがケンプフから、そして、これがわしからじゃ」
     言うなというのに と抗議したかったが、口に出して制止してはいない以上、文句を言う権利はない。
     軽くぽいぽいっと3つの箱を投げ渡されたチャドは、どうにかそれを全部受け止めたものの、そのまま抱えて固まってしまった。
    「ほれ、とっとと開けてみぃ。それがこういう時の『まなぁ』というものじゃぞ」
    「そのオレンジ色の箱ね、わたしが選んだの。見てみて!」
     嬉しそうなピアニーの声に押されるように、チャドはようやく動き出し、抱えたすべての箱をいったん机に置いた。それから改めてオレンジの箱を取り、開け……そして歓声を上げた。
    「タフィーだ」
     箱の中には、色鮮やかとはお世辞にも言えない飴色の、大きな塊を適当に砕いたような形の物体がつまっている。菓子らしくは見えないが、しかしほんのりと甘い香りが漂ってくる。
    「チャドが見てたお菓子屋さん、すっごくきれいな色のお菓子がいっぱいあって、あれがいいかな、それもいいなぁってすっごく迷ったの。だけど来てるお客さん、いろんなお菓子を買っていくんだけど、みんな、かならずこれも注文していくの。聞いたらみんな、これがいちばんおいしいって。だから私もこれにしたの。チャドも、これ好きだったらうれしいな」
    「ありがと。これ、すげぇうめぇから好きなんだ。この城じゃあんまり見ないけど、たまに買ってくる奴いるんだよな」
    「わぁ、良かったぁ」
     躍り上がって喜ぶピアニーの横から、待ちかねたようにソティスが声をかける。
    「わしの『ぷれぜんと』も、なかなかのものじゃぞ。開けてみぃ。それ、その緑色の箱じゃ」
    「えっ、これか? ……えっ、これって、布……」
     せっつかれたチャドがあわてて乱暴に開けた箱から出てきたのは、大きな四角い布だ。暗めの赤色の地に、黒と白と黄色の線で幾何学模様が描かれている。
    「なんじゃ、分からんのか? それは、『ばんだな』じゃ」
    「『ばんだな』……あっ」
     ソティスが自分の両手を額の中央から後頭部へとさっと回し、そこでなにか結ぶそぶりを見せると、ようやくチャドはその布がなんであるか気づいたようだった。それを見ていたケンプフも同様で、その動きを見るまで、その布切れがなんなのかまったく分かっていなかった。ああ、あれは、あれか。
    「あれか! ラスが頭にしてるやつ」
    「レベッカも結んでる!」
    「ふふ、それだけではないぞ。それはな、寒い時にはこう、細長くたたんで首に巻くのもオシャレなのじゃ!」
    「おお、すげぇ。ありがと!」
     服というのは体の大きさに合わせる必要がある。だから相手に知られず服屋で贈り物を選ぶというのは厄介だ。だからといって下手な小物を選んでも、戦で邪魔になるようでは使ってもらえない。あれはなかなか上手い選択と言うべきだろう。
     と感心している場合ではなかった。開けられていない箱は残りひとつになってしまった。赤い包み紙の、片手で持つには大きすぎる箱を手に取ったチャドが、箱とケンプフの顔とを交互に見やっている。かなり怪訝な顔で。
    「それじゃ、これは、おまえから……?」
    「〜〜だったら悪いか! こいつらがどうしてもなにか買って来いと言うから仕方なく買ってやったんだ。貴様があんな玩具屋なんぞぼさっと眺めていたから、だったらその店で選んで来いとコイツが……」
     気まずい分、いったん口を開くと今度は言葉が止まらない。なんとかこんな贈り物が自分の本意ではないことを分からせなければ ——―
    「チャドよ、早いところそれを開けてしまえ。そうせんとこやつは黙らんぞ」
     ケンプフの剣幕に戸惑った様子だったチャドは、ソティスに促され、もそもそと問題の箱を開けた。ああ、イヤだ。見たくない。
    「わぁ、猫だぁ!」
    「ほぉ、一丁前の顔をしているところがかわいらしいのぅ」
     まったく、箱から取り出された黒猫は「一丁前の顔をして」いた。なにしろ店でかぶっていた埃はきれいに払われ、尻尾に結び付けられていた悪趣味なリボンもなくなっている。
     それだけではない。
     店のカウンターにあった、元々結んであったものよりずっと幅の細い、ビロードの赤いリボンを首に結ばせた。ケンプフに言われた店主は、それをただ蝶結びするのではなく、ちゃっちゃと何ヶ所か縫って小洒落たボウタイに仕立ててしまった。終わってみれば、「埃をかぶった素人くさい猫のぬいぐるみ」は、どこかの物語に出てきそうな「ふてぶてしい威厳を漂わせた漆黒の猫貴族」に化けていた。
     そして今や、部屋の主の手のひらの上でふんぞり返り、まさしく「一丁前の顔」で、のぞきこむ女ふたりの目を輝かせている。まさにおとぎ話のような出世ぶりだ。
     そして、その貰い手はといえば、黙って手の上のそれを見ている。無表情に。
    「……あんな店では、貴様のようなクソガキ向けのものなど扱っておらんのだ。あんなところで贈り物を選べという方が間違っている」
     狭いことで有名な「猫の額」を、人差し指の先でなでる。相変わらず無表情に。
    「……うん。ありがと」
     そしてまた元の箱にしまい直す。こちらを見ようともせず、ぼそぼそと礼を言いながら。
     それから、すべての箱と中身をまとめて片付けに行ってしまう。
     なんだその愛想のない反応は! と言いたくなる気持ちをどうにか抑えた。
     なにしろ自分でも自信を持って選んだ品とは言えない。おもちゃの武器を卒業した男にぬいぐるみというのは無理がある。分かっていても、まともな選択肢がなかったのだからしょうがないではないか。あんな店なんぞ指定されていなければ。ああ、面白くない……
    「えらく気に入られたのぅ」
     ……なに?
    「かわいかったもん、あの子。かわいくないところがすごくかわいかった」
    「……おい、誰がなにを気に入っただと?」
     思わず小声でそう問いかけると、ソティスがにたっと笑った。猫のような顔で。
    「今の、一丁前の顔した猫よ。あれは相当気に入っとったぞ」
    「誰が……」
    「これ、本当は明日渡そうと思ってたんだけど」
     問い返そうしたところで話を遮られた。邪魔をするなと言いかけたが、言葉をのみこんだ。遮ったのが他でもない、猫の受け取り手だったからだ。もらった贈り物を片付け終わって戻ってきたのだ。いや、もらったものを片付けに行くというのは格好だけで、どうやら実は別のものを取りに行っていたらしい。
    「みんなに配るもん買いに行ったとき、これも買ったんだ。みんなにちょうどいいやって」
     微妙に分かりづらい説明である。「この城にいる子供たち」のことも、「同じ部隊の面々」のことも、同じように「みんな」と称しているからだろう。当人の中ではまったく別のものとして区別されているのだろうが、耳にする分にはまったく同じだから、ややこしい。
    「これ、ピアニーとソティスに。こっちはケンプフの」
     むきだしのままの何かを無造作に渡されて……見るなりぎょっとした。思わず声が出る。
    「なんだこれは」
    「きゃあ」
    「ほぅ」
     声が重なる。
     渡されたのは、どうやら人形らしかった。手のひらよりは少し大きい。そして、玩具屋に飾られていた人形よりはるかに拙い。顔、胴、手足という体のパーツを別々に毛糸で編み、つなぎあわせただけという風情だ。
     しかし、そんな形容で想像されるような素朴なものではない。
     編まれた毛糸は相当の使い古しらしく、固くてとにかく汚い。どす暗くて色が判別できない。そんな毛糸で雑に編まれた塊をつなぎ合わせた「人形」の体に、着古しの服の端切れらしき布が巻きつけてある。おそらくは服のつもりなのだろうが、もはや、なにをかたどったつもりなのかも分からない。
     しかし、そこまでならまだ、かろうじて、ギリギリ許せたかも知れない。問題はここからだ。
     頭、胴体、手足があるのだから人形のはずだが、右手(というべきか右腕というべきか)が、ない。欠陥品なのかと思いきや、チャドが自分の手元に残している人形を見ても、左手がない。ソティスの人形には右足が、ピアニーのそれには左足がない。つまりどの人形にも手足が3本ずつしか付いていない。ということは、これは欠陥品などではない。作り手が故意にそうしているのだ。
     人形の顔には、目のつもりであろうボタンが縫いつけられていたが、片方のボタンは首元までだらりと垂れ下がっている。髪の毛のつもりらしい毛糸の束は、数えられるほどしか付いていない。どうやらピアニーとソティスに渡されたそれは女性をかたどっているらしいのだが、長い髪を表しているらしい毛糸は、顔の両側にそれぞれ3本ずつしかない。それがおざなりなリボンで束ねられている。もはや貧相という次元ではない。赤い毛糸で縫い描かれている、にたっと笑った形の口が禍々しい。
     ひとことで言うと「怪しい呪いの人形に見える」に尽きた。生きた人間を模しているとは絶対に思えない。とてつもない悪意を感じる。こんなものを子供が貰ったら、喜ぶどころか怖がって泣き出すに違いない。
     そんな感想を、表情から読み取ったのだろう。送り主は困った顔をしてケンプフを見た。
    「帰り道、露店で売ってたんだ。残ったこれが全部売れなきゃ今日は帰れないって」
    「……貴様、そんな見え透いた口上に引っかかったのか」
    「『見え透いた』って、なにがだよ」
    「そんなもの、引っかかって誰かが全部買えば、何食わぬ顔でまた同じものを並べて売り出すに決まっているだろうが。また同じことを言って」
    「そうなのか」
    「・・・・・」
     大真面目に驚かれて二の句が継げなくなる。この城にいる能天気な連中に比べればまだ多少は利口な方だと思っていたが、そんな口上を真に受けるほど愚かだったとは。いや、あれは子供なのだ。子供なら弁舌巧みな商人に騙されたって仕方がない。しかし、そこまで子供だったのか……
    「けどよ、あいつ、おれの顔見て言い当てたんだ。あなた、いくさ場に出ているでしょうって。それならこのお守り人形をお持ちなさい、きっとお役に立ちますよって」
     それは風体から推理しただけではないのか。そしてこの見るからに縁起の悪そうな物体は、よりにもよって「お守り人形」と称して売られていたのか。
    「それだけじゃないぞ。残ったこれ、女の子ふたりと男の子ふたりで、ちょうどお仲間みんなの分になりますよ、皆さんのお守りにどうですかって。そこまで分かる奴が売ってるお守りだったら、ちょっとぐらいは効くかなって……」
    「……いや、それは敵の回し者ではないのか」
     聞けば聞くほど怪しい。この顔ぶれで幾度となく敵を倒してきたから、敵に覚えられて呪いの人形を売りつけられたのではないか。
    「敵の回し者って、どういうことだよ」
    「つまり、俺たちを潰したい連中が、人形売りだか占い師だかを装って呪いの人形を……」
    「そんなのじゃないもん」
     大声を出したのはチャドではない。ピアニーだ。ぎょっとして見ると、ピアニーは受け取った人形を細い両手でひしと抱きしめている。
    「こんなかわいい子が『呪いの人形』だなんて、ひどい! この子はぜったい良い子だもん。私分かる。ねっ?」
    「……かわいい……?」
     思わず出た声が、見事にチャドとかぶった。
    「うむ、かわいいぞ。この、おぞましげなところが、なかなか味がある」
    「……それを『かわいい』と称するのか」
     思わずチャドと顔を見合わせ、それからもう一度、意気投合する女2人を眺めた。それ自体は割によくあることだったが、しかし、この汚らしくもおぞましい欠損人形がかわいく見える感性はとうてい理解できない。
    「おまえら、その人形に呪われていないか?」
     疑惑をそのまま口に出すと、ソティスに鼻で笑われた。
    「はっ。このわしを呪う力などこれにはないわ。これはただの身代わり人形よ。チャドの奴が、仲間の身を思うてわざわざ買ってくれたのじゃ。大事にせい!」
    「身代わり人形って、なあに」
    「持ち主に降りかかる災いを、代わりに引き受けてくれる人形じゃ」
    「……引き受けちゃったら、この子、辛くないの?」
    「『力を使い果たすと消えてしまう』とは聞いたことがあるのぅ」
    「ええー そんなのイヤだよ! わたしぜったい大事にする! かわいいお洋服もいっぱい着せてあげる」
    「ほう、それは楽しそうじゃな。作りものが好きな者に頼んでみてはどうじゃ?」
    「うん。ソティスの子とおそろいで作ってもらう!」
     楽しそうに盛り上がっている。
     しかし、そんな話はケンプフにとってはどうでも良かった。あの不気味な人形の服を作りたがる人間がいるとはとうてい思えなかったが、そんなことは知ったことではない。
     どうでも良くないのは、先ほど何気なくソティスが口にした言葉の方だった。

    『チャドの奴が、仲間の身を思うてわざわざ贈ってくれたのじゃ』
     
    「……おい小僧、なぜ俺たちにこんな人形を買って渡そうなどと思ったのだ? おまえが冬祭りの贈り物を置いて回っていたのは、ここのガキどものところだろう。あいつらはどうだか知らんが、俺は子供ではないぞ」
     邪険な口ぶりで……落ち着かない気持ちを気取られまいと、ことさら邪険に……そう尋ねてみると、答えはあっさり返ってきた。軽くふんぞり返ってケンプフの顔を見上げながら、まるで冬祭りの日付でも聞かれたかのように怪訝な顔をしつつ。
    「だって仲間じゃねーか。冬祭りにはみんな、大事な人に贈り物を渡すもんだって聞いたぞ。だったら……あっ、鐘」
    「おお! 皆の衆、冬祭りおめでとう!」
    「おめでとう」
    「おめでとう」
     チャドの部屋だけではない。重々しい鐘の音に、城全体がわっと歓声に包まれた。広間でこの瞬間を待っていた面々が騒ぎ出したのだ。これではすでに寝ていた者も目を覚ましてしまいそうだ。
    「おっと、いかん! 明日、ではない今日はわしらが遠征に出る日ではないか。皆、そろそろ戻って休むぞ。ではな!」
    「そうだった! それじゃまた。チャド、この子ありがとう。大事にするね!」
     冬祭りを祝う鐘と歓声は、その場の面々に別の現実を思い出させた。日付が変わったということは、つまり遠征に出るまでに休める時間がもう残り少ないということだ。皆、あわてて自室へ戻りはじめる。
    「俺も戻るぞ。ああ……これは貰っていく。……ありがとう」
    「うん。またな。猫、ありがと」
     最後にチャドの部屋を抜け出し、廊下へ出た。
     廊下へ出ると、広間の騒ぎがより大きく聞こえた。廊下は吹き抜けに面していたから、そこから下を見下ろせば、広間から漏れる明かりも見える。おそらく皆が片っ端からいろんな相手と挨拶をかわしまくっているのであろう。いつまでたっても終わらない『おめでとう』の声。誰のものか知れない歌声。乾杯の響き。楽しげな賑わい。
     自分があの場にいないなど、ここに来る前なら想像もしなかったろう。英雄たちのためにしつらえられた豪華な宴は当然、自分のものであって、それを早々に辞去するなどということは絶対にあり得なかった。
     その自分が、宴を尻目に自分の部屋を目指している。楽しみのためでもなければ名誉のためでもなく、ただ、翌朝の戦のために。
     背いた者がいると聞かない以上、おそらくあの召喚士の指示にはなんらかの強制力があるのだろう。少なくとも、ケンプフはこのアスクの民を守るために戦うなどという考えはない。アスクの民を守れと言うのは、アスクの兵に言うべきことだろう。自分には関係がない。
     それでも、明るい賑わいに背を向けて、暗い廊下を急ぐ足は重くない。常に最前線に放り込まれる戦は決して楽なものでも安全なものでもないが、それでも。
    『仲間だと? 部下でも従者でもなく、仲間だと? 共に戦に出ているのは、あの召喚士が勝手に顔ぶれを決めて指名したからではないか。どこの馬の骨とも知れない貴様らが、この俺様と肩を並べられると思うのか。あのガキ、よく平然とそんな台詞を……』
     そんな言葉を頭の中で延々と並べ立てながら、それでも自分の口元が緩んでいることは感じている。誰が見ているわけでもないのに、思わず手でその口元を押さえた。それでも、広間のまばゆい明るさと、浮かれた華やぎが乗り移ったかのような胸のざわめきは抑えられなかった。
     ああ、そうだ。今日も明日もバカな猟犬みたいに喜んで戦に出かけていくのは、どうせ奴らがいるからだ。チクショウ!
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    teto_random5

    MOURNING去年の冬にPixivの方に上げたら記録的大爆死したやつです。いやっ広い世界のどこかにはおひとりぐらい気に入ってくださる方が存在してくださるのでは……というはかない未練が捨てきれないのでひっそり供養。

    内容はFEヒーローズのチャドとケンプフの冬祭りネタです。これまで描いてきた4コマシリーズのサイドストーリーなので、設定等はブログかPixivで4コマの方をチェックしていただければと思います。
    冬祭りと贈り物「おい、なにをしている」
     戦帰り、ふと気がつくと、4人いるはずの部隊が3人になっていた。ケンプフは馬を止め、振り返って声をかけた。
     欠けた1人は、一行から少し遅れたところで、飾られた店を眺めていた。店先に張りついているのではなく、石畳の通りに立ち止まり、そこから店を眺めている。店員に呼び止められない微妙な位置だ。
    「……ああ、悪ぃ」
     かけられた声に振り向き、答えになっていない言葉を返すと、足りなかった1人……チャドは、たたっと軽く走ってケンプフの馬を追い越した。
     アスクの城下街はさほど大きくなかったが、冬祭りが近い今はそれなりの賑わいをみせている。普段は貧相に見える小さな店々も、できる範囲で店先を飾りたてている。
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