今日は朝まで付きっきりコースで 本日のハロハピ会議の議題は、一ヶ月後に控えたライブについてだった。
学校から帰宅し弦巻邸のいつもの会議室に集まったメンバーが、ライブの案について話し合いを進めていく。
「それで、ここはビューーーンって感じはどうかしら?」
「じゃあじゃあこころん! その後バーーーンっていったらどうかな?」
「いいわね! はぐみ、あなた天才ね!」
こころとはぐみがほぼオノマトペで進行していく会話を、花音が苦笑いで眺めている。ちらりと美咲に視線をやれば、いつも二人の言葉を通訳しまとめてくれる彼女は、熱心にノートと睨めっこしていた。二人の言った内容をまとめているのだろうか。
花音がそのノートを覗き込もうと立ち上がろうとすると、
「……くしゅっ、」
小さな美咲のくしゃみ。
と、同時。ずっと黙っていて今日はやけに静かだった薫が立ち上がり、自分のブレザーを素早く彼女の肩に掛けた。
美咲は一瞬驚いた顔をしたが、すぐに呆れた表情に戻る。視線はノートから移さない。
「……たかがくしゃみ一回で大袈裟ですよ、薫さん」
「そうかい? だって、」
薫が美咲の頰に手を添えて、顔を上げさせた。二人の視線が合う。
花音は、そこで初めて美咲の顔が赤くなっていることに気が付いた。
真っ赤な顔を見つめて、薫は微笑む。
「美咲、具合悪いだろう?」
「…………っ、ちが、」
当然のように指摘され、ぐ、と息の詰まる音がする。
美咲はゆるゆる首を振って顔を逸らすも、今度は両手で顔を挟まれ無理矢理薫の方を向かせられてしまった。
「美咲」
「…………ちょっとだけ、」
「うん」
「ちょっとだけ、頭いたい」
「うん、他には?」
「…………きもちわるい、ちょっとだけ」
よく言えたね、と薫が美咲の頭を撫でて、そのまま額に手を当てる。思ったよりも熱い体温に、結構熱もあると分かる。
此処で顔を合わせた時からなんとなく具合が悪そうだと思っていたが、こんなに熱が高いのなら疑問に思った時点で聞くべきだった。少し罪悪感に苛まれながら、一人反省する。
消え入りそうな美咲の声はこころたちにもばっちり届いたようで、三人が話し合いを中断し美咲の顔を覗き込む。
余計な心配を掛けたくない美咲が、何かを言おうとしたが——薫に抱き締められ、それは叶わなかった。
「こころ、はぐみ、花音。美咲の具合が良くないようだ。そんな訳だから、申し訳ないが今日のところは帰らせて良いだろうか?」
「勿論よ! 車で送ってくれるよう黒服さんに言っておくわ」
「みーくん熱あったの……?」
「美咲ちゃん、気付かなくてごめんね……?」
申し訳なさそうな声音の花音に声を掛けようとした美咲だったが、認めてしまった不調は思ったよりも重たくて、身体に力が入らなくて薫に体重を預けもたれかかった。
花音たちの手も借りて美咲に上着を着せると、背中におぶって会議室を後にした。
外では既に車が待機していた。後部座席に乗り込むと、自分の肩に美咲の頭をもたれさせ座らせる。
エンジン音がして車が動き出せば、辛そうに目を閉じていた美咲がうっすらと目を開けた。
「……ん、かおるさん、」
「美咲、今家まで送っていくから、もう少しの辛抱だよ」
「……さむい」
ぎゅ、と握られた美咲の手が熱い。
薫は断りを入れて一度その手を離してから、自分の上着を美咲に掛けてまた手を握った。運転席に居る黒服に声を掛ける。
「あの、やっぱり私の家に、送って貰えないだろうか」
了承の返事が返ってきて、車は薫の家へのルートを辿る。
いつもより揺れを感じる車内で頭痛と吐き気と戦いながら、美咲は目を閉じた。